ギッチギチです。
『ダン・ジョンジョン・ジョ~ン♪ ダン・ジョジョジョン・ジョ~ン♪』
スマホの着信音で目が覚める。
「ん……誰だよ?」
霞む目で画面を見て飛び起きた。
――ダンジョン協会⁉
「……も、もしもし?」
何事かと思いつつ電話に出ると、甲高い男の声が聞こえる。
『あ、朝早くに申し訳ありません、ダンジョン協会の杉本と申します。壇様でしょうか?』
「はい、そうです」
『ありがとうございます。えー、壇様、落ち着いて聞いて頂きたいのですが、実は昨夜遅くにですね、D&Mに設置したサイコロワイヤルαから異常信号が発報されております。それで、こちらの方でリモート調査を行いましたところ、モンス排出に異常をきたしていることがわかりました』
「えっ⁉」
『現在、システムの復旧に全力で当たっておりますが、復旧までシステムが使えなくなりますので何卒ご容赦ください。勿論、イベントの参加費用は、日割り計算でお戻しいたしますので……』
「ちょ、そんな……」
おいおい、イベント二日目だぞ⁉
金の問題じゃねぇ! お客さんの期待を何だと思って……。
『本当に申し訳ありません。協会と致しましても、問題解決に向け出来る限りのサポートをさせて頂きます。あ! 顧問、ちょ……』
何やらガサガサと音が聞こえ、次の瞬間――。
『もしもし、ジョーン?』
「か、母さん⁉ 何やって……」
『あんた何やったの? ログデータを見てるんだけど、何か強烈な物理的負荷がかかってるわね。とりあえず応急処置でモンスの排出は止めてあるけど、このままじゃシステムの回転が制御できないのよ』
「ど、どうすれば?」
『サイコロ止めて』
「は? 止めるって……手で?」
あんなデカいサイコロをどうやって……。
『大丈夫、見た目より軽いし力は殆どいらないから。とにかく、一度止めないと復旧できないの。終わったら連絡頂戴』
「ちょ、母さん――」電話が切れた。
ったく、いつも突然なんだもんなぁ……。って、そんなこと言ってる場合じゃない!
布団から出ると、急いで着替えを済ませて階段を駆け下りた。
「こらジョーン! 朝から騒がしいぞ!」
居間から爺ちゃんが顔を覗かせる。
「ごめん! 行ってくる!」
俺は玄関を転がるように飛び出し、ダンジョンへ走った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らせながら、タブレットデバイスを立ち上げる。
ビューモードで十六階層を表示した瞬間――俺はタブレットを落とした。
「な、なんじゃこりゃぁーーーーーーーーーーーっ‼」
フロアギチギチに詰まったモンスの群れ。
というか――塊。
い、一体何が起こったのだ⁉
「ど、どうしよう……これじゃサイコロ止めるどころか……」
落ち着け、落ち着くんだ。
えーと、こういう場合はどうすればいい?
自分のアイテムボックスからルシール改を取り出す。
ちょ、違う! 俺は何をしてるんだ⁉
そうじゃなくて、えーと、えーと……。
そうだ! と、藤堂さん! まだ、こっちにいるかな?
俺は聞いていた連絡先に電話を掛けてみた。
『もっしもーし』
軽快な声が聞こえる。
「あ! 藤堂さんですか、あの今どちらに……」
『今? フェリーの中だけど?」
OMG……。
「そ、そうですか、ははは。いやー、まだ、こっちにいらっしゃるかな~なんて思って」
『何だよ? どうかしたのか?』
「いえいえ、特に何でもないです。ま、また、遊びに来てくださいね」
『ん? おお、そっち行く時はまた寄るわ。じゃあなー』
「はい、ではまた――」
くっ、駄目だ、藤堂さんには頼れない……。
だとすれば、どうする?
いかん、落ち着け! そうだ、こういう時こそ珈琲を……。
俺はなるべく考えないようにして珈琲を淹れ、グイッと飲んだ。
「わちちーーーーーーーーーーーっ!」
珈琲をブーッと噴き出す。
あっつ! あっつぅ‼ 死ぬかと思った!
急いで水で洗うが、唇が真っ赤に腫れ上がってしまった。
う~、ジンジンする。だが、焼けるような痛みのお蔭で少し冷静になれた気が……。
俺は膨れ上がった唇を触りながら、ふと思った。
――この逆境をどうにか利用できないか?
タブレットを再度手に取り、ジェ●ガ状態のフロアを眺める。
モンスは身動きできないくらいに詰まっていて、見てるこっちが息苦しい。
「うわ~、やっばいなこれ……」
だが、落ち着いて見てみると、それほど強そうなモンスは今の所見当たらない。
故障しても、難易度調整は機能していたってことか?
うーん……。
しかし、これだけの数になると、単独攻略はまず不可能だろう。
一体ずつ岩を掘り進むように倒していくか?
それとも、パーティーを組み火力でなぎ倒していくか?
でも、この塊の中に強力なモンスがいたとしたら……。
「……まいったな」
その時、表から花さんが入ってきた。
「おはようございます」
「あ、花さん! そうか、日曜か! 良かったぁ~!」
「わ! ジョ、ジョーンさん、どうしたんですか、その唇⁉」
「うわ~」と、痛そうな顔で唇を見る花さん。
「え? あ、あぁ、ちょっと火傷しちゃって……。違う! それより大変なんだよ!」
俺はシステムの暴走を説明し、タブレットの画面を見せた。
花さんは食い入るようにタブレットを見つめている。
「こ、これは……」
そう呟き、何やら俺の方をチラチラ見ている。
「ど、どうしたの?」
「いえ、あ、あの……、こんな大変な時に、本当に申し訳ないと思うんですけど……、その、写真を撮ってもいいですか? すみませんっ!」
スマホを取り出して花さんが頭を下げた。
「え、あ、いや、別に構わないけど……」
「ありがとうございます、すぐに終わりますので」
早口で答えると、パシャパシャとモンスの塊を写真に収めた。
頬を少し赤らめた花さんは、何事もなかったようにスマホをしまう。
そして、一つ咳払いをした後、「困りましたね……」と神妙な顔で呟いた。
「あ、うん……」
いかんいかん、開店時間も迫ってる。
俺がしっかりしないと、折角のイベントが台無しに……。
――イベント?
そうか、イベントにしてしまえば良いんだ!
「花さん! 急遽イベントのイベントを行います!」
「は、はい! イベントのイベント……?」
不思議そうに小首を傾げる花さん。
「そう、サイコロの暴走を止めるイベントをやります! 止めた人には、壇ブランドの『オーダー武器作成権』を進呈!(いま決めた)」
「でも、今からじゃ告知が間に合わないんじゃ……」
「大丈夫、今はイベント期間中だし、討伐依頼も合わせて出せば、誘い合わせて来てくれるかも知れない」
「そ、そうですねっ!」
「じゃあ、花さんは開店準備を。ガチャは多めに補充を用意して、染料の予備がそこの奥にあるから入れ替えてくれる? あと更衣室のパンフが切れてたらそれも補充で」
「わかりましたっ!」
そこからは早かった。
テキパキと花さんは準備を済ませ、その間に俺はSNSと協会サイト、紅小谷にも連絡を入れて『討伐依頼』を出した。
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緊急討伐依頼・パニックフロアを駆逐せよ!
ダイバー求む! 当イベントフロアにて緊急事態発生!
現在システムの暴走により、フロアまるごとモンスで埋め尽くされています!
見事討伐を完了し、システムを止めたダイバーには、壇ブランドより『オーダー武器作成権』を進呈いたします! ※強化カスタムなど応相談。
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「……これで準備はOK。花さん、そっちはどう?」
「はい、終わりました!」
俺は頷き、大きく深呼吸をした。
うーん大丈夫だよな……? 大丈夫……ん? 待てよ?
良く考えてみれば、この状況を楽しまないダイバーなんていないだろ?
そうだ、そうだよ! この何が起こるかわからないワクワク感!
それこそが――ダンジョン、俺の求めるロマンじゃないか!
きっと皆も……。
予定調和なイベントなんてクソ食らえだっ!
よーしっ、燃えてきた‼
「ふははは! これだよ、これ!」
「ジョ、ジョーンさん?」
困惑気味の花さんに、俺は自信満々の笑みを向けた。
デバイスの画面にOPENの文字が輝く。
「――さぁ、始めようか」





