襲撃(2)
「クソったれ、殺られやがったか」
スコープから覗く限りでは正確な仲間の状態はわからない。しかし次のターゲットになるのは自分だというのはわかっていた。
狙撃の準備も既に調っている。
あとは引き金を引くだけ。
相手は拳銃だ。この位置まで届くことはない。
そう思っているのだが、相手は《独弾》所持者だ。その性能がまだわからない。もしかしたらこの位置まで届くのかもしれない。
そんな不安に駆られながらトリガーに指を掛ける。
さっきの銃撃で相手は廃車の影から身体が半分が出ていた。スコープにも相手の上半身が映っている。
コンクリートに押し付けられた胸から鼓動が跳ね返ってドキドキと早鐘を打っているのがわかった。
今自分は恐れている。正体不明の危機に晒されながら、殺らなければ自分が殺られることを実感し始めていた。
鼓動が指にも伝わったように小刻みに震える。
それを奥歯を噛み締め堪える。
そしてトリガーに掛けていた指に精一杯力を込めた。
□ ■ □
視界にはまだ光の余韻が残っていて、軽い立ちくらみ状態になっていた。
陸斗は全身から力が抜け、手から拳銃がこぼれ落ちそうになり、崩れるように倒れる。
その時、前髪を一発の銃弾が撃ち抜いていった。
身体に当たってないためダメージ判定は出なかったが、ふと思い出した。
「くっ……まだ一人残ってたんだ!」
こぼれ落ちそうになった拳銃をどうにか掴み直し、崩れそうな身体を左腕で支え、身体を反転させ廃車の影から飛び出した。
片膝立ちの状態で目の前の建物の屋上に向けて拳銃を両手で構えた。
□ ■ □
撃った弾丸がヘッドショットキルになってないことをスコープで確認したスナイパーは、悪態をついた。
「クソッ外れたか!次こそ決める!」
廃車から飛び出した敵に照準を合わせ直し、ボルトアクションで次弾を装填しようとした時――
ガチッ!
自分の狙撃銃が不穏な音を立てた。
恐る恐る音の発信源に目をやる。薬莢室が開いたままになっていてそこに一発の空薬莢が詰まっていた。
「ジャム!?こんな時に!」
ジャムを起こした場合は射撃は不可能だ。
弾を手動で外さなければ直ることはない。
今、手動で弾を取っていれば、敵の射撃を受けることになるだろう。
この場での射撃を諦め、回避することに徹すると決めた。
スナイパーは自分の狙撃銃を抱えるようにして持ち、射撃体勢のままで横に回転した。
少しでも相手の射程距離から離れるためだ。
回転する度に狙撃銃とコンクリートがガチッガチッと音を立てていることに心の中で謝罪を述べた。
(すまない。すまない……)
□ ■ □
スナイパーがいきなり回転し始めたのを遠目に見ながら、トリガーに指を掛けた。
スナイパーが移動しようと陸斗の照準はそれを修正する必要はなかった。
もともとスナイパーを照準に入れてなかったのだから。
照準の中央に映っているのはスナイパーの影となっていた給水タンクだ。
荒廃した都市だが、給水タンクの中身はあると踏んで相手を無力化する作戦をたった今考えついた。
両手構えの拳銃をしっかりと握りこみ、トリガーに掛けていた指に力を込めた。
「消し去れ――《権破》!!」
《独弾》名とともに撃ち出された銃弾は青白い閃光の尾を引き、一条の光となってスナイパーの横の給水タンクに着弾した。
□ ■ □
またしても周囲に眩い光を振りまき、全員の視界を奪った。
極光のような光も一瞬で収集し、後の現状を露わにした。
給水タンクは消滅していた。
しかし消えたのは給水タンクだけだった。
その建物を襲ったのは大海の大津波のような水量だった。
陸斗の《権破》は給水タンクに着弾して、その給水タンクの容器だけを消滅させたのだ。
それ故、容器を失った中身は一斉に形を崩した。
三階立ての建物の屋上はさながら洪水のように水に溢れ出す。
その中でスナイパーは洪水に巻き込まれた。
「うわあぁぁぁぁ!!」
女性スナイパーは水に揉まれながら叫びながら屋上から地上へと身体を投げ捨てられた。
地上は水浸しになり、いくらか柔らかくなっていた。そこに女性スナイパーは背中から叩きつけられた。
起き上がろうと頭を持ち上げたが、すぐにガクリと意識を失った。
□ ■ □
スナイパーが地上に落ちたのを遠目に確認すると、廃車の影にうずくまっていた柚季の腕を引いた。
「行こう。アイツらが起きないうちに」
殺したわけではないからいつかは起き上がるだろう。
柚季はされるがままに連れ出された。
さっきまで怯えていた柚季の目には少しだけ涙が浮かんでいた。
陸斗はそれを見ないように必死に前だけを向いて走った。ビルの間の路地へ駆け込む。
陽の射さない路地は少し肌寒かった。
路地を半分ほど走ったところで陸斗たちは止まった。
「ここまで、来れば、大丈夫だろう」
珍しく陸斗が肩で息をしていた。
腕を引かれながら連れてこられた柚季はそれほど息を乱してはいなかった。
それを不思議に思った柚季は陸斗に尋ねた。
「どうしたの、そんなに息を切らして。あの時みたいに派手な移動じゃなかったと思うけど」
あの時というのは初日のビルの屋上を飛び回った時のことだ。
陸斗はビルの壁に背を預けそのまま座り込んだ。
そして一度深呼吸して息を整えた。
「……ふう。それはそうなんだけどさ。なんか考えちゃったんだよな。俺の《独弾》ってどう使ったらいいのかなって」
「やっぱり陸斗も当たってたんだね……」
柚季に無言で頷いた。そして顔を上げてビルの隙間から見える晴天を仰いだ。
「うん。たぶん柚季と同じタイミングで当たったと思う。確かに、俺の《権破》は強力だった。この『マジック・オブ・バレット』でも上位に入るくらい強力な《独弾》だと思う」
右手の中指に嵌っているリングを晴天に翳した。陽が入って来てないため反射はしなかったが、白銀色の珠はしっかりとその輝きを保っていた。
「ナンバーも見たけどこれはシークレットってやつだと思う。でも、俺は怖いんだ。この《独弾》の強力さが。簡単に物を消せるんだが、同じくプレイヤーも消せるらしいんだ。それが怖くて怖くて……」
左手で右手を握りこんだ。
すると――
「でも、よかった。陸斗にその《独弾》が当たってくれて。だって陸斗ならプレイヤーに撃ったりしないもの」
柚季が優しく陸斗の両手を包む。
それはとても温かく、優しく、安心できた。
俺は絶対に間違いを起こさないと信じてくれる柚季を信じる。そして絶対に守り抜いて見せる、そう決意した。
陸斗は包んでくれた柚季の手を離し、柚季の背中に腕をまわした。
「え?ちょっと陸斗――」
「少しだけ。少しだけこのままにさせてくれ」
「……うん」
柚季は優しく頷いてくれて、そのまま少し力を込めて抱いた。
陸斗の頭を優しく撫でてくれる手がなんだか眠気を呼び起こす。
指で髪を梳くように撫でてくれる。
だんだん意識が奥底に沈んでいく感じがする。
そのまま陸斗は柚季の優しい手の中で眠りに就いた 。
最後らへん書くときなんか凄く恥ずかしくなりました。
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