個人クエスト発注
あけましておめでとうございます。前回からちょっと間が開きました。すみません。
彼女の名前は真瑠というらしい。このゲームには彼氏とプレイしており、二ヶ月前から『リベラシオン・エグリース』――当時はただのパーティ集団だった――に所属していた。
そこで行われていたのは、噂通り、ログアウトの儀式――『解放の儀』だった。二ヶ月の忠誠を認められ、ついに真瑠の彼氏が『解放の儀』を受けることになったのだ。この時点で次の『解放の儀』の時は、真瑠であることが決定していた。
儀式は順調に進んだ。
ギルドマスターにより、彼氏はログアウトの《独弾》を撃ち込まれた。その後、光粒となって散った。
真瑠は本当にログアウトできたかどうか確かめるため、ログウォッチのフレンド欄を確認する。すると、まだ彼氏の欄は残っていた。
副ギルドマスターによると、「手続き上はきちんとログアウトできています。ただこちらへの反映が遅れているだけです」と言われた。そして『解放の儀』が終了後、規則としてログアウトしたプレイヤーのフレンドは解除しなければならない事になっている。
これは『解放の儀』を受ける資格を満たすため、それとゲームマスターに不審に思われないようにするため、そのようなことが理由である。
しかし真瑠は簡単に彼氏とのフレンド登録を解除できず、数日残したままにしていたそうだ。
それから数日後、突然彼氏のフレンド欄が赤く染まった。それが意味するのは殺されたこと。
そしてそのことをギルドマスターに訊こうとしたが、逆に追い立てられることに。
「……ということがありまして。ろくな装備も無く、あの雪原を越えてきたんです」
陸斗たちからすると、話を聞けば聞くほど謎が深まるような話だった。
「真瑠さん、聞きますけど、本当にその彼氏さんが儀式の時に消えたのは殺されたからじゃないんですよね?」
「は、はい!ちゃんとログウォッチで確認しましたので!」
力強く拳を握って頷く。
「これどう思う?」
陸斗から美姫に疑問が投げかけられる。
「ちょ、アタシに振らないでよ。……もしかしてログウォッチの故障とか、あとは細工されたりとかしてないの?」
「いえ、そのようなことは……。時間が狂ってることも表示の乱れとかありませんでしたし。それに誰かにログウォッチを渡すこともありませんでした」
美姫は両手をヒラヒラさせてお手上げ状態であることを示した。
「じゃあ、あと怪しいのはそのギルドマスターの《独弾》ってことになるわね。だいたいどういう効果を持っているの?」
美姫に変わって柚季が真瑠に質問する。
「ええとですね、なんというか……端的に言えばログアウトができる、という感じですかね」
真瑠はすごく言いづらそうに説明した。
「なんだかふわふわした表現ですごいのかすごくないのか分からないわね」
「いや、ログアウトができるっていうのは十分すごい範疇だろ」
陸斗が美姫のボケに律儀に突っ込んでいると、真瑠が意を決したように口を開いた。
「そこで、なんですけど、貴方達にお願いがあります!」
真瑠の声に陸斗たちが振り向く。
真瑠は居住まいを正して、床の上で正座する。
すると、手元のログウォッチを操作して陸斗にスクリーンを見せる。
【個人クエスト:『リベラシオン・エグリース』の調査
依頼者:平賀真瑠
内容:ギルド『リベラシオン・エグリース』の実態究明。
報酬:クリア後、任意の報酬を授与
備考:リングシール、潜伏マント付与
受諾or拒否】
「へぇ〜プレイヤーからもクエストを発注できるんだ」
そう感嘆の声を漏らしたのは柚季だ。
「真瑠さん、別にクエストとして俺たちにお願いしなくても……俺たちでよければ手伝うから」
真瑠がどうしてこのような事をしたのか、陸斗はなんとなく考えた。
クエストはいわば契約書のようなものだ。そのクエストが達成されれば強制的に報酬は支払われ、一度発注すれば発注者が取り消すことはできない。
反対に受注者は、クエストが困難だと判断すれば途中で降りることもできる。報酬に関しても受注者側から求める物にすることもできる。
この事から個人クエストは発注者に対するデメリットが大きく、あまり流行ることもなかった。
「この、備考の欄なんだけど……」
美姫は何か気づいたように真瑠に声を掛けた。
「あ、はい。それはこちらで準備させてもらったアイテムです」
そう言って真瑠は、ゴソゴソとポーチの中を探り始めた。
そしてその中から取り出した一つは、長方形の、透明な絆創膏にも見える物体だ。
「これはリングシール。《独弾》に貼ると他の人から見えなくなるんです。『リベラシオン・エグリース』ではギルドメンバーは自分の持ってる《独弾》をギルドに預けなければいけないのです」
「確かにこれがあると便利ね。陸斗の《独弾》はどこかで役立つかもしれないし」
「《独弾》を持ってるだけで目をつけられたりしたら自由に調査なんてできないかもしれない」
リングシールを三人がそれぞれ受け取り、《独弾》に付ける。
そして真瑠が次の物を取り出した。それはおよそポーチの中に収まっていたとは思えないサイズだ。
「これは潜伏マント。あまり流通はしてないけど、効果は貴方達が想像してるものと変わらないはずよ。マントの紐を首の前で締めれば効果は出るわ」
目の前に広げられる黒衣のマント三枚。
夢のようなアイテムに陸斗たちは目をキラキラさせていた。
「すごいわ。こんなのハ〇ーポッターやドラ〇もんでしか見たことないわ」
「確かにこれがあれば調査は格段にしやすくなるわね」
「あまり流通してないって、俺たちに渡してもいいんですか?きっと高価なものだったでしょうに」
「いいんです。私の彼氏を殺したギルドを調査してくれるなら私財全て支払う覚悟はありますから」
真瑠の瞳がまっすぐ陸斗に注がれる。
覚悟を決めた少女の瞳に一切の揺らぎもなかった。
「ここまで言われて受けない、なんて言わないわよね、りっくん」
「そうよ。ここで断ったら男が廃るわよ」
美姫と柚季までもが陸斗に視線を注ぐ。
美少女三人から見つめられる(睨みつけられる?)光景に陸斗は引き攣った笑いを浮かべながらたじろいだ。
しかしすぐに決意を決めたようにキリッとした顔つきになる。
「もちろん!真瑠さん、俺たちでよければその依頼お受けいたします」
陸斗は出てきたメッセージの【受諾】をタップした。次のメッセージが出て、クエスト受諾完了の文字が現れる。
「ありがとうございます!どうか、どうか、ギルドの真相を調べてください。それが、私の彼氏の供養にもなると思いますので」
泣き声の混じったお礼に陸斗たちは一層決意を固め、クエストに臨むのだった。
「つきましては、関門所に行ってもらえますか?そこにギルドのメンバーがいますので、この証書を見せたらギルドまで連れていってくれると思いますので」
差し出された紙切れは高級感漂う上質な紙だった。縁は金の紋様であしらわれ、中央には『リベラシオン・エグリース入信許可書』と書かれていた。
「これは、ギルドメンバー全員が持たされている証書です。街で布教活動する時に新規の信者に渡すことで関門所で待機しているメンバーがギルドまで連れていってくれるんです」
「そうやってあの雪原を渡るのか」
「確か専用の防寒具があったわよね」
「うん。でもショップではいつも売り切れなのよね」
「それはうちのギルドが全て買い占めているからだと思います。あの雪原は実質的には『リベラシオン・エグリース』の領地とするため、そこを渡る装備は全てうちのギルドが持つようにしているんです」
「大ギルドだからできることだな。普通のギルドがそんなことやってたらすぐに資金難になるぞ」
「私たちが今から真相を暴くのはその大ギルドなのよね。あぁ、なんか緊張してきた」
「緊張してても始まらないし、さっさと行きましょ」
「そうだな。あ、真瑠さん、よかったらここの宿屋使ってください。1ヶ月分前払いしてるのであと半月は泊まれますよ」
「え、でも、そこまで甘えるわけには……」
赤面した真瑠が両手をブンブン振って断ろうとした。
「なんの装備もせずにここまで来たんですよね。でしたらしばらくはここを拠点とすればいいんじゃないんですか?」
「そうね。私たちも真瑠さんの元の拠点を使わせてもらうわけだから、拠点交換ってことで」
「で、では、お言葉に甘えて。本当に何から何までありがとうございます。図々しいお願いですが、ギルドをよろしくお願いします」
「合点承知之助!」
「美姫さん、歳がバレますよ」
「りっくん、もっかい言ってみ?」
「す、すみません……」
いつものやり取りも終え、陸斗たちは出立の準備を整える。
準備と言っても買い出しと身の回りの整理だけだが。
「では真瑠さん、行ってきます」
「必ず彼氏さんの真相を突き止めますから!」
「あんまり意気込み過ぎてドジ踏まないようにね」
「ひどい!?」
「くれぐれも用心してくださいね。バレたりしたらどんなことされるか分かりませんから」
「分かりました。じゃあ、行こう!」
□■□
陸斗が扉から出ると、続いて柚季、美姫が部屋から出て行く。
一人ポツンと取り残された真瑠は、扉が閉じられるまで笑顔で見送った。
それから十分ぐらいが経つ。
『フゥ、やれやれだね。あんなに容易く人を信用しちゃいけないよ』
部屋の中でどこか無機質な声音が響く。
すると突然、真瑠の身体にノイズが走る。ノイズが酷くなる度に真瑠はその原型を留めなくなっていた。身体は一回りも二回りも大きくなり、腕と脚は白く細い肢体に伸びる。
濃緑色のマントは黄色の軽装に変わり、頭は先が割れた帽子に変貌する。
『これで舞台は整った。あとは任せたよ、操り人形さん』
【変装】を解いた道化は座っていたベッドから立ち上がり、ドアも窓も使わず外へ出た。すぅっと通過していく様はまさに幽霊のようだった。
新キャラ紹介
奈瀬莉音(20)
エレアノールと同じ大学に通う学生。二人の時、エレアノールのことはエリーと呼ぶ莉音からエレアノールにこのゲームを誘い、二人で始めるほど仲が良い。
ビジュアル的と能力的な面でエレアノールにマスターを任せたが実質二人がマスターのような扱いである。




