第三話 ギルド登録
一夜明けて宿屋の食堂でパンとスープの朝食を食べてから、真奈は二大ギルドに登録するため、ソムニウムの街に繰り出していた。
「えーと。この角を曲がって……。あ! あったあった」
出かけに宿のおかみさんから聞いたとおりの道順で歩いていくと、さほど時間はかからないうちに目的地である冒険者ギルドが見えてきた。
冒険者ギルドは三階建てで、入口の上部には盾と交差する剣と槍のエンブレムが掲げられている。
「お邪魔しまーす……」
何となく小声で挨拶を口にしながら入口から中に入る。
時間的に依頼を受けに来る冒険者達で混んでいるみたいだが、意外と絡まれることは無かった。
何だかこういうところでは、素行のよろしくない冒険者に絡まれるのがお約束な気がしていたので、すんなり入れたことに少なからず驚いた。
とは言え、そもそも冒険者はここに仕事をしに来ているわけで、いちいち新人に突っかかっている暇は無くて当然なのかもしれない。
生活がかかっているのだから、誰だって必死にもなるだろう。
ギルドの中は、正面に受付カウンター、右手に掲示板、左手にラウンジという造りだ。天井からぶら下がっている案内板によると、右奥に衝立で仕切られて目隠しされているのが買い取り窓口らしい。
ということは、討伐依頼が出ていない魔物も買い取ってもらえるということだろうか。
まあ考えていてもわからないので、登録ついでに聞いてみよう。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「すいません。冒険者登録をしたいんですけど」
五つ並んだ受付の中から比較的列の短い受付で用件を告げると、赤毛の受付嬢はカウンターの下から一枚の用紙を取り出した。
「こちらが登録用紙になります。名前と年齢をご記入後、性別・種族・戦闘スタイルは該当するものを丸印で囲んでください。文字が書けない場合は代筆いたしますが」
「あ、文字は書けるんで大丈夫です」
「それは失礼しました。それではこちらのペンをご使用ください」
返事をしつつ手渡された羽ペンを受け取り、登録用紙に視線を落とす。
実は文字も言葉も日本語とは程遠い物なのだが、その辺は生活系スキル【文字】【言語】の効果で問題無く文字の読み書きも会話も出来る。ちなみにこの二つは常時発動のパッシブスキルである。
名前と年齢を記入して、性別は女、種族は人族に丸印をつけて、戦闘スタイルについては魔法と棍棒を選択しておく。
どちらも戦闘系スキルの中から使い勝手が良さそうなものを選んだ結果だ。
いくらスキルがあっても剣や槍などはやはり慣れるまで時間がかかるだろうが、棍棒なら刃がついていないぶん日本出身でこの異世界では平和ボケしている真奈でも、そこそこ早く慣れることができるだろうという理由である。
魔法を選んだのは単純に使ってみたかったからという、ただそれだけの理由だったが。
「じゃ、これでお願いします」
「確認させていただきます。……はい。それではマナ様、こちらが引き換え用の番号札になります。ギルドカードの発行には時間がかかりますので、お手数ですが明日こちらに取りに来てください。その後、発行されましたカードに血を一滴垂らしていただいて、登録完了となります」
「……血ですか?」
「はい? ああ、あまりご存じないんですね。ギルドカードは魔石と魔法陣が組み込まれていて、血を垂らすことで個人を認証できるんですよ。もちろん、ご本人以外が何らかの方法で手に入れた登録者の血を使用しても、偽装不可能になっています。その他の説明は本登録時のご説明となります」
血を垂らすと言われて思わず聞き返してしまったが、受付嬢の説明を聞いて納得する。
なるほどそういうことならば少し痛いのは我慢する価値はあるだろう。
「じゃあ明日、取りにきます」
「はい。お待ちしております」
もろもろの説明は明日、ギルドカードを受け取る際にしてもらうということで、番号札を受け取ってから、笑顔の受付嬢に見送られて冒険者ギルドをあとにした。
△▼△▼
冒険者ギルドでの用事を終えた真奈は、今度は商業ギルドへの登録の為、冒険者ギルドから五分ほど歩いた先にある商業区へと移動していた。
「すいません。商業ギルドに登録したいんですが」
冒険者ギルドと同じように受付をしていた少し年配の女性に声をかけると、登録の手順は冒険者ギルドとほとんど同じようなものだった。
違ったのは、冒険者ギルドでは本登録に一日かかるところを、商業ギルドではギルドカードを即日発効してもらえたところだろう。
この辺りの対応の早さは商人ならではなのかもしれない。
登録用紙に名前・年齢・性別・種族を記入して、十分ほど待ってから発行されたギルドカードに血を垂らして本登録を完了させる。
受け取ったカードはICカードと同じくらいの大きさの金属製だった。
その上で、ギルド会員として伝えられた諸注意の内容を端的にまとめると次のようになる。
年会費は銀一枚で、これを払い忘れると登録が取り消しになるらしい。
実際の商売については、商業ギルドに品物を卸すか、行商人のように露店を開くか、ギルドに併設されているギルドマーケットの貸出式商店ブース(一日貸出料銀貨五枚)で売る場合は特に制約は無し。
自分の店を出す場合は、店の規模と売上に応じて追加で料金を払うらしい。
まあ私はしばらく店を出すようなことは無いので、制約無しということだろう。
ちなみにギルドに直接品物を卸す際は、専用の部屋があるのでそちらを使用するらしい。
すぐに売れそうなものと言えば、アイテムボックスの中に生活スキル【料理】で使用する生産材料の調味料などがあるが、初日ということもあるし、取りあえず今日のところはやめておく。
受付の女性に軽く挨拶をしてからその場を離れ、ギルドマーケットに移動する。
というのも、この世界での物価というのがいまいち予想出来ないので、それを調べるためである。
商業ギルドに併設されているこの場所ならば、変に高すぎたり安すぎたりする値段をつけている商人はごく少数だろうから、市場調査にはうってつけだ。
「うわあ! 思ってたより凄い!」
ギルドマーケットには貸出式商店ブースが並んでいて、取り扱っている商品ごとに大雑把に区分けされている。
貸出式商店ブースは幅一メートル、奥行き二メートルくらいの敷地に建てられた屋台のような形状で、品物を並べておく腰くらいの高さの台が奥行き一メートルほど。残りの空間が、商人が椅子に座った状態で待機する場所となり、頭上には雨風をしのぐためにしっかり屋根もついている。
この感じなら、試しに出店してみるのも面白そうだ。
かなり広いギルドマーケットの敷地をぐるぐると回り、何となくだが定価価格を把握する。
まず食品類だが、鳥やウサギのような小型獣の肉は大銅貨で二枚から三枚程。対して熊などの大型獣の肉は銀貨五枚から。野菜類は大銅貨一枚から二枚で、小麦や米は十キロで大銅貨三枚から五枚。調味料の類は塩と砂糖が一キロ大銅貨一枚で中々高価だったが、胡椒が一キロ銀貨一枚と桁違いに高かった。
衣料品はピンキリだったが、平均するとシャツ一枚大銅貨五枚といったところか。古着だともう少し安くなるみたいだが、それは関係無いので置いておく。
日用品は値段の上下幅がかなり広かったが、木製の皿が三つセットで銅貨五枚程度で売られていた。
弓矢などの狩猟道具もあったが、これは銀貨七枚から金貨一枚くらいだった。
これくらい覚えておけば、値付けをしくじることもないだろう。
「よし。今日の市場調査はこれくらいにしておくか」
冒険者ギルドと商業ギルドでの手続きと市場調査で結構時間が経過していたようで、いつの間にか胃袋が空腹を訴え始める頃合になっていた。
ならば、観光がてら屋台でも探してみようと考えて、真奈は露店が集まる中央区へと向かうのだった。