救出(2)
陸斗たちが入った宿屋は、NPCのいない無人宿屋だった。しかしもはやこの建物は宿屋として機能しておらず、廃墟となっている。
そこを今回の誘拐犯が根城としているのだ。
宿屋らしき物は残っているためなんとか宿屋と分かったが、いかにも犯人などが溜まりそうな場所という印象を受けていた。
二階に上る階段は入口から近くの所に設置されており、そこから上がる。
木造の階段は抜け落ちそうなほど脆く、一歩踏む度に階段が軋む音が響く。
「階段が脆い。慎重に歩けよ」
短く美姫に注意をすると、美姫は静かに頷く。
時折軋む階段の音にびくつきながら階段の折り返し地点の踊り場まで来た。
「美姫はここで待っててくれ。合図したら呼ぶから」
「分かったわ。気をつけて」
ここから先はまた敵がいる可能性があるため、一旦美姫を残すことに決めた。
「おーい、どーかしたのかー?」
階上から声が降ってくる。
おそらく先程の騒ぎを聞きつけたのだろう。
これは敵の声だと咄嗟に判断した陸斗は、三歩で階段を駆け上がりすぐに敵と対峙した。
「なっ、テメェどこから!?」
驚きの表情を露わにした敵はすぐに銃を取り出した。
先に上りきった陸斗は、銃を取り出さず、壁際に寄って外開きのドアを開け放つ。
次の瞬間、銃声が鳴り響き、陸斗を穿つはずだった銃弾は、開かれたドアによって阻まれた。
「んなっ!?」
驚嘆の声が上がるが陸斗は気にもとめず次の行動に移った。
勢いが強すぎたせいか、ドアは留め具ごと外れ今は宙に浮いている状態だ。
その状態でドアノブを握ったまま陸斗は突進し始めた。
敵は陸斗の行動に驚きながらも銃を撃ち続ける。しかし全てドアに阻まれ、徐々に距離を縮める。
彼我の距離を五歩まで詰めると、次はドアごと投げる。
「マジかよっ!?」
敵はロールで飛来するドアを避ける。
当然陸斗はそれを予測していた。
低い体勢の敵に対して、腹部に無骨なキックを打ち込む。
「せいやっ!」
防御もとれず、陸斗のキックをもろに受けた敵はドアを突き破って空き部屋に叩き込まれた。
少しして相手が動かなくなったのを確認した陸斗は、美姫を呼んだ。
「派手にやるわね〜」
「誘拐犯なんだから文句は言えないだろ」
それから陸斗たちは美姫の情報通りに一番奥の部屋に向かう。
ドアの前で止まり、中の様子が分からないため耳を澄ませる。
「――殺していいんじゃね?」
ふとそんな声が聞こえた。もしかしたら空耳かも、などと思考が巡るけれど、どちらにしても敵は倒さなければいけないと思い突入を決心する。
――ドンッ!
ドアを力強く蹴り開け、陸斗が登場する。
「柚希、助けに来たぜ」
部屋にいた三人は揃って驚きの表情を向ける。その中に柚希もいた。
敵二人が唖然とした時間はとても短く、すぐに臨戦態勢に入る。
腰から銃を取り出すよりも速く陸斗は相手の懐に潜り込んだ。
「速いっ!?」
「――ッ!」
短い気合いと共にボディーブローを叩き込む陸斗。
抉るようなスクリューを加えた陸斗のパンチは、簡単に敵を吹き飛ばし、壁に激突した。
そして相手の意識も刈り取るほどの鋭さも誇っていた。
しかし、こんな隙の大きな技を相手が許してくれるわけもなかった。
「陸斗! 危ない!」
「へっ、後ろががら空きだぜ」
下卑た笑いを湛えながら陸斗の背後でもう一人の敵が銃口を向けていた。
だが陸斗が慌てるようなことはなかった。
入口では死を悟ったが、今度は仲間のサポートを信じている。
――パァン!
「ぐわっ……!」
銃声と共に敵がぐらつく。
右肩口を撃たれた相手は銃を取りこぼし肩を抑える。血が出た訳では無いが反射的にそうしたのだろう。
その隙に陸斗は体勢を立て直し柚希の許へと駆け寄る。
「柚希、大丈夫か? メッセージ見て来たんだ」
「え、メッセージって……? あ、でも腕が縛られてて……」
柚希の後ろ手になっている手首を見ると確かに紐で結ばれていた。
同様に足首にも紐で結ばれていて動けないようになっている。
「分かった。ここから出るから少しの間じっとしていてくれ」
そう言って陸斗は倒れた状態の柚希を小脇に抱える。
「え、ちょっと、陸斗!?」
突然陸斗に抱えられ当惑する柚希。
陸斗の考えでは今の状態だとこの場から逃げるのは困難だと判断した。
だから奥の手を使うことにしたのだ。
「美姫、ここから逃げるぞ! こっちに来い!」
「あいさー」
陸斗の許に美姫が近寄ると、陸斗は銃を取り出した。
「くそ、テメェら逃がさねぇぞ!」
苦悶の表情を浮かべながら敵はそうまくし立てた。
しかしそんなこと気にもとめないように陸斗は、拳銃に装填されている《権破》を床に撃ち込む。
部屋に痛いほど眩しい閃光が満ちる。
「ぐわっ……」
光の中、陸斗たちは《権破》で開けた床から一階に落ちていた。
陸斗は柚希を小脇に抱えたまま着地したが、体勢を崩すことはなかった。美姫はやや危なげに着地する。
『やぁやぁ、オメデトウ。無事救出クエストはクリアしたみたいだネ』
ぞくり、と三人の背筋に冷たいのをそれぞれが感じた。
回復しかけた視界で陸斗が顔を上げると、そこには黄色い軽装に身を包んだ高身長の人影があった。
「お前か、今回の黒幕は……」
陸斗は冷静に言い放った。
道化は三日月の口元から薄く笑い声を漏らす。
およそ正解と言えるだろう。
『ボクはクエストをクリアしたキミ達に報酬を渡しに来たのさ』
そう言うと、道化は指をパチンと弾く。
陸斗たちは不審がり、周囲を見渡す。
そして視界の端に映った動くものに焦点を合わせた。
「あれって……」
美姫が小さく呟く。
ここは宿屋の一階で、陸斗たちが見る先には、先ほどの陸斗と美姫が倒した敵があった。
頭からフワリと浮き上がる。しかし本人に意識はないようで、両腕は力無く垂れている。
何かの力で持ち上げられた二人の頭は、膝立ちするほどの高さまで持ち上げられると、突然七二〇度回転した。
「――ッ!?」
とても人間とは思えない現象に三人は息を呑んだ。
当然そんなことをして首がもつわけもなく、ブチブチと音を立てて千切れた。
乖離された身体はまた地に伏し、頭だけが空中に浮遊している。
それが道化の前に集まる。
上からも同じように頭だけが降りてきた。
道化の前に頭だけのプレイヤーが五つ集まった。
あまりの衝撃的な光景に陸斗たちは声を失ってその場で呆然としていた。
『これがキミ達の報酬だ。三人ともに五ポイントを贈呈しよう』
クエストをクリアしてポイントを稼ぐ。それは陸斗たちなりの攻略理念だ。
しかし今回は、人の死が関係している。
血塗られたポイントは陸斗たちの本望ではない。
それよりも陸斗が殺さずにいたプレイヤーを道化が簡単に命を奪ったことの方が許せなかった。
「ジョーカァァァァァァ!!!」
右手の拳銃を道化に向ける。
マガジンには《権破》が装填されていた。
陸斗は一撃で消し去ろうと考えていた。
『悪足掻きは辞めたまえ。キミはもう《権破》を使い切っている』
頭にまで血が登っていた陸斗はそんなことさえも忘れていた。
道化の指摘に歯噛みする。
だが陸斗はまだ負けていないと思っていた。まだ奴を倒すことができる手段がある、と。
陸斗は腰を低くし、脇に抱えていた柚希を下ろす。
「俺はもう、銃だけじゃない!!」
脚をバネのように弾き、道化へと迫る。
『ああ、知っているとも』
一瞬で道化の懐に潜り込む。今までで最速と言えるほどのスピードで迫るが、道化はしっかりと陸斗を見据えていた。
次に陸斗は、右腕を目一杯引き絞り、腰の捻りも加えた渾身の一撃を放つ。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
気合いの声と共に撃ち込まれた陸斗の右拳は――
パシッ。
そんな軽い音で受け止められた。
『ゲームマスターに正攻法で挑むなんて愚策だヨ。次はもっと考えて挑め』
道化は陸斗の拳を上から握り込む。そのまま持ち上げられると、陸斗よりも身長の高い道化によって脚が浮いた。
想像以上に力強く握られ、陸斗は痛みに顔を顰める。
『またネ』
そう言って道化は陸斗を放り投げた。
投げられた先は階段で、陸斗は受け身を取ることもできず激突する。元から軋むほどボロかった階段は陸斗を支えることができずに崩壊した。
「陸斗!」
「りっくん!」
美姫の手によって解放された柚希と、美姫は湧き立つ塵埃に埋もれた陸斗に駆け寄る。
『キミは一体いつまでキレイなままでいるのかな』
道化のこの言葉は誰にも届かず、煙のように消え去った。
道化が消えるのと同時に浮遊していたプレイヤーの頭と身体が光になって消えた。
次話でこのスキルをテーマとした第二章は完結となります。
第三章からはまた新たなアップデートからスタートします。どうぞお楽しみにしていてください。




