第十四話 依頼発注
翌日。
アントン様の屋敷に依頼されたブローチのデザイン案と見本数品を持って行った帰り、真奈は久しぶりに冒険者ギルドへと顔を出していた。
それというのも、ブローチ作成のために必要な材料調達のためである。
一応、あの女神様の暴走によってアイテムボックスの中に莫大な量の生産用素材が入ってはいる。
しかし、この街の支配者はアントン様だ。
ほんの少しの量ならいざ知らず、商売の世界では新参者の真奈が質の良い宝石やら鉱石やらを大量に持っているのは、はっきり言って異常だ。
そんな異常に、あのアントン様が気付かないわけが無い。
せっかく良い関係が築けそうなのに、危険分子だと思われてしまったら意味が無いではないか。
初めは調達方法について、商業ギルドに相談したのだ。
だがそういった仕入れルートの開設は自分で頑張らなくてはいけないらしく、口利きのようなことはしてもらえなかった。
それでもアドバイスとしてよくある方法の一つ。冒険者ギルドに依頼を出す、という方法を教えてもらったので、ありがたくアドバイスに従い冒険者ギルドにやって来た、というわけである。
だが、その前に確認しておかなければいけないことがある。
「こんにちは。以前お聞きしたゾンビの被害ってどうなりましたか?」
そう。これである。
元々は商売人と冒険者という二足の草鞋で生活する予定だった私が、一時的とはいえ商売の方に比重を片寄らせたのは、この街の近隣でゾンビが発生した可能性を教えられたからだ。
「あら、お久しぶりですね。ゾンビ出現の報告はありましたが、それらは全て聖魔法が扱える冒険者によって討伐済みです。なのでそろそろ、この警戒態勢も解除になると思います」
「あ、そうなんですか。それは良かった」
受付嬢の言葉に本心から良かったと思って、自分の表情が緩むのがわかる。
正直、実際にゾンビがいたという話には驚いたが既に倒された後だというし、ギルド内の雰囲気も殺伐としたものではないから本当にほとんど被害もなかったのだろう。
「それならちょっと相談なんですけど……」
警戒態勢を解除して通常業務に戻るということで、安心してブローチに使う材料の仕入れについて相談する。
「ちょっと特注でアクセサリーの作成を依頼されたんですけど、材料の調達で少し難儀していまして……。商業ギルドで相談したら、こっちで依頼を出したらどうかとアドバイスをもらったんですよ」
「ああ、なるほど。そういった依頼でしたら確かに冒険者ギルドの管轄内ですね。必要な材料と量が決まっていますか?」
「いやあ……。まだ試作中なんで……」
「そうですか。では、費用の面に余裕があるようでしたら、アクセサリーの材料として一般的な宝石と鉱物を一通りそろえてみてはいかがですか? 今回使用しなかった分も、他の機会に活かせば良いわけですし」
「なるほど。広く浅くってやつですか」
確かにその方が、この世界で出回っている宝石や鉱物のランクを確認出来て良いかもしれない。
「ならそれでお願いします」
「かしこまりました。それでは細かい依頼内容について確認させていただきます。まずは……」
その後、赤毛の受付嬢のアドバイスを聞きながら指定する宝石や鉱物を決め、期限を決め、報酬を決め、ようやく依頼の発注が終わったのは、昼を大きく過ぎた時刻だった。
おかしいね、ギルドに入ったのは十時前だった筈なんだけど。
「あー! 時間かかった。疲れたなあ」
まさか依頼一個出すのにこんなに決めることが多いとは思わなかった。
まあ普通はもっと単純な手続きで良いらしいんだが。
あれだ。護衛依頼なら求める冒険者ランクと護衛期間に報酬を決めれば良いだけなのだから、簡単なものだ。
今回の手続きが妙に長引いたのは、単純にこちらが、何をどれくらい必要としているか、という点を曖昧にしたまま来てしまったことに原因がある。
「そして私は久しぶりに冒険者として働きますか」
スキルによって戦っている以上、鈍ることもないのだが、せっかく冒険者ギルドカードを持っているのにも関わらず、戦闘系の成果がホーンラビット三匹倒しただけでは、あまりにショボすぎる。
ということで、本日の目標はホーンラビットだ。
うん。別に良いじゃないか。というか仕方ないじゃないか。
初心者が受けられる依頼となるとこれくらいしか無いんだから。
ギルド証を提示して門を通過し、歩きながらアイテムボックスから六尺棒を取り出して、久しぶりの滑らかな木材の感触を確かめる。
狩場は以前に向かった場所と同じなので、迷うことはまず有り得無い。
「おー。今日もいるいる」
しばらくして、ラビットホーンにとっては餌場、冒険者にとっては狩場である場所が見えてくる。
今日は前回より少し多く、全部で六匹の毛玉が跳ねまわっていた。
「さて。久しぶりの、というか二回目の狩りといきますか!」
武器を構え、走り出す。
発動したスキルは【棒術】【威圧】【俊足】の三つ。
威圧して固まったところを素早く距離を詰め、棒術でぶっ叩くという、シンプルな戦術だ。
単純すぎて戦術とは言えない。むしろ作戦ともも言えないようなものだが、効果のほどは抜群だ。
むしろ小型の弱いモンスターであるからこそ、こういった単純な戦い方の方が効果が高いのではないだろうか。
「よし! いっちょ上がり!」
ぶんっ。と六尺棒を振り回し、最後に向かってきた一匹を地面に叩きつけてから、周囲を見回し満足気に一つ頷く。
いやはや、最初の戦闘終了時のあの暗い気分はどこに行ったのか。
慣れとは怖いものである。何せ心が痛むどころか、完封できたことに達成感すら感じているのだから。
「ま、これはこれでテンプレだからね」
こういうトリッパーが現地の価値観に染まっていくのも、チートもののお約束だと思うし、たぶんあの残念な女神様もお気に召すことだろう。
いやまあ。チートをくれたのは事実なわけなので、たまにはサービスしとかないと。
そんなことを頭の隅で考えて、誰も見ていないだろうけど、と思いながら小さく肩をすくめてみる。
「……意外と見てたんだね」
前言撤回。
頭の遠いところから、あの女神様の歓声が聞こえてきたので、どうやらそれなりに観戦されていたようである。
プライバシーってどうなってるんでしょうね?