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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第2章 第二弾アップデート――[スキル]実装――
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ループ脱出

 路地裏の障害物――おそらくこれはマラソンの障害物ではない――を上手く避けながら走る陸斗は、ふと違和感を覚え始めた。


「もう、スタートしてから三十分は経ったはずだ」


 正規ルートで北門から西門までの距離は、およそ七キロ。疲れのないこの身体で一定のペースで走れば、一人くらいはゴールしてもおかしくない時間だ。

 それなのに、まだ誰かがゴールした音がしない。あの超跳躍のプレイヤーさえもまだゴールしてないだろう。


「それに……」


 この路地裏もおかしい。

 正規ルートよりも圧倒的に早いはずのこのルートであってもまだゴールが見えない。

 陸斗は立ち止まって天を見上げた。

 相変わらず、蒼天を突く高い建物が視界のほとんどを埋め尽くしている。

 そのまま目を落とすと、昼間とは思えないほどの暗闇が今度は視界を埋め尽くした。


「美姫にも合流できないし、いったいどうなってるんだ」


 いろいろと謎が深まる中、陸斗は一つ試そうと思うものがあった。

 道の脇に置いてある障害物――ポリバケツを転がし、片足を上げると、そのポリバケツに向けてかかと落としを打ちつけた。

 ボゴッと音を立てて凹んだそれは、中心に穴が開くほどだった。

 陸斗は、それを放置してまた路地裏を走り出す。


 そして、十分後。

 足元に転がった穴の空いているポリバケツがあった。

 これでようやく合点がいった。


「俺はずっとループしていたのか」


 これがここだけなのか、それとも全域なのかはわからない。しかし全域の方が未だ誰もゴールしていない現状の理由としては合っている。

 こうなっては自力での脱出は不可能。

 陸斗はあまり使いたくなかった手段を取ることにした。

 拳銃を取り出し、《権破アカウントブレイク》を装填する。

 そして銃口を壁に向けると、目を固く瞑って引き金を引いた。


 闇を裂く閃光が路地裏の影の一切を消し去る。


 まぶたの裏まで灼くような光が力を失った頃に目を開けると、また眩しい景色がひろがっていた。

 それはとても自然で温かみのある光だった。


 壁に空いた大きな穴。そこに広がる光景は表道路だった。

 ようやく見つけたループの脱出口に向かって陸斗は歩き出す。

 邪道で抜けたループの先は、人ひとりいない閑散とした道路だった。

 どうやらここまで観客は来ていないようだ。


「まさか、ここもまたループしてるってことはないよな……?」


 脱出したにもかかわらず、更なる不安を覚える。

 陸斗は先ほど使った《権破アカウントブレイク》を気にして残弾数を確かめる。


「残り一発か……」


 いささか心許なさを感じるが、いつまでもこればっかりに頼っていられない。

 そう決心した陸斗は、《権破アカウントブレイク》を《通弾ノーマルバレット》に挿し換える。

 しかし脱出したはいいものの、このまま走っていいのだろうか、という懸念があった。

 またループに引っかかって《権破アカウントブレイク》を消費していてはいつまで経ってもゴールに辿り着かない。


 指を顎に当てて考えるポーズをとっていると、上から声が掛かる。


「りっく~~~~ん!!」


 聞き覚えのある声に懐かしさと不安を感じながら振り向くと――案の定不安が的中した。


「ちょ、おま、バカ!」


 おかしな日本語を発しながら陸斗は、『降ってくる』美姫の落下点に走る。

 それなりに高い建物から飛び降りたため、落下時間に多少猶予があった。しかし、このまま地面に落ちればHPは軽く吹っ飛ぶ。正直言って洒落にならない。それを理解していながら美姫は、『敢えて』階段を使わず、最短距離であろう『飛び降り』を実行したのだ。陸斗をからかう為に。


 ギリギリ間に合った陸斗は落下してくる美姫を待ち受ける。


「りっく〜ん!!」


 そう叫びながら美姫はしっかりと陸斗の腕に収まる。美姫を受け止めた時に陸斗は遠心力で負荷を和らげたが、腕が引きちぎれるかと思うほどだった。美姫自身が軽かったのもあってか、そのような事にはならなかったが。

 ある程度回したところで陸斗は美姫を下ろした。


「ふぅ……たっだいまー!」


 ため息をついた後に茶目っ気たっぷりの敬礼をしてそうのたまわった。


「バカか!! 死んだらどうするんだ!!」


 しかし陸斗はそんな茶番に取り合うわけもなく、美姫を怒鳴った。

 陸斗は本気で美姫のことを心配していたのだ。ループにハマった時も、飛び降りてくる時も。


「あはは……やっぱり怒ってる?」


 力なく笑うと美姫は下から目線で訊ねる。

 思わずドキッとする行動に一瞬頬が緩みそうになるが、ここは怒るべきだと心を固くする。


「当然だ! ここが仮想世界だから良かったものの、リアルでやったら死ぬとこだったんだぞ!」


 そして陸斗は気づいていないだろうが、白兵スキルの総ステータスアップもこの救助の助けを担っている。


「ここが仮想世界だからやったんだよ。……でも心配させてごめんね」


 謝られてしまうと陸斗もこれ以上言えなくなる。結果、助かっているのだから良いじゃないか、と思ってしまう。

 だから陸斗は肩の力を抜いてポンと美姫の頭の上に手を乗せて言った。


「もうこんな危ないマネはしないでくれよ。いつでも俺が助けてやれるわけじゃないんだから」


「うんっ! ありがと!」


 満面の笑みで美姫は陸斗に礼を言った。

 それだけで陸斗は何か心が満たされた感じがしたのだ。


「そういや、美姫はループから脱出したのか?」


「まあね。なんか走ってていつまで経っても出口が見えないから《査弾サーチ・バレット》で周囲をたら不自然に一部だけ切り取ったような地図だったのよ」


 美姫の《独弾ユニーク・バレット》である《査弾サーチ・バレット》は、地面に銃弾を撃ち込むことで、周囲の地形やプレイヤーの数を感じ取ることができる能力だ。

 この能力のおかげで今まで野宿の時、周囲のプレイヤーの有無を確認することができた。


「それでこれはずっと同じところを回ってるんじゃないか、ってなって近くの梯子はしごを登ってあの建物の屋上まで行ったの。そしたら、下から何かが光るもんだから何事かと思えばりっくんだったってわけ」


 人差し指でちょんちょんと陸斗をつつく美姫。


「あれって《権破アカウントブレイク》なんでしょ?使って大丈夫なの?」


 おそらく美姫は陸斗の残弾数を気にしているのだろう。

 陸斗は隠すこともせず正直に答えた。


「残りは一発だけだ。これからは使い所を慎重にならなきゃいけない」


「そう……。まあ、これからマラソンで使うことはないでしょ!さあ、早く行こう!誰かがループから抜け出す前に」


「ああ、そうだな!」


 二人は頷き合うと、同時に走り出した。

 ――が、陸斗の左腕が突然音と共に振動して引き止められた。

 しばらく懐かしい感覚と共にその振動源であるログウォッチに目を向ける。

 ――すると、陸斗は目を剥いて見張った。


「えっ……?」


「どうしたの?」


 美姫は陸斗の反応に対して足を止めて近づく。

 陸斗はログウォッチを見つめたまま呟いた。


「柚希からメッセージが来た……」

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