深淵からの鳴き声編 ⑦ 我ら鎧猫小隊
――ケットシー陣営。
「おいおい、あいつ殺られてんじゃねぇか……」
少し離れた場所から光に包まれる曽根崎を見た犬神が鼻で笑った。
『お命頂戴!』
『この曲者めー!』
犬神は、わらわらと飛び掛かってくる猫又達をいなす。
「おらおらおら! 足りねぇぞーーー!」
大声を張り上げ、アカシア六角棒を振り回す姿はまさに怪僧。
哀れ、ピンボールの玉のように弾かれた猫又達が丸くなって飛んでいく。
「わははは! 所詮は猫よ! おらおらおらーっ!」
無双状態の犬神を囲む猫又達がさっと道を開けた。
現れたのは鎧を纏った猫又の集団――鎧猫小隊。
「お? 何だ何だ、面白そうなのが来たじゃねぇか?」
犬神は六角棒を肩に乗せ、楽しそうな笑みを浮かべている。
紅い鎧姿の猫又が前に出た。
『この聖戦に水を差す不届き者めが……、ケットシー様の覇道を邪魔立てする輩は、我ら鎧猫小隊が粉砕する!』
「何をニャーニャー言ってんだ? ほら、早く掛かってこい!」
鎧猫達が散開し、犬神を囲む。
犬神と真正面に対峙する紅い鎧姿の猫又が剣を抜いた。
『掛かれーっ!』
一斉に鎧猫小隊が犬神に襲い掛かった!
『『うぉおおおおーーーーー!』』
「甘いわぁ! ぬぉりやああああああ!!!」
犬神は鬼神の如き形相で、鎧猫達を叩きのめす!
「臨む兵、闘う者、皆 陣列べて前に在りぃーーっ!!」
巨大な扇風機のように六角棒を振り回す犬神。
大天狗か風神か、もはや人間業ではなかった。
『ひ、怯むな! 掛かれーっ!』
鎧猫小隊も負けずと頑張るが、その圧倒的力量差によって、一体、また一体と宙に舞う。
『うわーっ!』
『ぐはぁーっ!』
辛うじて受け身を取った猫又が紅い鎧の猫又の元へ駆け寄る。
『ニャ、ニャーン・コップ兵長! このままでは壊滅です!』
『お、おのれぇ……』
ニャーン・コップが地に膝を付き、恨めしそうに犬神を睨みつける。
「おいおい、猫ちゃん。あんまり恨んでくれるなよ?」
犬神は六角棒を紅鎧に突きつけた。
***
――カウンター岩前。
「ちょ! え? リーダー⁉」
突然カウンター岩前に転送されて来たリーダーを見て驚く。
いやいや、リーダー?
どう考えてもやられるわけないと思うんだけど……。
照れくさそうに頭を掻くリーダー。
「は、ははは……、ちょっと、油断したかな~なんて」
「何があったんですか? こっちからだとあまり見えなくて」
「いや~、アサルトポインターに気を取られてたらさ、後ろのコボルトに気づかなかった」
「ア、アサルトポインター?」
そんなモンスいつの間に……。
デバイスで確認すると、確かに黒豹のようなモンスが二頭、画面に映った。
「ほ、本当ですね! コブからすると両方とも雄か……」
「あいつら、ほんとしつこいんだよな。ま、次は瞬殺するけど」
「あ、もう一度行きますか?」
「当然だろ?」
リーダーはそう言って、カウンター岩の上に置いてあったグラスを手に取り、
「お、珈琲? これ貰うわ」と飲み干した。
「あーっ⁉ リーダーッ!」
「ブーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
リーダーは毒霧を吐いた。
間に合わなかったか……。
「うへぇ! ジョーン! 何だよこれ⁉」
「その……、年賀状に使おうと思ってた染料です……」
「ったく、年賀状は良いとしてもだな、何でこんなとこに……水、水!」
「あ、はい! すみません、どうぞ……」
リーダーは水で口を濯ぎ、「お客さんが飲んだら大変だぞ、気をつけろよ?」と俺を見た。
口の周りに泥棒髭のような薄黒い跡が残っている。
「!?」
ヤバい、意識しちゃ駄目だ。
気にしない、気にしない。
「さて、じゃあ挽回しねぇとな」
ダンジョンの奥をカッコいい感じで見つめるリーダー。
リーダーの真剣な横顔から思わず目を逸らす。
あ、危ねぇ……、落ち着け! 冷静に、冷静に……。
俺は太ももをつねりながら、「ご、ご武運を」と返す。
「ああ、まぁ見とけ! じゃ行ってくるわ!」
颯爽と駆けていくリーダー。
ふぅ……、死ぬかと思った。
***
――ケットシー陣営。
ヘロヘロになりながら、伝令役の猫又がケットシーの元へ戻ってきた。
『ほ、ほうこく~、ほうこく~……。にゃ、ニャーン・コップ兵長が……う、討たれました~……』
『な、なんと、ニャーンコップ殿が⁉』
取り巻きの猫又達がどよめく。
神輿ソファの上からケットシーが身を乗り出した。
『ニャムゥ⁉ あのニャーンコップが……。ええぃ! あっちの方はどうなってるニャム?』
『ま、間もなく完成するかと』
『よし、報告を怠るニャよ』と、ケットシーはまたソファに寝そべった。
***
――コボルト陣営。
『あれは……』
コボルトがフロアの隅の方でこそこそと動く猫又を見つけた。
全身黒装束に身を包み、背中に大きな袋を背負っている。
何やら辺りを気にしながら、白い粉で地面に線を引いているようだ。
『一体、何をしているんだ?』
不審に思ったコボルトがフロアを注意深く観察すると、いろいろな場所で同じように黒装束の猫又が線を引いている。
何かがおかしい。
コボルトはスケルトン隊の一部を偵察に向かわせる。
――と、その時。
ベビーベロスの左頭が青い炎を吐き出した。
その炎を切り裂き、猫屋敷が躍り出る!
「いっただきーーーーーーっ!」
『チッ!』
猫屋敷のバステトの爪がコボルトの肩に喰い込むが、咄嗟にコボルトが剣でカバーする。
「これを止めちゃうかー、やるねぇ」
『ピュィーーーーーーーーー!』
コボルトは口笛を吹いた。
「ん? 何?」
猫屋敷の両脇からアサルトポインターが襲いかかった!
「ふぉーっ! あっぶねぇ!」
両爪でアサルトポインターの攻撃を弾き返し、距離を取る。
「甘い甘い、そこらのダイバーと同じにしないでくれよ?」
猫屋敷がチチチと舌を鳴らした。
アサルトポインターが唸り声を上げながらにじり寄ってくる。
「うーん、厳密に言うならば、君たちは猫型モンスではないんだよね、だから……手加減なしだ」
猫屋敷が飛び掛かろうとした、その瞬間――。
――――串刺しの九槍!!
凄まじい連撃がアサルトポインターを貫き、ベビーベロスの左頭部を纏めた。
辺りには氷の結晶が舞っている。
猫屋敷は「ひょーっ、凄いね」と小さく呟いた後、
「あれ? もう帰ってきたの?」と曽根崎に声をかけた。
「ごめん、ごめん、あのアサルトポインターだけはやりたくて、ははは……」
「まぁ、別にいいけどね。どうする? コボルトもやっとく?」
そう言って、曽根崎と猫屋敷がコボルトの方を向いた瞬間、ベビーベロスが咆哮を上げると同時に、数発の炎玉を吐き出し、その場を離れた。
「あっ‼ いや~、あの紺柴はホントに戦い慣れしてるね」
「やっぱ、一気に詰めないと駄目かな?」
曽根崎が肩を小さく回しながら尋ねる。
「うーん、そうだねぇ。まぁ、でも、そろそろ犬神が暴れ始める頃だと思うんだ」
「犬神さんのこと?」
「そうそう、そのくらいしか取り柄がないからねぇ~」
猫屋敷は「クックック……」と嬉しそうに笑い、ケットシー陣営を眺めた。