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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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援交少女(1)

 太陽が光がまともに差さないこの路地に一人の女性が膝を抱えて座っている。

 いや、女性というより少女に近いかもしれない。

 それほど若々しく見えるのだ。明らかに身体と年齢が一致していない。男性十人が十人、この女性が小学生か中学生と答えるだろう。


 しかし、少女の表情は小学生や中学生のといったそれとは違った。

 人生とは、世界とは、異性とは、などの諸々を知った顔だった。――つまり、しかめっ面だ。


「はあ、なんでアタシがこんな目に遭わなきゃいけないのよっ!」


 手元に落ちていた小さな石を拾い上げ、路地の奥の方へ投げた。

 飛んでいった石は壁や地面に反射して乾いた反響音を立てる。

 その音が自分の耳にも届き一層寂しさが増す。

 少女もまた、このデスゲームに閉じ込められた被害者の一人だ。

 反響が消えると、残るのは孤独のみだった。


「また、狩り、するかなあ」


 そう呟き、左手に嵌まっている二つのリングを見つめる。

 このゲームシステムは本当に現実の身体とリンクしているらしく、現実で左利きの少女はこのゲームでも左利き仕様となっていた。

 人差し指に嵌まっているコバルトブルーの珠の付いたリングは最初からあった物だ。

 そして中指に光るエメラルドグリーンの珠はつい最近手に入った物だ。


 まず、《通弾ノーマルバレット》と唱える。すると、光の集合体が左手に収まった。

 黒光りする鉄の銃が左手にしっかりと握られる。

 そして、右手人差し指でマガジンリリースボタンを押す。グリップの下から全弾ぜんだん装填されているマガジンが顔を出す。

 マガジンを右手で引き抜き、そっと傍らの地面に置く。

 銃を持ったまま、左手に集中する。


「……《査弾サーチ・バレット》」


 声は張らずにボソッと呟くように言った。

 最初のためらいは単に恥ずかしかったから。ゲームで技名などを大声で叫ぶなんてバカバカしい、とそう思っている派である。

 そもそも、このゲームは最初は腰のホルスターに銃が納まった形で始まっていた。

 それなのに、メンテナンスが終わるなりログインしてみればホルスターなんてどこにも無いし、訳の分からない機械が右手首に着けてあったり、綺麗だけど使い方のわからないリングが嵌めてあったりと困惑も限界突破しそうだった。


 それも、運営からのメールで一通りの使用方法は分かった。

 右手に握られる五発装填されているマガジンに視線を落とす。《通弾ノーマルバレット》と違い、この《独弾ユニークバレット》はそれぞれ限界装填弾数が決まっているらしい。


 この《独弾ユニークバレット》を手に入れたのもつい昨日のことだ。

 一人で物陰に隠れながら周囲を警戒していた時、突然右腕が震えたんだ。

 ビックリして飛び上がりそうになったけど、そこは堪えた。

 右腕の腕時計型の記録端末に目をやってみると、赤い文字で、


【抽選エントリーについて】


 の文字が浮き出ていた。

 ああ、と最初の日を思い出してそのメールをタップしてみると、いくつかの項目が出てきて黙々とそれを埋めていった。

 ちなみに最後の『あなたはどう勝ちたいですか?』の質問には『男をたぶらかしてポイントを勝ち取る』と答えた。

 ふざけて書いたように見えるが、これはアタシが現実で生きていく上での座右の銘としていることだ。ポイントじゃなくてお金だけど。



 昔の話になるのだけれど。

 アタシは生まれながらにして裕福な暮らしとは縁遠い生活を送ってきた。

 父はリーマンショックの影響で職を失い、毎晩酒を飲んで呑まれ絶望の淵を彷徨っていた。

 そして母は出稼ぎの為、朝から夜までいくつものパートの仕事を掛け持ちしていた。

それで何度か体を壊していた。高熱が出ない限り仕事に出ていたらしい。

 映画やドラマではよくある話だが、現実はそれほど美しくない。大企業の御曹司のお嫁になるわけもないし、優しい先輩が一緒になって苦労してくれるわけもない。

 これがアタシが小学校の時の話だ。

 高校二年生の夏。終業式を終えたアタシはクラスの友人たちと下校していた。

 家の前の丁字路で友人と別れ、家に帰ると、最初に視界に飛び込んできたのは玄関の近くで倒れていた母の姿だった。


「ママ! 大丈夫!?」


 アタシは母の身体を起こし、容態を確かめた。

 ケガはなかったが、身体がとても熱かった。

 その後、アタシが救急車を呼んで母が緊急入院をした。

 お医者様の言うことには過労だったらしい。過度な労働で体を壊したから、しばらくは入院を勧めるだそうだ。

 お医者様の話を聞いて母の病室を訪れると、病院服を着た母がベッドから起き上がっていて、西日を身体で受け止めていた。


「ママ……」


 アタシの呼びかけに母はゆっくりと顔を向けた。

 以前の母のふっくらとした頬は見る影もない。骨格が肌の上から見ても分かるほどだった。

 母はゆっくりとその乾いた唇を開き、


「……美姫」


 アタシの名前を呼んだ。近くのイスを引き寄せてそこにちょこんと座った。


「あなたに言わないといけないことがあるの」


 だいたいの察しがついていたアタシは無言で頷く。次第に両手の拳に力が入るが、しっかりと母を見据えていた。


「お父さんは出て行ったわ」


 抑揚のない声音で告げられた事実はアタシをそんなに驚かせなかった。むしろ、歓喜さえ湧き起こっていた。ようやく、ようやく母を苦しめていた悪魔が消えた。それほどアタシは父を憎んでいたのだ。

 母は言葉を続けた。


「お父さんね、わたしが今日熱出たから仕事行けないって言ったら、『仕事しないなら俺は出て行く』って言って出て行っちゃった」


 もっと働かなきゃね、と付け加えた。母は優しく笑みを浮かべたが、アタシは涙を浮かべて父を激しく憎んだ。母の昼のパートでの収入のほとんどを酒に換えて毎晩の父の晩酌へと消化されていった。

 それでも少ない食費でアタシをここまで育ててくれたことには感謝している。

 母は傾けたベッドに背を預け、アタシにある言葉を言った。


「これからはひとりで生きなさい。私はもうダメみたいだから……」


「嫌だよ! もっとママと過ごすの!」


「もう高校生なんだから、誰かいい人を探して幸せになりなさい。……最後に美姫のウエディング姿見たかったなぁ」


 それを言うと母の目から涙が一筋零れた。

 自然とアタシの目頭も熱く感じた。そして視界がボヤける。握られた拳に一滴の雫が落ちた。

 アタシは母の前でボロボロと涙を流していた。


「女の子がこんなところで泣いちゃいダメよ。涙は男に見せなさい。あなたは私の自慢の娘なんだから、きっと素敵な人と出会えるわ」


 母の言葉がたちまち遠くなる気がして、アタシの涙は止まることを知らなかった。

 母は力が抜けたように瞼を閉じた。

 ベッドに備え付けられた機械がアラームを響きわたらせる。

 だけどアタシの耳には届かず、母の「私の自慢の娘なんだから」の言葉が永遠にリピートされる。


 医者が慌てて駆けつけた時には母は息を引き取っていた。


 母の葬式は母の実家にて行われた。

 参列席には母の数少ない親戚とアタシの友人が赴いてくれた。

 しかしそこに、出て行った父の姿はない。

 友人がお悔やみの言葉を述べていたが、私は礼だけをして言葉は交わさなかった。

 頭の中は母の言葉ばかりが巡り巡っていた。


 アタシは母が亡くなった後は母方の実家に引き取られた。

 それに伴って高校を中退し、バイトを始めた。

 母方の祖父母には迷惑をかけない為に始めたのだ。


 そしてアタシが二十歳になって少し経った日。

 バイトの休憩時間に昔の高校の友人からメールが届いた。

 あの葬式以来電話もメールもしていなかったため、少し驚いた。

 メールの題名には『いい仕事見つけたからやってみない?』とあった。

 別に今のバイトに不満を持っている訳ではない。しかしメールの題名を見る限り無視も出来ない。

 とりあえず開いてみると、URLと友人の文面があった。

 まずは、友人の文面から読み始めた。


【久しぶり〜元気してた〜?

 ウチ今大学行ってるんだけど、大学の講義めっちゃシンドい〜。美姫はいいなー大学行かずにバイトできるんだから〜】


 友人に軽く殺意が湧いたのを覚えた。


【っと、近況報告はこのくらいにして。

 もう上のサイトは見たかな?

 まあ、いわゆる出会い系サイトってやつだけど、会員に有名人とかめっちゃいてビックリした。会員登録したら即使えるから便利!プロフ貼って待てば、三十分でメールが来るからその人とやり取りすればオーケー。

 お互いに都合のいい日を選んで待ち合わせするだけでいいんだよ〜。

 この時にお小遣いを要求すること!そうじゃないと、やる意味がないからねー。

 美姫って高校の時小さくて可愛かったから、その手の趣味の人がわんさか釣れると思うよ。

 んじゃまた。いつか会えたらいいねー】


 友人の文面を見たあとに少し脱力感があった。

 まさか、高校の時仲の良かった友人がいつの間にか出会い系サイトにハマっているとは思いもしなかった。

 ちなみにアタシは高校の時、いや、中学の時から身長は変わっていない。もしかしたらミクロ単位では成長しているかもしれない。

 以前からこの身長にはコンプレックスを抱いていた。しかしそれが高校ではウケたらしく、たちまち女子の輪の中心となっていた。

 でも、出会い系サイトって上手くいくのかしら?


 ――「あなたは私の自慢の娘」


 ふと、母の言葉が脳裏に浮かんだ。心が軽くなり、何かが吹っ切れた感じがした。

 友人から言われた通りアタシは人生で初の出合い系サイトに会員登録を果たした。


「バイト服だけど、ま、いっか」


 プロフに載せる写メも撮り、いよいよ、掲示板に載せた。


 バイトが終わり、携帯を見ると、十数件のメールが届いていることに驚いた。

 アタシはその中の年収八千万のおじさんとやり取りすることにした。

 何通かやり取りをしていく内に『会おうか』とメールが届いた。

 初めての出会い系サイトでこんなに簡単に上手くいくとは思わず『明日会おう』とメールしてしまった。

 しかし相手もノリノリで『いいよ!』とすぐに返事が返ってきた。

 その後から細かな時間や場所を決めていった。お小遣いも忘れずに。


 翌日、アタシは久しぶりに化粧までして隣町へと足を運んだ。


今回は新キャラの過去のお話でした。

次話までが過去のお話となります。

サブタイトルがちょっと不健全な感じに見えますけども内容は健全なのでそこのところよろしくお願いします。

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