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某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。  作者: 雉子鳥幸太郎
第五部

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夏が終わりそうです。後編

「見つけたっ!」

 俺は黄色い影目掛けて、スライディングタックルを繰り出す。

 が、僅かな隙間をぬって、影は奥へと逃げていく。


「くそっ、何て速さだ……」


 走り去る影を目で追う。

 すると、回り込んできた紅小谷が待ってましたとばかりに、向かい側の通路に立ち塞がった。


 ――止まる影。


 このチャンスを逃してなるものかと、俺は後ろに付く。

 すぐに絵鳩&蒔田コンビもカバーに入った。


「メガ牛鬼砲、用意――」

 蒔田がメガ牛鬼砲を構える。


「ちょ、バカ! 俺まで吹っ飛んだらどーすんだよっ!」

 俺は蒔田に声を上げた。

 ――と、その瞬間、黄色い影が動く。


「行ったぞ!」

「任せて! たあ!」

 絵鳩が盛大に空振る。

「こっちが本命!」

 その後ろから飛び出た蒔田が、ボーンクレセントで強襲する!

『ガウ⁉』

 黄色い影は蒔田の攻撃を受け、空中で弾かれた。

 地面に転がる謎のモンス。

「いまよっ! ジョンジョン!」

「おう!」


 ――シュッ!


 俺はルシール改を振りかぶっ……。


「え?」


 倒れたモンス見ると、どう見てもコボルトだった。

 横には、黄色い布が落ちている。


『ててて……、捕まっちゃったガル』


 しょんぼりと耳を折り、ぺたんと座り込むコボルト。

 まだ、幼い個体だ……。

 これは茶柴だな。

 この規模のダンジョンにコボルトが発生するなんて珍しい……。


「ちょ、ジョンジョン何やって……って、コボルト?」

「わぁ、可愛い!」

「もふもふ……」

 紅小谷たちが集まり、俺達はコボルトを囲む。


「どうする?」

「うーん、襲ってくるわけじゃないし、今はほっときましょう。それよりも……ジョンジョン、これは事件だわ」

「ちょ、ちょっとだけ待ってくれない?」

 急いで戻ろうとする紅小谷を呼び止め、俺はコボルトに話し掛けてみた。

「な、なぁ、何でそんな布を被ってたんだ?」

『ガウ? むらやんとの約束。オイラお手伝いガル』

「むらやん……」

 もしかして、店主?


 ――コ、コボルトに……ラキモンの真似をさせていたのか?


 俺は理解に苦しむ。

 ここまでモンスと信頼関係が築けるのなら、他にやりようはいくらでもあったはず……。

 何か理由があるにせよ、こんな営業方法を選ぶ必要があったのか?

 現に、中堅ダンジョンの中には、モンスをアクターとして扱う特殊なダンジョンもある。

 

 確かに、モンスと深く関わりを持つことは何かとタブーにされがちだし、その理由も俺は理解しているつもりだ。

 でも、決して、それが全てではないとも思っている……。


 ――俺は悔しかった。

 目の前のコボルトを見て、もどかしいと感じた。

 コボルトには、コボルトの良さがある。俺ならもっと……。


「ジョンジョン?」

「あ、あぁごめん。どうしようか、ちょっと俺、店主と話がしたいんだけど」

「話? ちょっと変なこと考えないでよ?」

「うん、大丈夫。でも、警察に連絡するのは……、少し待って欲しい」

 紅小谷はやれやれと首を振り、

「わかった、任せるわ」と肩を竦めた。

「ありがとう、紅小谷」



 ***



 ラッキーダンジョンの前にある駐車場に車を停めて、ダンジョンが閉店するのを待っていた。

 紅小谷達も一緒に来ると言っていたのだが、俺はどうしても一人で行かせて欲しいと皆を説得した。

 お蔭で、俺は帰りのお菓子代を持つことになってしまったのだが……。


「ジョンジョン、閉まったみたいよ」

「ジョーンさん、ご武運を」

「無茶しないでくださいよー」

「おけ、じゃあ、ちょっと行ってくる」

 俺は車から降りて、ラッキーダンジョンの扉を開けた。


「ちょっと、困るよお客さん」

「すみません、大事な話がありますので」

 俺は強引に中へ入ると、まっすぐに店主の目を見つめた。

「お兄さん、昼間の……」

 そう呟くと店主は「……どうぞ、そこに座って下さい」とカウンター前の椅子に手を向けた。

「ありがとうございます」


 店主は黙って、珈琲を淹れてくれた。

 俺の前にマグカップを置き、

「悪いね、砂糖はないんだ。甘いのは嫌いでね……」と苦笑する。

「お構いなく、ご馳走になります」

 珈琲はお世辞にも美味いとは言えなかった。

 温度が高すぎるんだろうなと思った。


「で、お兄さん、用件は?」

 酷い隈、痩けた頬……、覇気のない声。

 だが、昼間と違って目の奥に僅かに生気が宿っている気がする。


「はい、あのコボルトのことです」

 一瞬、店主の目が開いた。

「……」

「どうしてあんな事を……?」


「――どうして⁉」

 店主は怒りに満ちた目で俺を睨みつけ、ふっと気が抜けたように目線を落とした。

「いや……、すみません。お兄さんは、何故そんなことを聞きたがるんです?」


「僕は香川でダンジョンを経営しています。同じ経営者として許せないと思いました……。でも、同時に何故、こうなってしまったんだろうって思ったんです」

「……そうですか。お若いのに、大したもんだ」


 店主は珈琲を一口飲み、マグカップを両手で持った。

「何故こうなったのか……。はは、理由なんてありませんよ。これは、私が選択した結果です」


「やり直そうとは思わないのですか?」

「今更、どうにもなりません」


「そんな! やれることは山程ありますよ! ゴミを片付けて、壁のポスターも剥がして、トイレだって作れるし、二階層しかないならお金は掛かりますが、デバイスで増築なり改装するなり、方法は……」

「無理なんです!」

 俺の声を掻き消すように店主は叫んだ。

 両肩が微かに震えている。


「店長さん……」

「お兄さん、お願いがあるんだが……、聞いてくれるかな?」

「もちろん、僕にできることなら」

 すると、店主はスマホを取り出し、俺に写真を見せた。


「これは……」

 フロアMAPだった。

 二階層のMAP。このダンジョンのものだろう。

 これはデバイスの画面を写真に撮ったものか?


「これが今のMAP、それが先月に撮ったMAPだ」

 そう言って、デバイスの画面を俺に向ける店主。


 これって――。

 先月の画像と比べると、明らかにフロアが縮小しているのがわかった。


「流石だね、わかるかい? そう、もうここのコアは長くない。いつロストしても可笑しくないんだよ」

「そ、そんな……」


 店主は壁に凭れて、中空を見つめる。

「実は……、君がコボルトの話があると言った時……、はは、馬鹿みたいだろ? あぁ、これでやっと解放されると思ったんだ……。勝手なのはわかってる。でも、自分じゃ……もう、どうしようもなかった」

 そう言った後、店主が初めて俺の目を見た。

「やっとわかったよ。私は、この日が来るのをずっと……待ってたんだな」

「……」

 すると突然、店主がカウンターに両手を付いた。

 そして、頭をカウンターに擦り付けながら、今までにない大声を上げる。


「お願いします! コジロウを、あいつを、貴方のダンジョンに連れてってやって貰えませんか!」


「え……、ちょ」

「私はこれから警察へ行きます! 全部話して、もし償わければならない罪があるなら、償います! このダンジョンも、今日で終わりにするつもりです! ……ですから、ですからどうか、コジロウを……」


『むらやーん、ブラッシングまだガル? あっ⁉』

 俺が声の方を見ると、サッとコボルトが岩陰に隠れた。


「いいんだ、コジロウ、出ておいで」

『……ガル? 何で?』

 ひょこっと顔を出したコジロウは、首を傾げながら近づいてきた。


 店主はぐしゃぐしゃになった顔でにっこりと笑い、コジロウに尋ねた。

「なあ、コジロウ。お前、広いダンジョンに行きたくないか?」

『走れるガル?』


「ああ、いっぱい走れるぞ? それに、仲間もい~っぱいいる」

「ちょっと店長……」

 店主は俺に手を向け、コジロウの前にしゃがんで目線を合わせた。

「なぁ、コジロウ。このお兄さんのダンジョンに行ってみないか?」

『何でガル??』


「あ……あのな、コジロウ……も、もうな、このダンジョンは……な、無くなっちゃうんだ」

 店主の声は震え、目から大粒の涙が溢れる。


『むらやん? よくわからないガル……ワフゥー』

 コボルトは不思議そうな顔で店主を見ながら、大きな欠伸をした。

「楽しいんだ、コジロウ、そこに行けば……た、楽しいんだぞ?」


「て、店長……」

 気付くと俺も泣いていた。

 胸が熱く、しめつけられるようだ……。


『楽しいガル⁉』

 コボルトが興味を示すと、店主が俺を見て頷く。

「ほ、本当に良いんですか?」

 そう尋ねると、店主は立ち上がり背筋を伸ばして頭を下げた。



「――宜しく、お願いします」



 ***



「しっかし、ジョンジョン。今回は、全部美味しいとこ持ってっちゃってさー」

 後部座席でノートPCをカタカタ言わせながら、紅小谷が言う。


「結局、二時間近く待った……」

 と、ポッキーを齧る絵鳩。


「ジョーンさん、これは高くつきますぜ?」

 蒔田が空になったお菓子の箱を見せつけてくる。


「わ、わかったよ、ちゃんとお菓子買うって……」


「「いぇーい!」」

「ジョンジョン、私はこの件を独占インタビューさせてくれればいいから」

「えーっ! 俺?」

 後部座席に目をやると、紅小谷が俺をジロリと睨んだ。


「嫌とは言わせないわよ?」


「「言わせないわよ?」」

 絵鳩と蒔田が紅小谷の真似をした。


「ぷっ!」

「あはははは!」

「ちょ、蒔田! お前は前を見ろ、前を!」

「……断る」

「ぎゃはは!」

「……」


 車は高松自動車道を通り、香川を目指して走る。

 こうして、騒がしかった俺の松山遠征が終わった。



 ***



 ――後日、紅小谷から報告メールが届いた。

 警察へ出頭した店主は、情状酌量が認められ厳重注意処分に。

 そして、ダンジョン協会からは、管理者資格の失効が言い渡されたと言う。

 現在、店主は関係者と顧客へ、謝罪行脚を行っているらしい。

 ラッキーダンジョンは閉店し、今は完全にロストした状態になっているそうだ。


 メールを閉じて、あの時の店主の言葉を思い出した。


「全部終わったら、会いに行ってもいいですか?」

「もちろん、D&Mでお待ちしてます!」


 自分の言葉に胸を張れるように、俺は一日一日を頑張ろうと強く誓った。

 いつか来るであろう店主に、良かったと思って貰えるように――。

 

 俺は部屋の窓を開け、外の風に目を細める。

 あれほど鳴いていたはずのセミも、どこかに消えてしまった。

 もう、夏が終わる。



ありがとうございます!

11月5日、二巻発売&10月19日コミカライズスタート!

どうぞ、応援よろしくお願い致します!

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