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深淵からの鳴き声編 ② ある日の渓谷

 都内唯一の渓谷である等々力(とどろき)渓谷に存在するダンジョン――ゴルジュ等々力。

 湿原ならではのモンスも多く、中でもカルガモラの(つがい)はおみやげのマスコットになる程の人気だ。難易度は比較的優しい部類だが、このダンジョンには、もう一つ特徴があった。


「ったく、ケットシーばっかだな……」

 曽根崎は愛槍である『クライ曽根崎SP』を振ると、だるそうに呟いた。


 それもそのはず、ここゴルジュ等々力のもう一つの特徴は、猫型モンスが異常に多いということだ。中でもその主たるケットシーは、個体差の著しいモンスなうえに強さもマチマチ、さらには眷属の猫又も生み出してしまう……。


 攻撃方法も幻惑や特殊アイテムなどトリッキーなものが多く、見た目の可愛さに惑わされず速攻で倒していかないと、気づいた時には『 詰 み (アリーヴェデルチ)』という事態になりかねない。


 曽根崎もそれをわかっているのだろう。

 ケットシーが現れたと同時に槍を繰り出し、迅速に対処する。


 ダンジョンにおいて一瞬の躊躇(ためら)いが、長い後悔を(もたら)すのは基本中の基本。

 プロとしてやっていくには、身についていて当然のスキルなのだ。



 一通りダンジョン探索を終えた曽根崎が更衣室で着替えていると、同年代らしき細目の男が声を掛けてきた。

 猫っ毛を赤く染め、耳元には金色のリングピアスが輝いている。

 曽根崎の周りではあまり見掛けないタイプだ。


「見ない顔だよね? 初見じゃこのダンジョンはキツいでしょ?」

 そう言って男はクシャッと笑い「俺は猫屋敷、ここの常連」と缶コーヒーを差し出した。


「いいの? あざっす! 俺は曽根崎」

「曽根崎くんはこの辺の人?」


「いや、俺は笹塚っすね。ていうか、今は全国のダンジョン回ってるんすよ」

「ていうと……、もしかしてプロだったりして?」


「だはーーっ‼ わ、わかります? そっかそっか、わかっちゃうかぁ! やっと俺にもプロとしてのオーラが滲み出るように……」と、一人頷いた後、「あれ? オーラって肉眼で見えるんだっけ?」と首を傾げる曽根崎に、猫屋敷はやや圧倒されながら「さぁ……」と返した。

「確か色があるんだよね、何かで見た気がする! いや見た!」

「そ、そう……」

「ちょ! もしかして見えないんじゃなくて、透明ってパターン⁉ え? どうしよう、俺、気づいちゃったかも⁉」


 猫屋敷は仕切り直すように、やや声量を上げ、

「す、凄いよねー、曽根崎くんはプロなんだ? じゃあ、ここも大したことなかったかな?」と話を戻した。

「いやいや、もうウンザリ……。ケットシーってどいつもこいつも違う攻撃してくんだよね? 何なんだろ、あれ?」

「ははは、確かに。まぁ、俺みたいなマニアにはそれが良いんだけど」


「え? マジ? 俺どっちかっていうと犬派なんで……、精神的に助かったっつーか」

 曽根崎が苦笑いを浮かべると、猫屋敷が「そうか、犬派か……」と目線を落として呟いた。

「あ、あれ? いや、猫も嫌いじゃないっすよ?」


「あぁ、ごめんごめん、別に『猫派になれ』なんて言うつもりはないからさ、あはは。うーん、そうだな、ここで会ったのも何かの縁だし、一応犬派寄りの曽根崎くんに、猫派代表として猫様の凄いところをアピールしておこうかな」

 またもクシャッとした笑顔を見せ、

「犬型モンスにはケルベロスやライラプス、オルトロスとかいるよね?」と曽根崎に目を向ける。


「うん、いるね。オルトロスは未だにお目に掛かってないなぁー」

「はは、レイドボスだからね、遭遇するのには運も必要だし――ところで、一番強い猫型モンスを知ってるかい?」

 猫屋敷が片眉を上げて曽根崎に問いかけた。


「うーん……猫型モンスにレイドボスって……いたっけ? ちょい待ち! えっと、ケットシーと猫又と……デス・キャット……違うな。あ、確かバステト?」

「残念! バステトはレイドボスじゃなくて上位種でしたー。それに中東じゃなきゃお目に掛かれない、地域固有種でしたー」


「そうか……、え? 他に何かいたっけ?」

「それがいるんだよ、まぁ、俺みたいな猫マニアの間でしか知られてないような、ある種、都市伝説に近いんだけどね」


 曽根崎は身を乗り出して、

「都市伝説⁉ 何それ! 気になる、教えてっ!」と猫屋敷に顔を近づける。

「だ、大丈夫、お、教えるから、ちょっと離れて……」

「あ、ごめん」と曽根崎が距離を取ると、猫屋敷は咳払いを一つして、怪談話でも始めるように声のトーンを落とした。


「――ニャンラトホテプ……こいつは本当にヤバいらしい。そもそもの始まりは、40年前の古い地方新聞に載った小さな記事なんだ。近年、山猫堂っていう雑貨屋の店主が見つけてね。その出現したってダンジョンも、ここみたいに猫型モンスが多い所だったそうなんだ……。当時はかなり話題になったみたいだけど、今はもう誰も覚えてないんじゃないかな……。何たってそれ以来、一度も姿を見せてないからね」

「……その、ニャンラトポテトってのは……どうヤバいの?」

 神妙な顔で曽根崎が訊く。


「ニャンラトホテプね、ホ・テ・プ!」

 猫屋敷はしっかりと訂正して話を続けた。

「オホン。で、その記事の見出しにはこう書かれていた――謎の特異種か⁉ 巨大猫型モンス、ダンジョンを破壊――」

「ダンジョンを破壊⁉ マジで? 流石にそれは盛りすぎじゃないの?」

「ま、まぁ、多少の誇張はあったかも知れないけど、一応新聞記事だからそれなりの信憑性はあると思う。ただ、今となっては確認のしようがないんだ。そのダンジョンはとっくに潰れてしまっててね……、しかも過疎化が進んで当時を知る人も見つからないんだ……」

 話し終えた猫屋敷はふっと笑う。

「信じるか信じな……」

「すげぇ! うわー、見たい! うーん、大きいってどんくらいだ? グランイエティよりは絶対大きいよなぁー! どんなモンスだろ?」

 曽根崎が食い気味で話を被せる。

 決め台詞を言えなかった猫屋敷は「あ……」と小さく声を漏らしたが、うんうんと頷いた。


「あ、ちなみにその田舎ってどこ?」

「ん? えっと確か……香川県だったかな」

「ふーん、ニャンラトポトフね……香川か……」

「あ……曽根崎くん、ホテプだから」

 猫屋敷のツッコミは気にもとめず、何やら思案顔で曽根崎は缶コーヒーを飲み干した。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫モンスが多いのは由来があったのですか。 しかし、犬も増えてきた今、せ戦争じゃ
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