イベント、お疲れ様でした。
『Haaa……私は闇を選んだ……貴様たちはどうだ?』
僅かに笑みを浮かべたヴァンパイア・ロードは、漆黒のマントを投げ捨てた。
地に落ちたマントは、無数の影狼となって散開し、ダイバー達を急襲する!
かなりの数のダイバーが、一気に影狼との交戦に入った。
「ジョンジョン! 行くわよ!」
紅小谷が、死の鎌を回転させて言う。
「はい! 平子さんたち、絵鳩を頼みます!」
「「「「「了解!」」」」」
俺は班を離れ、紅小谷と合流しロードに向かって走る。
「いい? 美味しいとこは他のダイバーに渡すのよ?」
紅小谷は走りながらそう言って、影狼を次々と切り裂いていく。
やっぱり、この人も只者じゃない。俺とは場数が違う。
「ウォオオオ!!」
俺も負けずと影狼を殴り倒す。
『愚かな者どもよ……』
ロードがそう呟き、広間へ舞い降りた。
その時、右手から疾風の如く斬りかかる矢鱈さんの姿が見えた。
まさに、一陣の風。凄まじい金属音が鳴り響く。
ロードは黒く輝く剣で、矢鱈さんの斬撃を止めた。
「な、なんて速さだ……」
あ、あの人は、全然本気を出して無かったのか?
「ったくあのバカ! あれほど言ったのに……」
と、紅小谷が悪態をつく。
矢鱈さんはそのままロードの身体を足場にして宙返りをした。
そして、着地と同時にもう一度、居合のような抜刀でロードを斬る。
ロードの左手が床に鈍い音を立てて転がった。
『ぬ……き、貴様ぁぁぁぁあああああ!!!!』
獣の様な唸り声と共に、その黒い断面が捻れていく。
「紅小谷、後は頼んだよ」
矢鱈さんはそう言って、ロードから離れ他のダイバーの加勢に向かった。
「言われなくても、やるわよ!」
紅小谷はロードに斬りかかりながら
「ジョンジョン! 強そうなダイバーをこっちへ廻して!」と叫んだ。
「はい!」
俺は、近場のベテラン勢に喰らいつく影狼たちを殴って回った。
「頼みます!」
「ありがとうございます!」
「へへ、店長悪いなぁ!」
二刀流で細身の女性ダイバーと、さっきの獣神の斧を持った強面の人だ。
他には三叉槍を持った動きの良いダイバーも向かう。
うん、あの人たちならいけそうだ!
影狼の相手をしながら辺りの様子を確認する。
平子兄弟と絵鳩は、上手く陣形を取って戦っていた。
「なかなかやるな」
絵鳩は、五月雨珠近の波動が、影狼に効かないので苦戦しているようだったが、それを平子兄弟が上手くサポートしていた。
『ガァァァァッァアァアアア!!!!』
凄まじい叫び声が広間に響く。
見ると、強面のダイバーが一撃を食らわせたようだった。
――やったのか!?
ダイバー達が、皆ロードに注目する。
ロードの身体は肩からパックリと裂け、誰もが勝利を確信した。
が、しかし……。
『我は見たり深淵の狭間……久遠に臥したるもの……なく』
ロードの身体は痙攣を始め、何かを呟き始める。
顔色を変えた強面のダイバーが
「不味い! 殺りきれなかったか!! すまん、アレが来るぞ!」
咄嗟に、紅小谷が他のダイバー達に向かって叫ぶ。
「皆、離れてーーーーーーっ!!」
やべっ! 自爆だ!
ロードが天に向かって叫んだ!!
『 世 界 の 闇 』
――実家正面の空き地。
「いやぁ~、ロード強かったっすねぇ~」
「でも、凄かったですよ、あの一撃は」
「……あの分身にさぁ」
「これ、美味しいよねー」
「私、影狼倒しましたよ」
「あ、俺も俺も!」
「ほら……あの階でさ……」
モクモクと煙が上がり、香ばしい匂いが漂う。
各班ごとにBBQを囲み、皆楽しそうに笑顔で話している。
――そう、結果的にロードは倒せなかった。
あと少しで倒せていたのだが、運悪く瀕死状態にしてしまったのだ。
ロードは瀕死状態でのみ使う『世界の闇』という自爆技があるのだが、今回は、見事それを喰らってしまった……というわけだ。
勿論、DPペナルティは発生する。
普通なら怒る人もいるのだが、今回参加してくれたダイバー達は全然かまわないと納得してくれた。
ダイバー同士の交流も深まったようで、連絡先を交換したり、ダンジョン談議に花を咲かせていた。
次のイベントの予定を聞かれたりして、ロード討伐には失敗したものの、イベントは成功したと言ってもいいだろう。
そして、言い忘れていたが全員――水着である。
ダンジョンから戻った時、全員が黒い粘液まみれだった。
多分、ロードが砕け散った時のものだと思う。
女性陣の絶叫が響き、その状況を見た平子Bが機転を効かせて、店から水着を持ってきてくれた。
なんというファインプレー。
それから全員で近くの川へ行き、粘液を落とすべく水浴びをしたのだ。
しかも、水着代は、平子Bが処分品なので構わないと言ってくれた。
抱きしめたいっ!
なので以前、水着回など無いと言った事は、どうか忘れて欲しい。
「ジョーンくん、お疲れふぁま!」
矢鱈さんが肉串に噛みつきながら言った。
「あ、お疲れ様です! いやぁ、矢鱈さんの強さは異常ですよ! もう、びっくりしちゃって」
「ふぉんなことないよ」
と、そこに、ビールを片手に持ち、ワンピースタイプの水着を着た紅小谷がやって来た。
「ジョンジョン、ご苦労さま。良く頑張ってたわよ、ちょっと見直したわ」
「ああ、お疲れ様です! いやぁ、本当にありがとうございました! 全部、紅小谷さんのお陰です」
俺は姿勢を正して頭を下げた。
「ったく、紅小谷でいいわよ、紅小谷で。年変わんないでしょ?」
「え?」
どう見ても、年下に見えるが。
でも、ビール飲んでるって事は……。
ほんのり顔を赤くした紅小谷が面倒そうに
「23よ」
「え? マジで同い年!?」
矢鱈さんがそれを見て
「ははは、紅小谷は妹に見えるけどな」と笑う。
「うるさいわねっ!」
と声を荒げながらも、紅小谷は一緒になって笑っていた。
「あの」
振り返ると、平子兄弟に囲まれた絵鳩が、薄い水色のビキニ姿で立っていた。
ったく、ガキが色気付きやがって。
「お疲れさん! どうだった、初ダンジョンは?」
「よき」
「は?」
「良かったって言ってんのよ!」
と、紅小谷が口を挟む。
「あ、ああ~。それは良かった良かった」
と笑っていると、平子Bが
「ジョーンさん、今日はありがとうございました」
「いやいや、ジョーンでいいですよジョーンで。こちらこそ水着、助かりました」
平子兄弟全員と握手を交わす。
「ジョンジョンでいいじゃない」
と紅小谷が言うと平子Bは少し照れくさそうにして
「いや、それは流石に……、じゃあ、ジョーンくんで」
「全然オッケーですよ。それより、皆さんかなりダンジョンに慣れてますよね? 結構潜られてるんですか?」
「まだ店を手伝って無い時に、良く兄弟で潜ってたんですよ」
「あー、どおりで。やっぱ連携とか、バッチリ決まってましたから」
俺は敵を攻撃する素振りを見せる。
「ははは、久しぶりだったんで緊張しました。それよりも、矢鱈さんは流石としか言いようがなかったですねー」
と、平子Bが感心したように頷きながら言った。
紅小谷が野菜串を矢鱈さんに向けて
「あいつの事は考えない方がいいわよ。普通じゃないから」
「ひどいな紅小谷。普通だよ、普通」
矢鱈さんが笑って反論するが、当然、俺を含め誰も賛同する者はいない。
「撮る」
『「「「え?」」」』
皆が一斉に振り向くと、絵鳩のスマホがパシャッと鳴った。
「おk」
絵鳩はスマホをチェックしている。
「お、おkじゃねぇー! お前は唐突すぎんだよ!」
あ、いけね。そのまま口に出してしまった。
怖がらせちゃったかな……?
「キモっ」
「こ、この、クソJKがぁ~~~!!」
絵鳩は矢鱈さんの背中に隠れてニヤけている。
「ま、まあまあ。あ、ほら! 花火!」
と、矢鱈さんが指をさす。
見ると、食べ終わったグループが花火を始めていた。
「私もいく」と絵鳩。
「「「「「俺達も」」」」」
絵鳩を追い掛けるように平子兄弟が走っていく。
「ジョンジョン行かないの?」と紅小谷。
「あ、そうだ! 気になってたんだけど、ロードの分身の見分け方ってどうやるの?」
「ああ、そんなもん決まってるわ。ダンジョン愛よ、ダンジョン愛!」
そう言い残して、紅小谷は花火の方へ走って行った 。
矢鱈さんが紅小谷の言葉に笑いながら
「くくく。じゃあジョーンくん、僕らもいかない?」
「あ、じゃあ先に行ってて下さい、すぐに行きますから」
「そう? じゃあ先に行くよ?」
矢鱈さんは不思議そうな顔をした後、肉串をもう一本手に取り花火の方へ歩いていく。
矢鱈さんの後ろ姿を見ながら、胸に熱いものを感じる。
俺はすぐそこに見える、あの光景を目に焼き付けておきたい、そう思った。
昨日まで知らなかった、他人同士だった人達が、あんなにも仲良さそうに笑っている。
しかも、俺のダンジョンを通じて。
青春バカみたいだけど、何だこれ、めちゃくちゃ嬉しい!
「よーーしっ! やる気が湧いてきたぞーー!!」
俺はさらなる高みを目指すことを決意した。
俺は花火を横目にゴミ袋を広げ、先に簡単な物だけ後片付けを始める。
火薬の匂いと皆の笑い声が心地よい。
「へへ……」
ふと、笑いがこぼれた。
無事イベントも成功して、常連も増えそうな手応えがあった。
次はどんなイベントをやろうかなぁ。
残った肉串を咥え、空を見上げると綺麗な満月が輝いていた。
所持DP 183,602
参加費32人 96,000(平子兄弟と自分除く)
BBQなど -25,000
ペナルティ -36,720
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計 217,882