救出(1)
『助けて! 二階建ての建物の二階にいるよ!』
これが柚希から送られてきたメッセージの内容だ。
陸斗はこのことを美姫にも伝え、柚希の奪還に向かった。
「二階建てって言っても沢山あるわよ!」
「ここは美姫の出番だな。いちいち建物に入って確かめてたらあまりにも時間がない。タイムリミットはおそらく誰かがマラソンをゴールするまでだろう」
脅迫状にはマラソンイベントで一位をとれ、とあったからそれが人質の命と引き換えになっているのかもしれない。
「じゃあそれまでに柚希を助けないと! アタシはどうしたらいいの?」
タイムリミットを聞いた美姫は焦りの表情を見せる。
逆に陸斗は、美姫が焦るおかげで冷静になることができていた。
「美姫の《査弾》で建物の中を視てくれ。……その前に柚希は《査弾》で見分けがつくのか?」
「それなら安心して。パーティメンバーは違う反応が返ってくるから、たぶんゆっきーのこと見つけられると思う」
美姫の《査弾》の残弾数は十五発。
陸斗たちは、二階建ての建物を見つけては美姫の《査弾》で柚希がいるかどうかを探った。
しかし、大通り付近の建物からは柚希の反応を見つけられず、陸斗たちはまた路地裏へと入った。
薄暗い道を突き進み、二階建ての建物があれば美姫の《独弾》で中を確かめる。
そんな作業を続けて三十分が経った。
「まだ誰もループから抜けてないみたいだな」
「あれって正規の方法で抜けられる仕組みになっているのかしら?」
陸斗と美姫は裏道である路地裏を使ったため、梯子を登ってループの領域から出たり、壁を壊し抜け出したりして脱出した。
では、正規ルートである大通りにいる人たちは?
開けた場所で、疲れない身体を持つプレイヤーたちはただひたすら走り続けるのだろうか。自分がループの中にいるとも知らずに。
といっても時間的におかしいと感じる人もいるだろう。それから脱出するまでが陸斗たちが柚希を救出するタイムリミットになる。
「りっくん、どうやらそろろ弾切れみたい」
「そうなるとあとは自分たちの足で一つ一つ確かめるしかないな」
陸斗的にはあまりそのやり方はしたくなかった。
《査弾》によって柚希がいるかどうかだけでなく、中に何人敵がいるかを事前に知ることができる。それだけで戦況は大きく変わるのだ。
そして美姫が最後の《査弾》を地面に撃ち込んだ。
「――いた! ここの隣の建物よ!」
「いたのか!?」
最後の最後にようやく柚希を見つけることができた。
途端に二人に緊張が走る。
「ゆっきーは二階の階段から一番遠い部屋にいるわ。敵は全部で五人。一階の入り口にもいるから気をつけて!」
建物は宿屋の体裁をかろうじて保っている状態だった。入口は西部劇にありそうな内外開きの扉で木製だった。
陸斗は一つ深呼吸をして宿屋へと向かった。
その時美姫が後ろからついてきたので陸斗は手で制した。
「大丈夫。美姫はここで待ってて」
「でも、敵は中に五人いるんだよ!? そんなの陸斗が一人で勝てるわけないよ!」
「ああ、そうかもしれない。でも美姫をそんな危険な所に連れていくことは出来ない。だから――」
「嫌よ。アタシは仲間が危険な目に遭うかもしれないのにここでじっとなんてしてられない。アンタの背中はアタシが守るから」
意志の強い瞳で陸斗を睨みつける。
それに陸斗は一瞬たじろんでしまう。
ここまで来ると、美姫は引き下がらないだろう、と陸斗は思った。
結局、先に陸斗の方が折れるハメになった。
「……わかった。でも俺が先頭を行く。俺が合図してからついて来てくれ」
美姫はしっかりと頷いた。
陸斗たちと宿屋まで十メートルほど。一度中に入れば戦闘は免れない。
再び深呼吸をして、戦いに身を投じる意思を固める。
そしてゆっくりと歩き出す。
自然と足音を出さない歩法を使っていた。
徐々に建物との距離を詰める。
八メートル、七メートル、六メートル……。
五メートルを過ぎたあたりから陸斗は、建物内からの殺気を感じ取っていた。
近づくにつれ、その殺気は形を成し、敵の居場所をぼんやりと映し出した。
距離を二メートルまで詰めると、陸斗は腰を落とし、一気に駆け込む体勢に入る。
――ジリッ。
初めて陸斗が足音を出した。
しかしその音が鳴った時には本人はもういなかった。
ほぼ同時に別にガタン、と音が鳴る。それはドアが開かれた音だ。
――ズドゥン!
さまざまな音が一瞬の内に幾重にも重なる。
陸斗が低い体勢のまま建物に駆け込むと、微かにドアをかすり、音を立てる。
同時に陸斗の頭上を高速で飛来する物体が掠めていった。
視界の端にその敵を捉えた陸斗は、ドアの側に立っていた敵に振り返る。
「――ッ!」
振り返る際の僅かな遠心力で腕を振り上げる。
陸斗の腕は相手の銃を持っていた腕と衝突し、壁へ叩きつけられた。
「んぐわっ!」
小さな悲鳴を漏らすと同時に手に持っていた銃を取りこぼした。
陸斗はそこで攻撃の手を止めることなく、空いているもう片方の腕を構える。
「――はっ!」
掌底を相手の横顔に打ち付ける。その勢いで頭が壁に激突し、壁には少しヒビが入った。
そのまま崩れ落ちた相手はピクリともしなくなった。多少ダメージが入ったかもしれないが、死ぬほどのダメージではない。おそらく気絶判定くらいが妥当だろう。
「んなっ、テメェ!!」
不意に背後から声が掛かる。
(くそっ! もう一人いたのか!?)
殺気を辿った限りでは、相手は一人だと思い込んでいた。
今の体勢で背後からの攻撃は躱せない。
カチャリ、と音が鳴ったのは銃の音か。
この近距離で撃てばヘッドショットは可能だ。絶体絶命のピンチと思いきや――。
――パァン。
銃声が鳴った後、視界の端で敵が崩れるのを捉える。
これを勝機と見た陸斗は、全力で半回転に遠心力の乗った右脚を振り上げた。
「はあぁぁ!!」
膝を曲げた相手の顔がちょうど蹴りの軌道上に落ち、横顔にクリーンヒットする。
脚を振り切ると敵はドアを突き破って外まで飛んだ。
頭に相当なダメージ与え、こちらも気絶しただろう、と陸斗は少し安堵した。
タッタッタッと嬉しそうな顔で美姫が駆け寄ってくる。
「後ろは任せてって言ったでしょ?」
小さくウインクを混ぜてそう言った。
合図をしてから来いと言ったのに、と言葉が喉まで出かかったが実際助けられたからそんなことは言えなかった。
「でもごめんね。一階に二人いるって言ってなかったから、あんな目に……」
先ほどの表情から反転して申し訳なさそうな顔でそう言った。
陸斗はふっと小さな笑みを浮かべ、美姫の頭に手を乗せた。
「美姫のせいじゃない。俺が勝手に殺気で一人だと思い込んだからだ。もっと周りを見ていればちゃんと対応できたはずだ」
なんとか美姫を安心させようと言葉をひねり出す。
「でも、美姫の援護は助かった。もしあのまま撃たれたら死んでた。だから、美姫には感謝してる」
言いながら恥ずかしくなり、美姫の頭をワシャワシャと撫でた。
「えへへ、りっくん照れてるー」
ようやく美姫に笑顔が戻ったようだ。陸斗は美姫から手を離し背を向けた。
「あとは、二階だ。早く柚希を助けるぞ」
「分かった。後ろは任せてよ!」
美姫から心強い言葉を貰い、陸斗たちは二階へ階段を上った。
そろそろ第二章も完結に近づいてきました。
一章と比べてかなり短い二章となりますが、三章からは構想上長くなると思ってます。(まあ、実際に書いてみないと分からないんですけどね)
アカウントブレイクは現在のところ四、五章までを考えております。
どうか、最後まで見守っていただけると嬉しいです。
感想・アドバイス等お待ちしてます。




