待ち合わせをしました。
――高松駅に降り立つ。
あいにくの雨模様の中、大きな蝙蝠傘が目に入った。
「お、あれかな。おーい、紅小谷~!」
俺の声に反応し、傘が僅かに動いた。
傘が大きいせいか、はたまた紅小谷が小さいせいなのか、黒い傘が動いているようにしか見えない……。
「遅いわよ、ジョンジョン!」
「いや、それは俺のせいじゃ……」
ちょ、傘と話してるみたいだな。
「俺が傘持つよ」
「は? いいわよ、ほらあんたの傘もあるから」
紅小谷は透明なビニール傘を差し出す。
「それ、返さなくていいから。それより、早くどこかへ入るわよ」
「あ、うん――」
俺は慌てて荷物を抱え、先に行く紅小谷の後ろについて、近くのカフェに入った。
何故、紅小谷がここにいるのかというと、四国に取材に来ていたついでに近況報告も兼ねて少し会おうかという話になっていたのだ。
ボックス席に座り、ストローの袋を破りながら紅小谷が言った。
「で、名古屋はどうだったの? 何か収穫はあった?」
「あ、うん、やっぱ小林さんって凄いよ~、あれはもう、神だね神! 神々しいっていうか、深みがあるっていうかさ」
「……何が神なのかさっぱりだけど。ま、そんだけ上がってんなら、良かったんじゃない?」
「あ、あぁ、ごめんごめん、ほら、基本素材の使い方とか、んー、データの取り方とかさ、とにかく勉強になったよ」
「ふーん、そうなの」
既に興味を失ってしまったのか、紅小谷はそっけなく答える。
「はは……、で、そっちはどう? 何かニュースはあった?」
「それよ、ジョンジョン!」
紅小谷が急に身を乗り出す。
「な、なんだよ……急に」
「ちょっと耳貸しなさい、実は……ごにょごにょ……で、ごにょごにょ……」
「えーーーーーーーーっ⁉」
***
俺は紅小谷と一緒に実家へ戻った。
居間に居た爺ちゃんと陽子さんが、パッと離れる。
何を昼間からイチャついてんだ、ったく……。
「あ、あらジョーンくん、お友達? いま麦茶いれるわねー」
「すみません陽子さん、ありがとうございます」
「さてと……、ワシは車でも洗って来るかな……お嬢さんごゆっくり」
爺ちゃんはそそくさと居間を出て行った。
やれやれ、俺は小さく溜息を吐きながらちゃぶ台を出す。
紅小谷が開いたノートパソコンを横から覗く。
カタカタと操作し、紅小谷がとあるダンジョンのHPを開いた。
「――これよ、ジョンジョン」
「ちょ⁉」
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ラッキーラッキー! ラッキーダンジョンへ、おいでラキ~!
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幸運開運幸運開運幸運開運幸運開運幸運開運幸運開運幸運開運
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愛媛 松山ラッキーダンジョンへようこそ!
当ダンジョンには、存在自体が都市伝説と言われている、
あの、超レアモンス、『 ラキモン 』がエンカウントラッキ~ッ!!!
ダイバーなら一度は会いたいラキモンに、当ダンジョンなら出会えます!
(*´艸`*)出・会・わ・せ・マス!
Q.ラキモンの何が凄いの?
A.なんとその日の総獲得DPが倍になっちゃうラキ!
しかも単体DPもた~っくさんラキよ~!
Q.でもラキモンってなかなか会えないっていうし……。
A.ご安心ください! 当ダンジョンの独自データでは、三回に一度は遭遇できる確率になっています!
※あくまでも確率です、遭遇を保証するものではありません。
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ラッキーラッキー! ラッキーダンジョンへ、おいでラキ~!
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「な、なんだこれ……」
画面全体が目の潰れそうな原色と虹色で構成されている。
うぅ、変なアニメーションで星マークが延々と流れて……め、目がぁ!
「デザインはともかく、問題は内容よ……」
「う、うん……」
まさかラキモンとは……。
でもなぁ、本当にラキモンが居るのだろうか?
今でこそ俺も当たり前のように接しているが、数年前までラキモンは存在すら怪しまれていたレア中のレアモンス……そんな簡単に発生するモンスじゃないと思うけど……。
「ジョンジョン、どう思う?」
「うーん……」
「あらー、何だか賑やかなHPねぇ?」
陽子さんがお茶を持ってきてくれた。
「すみません、頂きます」
「ありがとうございます」
「ふふ、じゃあ、ごゆっくり~」
陽子さんはそのままふわっと居間を出て行った。
「ここ行ったの?」
「うん、一応ね。私は遭遇しなかったんだけど……」
紅小谷ははっきりとしない。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ん……何となく違和感があった、のかな」
「違和感?」
「うん、遭遇したってダイバーに話を聞いたのよ、そしたら何か変だったって。その人も、ラキモンなんて見た事がないから自信はないって言ってたけど……イメージと違ったみたいで」
「イメージねぇ……」
確かに実物で見ると黄色が濃い気もするし、あんなに喋るとは俺も思ってなかった。
意外と想像より大きいし、独特の触感は実際に触ってみないとわからないだろうし。
「私の勝手な邪推かも知れないけど、もしかして……偽物じゃないかと思ってるの」
「偽物⁉ ま、まぁわからなくはないけどさ、さすがにバレちゃうと思うな」
「う、うん……そうよね」
しばらく沈黙が流れたあと、紅小谷が麦茶を一口飲んで口を開いた。
「ねぇ、ジョンジョン。確かめに行かない?」
「……え?」
「もし本物なら一大ニュースだし、偽物なら……これはれっきとした詐欺事件だわ!」
「ちょ、それなら警察に相談した方がいいんじゃ……」
「警察は事件が起きてからじゃないと動かない、それにジョンジョン! あんたならラキモンの判別ができるでしょ? まずは私達で証拠を掴むのよ!」
紅小谷がぐいっと顔を近づけてくる。
ち、近い……。鋭い眼光に押され、妙な気持にすらならない。
「わ、わかりました……」
「よーしっ、そうと決まれば……ジョンジョン! 早速出発するわよっ!」
「お、俺、帰ってきたばっかりなんですけど……」
「この……たわけーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
勢いよく立ち上がった紅小谷が鬼の形相で俺を見下ろす。
「ひぃっ!」
「情報は鮮度が命、思い立ったら即行動あるのみ! あんたもダンジョン経営者の端くれなら気合を見せなさい、気合をーっ!」
「わ、わかったよ、用意するから、落ち着いて……」
俺は仁王立ちの紅小谷を座る様に促した。
「――5分、それ以上は待てないわよ」
「は、はいぃ!」
俺は自分の部屋に駆け上がり、着替えを済ませる。
顔を洗いながら髪を洗い、ついでに歯も磨くという複合テクニックを駆使し、居間へ戻った。
「ふぅ……お、お待たせ」
「やればできるんじゃない、ちょっと見直したわ」
「は、ははは……」
「で、場所はどこなの?」
「愛媛の松山よ。あ、ちゃんと足は用意したから安心してよね」
「へ?」
すると外から車のクラクションが鳴る音が聞こえた。
「来たわ、さ、行くわよ!」
「あ、ちょ、ちょっと待っ……」
紅小谷に付いて外に出ると、唸りを上げる黒いSUVが、ズサササァーーーーッ‼ と、砂埃を巻き上げながらサイドターンで玄関前に停まる――。
「うぉおおっ! あ、危ねぇ……なんだよ、オホッ、オホッ、ペッ、うわっ、口に砂が……」
心臓がバクバクする。
隣の紅小谷も砂埃を手で扇ぎながら顔を背けていた。
ピカピカに輝く車からは、高級車のオーラを感じる。
ウィンドウにはスモークが掛かっており、中を伺う事はできない。
こんな車に乗ってくるなんて、一体誰なんだ?
呆然と見つめていると、静かに車のウィンドウが降りた。
そこには、ハンドルを片手に、まるで葉巻のようにシガールを咥えた蒔田がいた。
『おつ……ジョ……』
「ま、蒔田⁉」
あ、相変わらず何言ってるか聞こえねぇーっ!