今日も誰かにメールが届いている
枕元のスマホが鳴る。
「う、うーん……」
まだ重い目を擦りながら画面を見ると、昨日、丸井くんに送ったメールの返事が届いた。
『お久しぶりです、いやぁお恥ずかしい……。実は絵鳩さんと蒔田さんのお二人に偶然アンダーグラウンドで会いまして、条例の話を聞いたんです。それで、僕も何かお手伝いできないかと思って、番組で紹介させていただきました。ほんとに大変だと思いますけど、応援してますので頑張ってくださいね!』
これは何かお礼をしなきゃな。
離れていても、こうして応援してもらえるのは本当に嬉しい。
思えば、あのメダルブームもあっという間だったよなぁ……。
布団から出て、身支度をすませて外に出た。
思いっきり背伸びをして、「よし!」と気合いを入れた。
丸井くんの動画から、署名に協力してくれる人が500人以上も集まっていた。
今日はその件で、役所に相談に行くことにした。
ダンジョンの開店準備は花さんが来てくれるので問題ない。
スクーターに乗り、長閑な田舎道を走り抜け、国道に出た。
途中、うどん屋に寄って、かけうどんを三玉ずずずと掻き込む。
安いわ、旨いわ、ボリュームあるわで、消化は早いし、糖尿リスク以上の恩恵があるわー。
すっかり身体が温まったところで、再びスクーターを走らせ役所に向かった。
*
――123番。
「お、俺だな」
順番が回ってきたので、受付に向かう。
整理券を渡すとお姉さんが、
「今日はどうなされましたかー」とにっこり微笑んだ。
「あ、すみません、あの署名に関してお伺いしたいのですが……」
「署名……ですか?」
「はい」
「少々、お待ちください」
お姉さんはすっと席を立ち、後ろに座ってふんぞり返っていた男性職員に何やら相談している。
男性職員はちらっと俺を見て、お姉さんと少しやり取りした後、面倒くさそうに席を立った。
「では、ご案内しますのであちらにどうぞ」
戻って来たお姉さんが、簡易パーティションで区切られた応接ブースに手を向けた。
「ありがとうございます」
ブースに行くと、さっきの男性職員が満面の笑みで出迎えてくれた。
「どうも~、こんにちは、さ、どうぞどうぞ、お掛けになってください~」
人が変わったように、低姿勢で笑顔を崩さない男性職員。
少し気味が悪いなと思いつつ、「失礼します」と言って席に着いた。
「えっと、ご署名に関して、と伺っておりますが……」
「あ、はい、あの先日の条例に関して署名を集めようと思ってまして」
男性職員の頬が一瞬、ピクッと引き攣ったように見えた。
「なるほどですねぇ~、そうですか、それはそれは……」
「一体、どういう形でどこに提出すればいいのか知りたいんです」
「そうですかぁ~、それはそれは」
と言って、大袈裟に頷いた後、
「はい、まずですね、有権者の50分の1の署名をご用意していただき、一旦こちらで名簿の審査がございます、提出先等につきましてはこちらの資料をご確認ください」と、職員はクリアファイルに入った資料を差し出した。
「あの、例えば、他県の方の署名なんかはどうなりますか?」
「ええ、選挙権さえ有していれば問題ありません」
「そうですか、良かったぁ~」
「他に何かご質問等なければ……」
「あ、はい、ありがとうございました」
「いえいえ、では失礼いたします」
深々と頭を下げ、男性職員はデスクに戻っていった。
意外と良い人なのかな……。
ま、これで後は集めるだけか。
まずは行動あるのみ! やれるだけやってみよう。
俺は資料を片手に役所を後にした。
*
家に戻り、荷物を置いてダンジョンに向かった。
「お疲れ様~」
カウンター岩の中にいた花さんが振り返った。
「あ、ジョーンさん、おはようございます、準備は終わってます」
暖かくなってきたからか、髪の毛をラフな感じでお団子に纏めている。
岩カウンターと後ろのダークブラウンの棚の落ち着いた色合いの中で、花さんが着ているスタンドカラーの白シャツがとても綺麗に引き立って見えた。
しかも、今日は細い丸フレームの眼鏡を掛けている。
これは、繁盛するぜ……。
そう小さく頷きながら、俺はカウンター岩に資料とスマホを置いた。
「ありがとう、いや~助かるよ」
「いえいえ、あ、どうでしたか?」
「うん、他県でも問題ないみたいだから、連絡くれた人にメールを送ってみようと思って」
「そうですか……、何か手伝います?」
「いやいや、接客してくれるだけで十分ありがたいよ」
「じゃあ、今日は私が珈琲淹れますね」
花さんがちょっと得意気味にふふふ……と笑った。
「え、ほんと? それは楽しみ!」
「い、いや、あんま期待しないでくださいね……、まだ練習中なので」
少し顔を赤らめながら、花さんは珈琲を淹れ始めた。
俺はデバイスをOPENにして、カウンターの隅で作業に入った。
スマホからさんダを開く。
さんダのページは良くできていて、メールボックスに届いたメールを選択して、一括でメールが送れるようになっている。
「えーっと、チェックボックスで選択して……、このメールを送信、と。お、意外と簡単だな」
「はい、ジョーンさん、どうぞ」
花さんがマグカップを置いた。
「うわー、ありがと! へへへ……いただきます」
ふーふー、と少し冷ましながら口を付ける。
おぉ! やっぱセンスがエグいな。
もう、全然、その辺の喫茶店にも引けを取らない。
「花さんすごいね? マジで美味しいよ」
「ホントですか⁉ やったー!」
嬉しそうに笑顔で両手を上げる花さん。
ちょ、眼福すぎて意味がわからない。
俺はせり上がる頬を精神力で押さえつけた。
後はご近所さんにも協力を頼んでみるか……。
*
――ダンジョン協会うどん県出張所。
誰もいなくなった所内で、帰り支度をしていた沢木に大石が声を掛けた。
「沢木さん、ちょっといいですか?」
「おう、どうした? 飲みは勘弁してくれよ、今日こそ帰らないとカミさんがな、ははは」
「違います、その、例の条例の件なんですが……」
大石が切り出すと、沢木の顔つきが変わった。
「あー、あの条例ね、もう明日でいいか? 早く帰りたいんだよ」
「すぐ、すぐに終わります! これ、見てもらえますか?」
大石は手に持っていたA4の紙を見せた。
そこには、To:Mindという会社から送られた、条例伴う講習会の予定や、付随するDVDの納入予定などが纏められていた。
「どこでこれを?」
「今朝方、メールで届いたものです」
沢木は一瞬、チッと舌打ちをして顔を歪めた。
「これ、沢木さん宛でした! どういうことですか⁉ まだ条例は可決していませんよ⁉」
「おいおい駄目じゃ無いか、流石に勝手にメールを覗くのは良くないぞ?」
意外にも沢木の口調は優しい。
てっきり怒鳴られると思っていた大石は勢いを失ってしまう。
「それは……件名に条例の事があったので、確認しようと……」
「なぜ、お前がそれを確認するんだ? 気を利かせてくれたのかも知れないが、俺宛のメールのはずだろう?」
沢木は穏やかな態度を崩さない。
「も、申し訳ありません! その事については謝罪します! ですが――」
「大丈夫、大石の思っているようにはならない、それは約束する」
「沢木さん……」
「そうだ、お前海が好きだったよな? 沖縄とか良いぞ~、女の子も綺麗だ。そうそう、なんくるダンジョンもあるしな、あそこのスタッフの子見たことあるか? アイドル顔負けだぞ?」
「え……」
「お前、有給消化してないだろ? ちょっと休んで来たらどうだ?」
「さ、沢木さん……ちょ――」
沢木は大石の言葉を遮る。
「悪かった、お前が仕事できるもんだからさ、ついつい俺も頼っちまうんだよな……、すまん!」
「そんなこと……」
「いつでも言ってくれ、有休消化できるようにするから、な? 彼女も喜ぶんじゃないか?」
沢木はわざとらしく腕時計を見て。
「あ! じゃ、悪いな、カミさん待ってるからさ、明日また聞くから、お先!」
ぽんと肩を叩き、沢木はスーツを肩に掛け出て行った。
「あ……」
一人取り残された大石は、閉まった扉を呆然と見つめていた。
五〇万字突破しました、これからもよろしくお願いします!





