深淵からの鳴き声編 ③ 京都にて
――京都・四条河原町。
『BAR浮かれ猫』と書かれた看板にふっと光が灯った。
それからしばらくして、厚手のコートを纏った森が店に入る。
「うー、さむっ! 寒なんの早すぎちゃうか……」
森はぶつぶつと呟きながら白シャツのマスターに、「悲田梅」と言って奥の座敷へ向かう。
襖を開けると、すでに十傑の面子が数人座っていた。
「えらい道が混んではったんですね?」と三島が言う。
「はいはい、遅れました、すんませーん、これでええか? ったくほんま、嫌味なやっちゃなぁ……」
森はそう言い捨てると、座りながら「俺、生中ね」と店員に注文した。
「森さん、あんまり飲まない方がいいんじゃないっすか? お酒弱いんだし……ククク」
フードを目深に被ったまま、スマホゲームに興じる藤堂が、からかうように笑う。
「あ? どつくぞ?」
「へー、やってみます?」
藤堂の鋭い目が覗いた。
「まぁまぁ、森さんちょっと落ち着いて。藤堂もいい加減にしろって」
困り顔で二人を宥めるメガネを掛けた小太りの男。
「六車さん、そんな気を使うことやないですよ。いつものことですし、六車さんもどっちが上か気になるんと違います?」
三島は澄ました様子で冷酒に口を付けた。
何食わぬ顔でゲームを続けていた藤堂が、
「だったら、やってみます? 俺、構わないっすよ?」と顔を上げずに言う。
「おーおー、吠えよるのぉ? ボクサー崩れがなんぼのもんじゃコラッ⁉ あぁ?」
「森さん、あんた一線越えたよ、今? わかる?」
藤堂がワイヤレスイヤホンを外し、スマホをテーブルに置いた。
「かぁー、何や藤堂、今日はえらい調子乗っとんのぉ……いっぺん三途渡したろか?」
「お、お前らぁ~……いい加減に……」
六車の顔が紅潮し、まるで鬼のような形相に変わろうとした、その時――。
「おい、お前らうるさいぞ? 店の迷惑になるだろうが」
狛犬のような厳つい顔をした大男が、欄間をくぐるようにして座敷に入ってきた。
「犬神さん! 良かった~、言ってやってくださいよぉ~、こいつら全然言うこと聞かなくて……」
六車が気弱そうな白い顔に戻って泣きつく。
「ったく、お前ら間違っても六車をキレさすなよ? 後が大変なのは知ってんだろ?」
犬神は面倒くさそうに頭を掻くと、自分の席に座った。
「えー、皆さん、揃いはったようなので、連絡事項をお伝えします」
三島が何事もなかったかのように、よく通る声で言った。
森は頬杖をつき、不貞腐れた顔で刺し身盛りから白身魚だけを選り分けている。
「来月って何かあったっけ? 特におっきいイベントもなくね?」
「まぁ聞けよ、藤堂。飲むか?」
犬神がビール瓶の口を向けた。
「お、悪いっすねー」
藤堂が嬉しそうにグラスを傾ける姿を横目に、三島が再び口を開いた。
「皆さんも知ってはるとおり、前回のNARAKU以降、ウチらに目立った戦果がありません。そこで、各自情報収集に務めるようにと九条さんからの指示がまず一件、それと出張中の猫屋敷さんから面白そうな話が来てますね」
「猫屋敷ぃ? なんだあいつ、また猫でも探してんのか? ったく」
犬神が憎らしそうにビールを呷った。
「相変わらずバチバチやないっすか?」
森がからかうように言うと、「ほっとけ」と短く笑い、犬神は三島に先を促した。
「何でも、猫屋敷さんがずっと追ってはった、レイド級の猫型モンスに関する新たな情報があると……」
「あの人も暇だよねー、腕は良いんだけどさ。てか、猫型にレイド級はいないっしょ」
「で、その情報って?」
藤堂をスルーして、六車が三島に尋ねた。
「過去、一度だけそのモンスが現れた地域で、現在ケットシーがパレスを作っているダンジョンがあるそうです」
「それは……そこまで珍しくないんじゃ?」
「くだらん、いつまでも夢みたいな事ばっかいいやがって……」
「猫屋敷もモンスが発生してから言えっちゅうねん。こんなんで一々集められたら敵わんわ……」
既に顔を赤くした森がぼやく。
三島は皆の話が収まるのを待ってから言った。
「そのダンジョンですが――、香川にあるD&Mというダンジョンやそうです」
「D&M⁉」
森がビールを吹き出す。
藤堂は様子を見るように静かにグラスを空けた。
「何だ? お前ら知ってるのか?」
犬神が皆に訊くと、六車だけが顔を横に振った。
「僕と、森さん、藤堂さんは、そこの店長と面識があります」
「俺と三島はNARAKUで一緒になったんですよ。森さんは前から知ってたみたいですけど」
藤堂が割って入り、犬神に説明する。
「ふーん、そうか。なら、猫屋敷の件はお前らに任せる、俺は……」
言いかけた犬神に三島が、
「それが……、犬神さん、ご指名なんです。猫屋敷さんから」と紙を見せて、ひらひら揺らした。





