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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第3章第三弾アップデート――『ギルド』実装
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真夜中の来訪者

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

 叩かれたドアはギルドマスターの部屋だった。


「……はぁ」


 時刻はもうすぐ日を跨ごうとする頃合だ。普通ならみんな寝静まった時間。

 部屋の主であるエレオノーラもそれを見越して読書に耽っていた。

 しかし、こんな時間にわざわざ訪ねてきたのだから何か重要なことなのだろう。そうではなかったらどうしてくれよう。


「遠征班班長美杉みすぎ冬二とうじであります。ご就寝のところ申し訳ありません」


 ドアの向こうの身元を聞き、開いていた本を閉じる。読書用の金縁のメガネをサイドテーブルに置き、腰を上げる。

 ドアの前には警備隊が常駐している。不審な者が来れば門前払いされるはずだ。故にドアをノックした時点で信用における者である可能性が高い。ピエロが来た時はあれが異例だったのだ。


「今開けるから待ちなさい」


 一声掛けてからドアを開ける。

 ドアの向こうでは敬礼状態の偉丈夫が立っていた。

 ピチピチの白シャツは寝る時の服装なのだろうか?しかし顔を合わせるのが初めてではないため嫌悪感などは抱かなかった。


「どうぞ」


「失礼致します」


 ぺこりとお辞儀をして遠征班班長の美杉は入室した。

 あまりにも堅苦しい態度は気に入らないが、自分がこのような立場だからこそ仕方ないと諦める。


「そこにお掛けなさい」


「はい!」


 美杉にソファに腰掛けるように勧める。

 いかにも体育会系な声掛けに内心嫌悪感を抱きそうになる。

 それでも表情には表れず接するあたり、ポーカーフェイスには自信があると言ってもいい。

 エレオノーラが対面の椅子に座ると、続いて美杉もソファに座る。


「それで用事は何なのかしら?」


 無用な会話は必要ない、とでも言うように単刀直入に訊いた。


「はい、一週間後に大規模遠征を計画しておりまして、エレオノーラ様のご許可を戴きにまいりました所存であります」


「ええ、いいわよ。許可する」


 すんなりと許可が降りる。

 美杉はエレオノーラの即決には大して驚きはしなかった。本題はここからだ。


「この遠征に際して皐月陸斗を登用したいと考えております」


「ふむ……」


 今度ばかりはエレオノーラが思案する時間を要した。


「そうね、いつかは遠征班に配属させる予定でしたし――三日後の儀式の時に配属の通達をしましょう」


「畏まりました」


 儀式という言葉に美杉の片眉がピクリと動いた。

 エレオノーラが行う儀式というのは、『解放の儀』のことだ。儀式を主宰する際、城内のギルドメンバーは全員参加し、一人の解放のために集まる。

 しかし、その解放される人物は当日まで発表されない。暗黙の法則として、ギルドに最も貢献した者が優先的に選ばれているような気もする。

 次は自分かも、と励む彼らのおかげで『リベラシオン・エグリース』はおここまで発展してきたのだ。


「では、三日後の儀式を楽しみにしております」


 暗に自分を選んでくれ、と言う美杉にエレオノーラは何も言わず笑顔を向けた。

 そして何を勘違いしたのか、美杉は高揚したようにキビキビとした動きで退室しようとした。


「これで失礼いた――」


「ひとつ、いいかしら?」


「はい、なんでしょう?」


 ドアノブに手をかけたところで呼び止められ、振り返る。


「次の遠征の目的は何なのかしら?」


「東のスライドシティで『コロシアム』に出場します」


「へぇ、なかなか面白いじゃない。良い結果を待っているわ」


「はい!必ずや優勝の報告を持って参ります!」


 変に暑苦しいスイッチが入ったようだ。目をキラキラと輝かせ言うから暑苦しさは増すばかりで、エレオノーラはウザったいように手をひらひらさせて下がらせる。

 白シャツのピチピチが居なくなったことで部屋に元の温度が戻ったような気がした。


「あの暑苦しさも外に放り出せば幾分は落ち着くんじゃないかしらね」


 独り、ごちる。


「ダメよ、エリー。そんなこと誰かが聞いてたらどうするの」


 エレオノーラの見えない影から声が掛けられる。しかし驚くことはない。よく知った声でエレオノーラが唯一心から信頼ができる人物だ。


「莉音だって私のこと"エリー"って呼んでるじゃない」


 冗談めかして言う。エレオノーラの背後に給仕班班長奈々瀬ななせ莉音りおんが立つ。

 しかしその顔は呆れ半分冗談半分の割合を占めていた。


「エリーにはもっと危機感を抱いて欲しいと言ってるのよ……」


「莉音がいれば大丈夫よ」


『リベラシオン・エグリース』の経営はほとんど莉音が行っているといっても過言ではない。エレオノーラはその容姿で注目を集め、莉音の指示通りに動いているに過ぎない。


「この前の襲撃もあるのだから、油断はできないわ」


「そうね……。あれから何か情報はあったの?」


 莉音は無言でかぶりを振る。


「エリーの言った特徴で捜索したけど一つも情報が無かったわ」


「そう……」


 そうなるとゲームマスターという言葉に信憑性しんぴょうせいが出てくる。

 おそらくこれ以上探しても見つかることはないだろう。


「ピエロの捜索はもういいわ。莉音の情報網に引っかからないってことは、もう幽霊のたぐいになるものね」


「でも、不安要素は潰しておく必要があるわ」


 莉音は責任感の強い子だ。一度頼まれたことは何としてでもやり遂げたいのだろう。


「これ以上足を踏み込まない方が良さそうだわ。アレはプレイヤーじゃない。変に踏み込んで貴方が危険に晒される方が私は困るわ」


「エリー……」


 背後から莉音の腕が伸びてきて、エレオノーラを抱きしめるように腕を絡める。

 エレオノーラはそっと莉音の手に触れ撫でる。

 莉音はギルドを動かすほど優秀だが、そんなに強い子ではないのだ。思っている以上に女の子なのだ。


「……莉音、一つ頼んでいいかしら?」


「ええ、なんでも言って。エリーのためなら何でもするわ」


 莉音はまだエレオノーラを抱きしめたままだ。エレオノーラがまだ何も言ってないのに莉音は全てを受け入れるつもりだ。


「女の子が何でも、なんて言ったらいけないわ。――頼みたいのは、皐月陸斗について」


「あの新人のこと?」


「そう。何か嫌な予感がするから少し調べてもらえないかしら?」


 エレオノーラが感じている嫌な予感というのはほんの胸騒ぎ程度。もしかしたらただの杞憂かもしれないし勘違いかもしれない。しかしあのピエロの言葉が脳裏をぎるのだ。


『――その人物は近いうちにこの城を訪れるだろう。そしてキミのギルドに災いをもたらす』


 最近入った人物を調べるのは当然だ。その中でもあの男は何かある気がする。


「なら、次の遠征で実力を見る方が良さそうね。遠征班に一人連絡係を付けさせるわ」


「ありがとう。お願い」


 あとは莉音に任せておけば良いだろう。

 時刻も遅いしそろそろ寝ようかと、思うが……。


「――――、」


「――――、」


 莉音はまだエレオノーラから離れない。二人の間に既に会話は続いていない。あとは莉音が腕を話すだけなのだが、話してくれない。

 エレオノーラから振りほどくのもどうかと思う一方、こうされるのが嫌という訳では無い。


「えっと……、いつまでこうしているのかしら?」


「もうちょっとだけ……」


 なんとも可愛らしい返答だ。それ以降二人は言葉を発することなく時間は過ぎ去ってゆく。

 エレオノーラの就寝時間はいつもより二時間遅れて床についた。

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