スキル専用クエスト:料理人修行〜己の手で食材を捕り調理せよ〜柚季side
バイトが終わった翌日、再び三人――柚季、美姫、啓太――はレストランへやって来た。
昨日は一日バイトでそのクリア条件、『バイト中、一枚も皿を割らないこと』を見事二人は成し遂げたので、次のクエストに移ることができる。
啓太の話では次のクエストで最後らしい。
今のところ、陸斗からの連絡は無い。この調子であれば、陸斗よりも早く[スキル]を取得できるかもしれない。
つい、そんな事を考えながら、柚季は目の前の門扉を開く。
「…………」
昨日のような賑やかな騒ぎ声はなく、閑静な佇まいのレストランとなっていた。
それも当然、今の時間は開店前の時間のため、客は居らず、従業員がせっせと開店準備をしていたのだ。
何故、柚季たちが開店前のレストランに入ることができたのか。
それは昨日のバイト終了後に、ネコミから店の自由出入り許可を頂いたからだ。それを持っていることで三人は、開店前だろうが自由に入ることができる。
昨日のバイトに参加していなかった啓太は、元から[料理人スキル]を習得する過程で持っていたため、すんなりと入ることができた。
「そういえば、啓ちゃんは昨日、どこにいたの? アタシは見てないような気がしてたけど」
「あ、それ私も思ってた。もしかして、他のところに行ってたりした?」
特に啓太に対してどこに行っていたのかを追求したいわけではない。ただ、今は同じく共に行動する者として突然いなくなってしまうと、何故か罪悪感に駆られるからだ。
啓太は、少し言いづらそうに、ボソリと呟くような音量で応えた。
「えっと……僕、いましたよ、ここに」
「え? でも、アタシたち、ホールを結構回ってたと思うけど、啓ちゃんの姿見てないと思うよ?」
「うん、私も見てないと思う」
二人は己の記憶を思い起こすが、啓太らしき人物は思い至らない。
「たぶん、あそこに居たからじゃないでしょうか? 二人ともまだ新人だったから客席の隅々まで見てなかったんだと思います」
啓太はそう言って、店の角の席を指さした。周囲が壁に囲まれた一人でも狭そうな席だ。
そういえば、と自分が通った客席を思い出すが、確かにホールの真ん中あたりを重心的に回っていた気がする。
「うっ……ごめんね、啓太君」
「アタシも、客席全部は回れてなかったかも……」
しっかりできたと思われていたバイトが実は、不十分だったという事実を突きつけられ、柚季と美姫はあからさまにしょんぼりと顔を俯けた。
「あ、だ、大丈夫ですよ! お二人がバイトしていたからこそ、他の従業員さんたちの疲労が軽減されたはずです! だから、お二人はちゃんと役に立っていたと思います! 実際に僕の所に来た従業員の方は余裕のある笑みで接してくれましたし!」
何故か必死に二人のことを擁護するように拙い言葉を繋げる啓太を見て、二人は思わず笑みを零した。
「ふふっ、分かったから。そんなに必死にならないでよ。アタシたちが慰めなくちゃならないじゃない」
「そうね。そんなに私たちのことを庇わなくてもいいのよ?新人ってのは事実なんだから」
「美姫さん、柚季さん……」
美姫が「にひっ」と子供のような笑みを浮かべ、柚季が大人びたはにかんだ笑みを向けた。
「それじゃ、プチ反省会は終わったことだし。ちゃっちゃと次のクエスト受けに行きますかー!」
「そうね。次が最後ものね!」
「はいっ!」
美姫が場の雰囲気を仕切り直し、三人は厨房の方へ足を向けた。
□ ■ □
「嬢ちゃんたち、昨日はよくやってくれた! お礼と言ってはなんだが、その制服は持っていってくれ。ネコミもお前たちが居てくれたから仕事がやりやすかった、と言ってたぞ」
厨房に着くなり、ハスヤから賞賛の雨あられを受けることになった。
ハスヤの口調からして、今日は随分と機嫌が良いことが伺える。
「俺から言うことはこれだけだ。あとはそこにいる、ヤスハに聞いておくれ」
そう言って親指を使って背後のもう一人の料理人を指さす。
向こうはそれに気づかず、料理の仕込みや準備をしていた。
柚季と美姫は、ハスヤに頷き、ヤスハの方に歩み寄った。
初期からのイメージでは、ハスヤの方が恐ろしいというのが柚季と美姫の共通認識だった。
それは単に顔の彫りが深いという外見からのイメージが強かったのかもしれない。
何はともあれ、残りのクエストはあと一つだ。
陸斗がスキルを習得する前にこちらの報告をしてやろう。そんなことを考えながら、柚季はヤスハに声を掛けた。
「あの、ヤスハさん。私たちに出来ることは何かないでしょうか?」
「ん? ああ、最近よく出入りしてる嬢ちゃんか。料理を教えて欲しいんだっけか? いいぜ」
やはり自分の共通認識は正しかった。そう再確認できた言葉だった。
柚季は内心ホッとするのを覚えた。
「んじゃ、何すっかな〜。まあ、料理人目指すんなら料理の修行を付けなきゃならんだろうな」
「ついに料理修行させてくれるんですか!?」
今の柚季のテンションはかなり高い方だ。それは料理が出来る楽しさ、未知の料理に対する好奇心によるものだ。
柚季が期待の眼差しで見つめる中、ヤスハはうんうんと頷きながら、ゆっくりと口を開いた。
「よし、ならまずはコイツらをとって来い。料理人たる者、自ら食材を入手する術を身につけておくべきものだ。そして、その場で調理した物を俺の所に持ってこい。出来の悪い物はすぐに弾くからな」
ヤスハの言葉が終わると同時に柚季の左腕が音と共に震えた。
柚季が視線を落とした先にはクエストタスクが開かれていたログウォッチがあった。
【スキル専用クエスト:料理人修行〜己の手で食材を捕り調理せよ〜
依頼者:料理人ヤスハ
内容:・マッシュピッグ☓3、オリーブキャベツ☓1、ベリーベーコン☓2、パセリリス☓1、ダブルエッグチキン☓1を入手
・これらを用いて一品作れ
報酬:料理人スキル・簡易調理セット
備考:簡易調理セットと仮料理人免許を支給
受諾or拒否】
当然、柚季は受諾をタップし、クエストを受けた。
柚季がクエストを受けた後、ヤスハは料理の仕込み作業に戻った。
次は美姫だと、振り返ると――
「さあ、森に食材捕りに行くわよー」
元気よく腕を振り上げ、厨房から出て行こうする美姫。
柚季は慌てて美姫を止めにかかった。
「ちょっと、美姫ちゃん。まだクエスト受けてな――」
「いいのよ。アタシ今回のクエスト受ける気無かったし」
「え? なんで……?」
突然の美姫の告白に柚季はただただ戸惑った。
美姫は昨日のバイトを受けて、共にクリアした。だから美姫には今回のクエストを受ける資格は十分にあるのだ。
「なんで、と言われると……そうね。強いて言うならウエイトドレスが欲しかったから、かな」
「へ? ウエイトドレス……?」
美姫の突拍子もない言葉に柚季は目を白黒させて瞬いた。
尚も美姫は飄々と続ける。
「まず、このクエストを受けたのは、柚季に料理人になってもらうためだし。ゆっきーったら渋るからアタシが付き添わないとやらないでしょ?」
「……うん。確かに美姫ちゃんがやらなかったら、私もやらなかったらと思う……」
美姫が自分の心の内を読み取ったことに柚季は幾ばくか恥ずかしさを覚えたのを感じた。
自然と柚季の視線は美姫から外れていった。
「でしょ? でも、もう辞めたりしないでしょ、ゆっきー?」
美姫が問うているのは、このスキル専用クエストの進行。
美姫はどこまでも意地悪だ。
柚季の性格を知っていながら、このスキルクエストを受けさせ、あまつさえ自分はいつでも辞めれるようにこんな手の込んだことをやってのけた。
全て美姫の手のひらの上で踊らせられていたのだ。
癪だがこればかりはしてやられた、と言う他ない。
「当然! 途中で辞めるなんてことはないわ! 最後までやってのけるわよ!!」
意思の光を宿した瞳を美姫に向けてそう言った。




