鳴り止まぬ通知
ブブブ……ブブブ……。
「ん? さっきからやたら鳴ってんな……」
俺は開店作業の手を止め、カウンター岩の上で震えるスマホを手に取った。
「がっ⁉ な、720件⁉ ちょ……、えっ⁉ どういうこと?」
一体、何があったと言うんだ!
もしや、これが炎上という奴か?
しかし、俺は芸能人でもインフルエンサーでもない、ただの一般人だ……。
もしかして、何か隠し撮りされたのをネットに晒されたとか?
いや、別に晒されて困るようなことは神に誓ってしていない!
「……」
――ハッ!
もしや、花さん絡みで……。
花さんのストーカーが、俺にヤキモチを焼いて、あること無いことをネットに……。
ありえる。
そうだよな、大いにありえる。
今、ラブコメも流行ってるし……。
少しの間、画面を見つめた後、俺は意を決してスマホのロックを解除した。
「通知はさんダのサイトからか……」
さんダのサイトに飛んでD&Mのページを見ると、ダイレクトメッセージの未読カウンターが、今現在もピコピコ増え続けていた。
も、もしかして、クレーム……?
い、いや、流石にそんなはずは……。
恐る恐るメッセージを開く。
すると、『件名:頑張ってください!』の言葉が目に入ってきた。
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件名:頑張ってください!
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ギーの配信で見ました!
私もダンジョン好きなんで条例には反対です! 署名を郵送しましたのでよろしくお願いします!
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件名:共に憂国の憂いを断つ!
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当方、杉並区周辺で憂国愛心倶楽部という活動を致しております、剣崎斗真と申します。今回、偶然に見たインターネット配信で偶然今回の件を偶然知り、偶然D&M殿の思想に当方、感服致しました。偶然の出会いに打ち震えておりますれば、当方も立たぬ訳には参りません。つきましては、当該メールに「入会希望」の旨をご記入頂き、件名頭に【入会】と一言添えてご返信を頂きたく存じます。何卒、宜しくお願い申し上げます。
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件名:ぽまい、魔剤ンゴ!?
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おいおい、ギー氏の配信で見たけどよ、やりすぎっと人権ないまであるぞ⁉ まあ、権力に屈するのは俺としてもやぶさかではない故、全日本署名組合に入りました。こうなったらダブルスコアで優勝っしょ! あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~
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「こ、これは……」
メッセージはどれも条例の署名に関するものだった。
しかも、好意的なメッセージが殆ど。
稀に、意味不明なメッセージもあったが、それはどうでもいい。
気になったのは皆のメッセージに、配信からと書いてあったことだ。
「ギーさん……おいおい、丸井くんかよ……」
慌てて動画サイトを開き、ギーザス丸井で検索をする。
「あっ⁉」
【ギーザス丸井のダンジョン潜ったろ!】
いいね! 82.8k 再生数 129万
ちょ、マジで⁉ 再生数129万⁉ しかも、ダンジョン配信⁉
てっきり下北沢のブックバー辺りで夜な夜なトークショーをしているもんだと……。
「え! ちょ……奇聖鉄のアタックスミス持ってんの⁉」
あんなハイブランド、もし手に入れたとしても普通使えないぞ?
IT社長くらいしか持ってないと思ってたが……。
でも、何で丸井くんが署名のことを知っているんだ?
ニュースで見たとか?
うーん、でも署名のことなんて何も言ってないしなぁ。
ともかく、一度丸井くんに連絡してみるか……。
* * *
――高田馬場・ダンクロ営業戦略本部。
「だーかーらー! いくら経営陣が変わっても、あんたみたいな既存のやり方じゃ、今の時代通用しねぇ! 顧客ファーストって言ってんだろ!」
「冷静に話したまえよ、真藤君。そんな喧嘩腰では、何の議論もできないでしょう。ねぇ?」
「「はははは」」
熱気を帯びた会議室に嘲笑がこだまする。
「くっ! 笑いたければ笑えばいい! でも、会長はおっしゃられた、下剋上だと! もう俺達は我慢しないぞ!」
正義感の塊のような真藤という男、その脇を固める若手社員達。
対峙するは、まるで中華宮中のようなダンクロ派閥闘争を勝ち残ってきた古狸。
ひいき目に見ても、若手社員達の劣勢に見える。
終始、仏のような微笑を携えていた営業本部長の五十嵐の顔から、笑みが消えた――。
「真藤、勘違いするなよ? 下剋上ってことはな、俺達も遠慮する必要がなくなったってことだ」
「え、遠慮……?」
真藤が困惑の表情を浮かべる。
「そうとも、お前らのミスのリカバリー、取引先への根回し、有休消化のシフトカバー、福利厚生の交渉、常に正当な評価を訴えてくる、お前らの為の研修プランの充実……」
五十嵐が静かに立ち上がり、頭を振った。
「おっといかんな、年をとると短気になっていかん……。はは、売り言葉に買い言葉だ、訴えてくれるなよ?」
苦笑し、会議室の窓から外を見た後、五十嵐は振り返って話を続けた。
「私としては、混乱は望まない、お客様に迷惑が掛かるからな。これは君の言う顧客ファーストではないのかな? はは、まぁ良い。それよりも、幸い、今の私のポジションなら、君たちよりも出来ることは多い。どうだろう? 君たちの要望を聞かせてくれ、一緒にダンクロを世界一の企業にしようじゃないか?」
会議室から音が消えた。
五十嵐が古参社員に目配せをすると、古参社員が席を立った。
「さぁ、本部長も前に進もうと提案をしてくださってる、いい加減大人になれ! 俺達は敵同士じゃない、同じ釜の飯を食う仲間なんだぞ?」
「……」
若手社員達の勢いがなくなっていく。
五十嵐が咳払いをし、皆が注目する。
突然、五十嵐が深々と頭を下げた。
「すまん! こうなったのも全て私の責任だ……皆の不満に気付けなかった! 申し訳ないっ! 頼む、もう一度、もう一度だけ、チャンスをくれないか!」
古参社員達が五十嵐に駆け寄る。
大袈裟に膝を付き気遣う者、わざとらしく目頭を押さえる者達に囲まれ、五十嵐は大きく頷きながらさらに頭を下げた。
「本部長! そこまでしなくても……」
「いや、いいんだ。彼らの生活がかかっている……。私が失脚したら誰が彼らを守れる? 私は実力だけで人を評価しない! その人間の心根も評価する!」
五十嵐の訴えは熱を帯びてきた。
「皆が皆、真藤くんのように優秀にはなれないんだ! 努力しても、今一歩、結果に結びつかない時だってあるじゃないか……。そんな時、誰が彼らを評価してあげられるんだ? 私なら、ずば抜けて優秀な一人の社員より、落ち込んでいる社員と一緒に泣いて、一緒に頑張っていくような人間を評価する。なぜなら! 会社はチームだからだ!」
真藤の顔が歪んだ。
若手社員の中の数名が席を立ち、五十嵐の元へ駆け寄った。
「あ、あの……すみませんでした!」
「自分も、大人になれてなかったです!」
「ははは、何を謝ることがあるんだね? さて、もうお昼も回ってる、皆でランチでもどうだ? こんな会議室じゃなくて、もっとざっくばらんに意見を交換しようじゃないか?」
「「は、はい!」」
五十嵐は、
「真藤くん、君もどうかな?」と声を掛ける。
「……遠慮しておきます」
真藤は勢いよく会議室を出て行った。
「お、おい! 真藤! す、すみません、お先に失礼します!」
真藤の隣にいた若い社員は、皆に頭を下げ、その後を追った。
「ああいう奴は、平気で仲間を捨てるからなぁ」
「やれやれ、一回のミスも許せないタイプなんだろう」
古参社員がここぞとばかりに、若手社員に吹き込む。
五十嵐はそれを見て満足そうに微笑むと、
「さぁ、何処が良い? 奮発してうなぎでも食べるか? わははは!」と豪快に笑った。
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