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フウ=シ

作者: 八貝由

 何気ないいつもの朝になる筈だった。自然と目が覚め、チーズとパンを食べ、お茶を飲めば人は元気になる。またやって来た朝を迎えて一日を暮らすための作法が、不潔な苦痛に冒されてはならない。

 まるで当然のような了見でやつらはやって来た。例えば夜通し羊が騒いで寝れなかったようなせわしなさで、行儀悪く親父さんの家に上がり込んで来たのだ。

 素性はすぐにわかった。全員が同じ顔をしているからだ。

「がっこうに行かないのはやばいでしょwwwwwwwww」

 いきなりそのうちの一人が親父さんにタメ口を利いた。挨拶も成っていないが、そもそも相手をまっすぐ見て話さない。僕の方を見て言っているのでもない。まるでだれかに話しているわけではないようにしている。

「おまえらのほうがやばい」

 と親父さんは言った。さすがだ。

「だってがっこう行かなかったらどうやって最低限の礼儀とか学ぶわけ?wwwwwwwwwww」

 親父さんは必死でジワリティを押し殺していた。まだ小さかった僕は親父さんのように、このコラ素材をどこで使おうか考えているような余裕はなく、チラ見されてもこわばった顔しか返せなかった。

「最近"じゅぎょう"というやつでは何をやった?」

「くぁwせdrftgyふじこlとかwwwwwwwwww」

「それが何になる?」

「いや役に立つとかじゃないからwwwwwwwwwww」

 そっくり同じ顔をしたクソ=ガキというものを、それまで僕はちゃんと見たことがなかった。この時初めて知ったのは、集団の中では一人がこうして話し役を務め、あとは葬式の参列者のように一定の表情で押し黙っていることだ。

「もういいから、帰って」

 親父さんは正論を言った。

「いやおまえらが来ればいいだけだからwwwwwwwwwww」

「では始末する」

 そう言って親父さんは床の間に歩み寄った。

「はwwwwwwwww」

 親父さんが真剣を抜くのを見たのはこれが初めてだった。

「まじかよ炎上するからなやべえwwwwwwwwwwww」

 僕は初めて事態を悟った。連中は従わない人間の家を燃やすという噂は本当だったのだ。

「ここで死ぬ君らには関係がない」

 そう言って親父さんはたったの一振りでその場にいたクソ=ガキ4人の首をすべて落としたのだった。


「テ・レヴィをつけてくれ」

 言われた通りすぐにテ・レヴィをつける。この装置で親父さんが何をしているのかはよく知らない。

「よくバズってるな。リツイートが止まらないようだ」

 そう言って親父さんは親指を立てて見せた。

「どういうこと?」

「ミンナの機嫌がいいってことさ。今の所はね」

 親父さんがなぜミンナを大事にするのか、僕はずっと大きくなるまでわからなかった。まったく理性的ではなく、ただ単に都合のいい話だけを欲していて、本質的には何も考えていないからだ。

「この首は晒す?」

 首を晒している"さざめき"をいっぱい見たことがあるので、ついそういうものだと思ってしまった。

「そんな馬鹿な真似をするか。あの連中と好んで関わるようなものだし、そんな愚かしさがミンナをシューグにさせるんだ」

 この“ミンナをシューグにしてしまう“ということがわからないのだった。愚かなのは連中の方ではないか。

「坊や、テ・レヴィをまかせたぞ。イ族が来た」

「イ族?一体こんどはだあれ。こっちはあんなことがあったって言うのにさ」

「だからこそ来るんだよ」

 へえ……となんとなく得心するものがあった。たしかに忙しい人ばかり叩かれてるもんな。


 イ族は"せいと"とは違い、ばらばらに、勝手にあちこちの窓から何の統率もなく入って来た。そして順番も待たずに喚き散らし出した。信じられないがこれは本当のことだ。まるでアリのようにどこからともなく湧いて来るのだった。

 余りの騒音に僕は親父さんを見て、何か催促でもしようかと思った。だが親父さんは葉巻をくゆらせるばかりだ。

 はっと僕は自分の仕事を思い出した。すぐに親父さんをスクショして"さざめき"をした。もちろん公式アカウントでだ。

 すぐに"さざめき"は"ざわめき"に、そして狂騒へと変わった――それは親父さんを応援する声と言ってもいいだろう。だが、むしろやっていることは目の前のイ族どもそのものなのだった。

 おまえたちは今なんの力にもならないくせに……僕はよほどそうさざめきたかった。

 そんなことを考えている間にイ族も奇妙なまとまりを発揮し出した。さっきまでバラバラに喚いていた連中はいつのまにか言い分を画一化しはじめたのだ。

「ただ学校生徒だっただけで!」

 外巻きに目新しい声がした。見るとそこにいたのはシンブンキシャだった。……今ごろこんな"さざめき"が湧いているのは僕たちにとって何の意味もないことだが、きっとそうに違いない。"マスゴーミ、マスゴーミ"。

「ただ学校生徒だっただけで!」

 イ族はついに全員が声を合わせて異様な音響を作り出した。僕は戦慄し、親父さんを見た。

 ――親父さんは笑っていた。可笑しくてしかたなかったのだ!

 親父さんが挙げた声はこの群衆の中でもなぜかよく通った。

「でもみなさん、この子らをご覧下さい。みんな同じ顔をしています。気持ち悪いでしょう!」

 テ・レヴィの通知音が倍増したのがわかった。

 そしてイ族の声も倍増する。

「気持ち悪いとはなんだ!」

 もうイ族からはその台詞しか出て来なくなった。シンブンキシャも新しいことは思いつかないようだ。

 親父さんが僕にボールのような影を放り投げて来た。受け取って恐ろしい見た目のそれがなんなのか考える。見返すと、親父さんはそれをもう被っていた。何やら急き立てている……?

 焦燥した僕は思わずテ・レヴィを見た。

『今すぐそいつを被れ!それはガスマスクだ!』

『お父さんは毒ガスを巻くつもりよ!』

『最新型なら被れば自動で閉まる!』

 "ざわめき"が僕を救ってくれた瞬間だった。


 毒ガスはすぐに気化したというのに、家から不浄な血を洗い落とすには一週間かかった。チーズもだめになってしまい、僕らはしばらくカップヌードルを食べて暮らした。だれかがさざめいて教えてくれたオランジーナを買って来ると親父さんも喜んでくれた。僕らはすべての時給が2000円になることを願って乾杯した。

 すべてのマイ=ソウとそれのスクショを終える頃には、親父さんは伝説入りしていた。僕にもやっとミンナのよさがわかった気がした。もちろん、シューグでない時に限って。

 ――僕は"おとな"がみんな愚かなことを知った。けれども、自分もまだ"こども"という中途半端な時だった。

「坊や、あとはシャインだけだ」

 七日目、親父さんは僕に不穏な通告をした。

「連中は今夜来る。こいつは今までの奴らと違ってコラ素材にもならない。私が撃退してやればよいというものでもない。ミンナは祭らないし、実況にすらならない。坊やが一人で解決しなければならない問題なんだ」

 今夜来ると言ったのに、僕らはいつも通り就寝した。僕自身も一度は何事も無いかのように寝入った――。


 真夜中、突然僕は目が覚めた。天井が僕を見返している。

 すぐに僕はあの時とは全然違う、胸の中から聴こえて来るような騒ぎを聴きつけた。

 またこの家は取り巻かれているいるようだ……けれども、これまでの連中とは違う。何が違うんだ……親父さんを起こさないように惰性でテ・レヴィを見た。

 ミンナは静かだった。親父さんと同じように寝静まっている。

 だんだんと声が聴こえて来た。とても統率の取れた声のようだ。だんだんと中身も聴き取れるようになった。

『働かざる者、食うべからず。働かざる者、食うべからず』

 そんな声が聴こえて来る。

 僕は恐怖心に駆られた。働かざる者、食うべからず――当然だ。じゃあ僕は?

 いや、そもそも親父さんは何をしているんだ。隣でシュプレヒ・コールも聴かずに寝ている。

 だんだんと僕の中でこの恐怖への理解ははっきりして行った。間違いなく、ここにいるのが一番恐ろしい。今すぐこの家を出て、あのシュプレヒ・コールの一員になればいいのだ。親父さんなんて川の字で寝ているじゃないか。

 そこでふと思い出した。これも"さざめき"で知ったことだけれど、実際には僕らは川の字と言うには何かが足りないらしい。……いや、そんなことは今はどうでもいいか。

 けれども、よく考えると外に出て行く気もしないのだった。

 僕は恐怖から逃れることを諦めた。ひょっとしたら、川の字に何が足りないのかわかった時に何か解決するかもしれない、と言う予感がだんだんと説得力を強めて行ったのだ。

 そして僕は今日も眠りに就いた。

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