深夜のダンジョン
――松山市、某住宅街。
車から降りた砂山は、自宅に向かって歩いていた。
突き刺すような目をした砂山を見て、すれ違う人は皆目を逸らした。
ククク……良いカモを見つけたぜ……。
香川のボンボン、世間知らずのお坊ちゃまってとこか。
壇って名前は地元でも有名らしいからな、相当実家が太い証拠だ。
大体、あの若さでダンジョン経営なんて……クソッ、何て恵まれた奴だ。
どうせ今まで、大した苦労もしてないんだろう。
でも、あんなに手入れされたダンジョンは初めて見たな……。
いや、そんなのはどうでもいい。
同情なんて一円にもならねぇ。
俺には……金が、金がいるんだ!
砂山は家の前に着くと、郵便受けに刺さった広告や督促状の束を手荒に引っこ抜く。
そして玄関の扉を開け、無造作にその束を靴箱の上に投げた。
「ただいまー……」
3LDKの小さな一軒家。
二階はほとんど物置状態で使っていない。
リビングの戸を開ける。
床一面に新聞紙を敷いた上で、白衣を着た砂山の父が電子スケールで何かの粉を量っていた。
「おぉ! 昇か! 見ろ、これは凄いぞ~、活性スーパーZだ、従来の三倍の効果が見込めるんだ!」
「うん……」
「父さん、飯は?」
「ん? これは……いかん! 計量を間違えたか? いや……そんなはずは……」
「父さん……」
「昇! そろそろ粉が切れる、在庫をチェックしておいてくれ! むぅ……湿度の問題か?」
「父さん、聞いてくれ!」
「なぁ昇、このブランドの粉は良くない、前のブランドに戻してくれないか?」
「……わかった」
砂山はそのまま自分の部屋に入る。
そして、ベッドに寝転び、『やすらぎのケアセンター』と書かれたパンフレットを眺めた。
*
深夜のダンジョンが好きだ。
モンス達が寝静まったダンジョンには、まるで祭りの後のような哀愁が漂っている。
こうして静かなダンジョンを歩いていると、自分が別世界に迷い込んだように思える瞬間がある。
この先はどうなっているんだろう、向こうはどこまで続いているのか、あの洞窟を抜けた先は――。
そうか、俺がダンジョンに惹かれる理由はそこにあるんだ。
自分の知らない世界を知りたい、知らない世界が見られるかも知れない期待。
フロアマップじゃ語れないダンジョンの夢がそこにある。
「こんな粉で……拡がるわけがないよな……」
俺はダンジョン活性スーパーXの袋を握り絞めた。
「これはこれは、管理者の旦那じゃねぇか……」
「ひっ⁉」
思わずビクッと飛び上がる。
見ると、着流し姿の五徳猫が煙管を吹かしていた。
「ご、五徳猫……」
「そうそう旦那、ちいとその粉、分けてもらえねぇか?」
「え?」
五徳猫は煙管でダンジョン活性スーパーXの袋を指した。
「これ?」
「そいつは例の白い粉だろう? 何、ただとは言わねぇ、礼はするからよ」
「……何に使うんだ? また面倒起こすつもりじゃないよな?」
「ははは、ご冗談を! ありゃあケットシーがやったこと。俺には関係ねぇさ」
「でも……」
「なあに、釣りの餌に使うだけだ」
「釣り⁉」
マジか……モンスが釣り?
やっぱ知能が高いんだな……。
「無理にとは言わねぇが……」
「いや、これでいいなら」
俺は五徳猫に紙袋を渡した。
「ほほっ! こいつはありがてぇ、世話になったな、じゃ、礼はまた――」
「な、なぁ!」
「ん?」
「ダンジョンのこと、詳しいか?」
「だんじょん?」
五徳猫は首を傾げている。
「あ、えっと、今俺達が居る場所のことさ」
「それがどうかしたんで?」
「最近、大きくなってないと思うんだけど、理由とかわかるかな?」
「はて……ああ、部屋が増えてないってことかい?」
「そう! その部屋はなぜ増えないんだろう?」
「さあ……あっしにはさっぱり」
「そっか……呼び止めて悪かった」
「いえいえ、じゃあ……」
五徳猫はゆらゆらと歩き始めた。
が、すぐに振り返り、
「旦那ァ、の~んびりいきましょうや……」と煙を吐いた。
*
久しぶりに家族旅行を終えた花さんがバイトに来た。
「いやー、楽しかったですー、温泉も最高でしたし、ごはんも美味しくって」
「それは良かったね」
「はいこれ、お土産です」
「え⁉ ありがとう! うわー、何だろう?」
「ふふふ、開けてみてください」
「うん」
俺は包装紙を外した。
「おぉ、へぎそば!」
「ジョーンさん、うどんばっかですし、たまにはそばもいいかなぁって」
「うぐ……確かに」
「すごくコシが強いらしいです」
「へぇ、それは楽しみ、ありがとう!」
「えへへ……、あれ?」
花さんがゴミ箱に捨てていた『ダンジョン活性くんS』の空き袋を見つけた。
「ジョーンさん、これ……何ですか?」
「あ、それは……」
口ごもっていると、花さんが顔を近づけてくる。
「何かあったんですか?」
「あ、うん……実は……」
俺は花さんにこれまでの事を打ち明けた。
明日も12時、よろしくお願いします!