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第十話 完売

個数と金額計算が間違っていたので訂正しました。(2017/7/23)

 ギルドマーケットのブース使用時間は二十四時間だ。

 しかしながら、実際に使用時間中ずっと商売をし続けるわけではない。


 例えば朝の十時からブースを使用し始めたとすると、貸出期限は翌日の朝十時となる。

 とはいえ朝から商売をしている商人が、深夜もぶっ続けで店を開けておくことは不可能だ。

 ならばブースの貸出使用時間が二十四時間になっているメリットは何かというと、利用者が継続して同じブースを使用出来る点だろう。


 朝の十時にブースの結界を解除し、夕方五時に店じまいをしたとする。

 この場合、ブース内に使用者がいなかったとしても貸出使用時間の範囲内なので、夕方五時から翌日朝十時まではブースの使用権は結界を解除した利用者の手にある。

 そして翌日朝十時より前に商業ギルドでブース使用更新料を支払えば、貸出期限をさらに二十四時間分伸ばすことが出来るのだ。


 この方法をとれば、先に述べた通り同じブースで商売し続けることが出来る為、固定客を得やすいというメリットがある。

 当然毎日決まって銀貨五枚を支払わなくてはならないので懐が寂しいと少々キツイ方法ではあるのだが、そういう商人は中央区で露店を開いて元手を稼いでから、というのが常識らしい。


 真奈の場合、昨日の昼過ぎの午後二時にブースを利用開始したので、貸出期限は本日午後二時。

 昼食を取りに外出した際に更新手続きをすれば充分間に合う時間である。


「更新するかどうかは午前の客足を見てから考えようっと」


 朝八時。

 既にマーケット内では夜食などを売る通称深夜組が店じまいを終え、入れ替わりに真奈のような物販系の商人たちが「準備中」の札を立てて開店準備に精を出していた。


 ちなみに深夜組が中央区で屋台を開かないのは、防犯的な理由によるものだ。

 夜になれば治安が悪くなるのは古今東西異世界でも変わらないらしく、素行の悪い連中に絡まれたり売り上げをカツアゲされたりしないように、ギルドマーケット内で商売をしているのだ。

 さすがに二大ギルドの一角である商業ギルドに付随するマーケットで問題ごとを起こす馬鹿はいないので、納得の自衛手段であると言える。


 閑話休題。


 宿で一晩しっかり寝てきた真奈もまた、他の商売人たちを見習って準備中の札を用意してから、昨日と同じように商品台に黒いベロア素材の布をしいて、せっせと開店準備を進めていく。


 用意した商品は昨日の売れ行きを考慮して、コサージュが二百個、ブレスレットが百個、バレッタが一色につき十個ずつの計三十個と、全て昨日の二倍の量を用意してきた。

 ネックレスに関しては昨日は一つも売れなかったので追加することはしていない。

 売れるかどうかは運しだいだが、昨日の女性客の勢いから考えて心配する必要は無いと思う。


「商品オッケー。つり銭オッケー。さて、今日もしっかり稼ぎますか」


 ブースの使用料を差っ引くと、昨日の売り上げはやや心許ない。

 一応、銀貨で数日分の宿代を前払いしているとはいえ、このままだと「余裕ある快適な生活」は確保出来ない。

 冒険者ランクを上げて、報酬の高い依頼を受ければ良いのかもしれないが、やはりゾンビ出現の心配がある以上はあまり街を出たくない。


 ということで、本日の売り上げ目標はネックレス以外の商品の完売だ。

 今日用意したネックレス以外が全部売れた場合、合計で大銀貨二枚と銀貨六枚になって、ブース更新料を払ったとしても大銀貨二枚と銀貨一枚。日本円にして約二十一万円の儲けである。


 うん。日本で働いていた際の真奈の月給より上ってどういうことだろうか。しかも日給で。

 まああちらにいた頃より稼ぎやすい一方で、言われたまま働いていれば毎月必ずお給料がもらえていた会社員時代と違い、こちらでは自分で稼がないとあっという間にすっからかんになってしまうのだ。

 どちらが良いかは人それぞれだろう。


「よし! それじゃ、開店といきますか!」


 店の前に立ててあった準備中の札を回収した真奈は、パンッと両頬を叩いて今日の売り上げ目標達成に向けて、仕事開始の気合を入れたのだった。


 △▼△▼


 時間は流れて午前十一時。

 開店から三時間ほどしかたっていないブースの中で、真奈は呆然と商品台の上に並べられたカラのトレーを見下ろしていた。


「売り切れちゃったよ……」


 いや正確にはネックレス類は相変わらず十五個全部が残っているので完売しているわけではないのだが、これらは元より集客目的で置いてあるだけの売れるとは思っていない商品だ。

 売ることを前提としたコサージュとブレスレット、そしてバレッタの全部で三百三十個にも及ぶ商品が、半日も経過しないうちに完売してしまったのだから呆然とするのも当然だと思う。


「これは一旦、宿に戻って追加分作って来た方がいいかな?」


 特許なんてものがない世界だ。

 売れるうちに出来るだけ多く売りさばいた方が良いに決まっている。


 早めの昼食を兼ねて宿屋に戻ることを決め、商品台に「昼食中。午後一時には戻ります」と張り紙をしてブースを出る。魔石にブース貸出証をかざして留守設定にすれば、結界が作動して商品が盗難される心配もないのは、実にありがたいシステムである。


 余談だが、真奈のブースの両サイドには服を扱う商売人のおっちゃんが店を構えており、昨日に続きやって来た大人数の女性客がついでに買っていくために売り上げが跳ね上がったらしく、えらい気さくにブースの留守設定について教えてくれたのだが、まあそれはいい。


 商業ギルドのある商業区から、宿屋街へ向けて移動する。

 どちらも人の多い場所なので走ることは出来ないが、さすがにそこまで急ぐことも無いので少し急ぎ足程度で歩いていく。


 宿屋の一階にいるおかみさんに軽く挨拶して水差しに入った水をもらってから、宿泊している部屋のある二階へと上がる。


「取りあえずは腹ごなしっと」


 生産系スキルを使って【料理:きつねうどん】を用意する。おかみさんから貰った水は、材料に【飲料水】が必要だったのでそこで使用した。

 火傷をしないように気を付けながらも急ぎ気味でツユまで全部飲み干して、生活系スキル【洗浄】で後片付けをしてから改めて全種類スキル管理用スキルの【スキル一覧】を起動し、生産系スキルの中から【細工:装飾品】の項目を開く。

 目的のデザインを【作成保存済み】の項目の中から選んで、使用する材料を用意し、さらに、生産系スキル制御用スキルの【一括作成】を起動して、コサージュを五百個、ブレスレットを三百個、バレッタを三十個ずつの計九十個を一気に作成してしまう。


 もしもこの八百九十個の商品が全て売れたとすると、大銀貨六枚と銀貨三枚の売り上げとなり、日本円に換算すると約六十三万円となる。

 午前中の売り上げと合わせると八十一万円の売り上げだ。


「これでも売り切れた場合は、本当にどうしようかね……」


 作成するアイテムの数が多いせいで机の上では材料すら乗り切らずベッドの上で作業した結果、シーツの上に散乱した商品をアイテムボックスに投げ込んで、真奈はさてどうしたものかと、深い溜息をはいたのだった。


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