デッカクリニック
気合いを入れてメンテナンスや清掃を行い、小さな短期イベントも考えてみた。
だが……。
「ちょっと狭いよね」
「悪くはないんだけどさぁ」
大勢のお客さんの内の、ほんの数人から言われた言葉が、閉店まで頭から離れなかった。
売り上げは悪くない。
今日だってゲリライベントの効果で、普段より三割近く上がった。
問題があるようには思えない。
しかし、お客さんに言われた「狭い」というワードが、ずっと頭の中をぐるぐると回っているのだ。
お客さんからは、好意的な意見の方が多かった。
でも、なぜか僅かな否定的な意見の方を気にしてしまう。
「はあ……」
その時、ふと、ダンジョンの前で拾った名刺のことを思い出した。
「えっと確かここに……」
俺は引き出しから名刺を取り出す。
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ダンジョン拡張でお悩みなら……拡張専門30年の実績!専門家の目で原因を探し出す!
『デッカクリニック』にお任せください!
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「うーん……、拡張専門かぁ……」
*
肩車をする親子が、夕暮れの田舎道をのんびりと歩いていた。
父親の方はなぜか白衣姿だった。
「昇、いつか一緒にダンジョンを造ろうな」
「ホント⁉」
「ああ、約束だぞ~? 父さんと昇で、日本一のダンジョンを造るんだ!」
「うん! 約束する!」
「じゃあ昇は助手だな! 大変だぞ~?」
「僕、頑張る!」
昇と呼ばれた少年は甲高い声で答えた。
「ははは! よ~し、じゃあ家まで競争だ! それ!」
父親が昇を肩から降ろして、走り出した。
昇は父の背中を追いかける。
二人の影法師が揺れていた。
*
今日の営業は午後からにした。
実は悩んだ結果、一度ダンジョンを専門家に診て貰うことにしたのだ。
開店準備を終わらせ、カウンター岩で待っていると、時間通りに業者がやって来た。
「どうも、こんにちはー、お世話になっておりますー」
「あ、どうも、お電話した壇です」
「これは壇様、本日はご用命をいただきありがとうございます。私、デッカクリニックの砂山と申します」
砂山は痩せ型で、賢そうな顔をしている。
年は30代後半といったところ。
少し目に隈ができていて、疲れているように見えたが、仕事が忙しいのかなと俺は特に気にしなかった。
「あ、どうぞ座ってください」
「ありがとうございます」
砂山はカウンター岩の椅子に腰を下ろす。
「素敵なダンジョンですねぇ」
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「なるほどなるほど、壇様のお悩みがわかりますね……」
「え……」
「大抵のダンジョンは改善の余地があるものなんです。ですが、これほど清掃が行き届いていて、しかも精力的にイベントもやられているようですし、中々これ以上の改善は厳しいでしょうね……」
「そ、そうなんです! あの、頭打ちというか……このままだと飽きられてしまうんじゃないかって怖くて……」
「わかりますっ!」
砂山は大きく声を張った。
「いや~、壇様は運がよろしい! 私どもの研究がお役に立てる日が来たようですね、もう独りでお悩みになる必要はありません! 私どもはこの道30年、拡張一筋でやらせてもらってますから!」
*
後日、砂山さんの立ち会いのもと、数人の作業着を着た人達が開店前にダンジョンの調査に入った。
「ウチのスタッフは全員プロフェッショナルですから、エキスパンションのフックを見つけてくれるでしょう」
「は、はあ……」
何を言ってるのかわからなかったが、砂山さんの言葉には説得力があった。
それから、一時間もしないうちに、スタッフさん達が帰ってきた。
スタッフに手渡された資料を見ながら、
「なるほどなるほど……」と砂山さんがしきりに頷く。
「……どうなんでしょうか?」
「うーん……これはちょっと難しいですね……」
「え⁉」
砂山さんがスタッフに「もういいよ」と声を掛ける。
スタッフさん達は順に頭を下げて帰って行った。
「壇様、ちょっと言いにくいのですが……」
「何ですか⁉ 大丈夫です、隠さずに言ってください!」
砂山さんは資料のグラフを俺に見せる。
「当社の指標に『活性値』というものがございます……、この部分ですね。ご覧の通り、60Kという数値が書かれてますが、これ本来だと150Kは無いと厳しいんです……」
「少ないと何か問題が⁉」
「……これはあくまで統計データですが、150Kを下回るダンジョンが拡張した事例を私は知りません」
「そ、そんな……」
倍以上の数値じゃないと、スタートラインですらない……?
背中が熱くなり、嫌な汗が滲んだ。
「いったい、どうすれば……」
オホンと砂山さんが咳払いをした。
「我が社が開発した『ダンジョン活性くんS』を使ってみますか?」
「な、なんですかそれ……?」
砂山さんがバッグから紙袋を取り出した。
「これは定着したダンジョンコアを活性化させるために、我が社が50年かけて開発した活性剤です」
「あれ……たしか創業30年でしたよね?」
「あ……ははは! 創業はね、そう、創業は30年ですよ? これは父の代から開発を続けていたんです!」
「お父様も開発を?」
「ええ、ウチは親子二代で開発しています、将来は二人でダンジョンを持つのが目標なんですよ~」
「そうだったんですか……」
ちょっと胡散臭いと思っていたが、砂山さんの笑顔を見ると、とても人を騙すようには見えなかった。
「あ、使い方は簡単ですよ~、中に入っている粉をフロアの四隅に撒くだけですから。手間もかかりません!」
「でも、お高いんでしょ……?」
と、振ってみると砂山さんがテレショップ風に答えた。
「ノンノン! そんなことはあーりません! 今なら、今だけ、限定価格で……オホン! すみません、乗せられやすい性格なもので……」
「ははは! 砂山さん上手いですね!」
「壇様……」
「ジョーンでいいですよ、みんなそうですし」
「さすがに呼び捨ては難しいので……では、ジョーンさんと呼ばせていただきます」
「で、おいくらなんですか?」
「はい、一袋三万円になります」
目の前の紙袋を見る。
うーん、この袋一つで三万円か……。
買えない値段では無い。
むしろ、本当にこれで拡張できるなら安いもんだが……。
「今はキャンペーン中ですので、もう一袋付いてきますよ」
「買います」
俺は気づくと謎の粉を買っていた。
明日も12時、よろしくお願いします!