第十二話 アントン・フォン・アウラ子爵
そう来たかっ!と、叫ばなかった自分を、誰か褒めて欲しい。
そんなしょうもないことを考えながら、真奈は応接室で出された良い香りのする紅茶を、精一杯のすまし顔で味わっていた。
「では、マナは最近になって我が街に来たばかりなのですね?」
「ええ。そういうことになりますね」
ほわっ。っとした笑顔を浮かべた少女の問いに、出来る限りのにこやかな笑みを浮かべて返す。
うふふ。と笑いあって、バレないようにこっそり息を吐く。
波打つ豊かな金髪に、白磁の肌。透き通ったサファイアブルーの瞳と、花弁のような唇を持った美少女。
テーブルを挟んで向かいのソファーに腰かけた彼女は、名をアントン・フォン・アウラ様という。
そう。何を隠そう、このソムニウムの街を取り仕切るアウラ子爵ご本人なのだそうだ。
応接室に案内されて少しして登場した美少女が事前に女騎士さんから聞いていた子爵様の名を名乗ったときは、本気で「そう来たかっ!」と叫びそうになった。
それと同時に、馬車の中での女騎士さん二人の反応に合点がいった。
この年頃の女の子なら、いくら平民の間での流行りとはいえ、流行りは流行りだ。気になったとしてもおかしくはない。
何でもこのトリフォリウム王国では女性の爵位継承も認められているそうで、彼女は先代ご当主様である御父上が急死されたおり、国王陛下から正式にアウラ子爵家の後継者として許可を賜ったのだそうだ。
女の子にも関わらず男性名なのは、次に生まれてくる子供が男児になるように、という願掛けらしい。
そこはかとなく戦国時代あたりの日本を思い起こさせる風習だなと思ったのは言うまでもない。
「凄いわね。私なんて家臣の皆がいてくれてようやく当主としての仕事をこなしている状況なのに、あなたはしっかり自立しているんだもの」
「まあ、これでも二十歳は超えていますので。それに、成人して間もないアントン様がご立派に子爵家当主を務めていらっしゃることに比べれば、大したことではないかと」
実際、もしも「サポートはしてやるから貴族やれ」と言われても嫌だよ。
領地なしの法衣貴族だろうが、領地ありの地方貴族だろうが、貴族家当主なんて面倒以外の何物でもないだろう。
もちろん生まれた家柄故の覚悟や、今まで受けてきた教育の内容なんかも影響しているのだろうが、成人したばかり――十五歳の彼女がきちんと子爵家とソムニウムの街の代表として立っているのは、やはり立派だと思う。
余談だが、自己紹介で二十歳だと言ったときの反応は凄かった。
純粋な日本人である真奈は、西洋風の顔立ちのこの世界ではお約束のように実年齢より若く見えるようで、アントン様は「てっきり年下だと思ったわ」と言われてしまった。
ついでに彼女の護衛として控えていた女性騎士二人やメイドさんも驚いていたが、知ったことか。
というか、十五歳のアントン様より年下というのは、いったい自分は何歳に見られていたのだろうかとちょっぴり戦慄する。
若く見られるのは嬉しいが、どちらかと言うと若く見られるというよりも、幼く見られているような気がして喜べないのだ。
そんな話は置いておいて。
「それじゃあ、そろそろマナの商品を見せてもらっても良いかしら?」
「はい。もちろん」
こてん。と首をかしげたアントン様の問いに笑顔で頷き、紅茶のカップをテーブルに置く。
既に中身を飲み干して空になっていたカップは、あっという間にメイドさんの一人によって片付けられる。
「どうぞ。ご覧くださいませ」
カップが片付けられたことで空いたテーブルにバサリと黒いベロア地の布を広げ、一個ずつ説明しながら机の上に商品を広げていく。
「昨日今日と一番売れているのが、布製の花のコサージュです。髪飾りにするも服に縫い付けるもお好みで。こちらの革製のブレスレットは二番人気。そちらのバレッタはお色が赤色と青色と黄色の三色あります。それから、こちらが目玉商品のネックレス十五種類です」
「まあ!」
ぽんぽんと次々商品を並べていくのを楽しそうに見ていたアントン様は、最後に出したフェイクシルバーのネックレスに声を上げる。
視線を向ければ、きらきらとした目でネックレスを見つめていた。
やはり貴族ともなると平民向けのアクセサリーより、ネックレスに意識が向くらしい。
まあ、子爵家当主であるアントン様からしたら、たぶん普通に買える値段だろうし。
「ネックレスは全てシンプルなデザインとなっておりまして……」
集客目的で作ったものの今まで買い手のいなかったネックレスを売るチャンスだと、他の商品を脇にどけてネックレスの紹介に入る。
「花をモチーフとしたものは、薔薇、ユリ、桜、ダリア、ひまわりの五種類。それ以外は、ハートと太陽がモチーフのものが二種類ずつ。星と月をモチーフとしたものが三種類ずつとなっております」
よろしければ、お手に取ってご覧ください。
そう言って、にこりと微笑むと、アントン様は少し迷ってから薔薇のネックレスに手を伸ばし、ひととおり眺めたと思ったら、次はダリアのネックレスを手に取った。
「……凄いわ。薔薇もダリアも幾重にも重なる花弁一つ一つが、とても丁寧に作られている。普通はもっと簡略化してしまうものなのだけど、これには一切の妥協が見られないわ」
「え、あ、はい」
じっとモチーフの部分を見つめていたと思ったら、アントン様の口から出てきた予想外の言葉に返事が妙な感じになってしまった。
いや、だって仕方がないだろう。
たとえこの世界の基準で成人していようと、いくら貴族といえど、真奈からみれば、日本でいうと中学生にあたるアントン様は「女性」というより「女の子」だ。
そんな女の子がアクセサリーを手に取って言う感想といえば、「綺麗」だとか「欲しい」だとか、そういうものになると予想するに決まっている。
しかし実際にアントン様の口から出たのは、ネックレスを作った作り手の技術力を称賛する言葉。
これを予想外と言わずに何と言おう。
だが、アントン様が当主を務めるアウラ子爵家は、王都直轄領であるこの地域にあって、交易都市ソムニウムの街を国王陛下より直々に任されている貴族家だ。
それだけ歴代の国王陛下からの信頼が厚いということであり、それに相応しいだけの高い能力が要求される。
交易都市を任される貴族家である以上、質の良い品物は武器であり、切り札となりえるカードである。
ならばより良い武器を、より良いカードを手に入れるための「目」が養われているのは当然なのかもしれない。
「これらは全部マナが作ったのですか?」
「は、はい。ちょっと特別な方法ですが……。あ、ちなみにご注文いただければオーダーメイドも承りますよ」
年齢に似合わない。けれど立場から考えれば妥当な、まっすぐで強い瞳にやや気おされつつも、アントン様からの質問に頷き、ついでに軽く売り込みもしておく。
囲い込まれるのはちょっと困るが、真奈が貴族の影響を受けがちな商業ギルドだけではなく冒険者ギルドにも登録している以上、下手に行動を制限することは出来ないはずだ。
街の責任者から顔を覚えてもらい、かつオーダーメイドの注文を受けたとあれば、何かと有利なことが多いだろうし。
「そうですか」
ふむ。と手にしたネックレスを眺めながら何か考えていたアントン様は、しばらくして顔を上げ、そのサファイアブルーの瞳を真奈へと向けた。
「では、こういうデザインのものは作れるかしら?」
そう言いながら綺麗に笑ったアントン様が手招いたメイドから差し出されたデザインを見て、どうやら予想以上に面倒な「ご注文」になりそうだと、真奈は思わず顔をひきつらせたのだった。
【登場人物】
アントン・フォン・アウラ……ソムニウムの街を治める女子爵。絵にかいたようなお姫様的な容姿。
女騎士その1……豊かな赤髪ロングウェーブの迫力美女。レイピア装備。アントンの護衛。
女騎士その2……くすんだ金髪ショートカットの細身美人。長剣と短剣の二種装備。アントンの護衛。




