第十五話 ファングドック
冒険者ギルドでゾンビ出現の可能性を教えられてからというもの、ゾンビに遭遇してしまう可能性を考えて冒険者稼業を控えていた真奈だったが、先日別件で冒険者ギルドを訪れてみると、発見されたゾンビは全て聖魔法の使い手に浄化されたという話を聞いた。
一応、残念な女神様から貰ったスキルの中には聖魔法スキルはあったし、聖属性武器も結構な種類と数がアイテムボックスに入っていたので万が一ゾンビと遭遇してしまったとしても対処法はあったわけだが、下手に目立ちたくなかったので、一時的に商人としての活動を優先していたのだ。
そんな配慮もむなしく、商人として、そしてアクセサリー職人として思い切りこの街を取り仕切るアントン様の目に留まってしまったのは、予想外だったけれども。
「せいっ!」
気合と共に六尺棒を突き出し、こちらに向かってとびかかって来た大きな二本の牙が特徴の犬のようなモンスター、ファングドックの無防備な腹に打撃を加えて吹き飛ばす。
商業ギルドで活動していた関係で運動不足気味だったのを解消するべく、最近は連日、冒険者ギルドで討伐系の依頼を積極的に受けるようにしており、その成果として、昨日ついに一つ上の冒険者ランクであるDランクへの昇格試験基準をクリアすることが出来た。
受付嬢によると、次の昇格試験は一週間後にあるという。
冒険者ランクが上がれば、それはイコール冒険者としての信用度が上がるということなので受注出来る依頼の幅も広くなるし、何より現在の真奈のランクであるEランクは別名・初心者ランク。
このランクにとどまっているうちは、冒険者を職業としている、とは言えないのだそうだ。
だからEランクの冒険者はこぞってDランクへの昇格を目指すし、それ以降も出来る限り自分の冒険者ランクを上げようと努力する。
真奈とて例外ではなく、いくらアクセサリー販売でやっていけそうとはいえ、自分のランクを上げておいて悪いことは無い。
高ランクになればそれだけ妙な輩に狙われなくなり、もし実際に狙われたとしても返り討ちにすることが出来る。
冒険者ギルドからしても高ランクの冒険者は組織の稼ぎ頭でもあるので、揉め事が起きた際も全面的に協力してくれるとなれば、やはりランクを上げておくにこしたことは無い。
そんなわけで昨日のうちに昇格試験の受験申込を済ませた真奈は、試験当日までに少しでも戦闘経験を積んでおいた方が良いだろうと、今まで相手にしていたホーンラビットより少し格上のモンスターであるファングドックの討伐に挑んでいたのである。
「あー。やっぱり格上だけあって強いな……」
直線的な攻撃が多かった上に、攻撃方法が突進だけだったホーンラビットと違い、ファングドックはその名に冠した牙だけではなく、爪や体当たりでも攻撃してくる。
おまけにホーンラビットに比べてかなり体力があるのか、いくら攻撃を当てても一向に倒れる気配がなかった。
むしろどんどんヘイトが貯まっているのか攻撃が激しくなる一方だったので、正直かなり怖かった。
腹を上にして絶命しているファングドックをアイテムボックスに放り込んでから、この後はどうしようかと思案する。
受注した依頼はファングドックの討伐。一匹倒すごとに銀貨二枚なので、別に何匹狩っても問題は無いのだが、このまま連戦したとして、果たしてこちらの集中力が持つかどうか。
今回はたまたま一匹で行動している個体を見つけられた良かったものの、受付嬢曰く、ファングドックとは本来ならば群れで行動するらしい。
では何故、運良く一匹でいるところに遭遇出来たのか。
「……何か嫌な予感がする」
嫌な予感とは言ったが、索敵スキルで確認してみれば予感が現実だと簡単に確認出来た。
どういうことか、一言で説明すると、どうやら自分が戦っていた個体は囮だったらしい。
自分を中心に円を描くようにしてこちらを包囲しているモンスターの反応に、思わずヒクリと頬が引きつる。
いくらスキルを持っているとはいえ、所詮は駆け出しのEランク冒険者。
群れに囲まれて冷静にさばききる自信なんかある筈がない。
「こうなったら、一か八か、魔法系の戦闘スキルを使ってみるしかないかなあ……」
棒術スキルと違い、多対一でも充分に効果を発揮するだろう魔法だが、問題は今まで真奈が魔法の試し打ちをしたことが無い点だろうか。
いや、生産系のスキルがだいぶファンタジーだったので、改めて魔法を使おうという気にならなかったからなのだが、今思えば冒険者ギルドに登録する際に「魔法と棍棒が戦闘スタイル」と書いたのだから、少しくらい練習しておけよという話である。
しかし後悔先に立たずとはよく言ったもので、思い知った時にはもう遅い。
失敗したらその時はその時。潔く諦めようと、魔法系の戦闘スキルの中から威力の高そうな火魔法を選んで全方位魔法を放つべく身構える。
次の瞬間。
「っ! あぶなっ!」
索敵スキルに引っかかった飛来物の気配に、咄嗟に身を低くする。
そんな真奈の周囲に連続で矢が突き刺さり、一拍の間をおいて矢が淡い水色に光り出す。すぐに光は強くなり、それぞれの矢が光でつながって、円となった。
「え。うそ、これって?」
「おー。無事か? よし、無事そうだな」
どう見ても高位の防御系魔法に分類されるだろう現象に驚いていると、矢のとんできた方向から、どこかで聞いたことのある男の声が聞こえてきた。
「この声は……テオドール?」
「正解」
振り返りつつ、記憶にある名前を呼べば、いつぞやの修羅場もどきで顔見知りになったテオドールが弓を片手に頷いた。
「ファングドックはEランクが相手するにはちょっとキツイ獲物だと思うぞ」
こちらをちらりと見ただけで冒険者ランクを当てたテオドールは弓をその場に置いて、腰のショートソードを抜き、背中の円形盾を構えてにやりと笑う。
「これも何かの縁だろ。先輩冒険者の戦い方、しっかり見とけよ」
そう言ってこちらの返事も聞かずに駆けだしたテオドールが周囲のファングドックを掃討するまでに大した時間を必要とすることもなく、あっさりと方が付いたのだった。