城内の仕事
「さ、ここが書庫だ」
マサルによって連れられ書庫まで来た陸斗。ここは集会場の隣の部屋になるのだが、中の部屋の大きさからして入口が少し遠いところにある。
「今は誰も書庫担当がいないから一人だけど、まあ、がんばってよ」
「一人っすか……」
一人でこの部屋の掃除となるとかなり骨が折れそうだ。今から不安が肩にのしかかる。
「きっとすぐに遠征班に配属されるからそれまでの期間だよ」
「遠征班って?」
「遠征班っていうのは、ギルドの調達を行うところだよ。資金、武器、材料……ほかにポイントとか」
「ポイントも?」
マサルの言葉に陸斗は疑問を覚えた。
「どこかの誰かがクエストとやらでポイントを回収できる仕様を発見したみたいでな」
――ギクリ。
「まあ、そのおかげでPVをしなくてもよくなったんだから感謝しないとな」
「そ、そうですね」
陸斗は内心ハラハラしながらマサルの話を聞いていた。
「そういや、陸斗のポイントはいくつなんだ?」
「へ?」
唐突な話題転換に陸斗がついてこれず、少し上ずった声をあげてしまった。
しかし当然といえば当然の話題で、すぐに頭を再起動して返答する。
「えっと、今は三十一ポイントですね」
これに嘘はない。ポイントは誰でも確認することができるので、嘘をついたとしてもいつかはバレる。
自分で見れば分かるものを敢えて訊いたのはただの会話のタネになるからだろう。
「ふ〜ん、あんまりポイント集めはやってこなかったのか? だいたいここにいる奴らは平均で五十〜六十あたりなんだが……」
「そんなにあるんですか!?」
実際、陸斗はほかのプレイヤーがどれくらいのポイントを稼いでいるのかを把握していないので、それがどのくらい進んでいるのか分からない。
陸斗たちは極力他プレイヤーと接触しないよう、PVに発展しないようにしてきたのでポイント収集も遅めだったかもしれない。
「まあ、心配するな。このギルドに入ればみんな平等にポイントを貰えるから」
「あの、ポイントが貰えるってどうやるんですか?」
陸斗の記憶だとポイントを相手に譲渡する方法はなかったはずだ。奪うか奪われるかでポイントが移動していたはず。
「個人クエスト知らないのか? あれの報酬設定に自分のポイントも与えられるぞ。まあ、自分のポイント削ってまでやって欲しいことなんて普通は無いがな」
「ああ、そうか! そうだった! それで平等にポイントを割り振るんですね」
「そういうことだ。平等といっても階級ごとに貰えるポイントや優先順位は変わるがな。遠征班がたくさん稼げばそれだけ下のモンまでポイントが割り振られるわけだ」
直接の譲渡はできないが、クエストの報酬としてポイントを渡すことができる。そうして遠征班が外で稼いできたポイントをギルドメンバーに割り振る仕組みらしい。
「ただ、気をつけろよ。遠征班が出す個人クエストは設定が自由だ。タダでポイントが貰えるわけじゃないから、今のうちに遠征班の誰かに媚び売っとけ。じゃないと理不尽な要求されるぞ……」
「ひっ……」
マサルの言葉に陸斗は背筋に冷たいものを感じた。
脳裏で奴隷のような自分を想像してしまい、頭から血の気が引くような感覚だ。
「ははは、そんなにビクビクしなくてもいいよ! そこまで酷いことは無いから! それに誰も当てにならなかったら俺のところに来い。破格の条件でポイントをくれてやるよ。同室のよしみだ」
「ほっ……助かるよ。ならこれからもマサルとは媚び売っとかないとな。アニキ、頼りにしてますぜ」
「アニキとかやめろよ。これからも普通に接してくれ」
「あいよ。それじゃ、頑張ってな」
「おう、掃除頑張れよ」
お互いにニッと笑い、拳をぶつけて別れる。
なんだか熱い男同士の友情を感じて、陸斗はこれを気に入った。
□ ■ □
まず部屋に入った陸斗の目に飛び込んできたのは、想像以上の本の量だった。
ある程度覚悟はしていたものの、実際に見ると驚かずにはいられない。学校の図書館なんて目じゃない。市が運営するような公的な場所で有するほどの本の量だ。
いったいどこからこれほどの本を持ち込んだのだろうと疑いたくなる。
「これをこれから掃除していくのか……」
驚きと同時にこれからの仕事の重大さに肩を落とすのだった。
「まあ、グダグダ言っても始まらないしな。とりあえずホコリ払いから始めますか……」
千里の道も一歩から、そう意気込んで陸斗はダスターで本のホコリを払い始めた。
□ ■ □
昼食の合図である鐘の音が流れるまで約二時間での進捗は全体の三分の一程度だった。それもまだホコリ払いの作業だ。
「こりゃあ相当以上の重労働だな……」
単なるホコリ払いだと思っていたが、本の数が数なだけあってなかなか進まない。
ホコリ払いの作業が終われば棚拭きまでやろうと思ったが、明日に持ち越されると見た。
「皐月さ〜ん、いますか〜? 昼食の時間ですよ〜」
「あ、は〜い、今行きま〜す」
入口の方から給仕係の人が呼び掛けてきたので返事を返すと、ダスターを置いて食堂へと向かった。
食堂は昼時にしてはよく空いていた。
おそらく遠征班が出ているからだろう。遠征班には男性が多いため、今食堂にいるギルドメンバーは女性が多い。
女性が多いこともあってか通り過ぎる人のトレーの上を見ると、量は少なく種類が多いように思えた。
陸斗は周囲を見渡す。
柚希の姿を探すがテーブル席には見当たらない。
(まだ仕事中かな……)
あとでログウォッチで連絡取ってみようと思いながら、食事の受け取り口まで向かう。
「あら、陸斗今から昼食?」
「へ?」
突然聞き慣れた声が耳朶を打ち、上擦った声で返事をした。
顔を上げるとそこには給仕服姿の柚希がキッチンサイドにいた。
「昼ごはんはどうする? 今の時間帯は女性向けが多いから量足りないかもだけど、ラーメンとかなら満足できるんじゃない?」
「…………」
たった数時間前に厨房に入ったであろうに、堂にいった口振りに陸斗はただ呆けていた。
「もうすっかり馴染んでるんだな……」
「ま、まあね……ここの人たちみんな優しいし、料理スキル持ってる私を頼ってくれるのがなんだか嬉しくて……。陸斗はどうなの? 書庫整理ちゃんとできてる?」
「まあ、な。それよりも時間取れるか? 少し二人で話したい」
「…………っ! そ、そういうのは! もっとちゃんとした人とした方が、いいいいんじゃないかな!? べ、別に私を選んでくれたんなら、やぶ蛇じゃないけど」
柚希はいったい何に動揺してるのだろうか? それに最後はやぶ蛇じゃなく、「やぶさか」と言いたかったのだろう。
「お前が何に動揺してるか知らんが……クエストの途中報告だ。少しでも情報共有しておきたい」
「あ、そ、そう。分かったわ。私もあと少しで休憩に入るからどこかで席取っといて」
「分かった。じゃあラーメンとギョーザで」
「かしこまりました!」
陸斗の注文が厨房で響き渡る。
品はすぐに出され、トレーに置いて席を探しに行く。
周りを見ても女性ばかりでなかなか男の陸斗が入り込める隙間が見当たらない。
「あれは……紗亜弥ちゃん?」
長テーブルでポツンと座っている銀髪のツインテールの少女。周囲に人はいない。
一度見つけると気になってしまう陸斗は、紗亜弥の正面の席へ向かった。
「紗亜弥ちゃん、ここいいかな?」
「あ、陸斗さん。どうぞ……」
最初、紗亜弥はやや恐縮した様子を見せていたが、陸斗を視認すると柔らかな笑みを浮かべた。
紗亜弥の周囲の席には誰もおらず、空席ができていた。完全に孤立状態だ。
「ギルド入ってからどう? うまくいってる?」
答えなんてとうに分かっていたはずなのに、陸斗はこう聞かざるを得なかった。もう少し気の利いたセリフで呼びかければよかったのだが、こんな時どう声を掛ければいいのか経験していなかったのだ。
「ええ、順調ですよ。仕事もしっかり覚えましたし、敷地も完ぺきに把握しました」
やはりか、と心の中で呟く。
紗亜弥の口から人間関係について話されなかった。このことがやはり気になる。
誰でもすぐに人と仲良くなれるわけないことは経験としても知っている。そしてそれを放置してはいけない問題だということもしっかり分かっている。
「そっちはどんな人がいた? こっちは俺一人だからさ、ここにどんな人がいるのか知りたいんだ」
「そ、そうですか……」
いきなり自分に近しいことを聞かれるより、第三者視点から言えることを聞いたほうが相手も答えやすいかと思ったのだ。
それにこれはギルド内の情報収集にもなり、陸斗としても役立つので一石二鳥の案だ。
「こっちには女性プレイヤーが多かったですよ。ただ一人、男性の方がいてその方はとても背が高かったです。手を伸ばせば天井に届くくらい」
「そりゃあ大男だな」
「あと、清掃班の班長さんがすごく厳しい人で、何度も掃除をやり直される人がいました」
「紗亜弥ちゃんは何も言われなかったんだ?」
「私、自分で言うのもなんですけど、優秀なほうですから。掃除とはいえ、手を抜いたりしません」
「そっか。そこでなんとか頑張れそう?」
「どうですかね……」
ここで初めて紗亜弥の表情に陰りが見えた。先ほどまでの自信はどこへやら。
「自分でスペックが高いのは分かってる分、周囲の人が私を敬遠してるのも分かるんです。小さいときはよく褒められたりしたんですが、今じゃ出る杭は打たれる始末です」
「…………」
「簡単に言うと、私はコミュ障なんです。何でも卒なくこなせるけど場に馴染むことはできない。今までだって友達なんて呼べる人はいませんでした」
「でもこうやって俺とも話せるし、ここに来るまでだって柚希とかと話せてたよな?」
口数は多くなかったが、決して話せないことは無い子だと思っていた。
「私は大きなコミュニティの中で孤立するような存在なんです。いつも少数派、ハブられ役、いじめられっ子の対象です」
「いじめを、受けてたの……?」
いじめ、という言葉には陸斗も身に覚えがあるので思わず聞き返した。
「いじめなんて言っても小学生がやるようなちゃちなイタズラです。こっちから返り討ちにしてやりましたよ」
拳を突き出し、返り討ちのポーズをとる紗亜弥。
その様を見て陸斗はどこか遠い目をしていた。
「紗亜弥ちゃんは強い子なんだね」
「ですから、私はなんでも卒なくこなせるハイスペック――」
「能力じゃない、心が強いって言ったんだ」
「陸斗さんも、いじめを……?」
今度は紗亜弥が訝しげな視線で陸斗を見つめる。
陸斗の声の調子から同族の気配を感じたのだろう。
「まあ、俺じゃなくて、友達がね……」
「陸斗さんは優しいんですね」
「え?」
突然の紗亜弥の切り返しに陸斗は戸惑った。
「普通、自分がいじめられてる訳でもないのにいじめられっ子の気持ちなんて考えませんよ。口では相手のことを考えろなんて言いますけど、みんな自分が大好きなんですよ。自分が一番可愛いんです。でも、陸斗さんは違う」
「違うって、何が?」
「うーん、なんて言うか、今までにいなかった人間みたいな感じですかね。あー、私でも分かんない。でもきっと陸斗さんの優しさは伝わると思いますよ。私が保証します!」
「ありがと。……あれれ、なんで俺が慰められてるんだ?」
「陸斗さんも結局は私のスペック内の存在だってことです。それじゃ、私行きますね。いい気分転換になりました」
紗亜弥はパッと咲いた花のような笑みを浮かべ、食器を持って行った。
「十三歳に慰められた……」
「なにブツブツ言ってんの陸斗?」
「あ、柚希。来てたのか」
気がつくと背後に、トレーに食事を乗せた柚希が立っていた。
「来てたのって、アンタが呼んだんでしょうが! ……さっきのって、紗亜弥ちゃん? 何話してたの?」
「まあ、ちょっと馴染めてるのかなーと思って」
「そう……」
陸斗と柚希は、紗亜弥の背中を心配の面差しで見送った。




