第九話 ブース出店
夢見る乙女たちによる勘違い修羅場劇場に軽く巻き込まれ、同じ被害者であるテオドールと分かれた真奈は、昨日の夜に生産系スキル【細工】で作成したアクセサリー類を販売するために商業区の商業ギルドへとやって来ていた。
「あのー。ブースを借りたいんですけど」
受付で用件を伝えると、ギルド登録の際にも応対してくれた少し年配の女性がにこりと笑顔を浮かべていせた。
「ご利用ありがとうございます。ではまずはギルド証のご提示をお願いします。……はい。ありがとうございました。それではマナ様、ブースの貸出料は一日銀貨五枚となりますが、よろしいですか?」
「はい。お願いします」
女性の確認に頷いて、銀貨五枚をカウンターの上に置けが、女性は銀貨を手に取って数え始める。
金額が間違っていないか確認し終えると、一旦席を外し、少ししてから一枚のカードを手に戻って来た。
「こちらがブース貸出証となります。使用法は、ご自由に空いているブースをお選びいただき、認識用の魔石にかざしてください。使用されていないブースには結界が張られていますが、その時点から二十四時間はブースをお好きなようにご利用していただけるようになります。場所の変更はできませんので、ブースの決定はよく考えて行ってください。その他、何かご不明な点はございますか?」
「いいえ。大丈夫です」
女性から貸出証を受け取りつつ、さすが商売人相手のギルドだけあって丁寧かつ分かりやすい説明に感心する。
特に追加で質問する必要も無かったので、さっそく貸出証片手に空いているブースを求めてマーケット内をうろうろする。
五分ほどうろついたのち、大雑把に区分けされたうちの服飾系が固まっているあたりに空きブースを見つけ、即決して貸出証をブースの認識用魔石へとかざし、結界を解除した。
「ブースごとに結界をかけてるんじゃ、そりゃ貸出料を取る筈だよね」
初期投資にいったいいくらかかったのやら。真奈には全く想像できないが、とりあえず半端な値段ではないだろうことだけは確かだ。
ギルド員が安心して商売出来る環境を用意することで商業ギルドへの信頼度を上げる目的があるのだろうが、その辺の打算はあって当然だろう。
なかなかに狭いブースの中に入り、商品台にちゃっちゃと生産スキルで作成したアクセサリー類を並べていくのだが、ただ並べるだけでは面白くない。
ギルドマーケットは広く、いくら取扱商品によって大雑把に区分けされているとはいえ、とにかく見てもらわなければ話にならない。
いかに下品にならないように客の目を引くか。
元の世界でも、おすすめの商品にはポップがついていたりするが、あれと同じような感覚ではないだろうか。
「事前準備は大事だよねっと」
ひとりごち、アイテムボックスから黒いベロア地の布を取り出して商品台にバサリと広げる。
その上に同じく内側の底面に黒いベロア地の布を張った木のトレーを複数置き、種類ごとにわけてアクセサリーを並べていく。
客側には【花のコサージュ】を十個が入ったトレーと【星のレザーブレス(フェイクシルバー)】二十個が入ったトレーを横に並べ、少し手前に【ラメのバレッタ(赤)】【ラメのバレッタ(青)】【ラメのバレッタ(黄)】のそれぞれ五個が入ったトレーを、横に三つ並べておく。
最後に目玉商品であるネックレスは、トレーを写真立ての要領で立てて、十五種類すべてが綺麗に見えるように、置くのではなく壁に飾るように、立てたトレーに針で止める。
「よし、上出来!」
これならブースの前をとおった客の目に、少しは入りやすくなっただろう。
完成した陳列に満足し、さてあとは客がくるのを待つだけだ。と備え付けの椅子に腰を下ろした。
その、途端。
「ねえ。このコサージュはおいくら?」
椅子に座った真奈の動作に出店準備が整ったと見たのか、少し離れた場所でこちらを見ていた女性が声をかけてくる。
これは幸先良いぞ。などと思いながら接客を始めると、何故か続々と女性たちがブースの前に集まり始めた。
「すいませーん。このブレスレットください!」
「はい! まいどあり!」
「あのバレッタ、凄くキレイ!」
「こちら見てのとおり、お色が三色用意してありますよ! お好みの色をお選びいただけます!」
きゃいきゃいと楽しそうに商品を見る女性客相手に代金を受け取って商品を手渡したり、ぜひ買っておくれとセールスしたり。
予想以上の客足だが、売れる品物に関しては、まあ予想どおり。
コサージュ(銅貨五枚)かブレスレット(大銅貨一枚)を買っていくお客が多くて、バレッタ(大銅貨二枚)の売れ行きはその半分くらいだろうか。
あんまり売れるので、台の下から取り出す振りをして、生産スキルで追加分を作成しなくてはならなかったくらいだ。
スキル使用時は薄く光るのが難点だが、黒い布で台を覆ってあったために光が漏れることも無く、不自然に思った客はいないだろう。
一方、売れることは無いものの集客効果を存分に発揮したのが、十五種類のネックレスたちだ。
客から見て奥に飾られるように陳列されたネックレスに、「素敵」とか「キレイ」とか言う声が聞こえてくるので、頑張って作ったかいがあるというものだ。スキルで作ったから一瞬のことだったんだけどね。
ちなみにネックレスの値段は銀貨五枚だ。
フェイクシルバーなのに高いと思うだろうが、そもそもこっちにフェイクシルバーの概念は無いし、下手に安価な値段で売ると、同業者から恨まれかねない。
まあ、銀貨五枚でもだいぶ安いのだが、これ以上値段を上げるのは良心が痛むので止めておいたのだ。
「申し訳ありません! コサージュとブレスレット、完売です!」
ブース開店したのが、だいたい二時ごろ。それから一時間しないうちに、追加で作った分も合わせてコサージュ百個とブレスレット五十個が売れてしまった。
合計すると大銀貨一枚という売り上げに思わずおののいて、完売したということにして一旦販売を中止する。
大銀貨一枚は、日本円に換算すると約十万円。
ブース貸出料が銀貨五枚なので、既に約五万円の利益ということになる。
普通はここから更に、材料費を引いた金額が本来の利益になるのだが、今回販売したものは全て、そこはかとなく残念な例の女神様が初期サービスとしてアイテムボックスに大量に突っ込んでおいてくれた材料を元に作っているので、材料費は全くかかっていない。
ようするに、ぼろ儲けなのだ。おののきもするだろう。
こちらの完売宣言に残念そうな表情を浮かべた女性客たちだったが、無い物は仕方ないと諦めてブースの前から散っていく。
一応バレッタはまだ売っているので、ちらほら買っていく客もいるが、勢いはだいぶ落ち着いていた。
「よ、予想外の売れ行きだわ……」
スキルで作っただけあって出来が良かったからなのか、まさかあんな勢いで売れるとは、もしかしたら手頃な価格のアクセサリーというものが、あまり存在していないのかもしれない。
あってもせいぜい、リボンくらいというところだろうか。
「だとしたら、わからないでもないけどね」
それにしたって、みなさん食いつきすぎじゃないかと思う。女性客の勢いが凄すぎて、正直ちょっと怖かった。
「ま、女性はいつでもオシャレに余念がないってことかな」
基本的にデニムとカットソーというシンプルイズベストな服装でばかりだった真奈からすれば、あの女性客たちの「自分を可愛く見せる努力」には頭が下がる。
この様子なら、次回出店するときも売り上げに期待できそうだ。
ゾンビ出現の可能性がある限り、しばらく街の外へ出るつもりは無い。なので、そこそこな収入を見込めそうなアクセサリー商売に安心しつつ、この世界にきて初めて、真奈はスキルや資源を大量に用意した、あの女神様の暴走っぷりに感謝したのだった。