助っ人
禁足地指定ダンジョン『不知八幡』は、千葉県市川市にあった。
ダンジョン黎明期にはかなり広い森だったようだが、今は街中にぽつんと取り残された、約120坪ほどの藪になっている。
その藪をぐるりと取り囲むように柵が立てられ、唯一の入り口には真っ白な鳥居が建っており、この世とあの世を繋ぐ境界線だと言い伝えられているのだ。
「なあ、俺たちだけで大丈夫かな?」
飛行機の窓から外を眺める紅小谷に訊ねた。
「私を誰だと思ってるの? ちゃーんと助っ人を呼んであるわよ」
「え? 助っ人……?」
「あ、矢鱈くんじゃないわよ? いま海外だし」
「また海外に⁉」
「国内じゃもう満足できないんじゃないの? ま、安心して、矢鱈くんとまではいかなくても、見劣りしないトップクラスのダイバーだから」
そう言って、紅小谷は不敵な笑みを浮かべた。
*
羽田空港に着いた俺たちは、一路、電車を乗り継ぎ本八幡駅へ向かう。
移動中、紅小谷と会話は殆どなかった。
やはり、さんダの管理人ともなると相当に忙しいらしく、終始、スマホとタブレットを使ってサイトの更新をしたり、調べものをしていたので、俺は俺で助っ人って誰だろうとか、どんなモンスがいるのかと、花さんにメッセージで訊ねたりしていた。
花さんからは、さすがに禁足地指定のダンジョンはわからないと返事があったが、逆にどんなモンスがいたのか必ず連絡して欲しいと念を押されてしまった。それと一応、口止めはしておいたが、鳴瀬教授を初め、大学のモンス研究者達もかなり興奮しているらしい。
そんなこんなで本八幡駅を降りると、バスターミナルが正面に見えた。
「さて、タクシーで行くわよ」
「あ、うん」
乗り場に停まっていたタクシーに乗り込み、俺は「不知八幡へお願いします」と言った。
軽快に道を走っていると、突然、道路沿いに木々の壁が連なっているのが飛び込んできた。
「うわ、こんな突然あるんだ……」
思わず口に出すと、初老の運転手さんが「みんな驚くねぇ」とバックミラー越しに目を細めた。
「そうなんですね、あ、ここで大丈夫です」
「はいはい、どうもお疲れ様でした」
路肩に停車し、運転手さんがメーターのボタンを押す。
俺と紅小谷は「ありがとうございます」と支払いを済ませてタクシーを降りた。
「なんか、すげぇ……」
「さすがに空気が違うわね……」
真っ白な鳥居を二人で見上げる。
藪から漂ってくるひんやりとした空気も相まって、不知八幡は独特な霊気を放っている。
「よぉ、遅かったな」
突然の声に振り返ると、そこにはフードを目深に被った青年が立っていた。
青年はワイヤレスイヤホンを外して、
「久しぶりだなジョーン、元気か?」とガムを噛みながら言った。
「と、藤堂さんっ⁉」
す、助っ人って藤堂さんかよ!
これはもう、勝ったも同然なんだがっ!
「だから言ったでしょ? トップクラスだって」
紅小谷が自慢げに両手を腰に当てた。
「まさか、藤堂さんが助っ人だとは思いませんでした」
「まあ、さんダの紅小谷に言われりゃな……、ちょうど仕事もなかったし」
そう言って、藤堂さんが面倒くさそうに頭を掻いた。
「あの……、紅小谷さんでしょうか?」
幽霊みたいなか細い声が聞こえた。
見ると、鳥居の陰から、白シャツにデニム、ダウンジャケットを羽織った真面目そうな青年が顔を出し、俺達に向かって、丁寧にお辞儀をした。
銀縁の眼鏡に、青白い顔、かなり痩せて見える。
中から出てきたってことは……この人がリーダーの友人なのか?
そう思っていると、紅小谷が普段よりワントーン高い声で声を掛ける。
「ああ、お電話くれた須和さんですか?」
「あ、はい! 須和です……、さ、どうぞ皆さん中へ」
俺たちは、須和さんの後に続いて中に入った。
石畳の道が真っ直ぐに続いている。
周りは薄暗く藪に囲まれていて、まるで木々の洞窟に入っていくようだった。
「あそこが放生門と呼ばれる場所です」
「放生門……」
「何か薄気味悪ぃとこだな」
立派な門の左隅に、勝手口のような小さな入り口があった。
大きな錠前がぶら下がっている。
須和さんが鍵束の中から古い鍵を選び、錠前を開けた。
「あの、勝手に開けちゃって大丈夫なんですか?」
そう訊ねると、須和さんはばつの悪そうな顔をして、
「その……父の方は僕が何とかしますので大丈夫です、皆さんには決してご迷惑をお掛けしませんので……」と眉を下げた。
「ほら、そんなことより急ぎましょ?」
「あ、はい!」
紅小谷にせかされ、須和さんは慌てて戸を押し開けた。
くぐるようにして中に入ると、木々に囲まれたお堂のような建物があった。
「ではこちらへ」
須和さんがお堂の戸の鍵を開ける。
緊張しながら奥へ進むと、正面に障子の襖があり、脇には古いデバイスが設置されていた。
「うぉっ⁉ 80Cとか⁉ こ、これいつのデバイスだ⁉」
「電源は入れたままになってます、画面がちょっと暗いんですが……」
画面には緑色のグリッド線が引かれていて、赤い光点と青い光点が輝いていた。
「恐らく現行のデバイスと色分けは同じはずです、協会のメンテナンスの方が言ってましたので」
「なるほど……となると、この青い点がリーダーの場所か」
「しっかしよぉ、こんなマップで辿り着けんのかよ、中がどうなってんのかさっぱりわかんねぇぞ?」
藤堂さんが横から画面をのぞき込む。
「まあ、行ってみるしかないわね。ジョンジョン、準備を」
「ああ、わかった」
俺はデバイスを操作して、紅小谷の装備を用意する。
「うわー、文字だけとか逆に新鮮だな」
画面には、アイテム名だけが表示されていた。
ちなみに、現行デバイスならアイテム画像と説明も表示される。
「えっと……死の大鎌にゴスメイル、嘆きの小楯に探索者のポーチっと」
紅小谷の装備を渡し、次は藤堂さんからIDを受け取る。
IDもカードの番号を手打ちで入力するという、よくわからない仕様だ。
恐らく、リーダーやスキャナーがなかった時代のデバイスなんだろう。
「源氏ナックル……いやぁ、ホントに名品ですね」
「そうか? 強化は三島に任せてるから良くわかんねーけど」
「そうなんですかっ⁉ 三島さんが……」
もしかして、京都十傑の装備担当とか?
うわぁ、もしそうなら色々話しを聞きたいなぁ……。
と、その時、スマホが鳴った。
チッと舌打ちして、藤堂さんが電話を取る。
「もっし……あ? ああ……で? ……わかった」
電話を切り、藤堂さんが俺の肩に手を置いた。
「悪ぃな、ジョーン、急用だ」
「「え……?」」
「紅小谷、すまんが抜けるわ」
「ちょ……⁉ どうしたのよ?」
「断れねぇ用事ができちまった、この埋め合わせは必ずする」
そう言って、藤堂さんは俺の手からIDを取ると、
「まあ、お前も大分鍛えてるみたいだし……、俺がいなくても何とかなるだろ」と、笑う。
「そ、そんな……」
「じゃあ頑張れよ、あ、曽根崎によろしくな」
皆が呆気に取られているうちに、藤堂さんはそう言い残して、さっさとお堂を出て行ってしまった。
「だ、大丈夫なんでしょうか……」
須和さんが不安げな表情で訊いてくる。
紅小谷は大きく息を吐く。
「仕方ないわね……、こうなったらジョンジョン、二人で行くわよ」
「お、おう……わかった」





