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某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。  作者: 雉子鳥幸太郎
第五部

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夏が終わりそうです。前編

 デバイスの画面に映り込んだ自分の顔を見て、思わず目を(そむ)けたくなった。

 いつの間に、こんな顔になってしまったのだろうか。


 それに比べ、さっきの若いダイバー達は、随分と輝いて見えたなぁ……。

 装備もかなり良い物を使っているし、あの若い男の子のアイテムリストの量たるや尋常ではなかった。


 そういえば……、派手な髪色の女の子は、前に一度見た気が……。


「はぁ……」


 だが、そんなことはどうでも良いのだ。

 はは……、もう何もかも麻痺してしまった。


 ――画面に映る黄色い影。 

「コジロウ……、もういいんだ……いいんだよ……」


 誰か、誰か止めてくれ……。



 ***



 ――数年前。

「え? ホントにこの値段で良いんですか?」

「ええ、村山さんだけ、特別価格ということでオーナーさんが。あ、他の方にはどうかご内密に……」

 黒いスーツを着た不動産業者が満面の笑みを向ける。

「も、もちろんですよ! こ、ここが……その値段で……」

 村山は喉を鳴らし、『勝岡(かちおか)ダンジョン』という看板が掛かったビルの外観を眺めた。


 このダンジョンは、近年コアが発見されたばかり。

 不動産屋が言うには、オーナーはダンジョン経営に興味が無い方で、修繕工事中にコアが見つかり困っているらしく、なるべく早く処分したいという話だった。


 一生に一度、あるかないかのチャンスだと思った。

 酒も煙草もギャンブルも、これといって趣味を持たない村山には、コツコツとサラリーマンとして働きながら貯めた、虎の子の定期預金があった。


 ――あの、貯金を崩せば。

 しかし、あれが無くなると老後の資金が……。


 今まで村山は、挑戦らしい挑戦をした事がなかった。

 リスクを嫌い、高望みをすることもなかった。

 だが、本当にこのままの人生で悔いは残らないのか?

 村山は自問自答を繰り返した。


「少し、少しだけ返事を待って貰えますか?」

 そう尋ねると、業者の男は大袈裟にキョロキョロと周りを見た後、

「いやいや、村山さん、困りますよ! こんな超レア物件、二度と無いですから。この後も予約が数件入っちゃってますし、オーナーさんからは、即決の方のみ相手してくれと言われてるんですよ」と、声を殺しながら早口で答えた。


「そ、そんな……」

 指の間から、水が流れ落ちるような気がした。


 業者の男は、わざとらしく高そうな機械時計を確認し、

「あぁ、残念です村山さん、今回はご縁がな……」

「買います!」

 気がつくと、村山は叫んでいた。


 ――初めてだった。

 自分の数十年分の労働の対価、老後資金……。

 ずっと、リスクを嫌って生きてきた村山が、生まれて初めて、リスクを取って勝負をした。

 今まで味わったことのない、素晴らしい気分――。

 この先、辛いこともあるだろう。

 だが、一国一城の主として、自分の人生を切り拓いて行くんだと村山は思った。


「おめでとうございます」と、手を握る業者の笑顔。

 その笑顔に、僅かな含みがあるのにも気付かずに……。


 ――半年後。

「なぜだ⁉ なぜ、活性化しないんだ⁉」

 悲痛な声が、誰もいないダンジョンに響く。

 カウンターの中で、一人頭を抱える村山の姿があった。


 デバイスに映る、二階層分のMAP。

 村山は焦っていた。

 どれだけ待ってもダンジョンコアが活性化しなかったのだ。

 それどころか、モンスも殆ど発生しないなんて……。


 そうして、ようやく、ある一つの疑問が浮かんだ。

 確か、元のオーナーはダンジョン経営に興味が無いと言っていた……。


 ならば、なぜ始めから「勝岡ダンジョン」と看板が出ていたのか。

 もしかして……、初めからコアが活性化しないことを知っていた?


 急ぎ、不動産業者に連絡を取ってみた。

「話が違いますよ、お願いします、このままじゃ……」

「村山さん、あんた自分で選んだ道でしょ? それを、今更こっちのせいみたいに言わないで貰えますか?」

「そ、それはそうなんですが……」

「ま、いつまでもリーマン気分じゃ駄目ですよ、じゃあ忙しいので」

「……」


 当たり前だと、村山は思った。

 例え、何かしら不利な契約を結ばされたとしても、最終的に判断を下したのは、他でもない自分なのだから……。

 村山はそれが悔しくて、悔しく(たま)らなかった。


 そして、騙し騙し営業を続けていたある日――。

「ねぇ、ここってモンス少なくね?」

「そ、そうですねぇ、まだ活性化の途中でして、これから増えていくと……」

「いや、もう結構通ってるけどさ、無理っしょ、畳んじゃえば?」

 その言葉を聞いた瞬間、村山の心に溜まっていた何かがそうさせたのか、それとも別の何かなのか……。本当の事は誰にもわからない。ただ、村山の中の何かが、そっと、音もなく背中を押した。

「実は……ここだけの話ですが、うちには……ラキモンが出るんです」

「え⁉ 流石にそれは盛りすぎじゃ……」

「いやいや、信じて貰えなくても大丈夫です。私だって、信じられないですからね、ははは」

「……」


 それから、勝岡ダンジョンにラキモンが出るという噂が立つまで、そう時間は掛からなかった。


「いらっしゃいませー!」

 連日のように、客が押し寄せた。

 狭いダンジョンなので、順番待ちが出るほどだった。


 村山は、初めて商売の楽しさを知った。

 勢いに乗り、店名もラッキーダンジョンに改名した。

 そして、いつしか自分がついた嘘のことさえ忘れてしまっていた……。



 しかし、世の中そうそう上手い話が続くわけもなく、当然、店にはクレーム客が溢れるようになる。

「ふざけんなよ! 金返せコラァ!」

「いい大人がやることじゃないでしょう? 証拠を出しなさいよ!」

「どうすんの? 俺が失った時間、どうすんの? あ?」


 自業自得とは言え、怒鳴られ続ける日々に、村山はどうしていいかわからなくなっていた。


 そんな時、ダンジョンに初めて中位種のモンスが発生した。

 種別は茶柴、陽気で知能が低いタイプ。

 まだ幼いコボルトだった。


 それでも、ラッキーダンジョンでは最上位のモンス。

 すさんだ村山の心に、僅かな希望の光が(とも)った。


 相変わらず怒鳴られる日々が続いていたが、コボルトの可愛さと奮闘ぶりにより、以前よりも客の反応は良くなっていた。


 村山はコボルトに報いるべく、毎日欠かさず、閉店後にコボルトのブラッシングをした。

 もし、プロのダンジョン経営者が見れば、この村山の行為は間違っていると助言するだろう。

 なぜならば、モンスはモンス……。

 プロならば、そこに情を挟んではならないと知っているからだ。


 だが、村山からしてみれば、幼きコボルトは遅れてきた孫よりも大事な存在。

 他のダンジョンで基礎を学んだわけでもない村山には、わかるはずもなかった。


『むらやん、むらやん、今日は5人も相手にしたガル!』

 コボルトは顔だけ後ろに向けて、目を輝かせた。


「それは凄い、コジロウは本当に凄いなぁ!」

 コボルトの背中を丁寧にブラッシングしながら、村山は満面の笑みで何度も頷く。

 しかし、その()けた頬、(ろう)が垂れたような(くま)、筋肉の落ちた身体は……、どう見ても普通ではない。


 モンスであるコボルトが気付くわけもなく、無情にも月日は流れていった……。



 ――限界だった。

 連日の睡眠不足と心労が(たた)り、村山の身体と精神は(むしば)まれていった。

 正常な判断もできなくなり、ただ、ダンジョンを盛り上げたいという気持ちだけが空回りする。

 壁一面にポスターを貼り始め、慣れぬPCを使い、HPを作って宣伝した。


 そして、ある日のこと――。


「なぁ、コジロウ、明日からこの布を被って逃げてくれないか?」

『何これ! 面白そうガル!』

 村山が渡したのは、ラキモンを模して、黄色い布で作った被り物だった。


『どうだむらやん! かっこいいガル?』

「ああ、コジロウ、とても似合ってるぞ。いいか、これを着ている時は絶対に捕まっちゃだめだぞ?」


『わかったガル! オイラ足は早いガル!』

「よしよし、頼んだぞ……」


 コジロウは、とても良い働きをした。

 元々、コボルトの中でも活発な茶柴だが、コジロウはその中でも、輪をかけて元気な個体だったのだ。


 僅か二階層のダンジョン内を、縦横無尽に駆け抜ける黄色い影。

 もちろん、客も驚く。

 本当にラキモンがいたのかと、村山に頭を下げるダイバーもいた。


 これで、全てが上手く行く――。

 ここからが、俺の本当の人生なんだ!

 ……。

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