夏が終わりそうです。後編
「見つけたっ!」
俺は黄色い影目掛けて、スライディングタックルを繰り出す。
が、僅かな隙間をぬって、影は奥へと逃げていく。
「くそっ、何て速さだ……」
走り去る影を目で追う。
すると、回り込んできた紅小谷が待ってましたとばかりに、向かい側の通路に立ち塞がった。
――止まる影。
このチャンスを逃してなるものかと、俺は後ろに付く。
すぐに絵鳩&蒔田コンビもカバーに入った。
「メガ牛鬼砲、用意――」
蒔田がメガ牛鬼砲を構える。
「ちょ、バカ! 俺まで吹っ飛んだらどーすんだよっ!」
俺は蒔田に声を上げた。
――と、その瞬間、黄色い影が動く。
「行ったぞ!」
「任せて! たあ!」
絵鳩が盛大に空振る。
「こっちが本命!」
その後ろから飛び出た蒔田が、ボーンクレセントで強襲する!
『ガウ⁉』
黄色い影は蒔田の攻撃を受け、空中で弾かれた。
地面に転がる謎のモンス。
「いまよっ! ジョンジョン!」
「おう!」
――シュッ!
俺はルシール改を振りかぶっ……。
「え?」
倒れたモンス見ると、どう見てもコボルトだった。
横には、黄色い布が落ちている。
『ててて……、捕まっちゃったガル』
しょんぼりと耳を折り、ぺたんと座り込むコボルト。
まだ、幼い個体だ……。
これは茶柴だな。
この規模のダンジョンにコボルトが発生するなんて珍しい……。
「ちょ、ジョンジョン何やって……って、コボルト?」
「わぁ、可愛い!」
「もふもふ……」
紅小谷たちが集まり、俺達はコボルトを囲む。
「どうする?」
「うーん、襲ってくるわけじゃないし、今はほっときましょう。それよりも……ジョンジョン、これは事件だわ」
「ちょ、ちょっとだけ待ってくれない?」
急いで戻ろうとする紅小谷を呼び止め、俺はコボルトに話し掛けてみた。
「な、なぁ、何でそんな布を被ってたんだ?」
『ガウ? むらやんとの約束。オイラお手伝いガル』
「むらやん……」
もしかして、店主?
――コ、コボルトに……ラキモンの真似をさせていたのか?
俺は理解に苦しむ。
ここまでモンスと信頼関係が築けるのなら、他にやりようはいくらでもあったはず……。
何か理由があるにせよ、こんな営業方法を選ぶ必要があったのか?
現に、中堅ダンジョンの中には、モンスをアクターとして扱う特殊なダンジョンもある。
確かに、モンスと深く関わりを持つことは何かとタブーにされがちだし、その理由も俺は理解しているつもりだ。
でも、決して、それが全てではないとも思っている……。
――俺は悔しかった。
目の前のコボルトを見て、もどかしいと感じた。
コボルトには、コボルトの良さがある。俺ならもっと……。
「ジョンジョン?」
「あ、あぁごめん。どうしようか、ちょっと俺、店主と話がしたいんだけど」
「話? ちょっと変なこと考えないでよ?」
「うん、大丈夫。でも、警察に連絡するのは……、少し待って欲しい」
紅小谷はやれやれと首を振り、
「わかった、任せるわ」と肩を竦めた。
「ありがとう、紅小谷」
***
ラッキーダンジョンの前にある駐車場に車を停めて、ダンジョンが閉店するのを待っていた。
紅小谷達も一緒に来ると言っていたのだが、俺はどうしても一人で行かせて欲しいと皆を説得した。
お蔭で、俺は帰りのお菓子代を持つことになってしまったのだが……。
「ジョンジョン、閉まったみたいよ」
「ジョーンさん、ご武運を」
「無茶しないでくださいよー」
「おけ、じゃあ、ちょっと行ってくる」
俺は車から降りて、ラッキーダンジョンの扉を開けた。
「ちょっと、困るよお客さん」
「すみません、大事な話がありますので」
俺は強引に中へ入ると、まっすぐに店主の目を見つめた。
「お兄さん、昼間の……」
そう呟くと店主は「……どうぞ、そこに座って下さい」とカウンター前の椅子に手を向けた。
「ありがとうございます」
店主は黙って、珈琲を淹れてくれた。
俺の前にマグカップを置き、
「悪いね、砂糖はないんだ。甘いのは嫌いでね……」と苦笑する。
「お構いなく、ご馳走になります」
珈琲はお世辞にも美味いとは言えなかった。
温度が高すぎるんだろうなと思った。
「で、お兄さん、用件は?」
酷い隈、痩けた頬……、覇気のない声。
だが、昼間と違って目の奥に僅かに生気が宿っている気がする。
「はい、あのコボルトのことです」
一瞬、店主の目が開いた。
「……」
「どうしてあんな事を……?」
「――どうして⁉」
店主は怒りに満ちた目で俺を睨みつけ、ふっと気が抜けたように目線を落とした。
「いや……、すみません。お兄さんは、何故そんなことを聞きたがるんです?」
「僕は香川でダンジョンを経営しています。同じ経営者として許せないと思いました……。でも、同時に何故、こうなってしまったんだろうって思ったんです」
「……そうですか。お若いのに、大したもんだ」
店主は珈琲を一口飲み、マグカップを両手で持った。
「何故こうなったのか……。はは、理由なんてありませんよ。これは、私が選択した結果です」
「やり直そうとは思わないのですか?」
「今更、どうにもなりません」
「そんな! やれることは山程ありますよ! ゴミを片付けて、壁のポスターも剥がして、トイレだって作れるし、二階層しかないならお金は掛かりますが、デバイスで増築なり改装するなり、方法は……」
「無理なんです!」
俺の声を掻き消すように店主は叫んだ。
両肩が微かに震えている。
「店長さん……」
「お兄さん、お願いがあるんだが……、聞いてくれるかな?」
「もちろん、僕にできることなら」
すると、店主はスマホを取り出し、俺に写真を見せた。
「これは……」
フロアMAPだった。
二階層のMAP。このダンジョンのものだろう。
これはデバイスの画面を写真に撮ったものか?
「これが今のMAP、それが先月に撮ったMAPだ」
そう言って、デバイスの画面を俺に向ける店主。
これって――。
先月の画像と比べると、明らかにフロアが縮小しているのがわかった。
「流石だね、わかるかい? そう、もうここのコアは長くない。いつロストしても可笑しくないんだよ」
「そ、そんな……」
店主は壁に凭れて、中空を見つめる。
「実は……、君がコボルトの話があると言った時……、はは、馬鹿みたいだろ? あぁ、これでやっと解放されると思ったんだ……。勝手なのはわかってる。でも、自分じゃ……もう、どうしようもなかった」
そう言った後、店主が初めて俺の目を見た。
「やっとわかったよ。私は、この日が来るのをずっと……待ってたんだな」
「……」
すると突然、店主がカウンターに両手を付いた。
そして、頭をカウンターに擦り付けながら、今までにない大声を上げる。
「お願いします! コジロウを、あいつを、貴方のダンジョンに連れてってやって貰えませんか!」
「え……、ちょ」
「私はこれから警察へ行きます! 全部話して、もし償わければならない罪があるなら、償います! このダンジョンも、今日で終わりにするつもりです! ……ですから、ですからどうか、コジロウを……」
『むらやーん、ブラッシングまだガル? あっ⁉』
俺が声の方を見ると、サッとコボルトが岩陰に隠れた。
「いいんだ、コジロウ、出ておいで」
『……ガル? 何で?』
ひょこっと顔を出したコジロウは、首を傾げながら近づいてきた。
店主はぐしゃぐしゃになった顔でにっこりと笑い、コジロウに尋ねた。
「なあ、コジロウ。お前、広いダンジョンに行きたくないか?」
『走れるガル?』
「ああ、いっぱい走れるぞ? それに、仲間もい~っぱいいる」
「ちょっと店長……」
店主は俺に手を向け、コジロウの前にしゃがんで目線を合わせた。
「なぁ、コジロウ。このお兄さんのダンジョンに行ってみないか?」
『何でガル??』
「あ……あのな、コジロウ……も、もうな、このダンジョンは……な、無くなっちゃうんだ」
店主の声は震え、目から大粒の涙が溢れる。
『むらやん? よくわからないガル……ワフゥー』
コボルトは不思議そうな顔で店主を見ながら、大きな欠伸をした。
「楽しいんだ、コジロウ、そこに行けば……た、楽しいんだぞ?」
「て、店長……」
気付くと俺も泣いていた。
胸が熱く、しめつけられるようだ……。
『楽しいガル⁉』
コボルトが興味を示すと、店主が俺を見て頷く。
「ほ、本当に良いんですか?」
そう尋ねると、店主は立ち上がり背筋を伸ばして頭を下げた。
「――宜しく、お願いします」
***
「しっかし、ジョンジョン。今回は、全部美味しいとこ持ってっちゃってさー」
後部座席でノートPCをカタカタ言わせながら、紅小谷が言う。
「結局、二時間近く待った……」
と、ポッキーを齧る絵鳩。
「ジョーンさん、これは高くつきますぜ?」
蒔田が空になったお菓子の箱を見せつけてくる。
「わ、わかったよ、ちゃんとお菓子買うって……」
「「いぇーい!」」
「ジョンジョン、私はこの件を独占インタビューさせてくれればいいから」
「えーっ! 俺?」
後部座席に目をやると、紅小谷が俺をジロリと睨んだ。
「嫌とは言わせないわよ?」
「「言わせないわよ?」」
絵鳩と蒔田が紅小谷の真似をした。
「ぷっ!」
「あはははは!」
「ちょ、蒔田! お前は前を見ろ、前を!」
「……断る」
「ぎゃはは!」
「……」
車は高松自動車道を通り、香川を目指して走る。
こうして、騒がしかった俺の松山遠征が終わった。
***
――後日、紅小谷から報告メールが届いた。
警察へ出頭した店主は、情状酌量が認められ厳重注意処分に。
そして、ダンジョン協会からは、管理者資格の失効が言い渡されたと言う。
現在、店主は関係者と顧客へ、謝罪行脚を行っているらしい。
ラッキーダンジョンは閉店し、今は完全にロストした状態になっているそうだ。
メールを閉じて、あの時の店主の言葉を思い出した。
「全部終わったら、会いに行ってもいいですか?」
「もちろん、D&Mでお待ちしてます!」
自分の言葉に胸を張れるように、俺は一日一日を頑張ろうと強く誓った。
いつか来るであろう店主に、良かったと思って貰えるように――。
俺は部屋の窓を開け、外の風に目を細める。
あれほど鳴いていたはずのセミも、どこかに消えてしまった。
もう、夏が終わる。
ありがとうございます!
11月5日、二巻発売&10月19日コミカライズスタート!
どうぞ、応援よろしくお願い致します!





