解放の儀
――三日経ち、『解放の儀』当日。
新人の陸斗や柚希、紗亜弥を含めギルドメンバー全員が集会場へ招集された。何か儀式を執り行うらしい。
この場で指定された配置は聞いてないので陸斗は柚希の隣に来た。
「なあ、これが真瑠さんの言ってた『解放の儀』ってやつなのかな?」
陸斗の声は周りに気づかれないように小さく柚希にだけ聞こえるように言った。
「そうかもね。まだどういう風に行われるか分からないから慎重にならざるを得ない状況かも」
二人は事前に聞いていた真瑠の情報を思い出しながら、これから行われる儀式に注目していた。
――これから行われる堂々とした殺人に。
すると、壇上に給仕服姿の女性――奈々瀬莉音が現れた。
「本日は三条大夢さんの解放の儀を執り行うため、皆さんをお呼びいたしました。つきましてはエレオノーラ・ファラルド様よりご挨拶がございます」
そう言うと、壇上の莉音とは反対方向の幕の裏から、真紅のドレスに身を包んだ長身の女性が登場した。
腰まで届くナチュラルブロンドと海のような碧眼はやはり日本人離れしており、まるで映画の中の世界みたいだ。肌は陶器のように白く、目鼻立ちもしっかりしている。
誰もがその美貌に目を奪われる。男女問わないその羨望、憧憬の眼差しを一身に受け止め、彼女は壇上の中央に設置してある座に腰を下ろす。
会場の雰囲気は張り詰めた緊張感で満たされ、無意識に姿勢を正してしまう。
「楽にしたまえ」
鈴を転がしたような声が響き、会場の張り詰めた糸は一瞬で緩んだ。
前回のお目見えの時では感じられなかった感覚が陸斗たちにも伝播したあたり、すっかりギルドの空気に慣れたからだろう。
「三条大夢さん、前へ」
莉音の指示で集団の中から一人の男性が進み出る。陸斗の位置からは後頭部までしか見えないが、歴戦の何かを感じるほど堂々としていた。そして前へ出ると、片膝をつきエレオノーラを見上げるように顔を上げる。
「此度は三条大夢のこれまでの功績を認め、『解放の儀』を執り行う」
そうしてこれまでの三条大夢の活躍や功績の数々が読み上げられる。
周囲を見回してみれば幾人かは頷くように聞き入っていた。納得の人選だったというわけだ。
当の本人は嬉し恥ずかしといった表情で己の功績を聞いていた。しかしやはり誇らしい、というのが全面に出ている。
陸斗からしてみれば三条大夢という人物は全く話したこともなければ会ったことすら記憶していない。
それでもこれから殺されるのか、と思うとやはり止めるべきかと考えてしまう。
陸斗の左袖がギュっと引っ張られる。視線でそれを辿ると、柚希が握っているのが分かった。
「…………ッ」
柚希も止めたい衝動を抑えているのだろう。
儀式の前に二人は話し合ったのだ。今回は慎重に行こうと。
今回の犠牲者には悪いが、観察に徹させてもらう。これからの犠牲を止めるために。
だから陸斗はエレオノーラの所作一つ一つに全神経を注力した。
(まだポイントは緑の六八か……。これで殺害しても赤になるとは限らない。しかし、ポイントが増えればそれは殺害の証拠だ)
それでも緑色ということは正常なクエストポイントのほうが多いからだろう。何にしても行動を起こすのはエレオノーラのはず。だからエレオノーラに注目していれば……。
エレオノーラが手元から扇子を取り出し、顔の前で広げる。赤の地に金糸の刺繍が施されたドレスにも合った豪華な扇子。それを口元を隠すように構えるとブツブツと唱える。
すると、エレオノーラの空いた手に拳銃が現れる。何の変哲もない銃だ。陸斗も柚希も持っているようなありふれたもの。
おそらくすでにマガジンは入れ替えてある。《独弾》が装填された状態だろう。
それから座ったまま銃を構え、照準を三条の額に捉える。
「どうか、現実世界でも幸福な人生を」
エレオノーラは一言、祝詞のように唱えると引き金を引いた。引き金が引かれる寸前まで三条は恍惚とした表情で待ち侘びていた。
銃口から射出された弾丸は一瞬銀色の光を発して三条の眉間に命中した。
三条は撃たれた直後、目を見開いた状態で大きく仰け反る。しかし後ろに倒れることなく、三条の身体は無数の青色の光粒になる。
「「「おお……ッ!」」」
周囲でどよめきが起こる。同時に拍手喝采の嵐だ。
陸斗はそれに流されず、すぐさまエレオノーラの肩を注視した。正確に言えば肩口の上に表示されるポイントに。
しかしその直後陸斗の表情は驚愕の色に染まる。
(ポイントが変動してない……? 緑の六八のままだ。もしかして殺してないのか?)
しかし実際に三条の身体は光粒となって消えたのだ。何か移動系の《独弾》? いやしかし移動系ならばあんなエフェクトにはならないはず。
移動した先で生きているのなら、こんな大きな組織だからどこかで『解放の儀』は嘘だ、なんて噂が流れてもおかしくない。
何にしてもエレオノーラはまだ三条を殺したことにはならない。
陸斗が目前の異常に思考を巡らせていると、隣で人垣が地割れのように裂けているのが見えた。
徐々にその裂け目は陸斗へ向かってくる。
「よう、どうだったよ『解放の儀』」
人垣を分けてやってきたのは、陸斗の部屋の同居人であるマサルだった。
マサルはやや興奮気味に話し掛ける。
「俺たちはこれを目標にギルドに貢献してるんだ。だいたい一ヶ月に一人だからよほど頑張らねぇと選ばれないがな」
「マサルはあの解放の仕組みって知ってるのか?」
マサルは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに先程の三条がログアウトしたことだと気づいた。
「う〜ん、俺もそんなに詳しい訳じゃないんだけど、《独弾》による効果なんじゃないか?だから月に一度しか行われないわけだし」
「でも、ログアウトできる《独弾》なんて存在するのか?」
言ってしまって気づく。ここのギルドメンバーはギルドマスターの背信行為は敬虔なギルドメンバーの神経を逆なでするようなものだ。
陸斗の先程の言動はギルドマスターへの不信と受け取られかねない。
「まあ、普通の《独弾》じゃないわな。たぶん、百種+αのαなんじゃないかって言われてる。そうでもなきゃこんなたまげた現象説明つかねぇよ」
陸斗はヒヤヒヤしながらマサルの説明を受けていたが、不敬のことは案外そこまで気にしていないようだ。とりあえずホッとする。
周囲では拍手喝采の嵐がまだ続いており、エレオノーラのことを讃えていた。
収集のつかなくなった会場を止ませるため、エレオノーラが片手を挙げる。
それを合図にみんなの拍手がボリュームを下げるように小さくなっていく。
見事なまでの統制力だ。
「これにて、『解放の儀』は終了致します。来月までみなさん頑張ってください。そしてこれから緊急の異動報告です」
司会を務めていた莉音が告げる。
次の議題に移ると会場のみんなもスイッチを切り替え、静寂な空間を生み出した。
「現在、書庫整理を任せている皐月陸斗さんは、四日後遠征班に転属です。四日後より長期遠征がありますのでそれに参加してください。つきましては遠征班班長に――」
それより以降は大した報告ではなかったが、陸斗は内心驚いていた。事前にマサルから聞いていたとはいえ、実際に転属が言い渡されると緊張するものだ。
そして、作戦の実行がより難しくなったことを何とかせねば、と内心思う。
「これからのこと、あとで相談ね」
陸斗にだけ聞こえるように隣の柚希が小さく囁く。
「やったじゃんよ。よろしくな! 俺はまだ遠征の内容知らないけどさ、一緒に頑張ろうぜ!」
マサルは陸斗と肩を組むようにして言った。陸斗もそれに応えるようにマサルの肩を掴んだ。
「ああ、一緒に頑張ろう!」
ちくり、と陸斗の心が痛んだ。マサルを騙していることに。
純粋に仲間として慕ってくれているのに、陸斗はこのギルドを壊滅させようとしているかもしれないのだ。
突然、申し訳なさと懺悔の念がこみ上げる。
だが、これ以上多くの犠牲を出さないために、陸斗は覚悟を決める。




