襲撃(1)
このゲーム『マジック・オブ・バレット』は株式会社Social Gear Activity(通称SGA社)の運営するアーケード型のVRMMOゲームだ。ジャンルの売りはFPSでありながら、RPGのようなファンタジー感のある新感覚アーケードゲームである。
当初は、このような宣伝文句に釣られて総プレイヤー数が十万人を越したことがある。
しかし、プレイするとそれは普通のFPSと変わらない銃のみを使うガンアクションゲームだった。
ファンタジーを期待していたプレイヤー達は早々にゲームを見限っていった。
それでも純粋にこのゲームを楽しむプレイヤー達は少なからずいたのである。
――それがこのゲームに閉じ込められた一万人のプレイヤー達だ。
上を向けば晴天を突くようにそびえる高層ビル郡。そしてその足元には元コンビニや廃れた商店街が広がっている。店内には商品棚だけが残り、ところどころ天井が剥がれ落ちている。
外観だけを見れば発展途上の大都市である。
しかしこの都市を包む空気は殺気で満ち満ちている。
その為か道路を歩いている者などいない。ほとんどのプレイヤーが屋内に身を潜めている。それ以外にも未知の《独弾》所持者を忌避しているのも一つの要因だ。
そのおかげもあって最近ログに出てくる死亡プレイヤーの数が減ってきている。やはり《独弾》への恐怖が強いのかもしれない。
当選者はおろか、その性能までもが秘匿にされているのだから、迂闊に外なんて出歩けたものではない。
しかしこのままでは誰もポイントを集めることができず、誰もクリアできないだろう。
その為に陸斗と柚季がプレイヤーキル以外の方法を探すのだが。そうすれば誰も死なずにこのゲームから脱出することができる。
現在の総プレイヤー数は約七千人。
一刻も早くポイント回収方法を探さなくては! と意気込む柚季だった。
路上に放置してある廃車を二人が通り過ぎた。
その時――
――バシュッ!!
地面を穿つ一発の銃弾が二人の足元を撃ち抜いた。
それが敵の狙撃であると察知した陸斗は、とっさに柚季の腕を引っ張り廃車のトランクの後ろに駆け込んだ。
「なな何!?」
突然の襲撃に戸惑う柚季の呂律は上手く回っていなかった。
陸斗は廃車から少し顔を出して周囲の状況を伺ってみる。
周りには高層ビルが建ち並んでいたが、人影は見当たらない。
射撃を受けた位置からして車の前方に視線を向ける。
道路の突き当たりに建つ三階建て施設の屋上にその場に不釣り合いな黒い物がこちらを向いていた。
「狙撃手か」
あの距離を撃ち抜くのに普通の拳銃では無理だ。
建物の屋上にある給水タンク影の狙撃手はしっかりと備えられたバイポットの狙撃銃をボルトアクションで次弾を装填する。
次弾を装填し終えた狙撃銃を廃車に照準し直す。スコープに二人の姿は映っていないが、今の状況でどこかへ動くことができるとは思えない。
狙撃手はゆっくりと引き金に指を掛ける。
「……ふぅ」
そして息を整え指に力を込める。
狙撃銃から放たれた銃弾が空を裂き直線上にある廃車のタイヤを撃ち抜いた。
ブシュウゥゥと音を立ててタイヤの空気が抜け、片方のタイヤが沈んだことで車が斜めに傾く。
「チッ、外したか」
舌打ちと一緒にボルトアクションで次弾を装填する。
本当は車のボンネットを撃ち抜くつもりだったが、空気抵抗によって対象がズレた。
それだけでも十分に高い技術だが彼女は完璧を目指す。
構え直す時、胸の膨らみが硬いコンクリートに押しつぶされて苦しそうになっていても彼女は気にする素振りすらしない。
もう一発撃とうと思ったが、この調子ではいつまで経っても埒が明かないと踏み、仲間に援護射撃を頼むことにする。
「北方から西方へ!! 援護射撃を要求!!」
「西方から北方へ~援護射撃了解~」
建物の屋上から別の屋上に向けて安易なコードネームを呼び合い、援護射撃の準備を始める。
既に一発目で位置もバレているだろうし、今更姿を隠し続ける必要もないだろう。
閉じかけていた瞼を擦りながら屋上を歩く様子は先程まで睡眠をとっていたことを容易に想像させる。
屋上の呼びかけあいが行われていた頃、廃車の後ろに隠れていた二人に変化が生じていた。
突然左腕が震えたのだ。発信源は左手首に巻かれているログウォッチから。
そして今アラームをオンにしているのはフレンドからのプライベートメッセージと運営からのメールだけだ。
意外にも後者からのメールだった。
ログウォッチには赤い文字のメールが届いていた。
【《独弾》に当選いたしました。受け取りの際はタップしてください】
突然のメールにも驚いたが、やはり最も驚くべきことは――
「……当たった」
横の柚季を見ると陸斗と同じような顔で顔を俯かせていた。
視線の先にはログウォッチに表示されたメールに注がれていた。
「柚季も当たったのか?」
そう訊ねると無言で頷いた。
二人して目を見開いてメールを見つめる。
「ってこんなことしてる暇ないよ!」
今は戦闘の真っ只中である。
ガバッと顔を上げ、メールをタップした。
すると、純白の四角のプレゼントボックスが現れた。
それをさらにそれをタップすると白い発光エフェクトが視界を塗りつぶす。
発光が止み、メールが自動的に閉じられる。そして手元に二つのものが残された。
白銀色の珠の付いたリングと特殊な形状をしたマガジン。
「……これが、《独弾》、なのか」
まず、リングを右手の中指に嵌める。陽光に反射してキランと光る。
すると、リングから一つのタブが開かれた。
【NO.102《権破》オブジェクト、プレイヤーの権利、権限を過程を経ずに消滅させる】
「アカウントブレイク……」
無意識に自分に贈られてきた《独弾》名を呟いた。
説明を読むが理解に至らない。しかしオブジェクトやプレイヤーに関係していることはわかった。
今現状で逆転が可能なのはこの《権破》だけで、あと少しで敵の射撃が始まる。
「《開弾》」
手を開き《開弾》を唱え、《通弾》の拳銃を顕現させる。
手にしっかりとフィットするグリップを握りながら、中指でトリガーガードの先にあるマガジンリリースボタンを押すと、《通弾》のマガジンが滑るように落ちる。
そのマガジンが地面に落ちると、マガジンが光に包まれ、霧散し、光粒が右手の人差し指に吸い込まれるように戻った。
どうやら、マガジンの取り替えは自分で持つ必要はないようだ。
空になったマガジンインレットに《権破》のマガジンを差し込む。
カチャッとはまった音を確かめ、あらかじめに撃鉄を起こしておく。
《権破》のマガジンは他のマガジンと違う所がある。
それは――銃弾が三発しか入らないこと。
元から三発しか入らない仕様らしい。
それを疑問に思いながらも目の前の戦闘に意識の全てを注ぐ。
さあ、戦闘の始まりだ!
「柚季! ……西ってどっちだっけ?」
陸斗は決め顔でそう訊ねた。
「………」
一瞬ポカンとした柚季だったが、陸斗の顎を掴みグイッと左に曲げた。
「痛いっ! 何するんだよ、柚季!」
「こんなときに変なこと訊くからでしょっ!!」
ギロリと陸斗を睨む柚季。
柚季から目を逸らして西を向く。しかしそこには誰もおらず、建物の壁面だけがあった。
「上か!」
その壁面に沿って上を向く。
三階建ての建物の屋上にはおかしな姿勢で銃を構える男の姿があった。
片足を建物の端に引っ掛け、バイポットが備えられたアサルトライフルにロングバレルを付けたような銃を壁の側面に立て付け、銃口を下に向けて陸斗を狙いを定めていた。
「ハッ、とんだバカガキかよ! 死んじまいなあぁぁ!!」
男はアサルトライフルの引き金を引き抜く。
「――クソッ!!」
陸斗は勢いで銃口を上に向け、照準ブレブレで引き金を引いた。
アサルトライフルの撃ち出した金属銃弾と違い、《権破》は光を撃ち出した。
金属銃弾と《権破》の光がすれ違う時、瞼を灼くほどの眩い光を放った。
陸斗は腕で眼を覆い、光を遮る。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
眩い光の中、男の声だけが響いた。
やがて光は収縮し、辺りの光景が露わになった。
周囲の建物などに変化はなかった。しかし上空に撃ち出された金属銃弾と《権破》は姿を消していた。残骸どころか融解の残滓さえ残っていない。
まさに消滅。
その場にいた四人全員が起きた現象に過程を見出せなかった。
『何故光ったのか。何故銃弾は消えたのか。何故過程がわからなかったのか』
ふと全員の脳裏にそんな言葉が過ぎった。
何もわからないことがこんなに怖いものかと改めて実感する。
屋上の男は既に腰を抜かして立ち上がれない状態になっていた。
これは戦意喪失としてカウントしていいのではなだろうか。
残りは狙撃手ただ一人。
徐々に更新を早めていけるようになりたいと思います。