顧客第一でやらせてもらってます!
深夜のD&M10階層――。
「小麦粉にしか見えない……」
俺は砂山さんに言われた通り、フロアの四隅に粉を撒いていた。
説明書には各フロアに撒くことで相乗効果が得られると書かれている。
「上手くいくといいんだけど」
各フロアを回り、粉を撒き終わる。
カウンター岩に戻り、細々とした作業を済ませダンジョンを後にする。
本当に上手くいくんだろうか……。
俺は途中で何度も振り返り、獣道からダンジョンの方を見上げた。
黒いゲートを閉める。
その隙間から少しの間ダンジョンをのぞき見て、
「頼むぞ……」と呟き、俺は早足で家に帰った。
――その頃、13階層では。
フロアの隅に撒かれた白い粉を手に取り、クンクンと匂いを嗅ぐ五徳猫の姿があった。
「まぁた管理者が変なことを始めやがったか……」
そう呟き、五徳猫はその粉を丸めて、小さな団子をいくつか作った。
「ふん……こんなものか」
ぷかぁと紫煙をくゆらせながら、池の側に行き、作った団子をバラバラっと投げ入れる。
すると、池の底から出て来たバミューダマイマイが、わらわらと団子に群がってくる。
「ほほっ、こいつは入れ食いだなァ……」
嬉しそうに煙を吐きながら、いそいそと釣り糸を垂らす五徳猫。
そこに釣り竿を持った老コボルトがやって来た。
「これはこれは旦那ァ、調子の方はどうですかい?」
五徳猫が釣り糸を見つめたまま訊ねる。
コボルトは五徳猫のはす向かいにある丸い石に座り、
「悪くない」とだけ答えた。
「……最近はァ、活きの良い若い衆が増えたようで」
「ああ、コジロウか……すまん、迷惑を掛けたか?」
そう言って、老コボルトは釣り糸を垂らす。
「いえいえ、あっしには関わりのないこと……」
「そうか。それにしても……今日は随分と活きが良いな」
糸を垂らした瞬間に当たりを引き、老コボルトは目を丸くする。
「釣りなんてもんは、気まぐれなもんでさァ……」
ぽぽぽと煙の輪っかを吐き、五徳猫は肩を揺らせた。
吐き出した輪っかは小魚に形を変え、池の周囲を回遊する。
「いつもながら見事なものだ」
「へへへ、勿体ないお言葉で……」
そして夜が明ける頃、池には老コボルトと五徳猫の姿はなかった。
*
数日後――。
「拡張……しねぇ!」
俺はタブレット端末を見ながら頭を抱えていた。
うーん、撒き方が悪かったのか?
そもそも効果なんてあるんだろうか?
説明書を見ながらため息を吐く。
サポートもやってるみたいだし、ちょっと電話してみるか……。
俺は名刺に書かれた番号に電話を掛けてみた。
「あ、もしもし、D&Mの壇ですが……」
『どうもどうも、お世話になっておりますー、砂山ですー、その節はどうも』
「あのー、『ダンジョン活性くんS』を撒いてみたんですが……」
『もしかして、効果が?』
「ええ、ちょっと実感できないというか……」
『なるほどなるほど、それは大変ですね、本日お伺いしても大丈夫です?』
「え⁉ 来て貰えるんですか⁉」
『当然です! 当社は顧客第一でやらせてもらってますから!』
「じゃあ、閉店後でも大丈夫ですか?」
『ええ勿論! では、その頃お伺いしますのでー』
電話を切り、俺はホッと胸をなで下ろした。
良かった……電話が繋がらないんじゃないかとか、怖い人達がでてくるかと思ったけど、ちゃんと対応してくれた。
やっぱり砂山さんは良い人なんだ。
そして閉店後――。
「どうもどうも-、お世話になっておりますー」
「あ、砂山さん! ありがとうございます、わざわざ来ていただいて……」
「何をおっしゃてるんですか、他でもない壇様、いえ、ジョーンさんが困ってるんですから、放っておけるわけないじゃないですか!」
「そ、そこまで俺なんかのことを……」
砂山さんはバッグから小さな携帯電話のような機器を取り出す。
「早速ですが、少し数値をチェックさせていただいても?」
「はい、もちろんです、どうぞどうぞ」
俺はデバイスでメンテナンスモードに切り替える。
これでモンスに襲われる心配はない。
「今、メンテモードになってますので」
「ありがとうございます、ではちょっと拝見しまーす^^」
砂山さんがダンジョンに入っていく。
いやぁ、普通のサラリーマンなら仕事終わってる時間なのになぁ……。
もしかして、本当は砂山さん……仕事終わってたんじゃないのかな?
だとすると申し訳ない、日をずらして開店前とかにすれば良かった。
自分のことばっかりで、駄目だな俺は……後でちゃんと謝らないと。
閉店清掃をしていると、砂山さんが帰ってきた。
「どうもどうもー、お待たせいたしました」
「お疲れさまです! どうでしたか⁉」
「そうですね、こちら見ていただけるとわかると思うのですが、数値が120Kになってます」
「え⁉ あがってる……」
砂山さんが持つ機械の画面には、確かに120Kと表示されていた。
「そうなんです! 少なくとも効果はあったということになります、ですが、残念ながら基準値の150Kを超えることができなかった、ということになりますね」
「もう少しなのに……」
砂山さんが咳払いをした。
「オホン! 私はジョーンさんのダンジョンに懸ける熱意に感服しました! 素晴らしいです! そこで特別なご提案なのですが……ジョーンさんになら、『ダンジョン活性スーパーX』をお譲りしてもいいかと思っています!」
「な、なんですか、そのスーパーXって⁉」
そう訊ねると、砂山さんは辺りをキョロキョロと見回し、俺の耳元で囁くように言った。
「これはまだ、正式な発売を検討している段階の商品なんです」
「え⁉ 何か問題が?」
「いえ、問題といいますかー、実はいささか効果が高すぎるようでして……これが発売されると、業界を牛耳る大手企業からウチのような零細は潰されてしまう可能性があるんです……」
「そうなんですか……じゃあ、仕方ないですよね……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 先ほども言いましたが、私はジョーンさんの熱意に打たれました! 打たれています! ですので! 特別にジョーンさんの経営するD&Mにだけお譲りするという話であれば、問題にはならないでしょう……」
「でも……」
「タイム・イズ・マネーと申します。この瞬間に決断していただければ、定価五万円のところを今回限り、三割引でご提供させていただきます!」
「買います」
俺は気づくと新しい粉を買っていた。
明日も12時、よろしくお願いします!