某大手のオネイロス編 ⑨ 雲呑麺屋の男
「ここでいいですか?」
「ええ、大丈夫です」
近くのカフェで、雲吞麺屋で声を掛けた男の人と話をする事になった。
「あ、名刺をお渡ししても?」
「もちろんです、ありがとうございます!」
俺は両手で名刺を受け取った。
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ダンジョン・マニファクチャリング・ジャパン株式会社
代表取締役
真藤 朝陽
Shindo Asahi
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「真藤さんですね、僕は壇ジョーンといいます。すみません、今日、ちょっと名刺を切らせてしまって……」
「構いませんよ、お気になさらず」
「ありがとうございます。えっと、代わりと言っては何ですが……これが、ウチのダンジョンです」
俺はスマホで、さんダのページやダンジョン協会のページを見せた。
「ちょっと、失礼します」
真藤さんは俺のスマホを見ながら、自分のスマホで『さんダ』のページを開き直した。
「なるほど……、香川ですか。確かこの場所って……一度、ダンクロが出店したところですね?」
「そうなんですよ、コアが定着しなかったみたいで、閉店してしまいましたが……」
「となると、今、残ってるのは善通寺店だけですね」
少し目を上に向けながら言う。
「はい、何とか負けないように頑張ってます」
「それは頼もしい」
何だろう、やけに詳しいな……。
「ところで、雲呑麺屋でお話されてたと思うんですけど、真藤さんはデバイスの開発とかされてたりしますか?」
「ええ、ウチはダンジョン関連製品の開発がメインです」
や、やったぞ! ここに来て当たりを引いた!
「じゃ、じゃあ、オネイロスのようなデバイスも開発されてたり……?」
真藤さんはクスッと笑う。
「なるほど……、壇さんが私に声を掛けてくださった理由がわかりましたよ」
「え……?」
「たくさん回られたんでしょう?」
「わ、わかりますか?」
真藤さんの言葉に、思わずドキッとする。
「ええ、ご自分でダンジョンを経営されていると聞いて、ピンときました。恐らく……、後発デバイスをいち早く導入できないか、この辺りの開発会社を回られたんじゃないかなーと思いまして」
か、完全にバレてた……。
「その……、非効率だとは自分でも思うんですが……、できることからやってみようと思いまして」
「なるほど」と、真藤さんは大きく頷く。
そして、何かを決心したように口を開いた。
「実は壇さんが探していたように――、私もシステムを導入させてくれるダンジョンを探していたんです」
*
居酒屋に場所を変えて、酒が入ったせいか、真藤さんともかなり打ち解けてきた。
「えー⁉ 壇さん、笹塚店にいたんですか⁉」
「そうなんすよ、へへへ」
真藤さんがビールを注いでくれる。
俺はグラスを持って、「あざっす」と会釈した。
「でも、真藤さんがダンクロの社員さんだったなんて、世の中狭いですねー」
「ははは、ホントですよね」
「真藤さんは、オネイロスをどう思いますか?」
「そうですねぇ、正直、凄いと思います……。でも、性能ならウチの『OKEANOS』が上ですから」
そう言って、真藤さんは自信満々の笑みを浮かべた。
「ほ、ホントですか⁉」
思わず前のめりになる。
「あ、壇さん、この話はここまでにしましょう。酒が入ってますし、次回、きちんとご説明に伺わせて頂きますので」
きっぱりと言い切る真藤さん。
そうだよな、確かに初対面だし、ビジネスだもんな……。
でも、きちんとしてそうな人で良かった。
「ありがとうございます! うわー、楽しみで眠れそうにないですよ!」
「ははは、大袈裟ですって。そうだ、名刺のアドレスにメール頂けませんか? 良かったら先に資料をお送りしますよ」
「いいんですか⁉ ぜひっ!」
俺は真藤さんのアドレスにメールを送った。
「あ、来ました、ちょっと待ってくださいね……はい、オッケーです」
そう言うと同時に、俺のスマホが震える。
お、届いた!
「OKEANOSはウチの天才プログラマーの傑作ですからね、期待してて下さい」
「何かめちゃくちゃ期待が高まりますけど……そんなにハードル上げて大丈夫ですか?」
「もちろんです! いやー、彼をスカウトできたのは、本当に奇跡でした!」
「へぇ、有名な方なんですか?」
「ええ、元々はインディーズウェポンで、かなり有名なブランドを持っていた人なんですけどね、『九十九』って知ってます?」
「えーーーーーーーっ!!! は、春さんですよね⁉」
思わずビールを吹き出しそうになる。
そう言えば、最近は名前を聞かなくなっていたけど……。
「あれ、もしかして、お知り合い……?」
「い、いえ、一度セミナーで名刺を頂いた程度なんですが……」
「それは凄いですよ! 彼が名刺を渡すなんて! 私は名刺を交換するまでに半年かかりましたから……あははは」
「そうなんですか……」
恐れ多い事だが……、俺の事を気に入ってくれたのなら嬉しいな。
そっか、春さんか、ますます楽しみになってきたぞ。
「実は彼の『課金式武器』を見た時から、自社開発やるなら彼しかいないって思ってたんですよ……まさか、本当にスカウトできるとは思ってませんでしたけど」
「確かに! あれは凄いアイデアでしたもんね~、GOダンジョンでも特集が組まれたり」
「あー! それ、私も読みましたよ!」
「マジですか! じゃあ、あの記事も……」
「へぇ! 壇さんも中々やりますね、あれは知ってます?」
「あのダンジョンは……」
その日、二人で遅くまでダンジョン談義を交わした。
開発にかける想いとか、10年後を考えて行動しているという計画表も見せて貰ったのだが、これが本当に凄い。
その日その日に手一杯になっていた俺からすれば、それはとても刺激的で、輝いて見えた。
年もそんなに離れていないのに、尊敬せざるを得ないよな……。
よし! 俺も負けてはいられない。
改めて自分の将来、D&Mをどうしたいのかを考えて見よう。
別れ際、再会を約束し、俺は夜行バスで帰ることにした。
バスの中で、真藤さんから送ってもらった資料に目を通す。
春さんが作った――OKEANOS。
こ、これは……何が何でも、導入したい!
いや、絶対に導入を実現させるぞ!





