第十三話 依頼
アントン様との面会を終えてアウラ子爵家の馬車で宿泊している宿まで送ってもらった真奈は、客室に備え付けられた椅子に腰かけ、テーブルに突っ伏すようにして脱力していた。
「あー。疲れた……」
真奈を呼び出したアントン様は、金髪ロングにサファイアブルーの瞳という見た目からして完全にお姫様といったような愛らしい容姿をしていた。
まさにおとぎ話に出てくるような外見の少女だった。
しかし、まだ成人したばかりという年齢で子爵家当主を務めるだけあり、鋭い目と柔軟な思考を持っているらしい。
「何で新参者でしかない私に依頼するのかなあ……」
アントン様からの依頼内容を思い出して、大きくため息を吐く。
色々ありすぎて肉体的というより精神的に疲れた自身に鞭打って、気合を入れてテーブルに突っ伏していた体を起こす。
姿勢を正してからアイテムボックスを開き、アントン様のメイドから手渡された紙を取り出す。
そこには、アウラ子爵家の紋章が堂々と描かれていた。
「紋章って言っても盾デザインじゃないんだよねえ」
本来、真奈が元々いた世界のヨーロッパなどで伝わっている紋章は、盾の形をした枠上にデザインされる。
女性の場合は盾ではなく菱形の枠が使われることが多いが、それも国によっては女性差別だからと撤廃されているケースもあった筈だ。
しかし、さすがは異世界というか何というか。
アウラ子爵家の紋章は、この基本から大きく外れていて、特にこれと言って形に制限は無いらしい。
「スズランの花とユニコーンって、ずいぶん女性向けのデザインだなあ」
アウラ子爵家の紋章は、センターに横向きのユニコーンが描かれ、その周りを囲むようにスズランの花が咲き乱れている。
一応確認してみたところ、トリフォリウム王国でのスズランの花言葉は真奈が元いた世界の花言葉とあまり変わらない、次の四つ。
再び幸せが訪れる。優しさ、愛らしさ。謙遜。純粋。となる。
そこに更に、純潔の乙女を象徴するユニコーンが入るのだから、何とも清らかというか、清純な印象を受けるデザインである。
これがアントン様の紋章だと言われると納得できるのだが、正確にはアントン様個人の紋章ではなく、アウラ子爵家を表す紋章らしい。
この辺りも個人識別情報としての役割を持つヨーロッパの紋章とは違うと言える。
話を聞いた上で判断すると、どちらかと言えば、日本の家紋のようなイメージなのだろう。
本来ならば男性が当主となる筈の子爵家の紋章にしては繊細すぎる気もするが、アントン様から受けた説明によると、実はそうでもないらしい。
センターに収まるユニコーンが示すのは、乙女の守護者としての美しい面ではなく、気に入らないものをその一本角で串刺しにして殺してしまう荒々しい一面の方なのだそうだ。
紋章そのものの意味合いとしては、普段は謙虚な態度で覆い隠されているが、いざという時は容赦なく敵を討つ覚悟を持った一族である。ということらしい。
まあ、元々の子爵家の興りがとある武に長けた貴族の子女が、王国内部で起きた内乱の最前線に私兵を連れて乗り込み見事鎮圧してみせた褒美だというのだから、紋章が一見して女性的なのも、見た目に反して中々強烈な意味合いを含んでいるのも頷けるというものである。
ではこの紋章とアントン様からの依頼がどんな関係かと言えば、まあ予想は出来るだろうが、紋章を使ったアクセサリー作成を依頼されたのだ。
正確には依頼されたのはブローチで、全体的なサイズと紋章を使うという二点以外はデザインごと真奈に丸投げされてしまったのである。
「とにかく、依頼されちゃったものは仕方がないから良いけどね」
とは言え、いくら丸投げされたとはいっても勝手に作って完成品を持って行ったらダメ出しをくらった。何ていうのは勘弁したい。
何パターンかデザイン案を考えて図案を起こしたら、一度見せにいった方が良いだろう。
図案があれば、アントン様もイメージがわきやすいだろうし、あとは彼女の好みによって装飾を足したり引いたりすればいいだけだ。
「えーと、確かスキルの中に……」
全種類スキル管理用スキルの【スキル一覧】から、生産系スキル【細工:装飾品】を呼び出し、更に【デザインページ】へと飛ぶ。
ネックレスやらのデザインを作った時には気付かなかったのだが、このページの欄外に【デザイン読み込み】という項目がある。
この【デザイン読み込み】を選択すると、新たに【読み込むデザインを指定してください】という指示が表示されたので、これに従ってテーブルの上に置いてあったアウラ子爵家の紋章を選択する。
「お! 本当に読み込めた」
ふわっと、生産系スキルを行使したときよりは控えめな光が消えると、ページ上に【デザインの読み込みが完了しました】という一文が出る。
続いて【デザイン名を設定してください】と出てきたので、少し考えてから【紋章:アウラ子爵家】と入力する。
これでアウラ子爵家の紋章がデザインパーツとして登録されたことになる。
ここまでくれば、あとは【デザインページ】に戻って、空白の文字列ボックスに【紋章:アウラ子爵家】と入力すれば、あとは今までと同じようにデザインしていけば良い。
「うーん……。取りあえず材質は本物のシルバーで良いよね」
思いつくままに操作していき、全部で三種類のデザインを作成する。
一つ目はシンプルに、シルバーで作った紋章のところどころに小さな宝石を使ったもの。
二つ目は七宝焼きのように、丸い土台の上に絵で紋章を表現したもので、これは土台の形を変えたり絵の色を変えたりとアレンジしやすいものとなっている。
そして三つ目は、象嵌の技術を使ったデザインだ。
真奈としては一押しのデザインで、黒地にシルバーとゴールド、その他宝石を嵌め込むことで半立体の紋章を表現する、というものだ。
たぶん普通に手作業で作ろうとしたら完成までに何年かかるかわからないデザインである。
「よし。それじゃあ、デザインはコレで良いとしてっと」
作成したデザインは保存しておいて、今度は紙にデザインを書き写していくのだが、これは紙を前にペンを持った段階でオートでスキル【描画】が発動したので、特に苦労することは無かった。
ただ、スキルを使用した描いた絵が異様に写実的で、いっそ写真のようなレベルの出来だったことにはかなり驚いた。
ただし、いくら写実的な絵を見せたところで七宝や象嵌を知らないこの世界の住人であるアントン様には、ピンとこないかもしれない。
「何個か単純なデザインのものを見本で持って行くかな」
それなら口頭で説明するよりよっぽどわかりやすいだろう。
あとはこのデザインイラストと一緒に見本を持ってアウラ子爵家にお邪魔して、了解を取ってくれば良い。
「あー。これで何とかなりそうだね」
まだまだ完成したわけでは無いが、装飾品を生産系スキルを使って作る場合、一番必要なのは技術力ではなく発想力だ。
ある程度のデザインが決まってしまえば、あとはスキルを行使するだけ。
そんな状態なので、アントン様から依頼されたブローチのデザイン案が決まった真奈は、アイテムボックスからアウラ子爵家からお暇する際に渡されたお土産のクッキーと紅茶を取り出して、夕方のティータイムと洒落込んだのだった。
いやはや何とも気楽なものである。