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第七話 騒動

 薬草採取とラビットホーンの討伐を終えた真奈が冒険者ギルドに帰って来ると、何やらギルド内がザワザワと落ち着かない雰囲気に包まれていた。


「何かあったんですか?」


 赤毛の受付嬢に取って来た薬草とラビットホーン三体を渡して報酬を受け取るついでに聞いてみる。

 そんな真奈の質問に「やっぱり気になりますよね」と苦笑した彼女は、受付の下から一枚の紙を取り出した。


「マナ様が出立された後で王国軍の騎士がやって来たんですよ。何でもこの辺りを根城にしていた盗賊団の捕縛に成功したそうなんです」


「へえ! それは良かったじゃないですか」


 見せられた紙はいわゆる手配書で、どうやらここに記されている盗賊団が捕まったらしい。


 盗賊団と言えば旅人からすれば敵以外の何物でもない。

 男性の商人なら運んでいる商品の一部を差し出せば命までは取られないらしいが、女性がいた場合は最悪だと聞く。

 何がどう最悪なのかは考えなくてもわかると思う。

 そんな連中を捕まえたのだから、さすが王国の騎士団様というやつだろうか。


「それがそうも言えないみたいでして……」


「え?」


「盗賊団のアジトを制圧したときに結構な数の盗賊が斬られたそうなんですが、その血の匂いを嗅いで魔物が集まって来てしまったらしくて」


「魔物ですか? 下級のモンスターではなく?」


「ええ。今回は中級の魔物が寄って来てしまったらしいですね」


 その頃すでに日も落ちかけていたとかで捕縛した盗賊だけ連れて撤退したが、翌日死体の回収に行ってみたら確かにあったはずの盗賊の死体が無くなってしまっていたらしい。


「それって魔物に食べられちゃったわけではないんですか?」


 普通に考えて、血の匂いを嗅ぎつけて寄って来た魔物が餌として食らっていったのだと思うのだが。違うのだろうか。


「もちろんそう考えるのが一般的ですが、万が一にでもゾンビになっていたら、ということもありますからね」


 注意喚起に来てくださったんですよ。と笑った彼女の言葉の意味を理解して、思わずヒクリと口元が引きつる。

 自分の予想が当たっているかどうか確認してみれば、やはり予想はドンピシャだった。


 どういうことかといえうと、こういうことだ。

 ゾンビはアンデット系のモンスターであり、戦闘力は高くない。むしろ低い。

 だが奴らは既に死んでいる。

 死んでいるからこそ、もう一度その活動を停止させるには高威力の火で焼くか、聖魔法で浄化するか、はたまた聖魔法で加護を付与された聖武器で攻撃するしかない。


 つまり、対処法を持たない者にとっては絶対に会いたくないモンスターだし、もしも会ってしまったら低級とはいえ全力で逃げなくてはいけない相手であるということだ。


 そんな厄介な相手がうろついているかもしれないとなれば、誰だって真奈と似たような反応をするだろう。


「幸いこの街には聖魔法を扱える冒険者がいますから、ゾンビが本当にいた場合はすぐに討伐依頼が発注されることになります。なので、ゾンビを発見したらすぐにギルドまで報告してください」


「わかりました」


 幸いゾンビは動きが遅い。

 更にいうとこの世界のゾンビはあくまでモンスターであってウィルス感染タイプではないから、もしも攻撃されて傷を受けたとしてもゾンビ化するようなことはない。

 Eランク冒険者でもきちんと周りに気を配っていれば、問題なく逃げきれる相手だ。


 実のところ真奈のスキルには【聖魔法】という項目もあるのだが、これはよっぽどのことが無い限り使うつもりはない。

 絶対に悪目立ちするのが分かり切っているのだ。この街にゾンビへの対処法が全く無いというのなら話は違うが、ベテランの聖魔法使いがいるのなら真奈が出る必要など皆無だろう。


 そんなわけで、受付嬢からの「街の外に出るときはしばらく気を付けるように」との忠告には、おとなしく従うことにする。というか、街の外に出るのを避けようと思う。


 死にたくないからね。目立ちたくもないし。

 専業冒険者ならそうも言ってられないのだろうけど、真奈の場合は商業ギルドにも登録している。

 売り物にも困らないので、安全が確認されるまでは商売メインにすれば良い。


「じゃ、腹ごしらえをしてから、午後は商業ギルドかな」


 昨日の夜に作ったアクセサリー類もアイテムボックスにしっかり入っているし、朝食のついでに作っておいた【おにぎり:昆布】と【おにぎり:おかか】もあるから、中央区広場のあちこちに置いてあったベンチならどれか一つくらいは空いているだろう。


 そんな考えのもと移動した中央区で、案の定空いていたベンチに座ってしっかり食事をとっていた真奈は現在、中々面倒なことに巻き込まれていた。


「だから! あなたが悪いんじゃない! この浮気者!」


「はあ!? なにが浮気だよ! 俺がお前と付き合うわけねーだろーが! 調子乗ってんじゃねぇぞこのブス!」


「酷い! 最低! コリンナのどこがブスなのよ! この甲斐性なし!」


「関係ねー奴は黙ってろ!」


「……はあ」


 カオスである。


 食後のデザート代わりにベンチ横の屋台で購入したフレッシュジュースの入った木製コップを片手に溜息を吐く真奈の前には、男性一人と女性二人の三人が向かい合って怒鳴りあっている。

 内容はお察しのとおり痴情のもつれらしい。


 うん。心の底からどうでもいい。

 出来ればさっさとこの場を立ち去りたいのだが、それが出来ないのは、この喧嘩の発端に少なからず真奈が関係しているからだ。


 といっても疑われるようなことはしていない。

 ただ単に、屋台でジュースを購入しようとした男性が落とした銅貨を拾って手渡しただけなのだが、それをたまたま目撃した彼女さんらしき人物とその友人さんが怒鳴り込んで来たのだ。

 それだけなら男性の方が誤解であることを告げれば終わりなのだが、ややこしいことに男性に言わせると「自分と彼女は付き合っていない」らしい。


 まったくもって意味が分からない。

 ちらりと屋台の店主に目を向けてみると、苦笑と共に小さく肩をすくめられる。


 話を振るな、ということだろう。

 薄情である。


 初めの内こそ冷静に彼女さんらしき人物に対応していた男性だが、二人がかり一方的に悪し様に言われ、沸点を突破したらしい。

 少し前から完全な怒鳴りあいに発展していた。


「そもそもお前誰なんだよ! 面識ねーだろーが!」


「え、マジか」


 青筋を浮かべた男性の叫びに驚いて声を漏らしてしまう。


 彼女さんらしき人物の主張が正しい場合は言わずもがな。男性の主張が正しい場合でも、少なくとも女性が「自分たちは恋人である」と確信するような出来事が二人の間にあったなら、それは男性側の不手際だ。


 実際、真奈の学生時代にも友人がヴァレンタインにチョコレートを好きな男子に渡して、ホワイトデーにお返しをもらった、ということがあった。

 当然ながら真奈の友人は「両想いになれた」と大喜びだったのだが、一か月後には相手の男子が別の女生徒と付き合い始めてしまったのだ。


 どうしてこんなことが起きたのかと言えば、単純に友人が「付き合ってほしい」という言葉を伝えていなかったことに原因がある。

 女子からすればヴァレンタインにチョコレートを渡すという行為自体に、告白と付き合ってほしいという願いが込められているわけだが、男子からすればもらったチョコレートが本命か義理かなんてわからないのだ。


 それでもチョコレートをもらったからにはお返しはしないといけないから、とホワイトデーにお返しを渡し、その行為によって完全に互いの認識がずれてしまったというわけだ。


 だがしかし、この目の前で修羅場のような何かを演じている男性に言わせれば、相手の女性とは初対面。面識がないなら勘違いが起きるような隙もない。

 一体全体どういうことか。


 遠巻きにこの痴話喧嘩を見物していたギャラリーも、何やら雲行きがおかしいことを感じ始めたのかざわついている。

 そんな時。


「おい! ちょっと通してくれ!」


 集まった見物客の向こう側から、妙に焦ったような男性の、大きな声が聞こえてきた。

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