ショッピングモール(3)決断
【《独弾》の抽選エントリーについて
先日メールでお伝えした《独弾》実装アップデートが完了しました。
この《独弾》配布は抽選により実装されます。
種類は百種+二αあり、リストは"ここ"をタップしてください。性能等は記載いたしません。
抽選期間は当メールが配信されて五分間とします。抽選結果は当選者にメールをもってお知らせします。
下記に必要事項を記入してください。
※ユーザーID:
※年齢:
※性別:
※パーティ構成人数:
※銃の型式:
※過去プレイヤーキル数:
あなたはどう勝ちたいですか?:
次回アップデートまで乞うご期待ください。】
サッと文面を流し読みし、必要事項をタップすると、ホログラムキーボードが出現する。無音のキーボードを叩きながら必要事項を埋めていく。
そして最後の質問の所で打つ指を止めた。この質問には入力必須マークがない。つまり答えなくてもいいのだ。時短を目指すならこの質問をスキップするだろう。
しかし、相手は動く気配がない。その為時間には少しゆとりがあった。
そしてこの『あなたはどう勝ちたいですか?』という質問に少し考え込む仕草をとった。
「……どう勝ちたい、か」
運営は監視していたのだろうかと思うくらいのグッドタイミングだった。
つい先ほどこのゲームの脱出を心に決めたばかりだ。この気持ちをあえて質問に合わせるなら――
――I don't kill for escape.
意味は『脱出のために殺したりしない』だ。
必要事項全てを埋め終わりメールを閉じると、隣の柚季も同時にメールを閉じた。
「終わった?」
陸斗から柚季への問いかけ。
「うん。今終わった」
さっき撃たれた脚の痛みも既に消え去り、跡だけが生々しく残っていた。これも時間が経てば消えるのだが。
「脚は、もう大丈夫なのか?」
すると、脚を摩って、パンっと叩いてみせた。
「もうなんともないわ。それよりも次の銃撃戦の準備をしましょ。あっちもそろそろエントリーが終わるわ」
柚季に言われて再度、銃を顕現させる。
本当なら《独弾》の当選を待って一発逆転のチャンスを取りたいのだが、宝くじを当てるような確率を信じるほどバカではない。
陰から顔を廊下に出して様子を伺う。
階段側までは暗く、天井から差す光だけで廊下は照らされていた。おそらく相手チームは、階段側のスペースで待機している。同じくこちらの動向を監視しているのだろう。
メールが来てから五分がたった。
これで《独弾》のエントリーが終了したのだ。
当選するまでどのくらいの時間がかかるかは分からない。しかしここは自分が当選するという仮定は捨てた方がいい。元からその手の運はあまりなかったのだから今更期待しても意味が無いのだから。
陸斗は意を決して、一つ深呼吸をする。
脳に新鮮な酸素が満たされ、思考がスッキリした。
姿勢を中腰に変え、右手の銃を握り確かめる。
目を瞑り、一つ一つ確認するように呟く。
「敵は三人。狙いは脚。敵陣営の後方に階下へ繋がる階段がある。《独弾》には頼るな。相手の一挙手一投足を見分けろ。常に先を考えろ。――俺たちは勝てる!」
カッと見開き、陰から飛び出した。
姿勢を低くしたまま円形の廊下を駆け抜ける。
「ハッ! 来やがったな!」
相手も待ち伏せていたようで瞬時に銃を陸斗へ向ける。だが、その時には照準内に陸斗の姿はなかった。
「くっ……どこに行きやがった!」
暗闇の中では陸斗の着ている黒服は目立たず、完全に同化していた。
突然敵の姿が消えたことに狼狽する相手は、様々な方向に銃を向け、威嚇行動をとる。
銃を向ける度に微細な音が辺りに響く。
暗闇のハンデは陸斗にとっても同じだ。
視界がダメでもほかの五感を使えば容易に相手の位置は割り出せる。
その音を頼りに音もなく敵に接近する。獲物を仕留める蛇の如く、敵の死角から忍び寄る。
「ど、どこだ! 早く出てきやがれ!」
こんな暗闇で大声を出すなんてバカのすることだ。自ら見つけてくださいと言わんばかりではないか。
試しに床に落ちていた石を自分とは逆の方向に投げる。
――カコン。
「ヒッ!!」
その音のした方向へ銃を撃ち放つ。
銃口から飛びたす火花。
これで完全に的は絞れた。
このようにして相手の恐怖を煽り、視野狭窄へと追い込むのも戦闘の一つだ。
絞り出した位置に銃を向け、トリガーに指を掛けた。銃口を少し下ろし、脚部に狙いを定める。
そしてグリップを握り込み、トリガーを引く。
轟音と共に放たれた弾丸は暗闇を引き裂き真っ直ぐ突き進む。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドサリと倒れ込んだ相手の悲鳴により着弾を確認する。
「ノブ! 大丈夫!?」
後方で待機していたであろう女性の声が投げかけられた。
タタタと駆け寄る足音が一つ。
天井から降る光が傾きを変え、自然とこの円形廊下を照らし出す。
突然の明かりに目を細めるが、目の前の光景が視界に飛び込んだ。
倒れたノブと呼ばれる男を抱きかかえる女性が右手の銃のトリガーに指を掛けた状態になっていた。
発砲を覚悟した陸斗は、回避しようと左足を後ろに引いた。
だが、左足は床には着かず、何か球状の物を踏み、体勢を崩すように後ろへ倒れ込む。
「死ねぇぇ!!」
女性の叫びと共に銃口から火花を吹いた。
放たれた弾丸が陸斗の肩口を掠め、後ろの壁へとめり込んだ。
「ぐっ……」
ただ掠っただけなのに肩から電撃を流されたように痺れがきた。
しかし後ろに引いていなければ首、あるいはヘッドショットを決められていたかもしれないほど正確だった。
今回は避けれたものの、次弾を避けられるかどうかわからない。
女性が銃口を向け、トリガーに指を掛ける。
今度こそ終わりだと目を瞑った。
「あれ?」
この声がどちらのものかはわからない。おそらく同時に発された言葉だった。
いつまで経っても弾は発射されず、虚しくトリガーだけがカチカチと鳴っていた。
「はあ? こんな時に故障!?」
これは故障ではない。彼女は知らないのだ。
自分の所持している銃の特徴を。
おそらく彼女が所持している銃はシングルアクション式の拳銃だ。撃鉄を起こさなければ弾を発射することができないタイプ。手ブレが少なく、命中率が高いのが特徴である。
初めから撃鉄が起こされていたのはビギナーズサービスのようなものだろう。その為、彼女は自前の銃の性質を知ることなくこの戦場へ足を踏み入れたのだ。
「動かないで」
不意にかけられた言葉に女性は硬直する。
女性の後ろに立つ黒い影。
目を凝らし見ると、黒い服の柚季の姿だった。
いつの間にか動いていた柚季にも驚いたが、相手の隙を突いて後ろに回り込み、銃口を後頭部に当てるまでの動作が気づかないほど速かったことに驚いた。
「銃を床に置いて、腕を真っ直ぐ上げて」
指示も的確にされ、女性は言われるがままに動いた。完全にホールドされた女性は諦めたように頭を垂れた。
柚季はこれに満足せず、陸斗に後ろ――階段側を顎で示した。
そう。彼らは三人パーティであるからもう一人残っているのだ。
(くそ、俺を顎で使いよって)
心中で愚痴を零すが、不快感はなかった。
この場でのMVPは間違いなく柚季だ。
仲間のピンチに駆けつけ、相手を弾を使わず無力化したのは最大の功労である。
柚季には大きく頷き、陸斗は階段側へと駆けた。
ホールドされた女性の横を通り過ぎるとき、柚季が陸斗に微笑んだ。陸斗も口元を綻ばせる。
階段側に着くと、隅っこの方にうずくまっていた男性プレイヤーがいた。それは完全に戦意を喪失していてまともに戦える状態ではない。
仕方なくその男性プレイヤーの襟元を引っ掴み引きずり出す。
その間、「嫌だー怖いー死にたくないー」などとほざいていたが無視して引きずり出す。
三人を同じ場所に集め、話を聞かせる体勢にさせた。
「殺すなら殺せ! 俺たちは負けたんだ。そのくらいの覚悟はある!」
最初にノブが叫んだ。負けを認めたわりには目には闘志がギラギラと宿っている。
女性はさっきからずっと頭を垂れたままだ。
男性は涙目で天井を見上げている。
三人のどうしようもない姿に深くため息を吐いて口を開いた。
「俺たちは誰も殺さない。だからそんなに怯えんな。俺たちはここを通りたいだけだ」
三人は顔を見合わせ何かコソコソと話し出した。声は陸斗と柚季には届かなかったが、表情を見るにあまり悪い話ではないようだ。
そして話がまとまったようで顔を向けた。
「俺たちはどうやってアンタらを信じたらええんや? 実際俺たちはさっきまでいつ死んでもおかしくない状況やったんや」
ノブの言うことはもっともな話だ。
ゲームの死が現実の死であるこの状況で、さっきまでのシーンは本当の殺し合いだった。それを何もなかったように信用してくれというのは、あまりにも傲慢なお願いだった。
「それじゃあ、交換条件の上で停戦協定を結ぶということでいいかな」
陸斗の提案にその場の全員が固まった。隣にいた柚季も同じく固まっている。
「交換条件だあ?」
「ああ。俺たちはキル以外のポイント集めを探し、発見次第君たちにその方法を教える。その代わり、君たちは俺たちへの一切の戦闘を禁止してもらう。こんな感じでいいかな」
ノブは考え込むようにして腕を組んだ。他の二人もノブの決断に委ねるように視線を注いでいる。
柚季もその後の展開を待ちわびるように固唾を呑んで見守っている。
そして、ノブの出した決断は――。
「よしわかった! 俺らはアンタらを信用するに値するパーティと認める!」
ノブは男らしい胸板を張って断言した。
「おお、それじゃ交換条件を――」
「しかし!! 交換条件についてはもう一つ付けさせてもらう」
陸斗の言葉をぶった切ったノブは組んだ腕を解き、片腕を腰にやり、右手人差し指をピシッと陸斗を指差した。
「アンタらの成果を他の奴らにも伝える!!」
ピシャッと言い放った。
「で、でも……!」
陸斗としてもこの申し出はありがたかった。しかしそれは自分たちの領分だと思って敢えて交換条件には入れなかった。
現在の状況で言えば他プレイヤーと話すことはおろか逢うことさえ危険だ。
しどろもどろになりながらノブを止めようとするが、決意は固いらしくびくともしなかった。
「アンタは将来大物になる! 俺にはそんな気がするんや。だからこれは先行投資みたいなもんじゃ」
陸斗の肩をガシッと掴みそう告げた。
自分のどこを見てそんな気がしたのか疑問になりながらも、陸斗は首を縦に何度も振った。
「んじゃ、まずはフレンド登録すっか」
「フレンド登録?」
陸斗は首を傾げた。言葉の意味はわかるが、そんな機能を全く知らなかったのだ。
すると、ノブが左腕を軽く上げた。
「左腕を上げてみ」
言われたように左腕を上げるが、ノブは自分の左腕を陸斗の左腕に当てた。正確には左腕のログウォッチを当て合った。
カチャンと音を立てて当てると、ログウォッチに一つのメッセージが届いた。
【高山信之がフレンド登録されました】
「これがフレンド登録?」
「ああ、そうや」
やり方がわかったところで柚季ともフレンド登録し、他の二人ともフレンド登録をしあった。
ノブとは素直にフレンド登録できたが、他の二人は何か気まずそうにしていたが、陸斗は笑顔で登録を進めた。
柚季の方は、三人全員と気まずそうに登録をした。
この場の気まずさも無理はないと思う。本当に殺しあった人たちが数分後には素直にフレンド登録をする光景は傍から見れば異常な光景にほかならない。
このような関係になれたのも陸斗の提案のおかげだ。そして陸斗は殺しあった相手にも笑顔をもって接する。
はっきり言って、陸斗の言動は常軌を逸している。少なくとも柚季にはそう感じられた。
「よし、これでいつでもプライベートメッセージを送りあえるで」
「じゃあ、俺たちはこのプライベートメッセージを使って信之さんたちと連絡を取ればいいんですね」
「信之はやめい。普通にノブでええよ。さんも付けんでええ」
ノブは照れたように頭を掻いた。
「じゃあ、ノブ。またいつか会いましょう」
「おう! そんじゃまたな!」
お互い手を振りあって、別れの挨拶とした。
先に陸斗たちが階段を下り、ノブたちは後から出るらしい。
一階の食料品売り場を通り過ぎ、出入口を出た。
外はすっかり明るくなり、日はほとんど真上に近かった。
これから陸斗と柚季は、新しい脱出方法を探すのだ。それはとても危険な道かもしれない。もしかしたらプレイヤーキルよりも危険かもしれない。それでも人の命には変えられない。今や陸斗と柚季だけの問題ではなくなっている。陸斗たちを頼りにする者たちができたのだ。その人たちに応えるためにも陸斗たちは歩を進める。
それがどんなに危険で運命を変える決断だとしても。
最近執筆ペースが遅くなってきましたがちゃんと書いてます。
これからもよろしくお願いします。
今話で第0章プロローグ終了です