スキル専用クエスト:白兵戦術師匠からのお使い第2弾(2)~陸斗side~
二週間近く更新が止まってしまいすみません!
二つ目のクエストを受けた陸斗と霧香は、再び森へとやって来た。
次のクエストの内容は、<煙香草>の入手。
またしても知らないアイテムに二人は、頭を悩ませながら途方に暮れていた。
「なあ、今、どっちに向かってるんだ?」
陸斗がそう訊くと、前方を歩く霧香は振り返らずに応えた。
「分からん。<煙香草>がありそうな方向に歩いてるはずだ」
「――って、また勘かよっ!?」
「前のクエストは勘で茶葉までたどり着いたじゃないか。そろそろ信じてもいいんじゃないか」
確かに、霧香を先行させて茶葉エリアまでたどり着いた。だが――。
「それは結果論だろ! そのせいで一日掛かったじゃないか!」
「うっ……」
さすがに元傭兵の勘というやつを信じるに至れなかった。
陸斗の正論に霧香は言葉を詰めた。
「まずは、知ってる情報をまとめよう。アンタは、<煙香草>について何か知ってるか」
「それよりも、まずは自己紹介からしようじゃないか。いつまでも『キミ』『アンタ』呼びは呼びづらい」
霧香が言ってから陸斗は気づいた。二人が逢ってから当然のように相手のことを呼んでいたが、名前を聞こうとしてこなかった。
陸斗自身、相手のことをなんと呼べばいいのか模索していたところがあったため、これはいい機会だった。
「まずは私から紹介させてもらおう。師走霧香だ。元傭兵で今は主婦をやってる」
経歴だけ見るとなかなか壮絶な人だという印象を受けるものだった。
続けて陸斗の紹介に入る。
「俺は皐月陸斗だ。リアルでは学生をやってる」
ここでわざわざ個人情報となりうることを言ったのはただの気まぐれだ。相手がペラペラとリアルの話をしてきたのとは全く関係ない。
そう、気まぐれなのだ。
「さ、自己紹介は終わったし、本題に入ろうか。<煙香草>の心当たりだったか。すまないが、私は初めて聞いた名前だ」
いつの間にか主導権を霧香に掴まれているのに陸斗は気づかずに話は進んでいく。
「俺も聞いたことがない名前のアイテムです」
二人の間で情報のやり取りが行われず、時は無情にも過ぎていく。
そして三十分ほど経った頃。
「……はあ。やはり手探りで探すほかないな」
半ば諦めたような口調で霧香は歩き出す。
だが、後ろから静止を掛けるように陸斗が声を掛ける。
「待ってくれ。まだ、何かあるはずだ……」
陸斗は無駄な労力を使いたくないが故に、必死に頭をフル回転させた。
「煙……香り……草……」
一つ一つ単語に分けながら、それから連想させるように思考を巡らす。
「煙の香りって言うと、アロマや線香みたいなのを思い浮かべるな。まあ、私はアロマについてはさっぱりだがな」
隣でぶつぶつと霧香が呟く。それを片耳で聞いていた陸斗はある閃きが脳裏を過ぎった。
「――それだっ!」
「はあ?」
突然の陸斗の反応に霧香は素っ頓狂な声を出してしまった。
「線香だよ! 線香! ……えっと、ここらへんに地熱発生が盛んな地帯はないか?」
「は? なんだよ、いきなり。……まあ、あるにはあるが、……ここから南西方向にそういった場所があったはずだ」
「よし、行こう!」
途中から陸斗だけが勢いに乗って話を進め、霧香は多少不満そうに眉を寄せて陸斗の行動に従うことにした。
□ ■ □
二人が歩き続けてしばらく経った。
「ここか」
陸斗が呟いた先には、灰色の煙に包まれた少し開けた土地があった。
視界は控えめに言っても良好とは言えない。
陸斗の額から一筋の汗が滴り落ちる。
「視界が悪い上に、ここって熱くないか?」
「ここは、他の土地と違って地熱が盛んな地帯で、その熱が地表付近まで来てるんだ。というか、土自体が火を宿してるようなもんだから、現実みたいに発電はできないだろうな」
「それで、地面に生えてる<煙香草>に引火してこのような事態になってる、と……ゴホッゴホッ」
「とりあえず口元は抑えてないとな。この煙が何かの毒素とかだったら死亡判定が出るだろうさ」
言われて陸斗は霧香に倣うように左腕を口に押さえて煙を吸い込まないようにした。
考えてみれば都合の良すぎる話だ。たまたま異常なほどの熱を持った土のあった所に、それに合わせたように煙を発生させる植物が群生している。
これは明らかに仕組まれた設置方法だ。
まあ、自然現象にしろ人為的にしろ、決めるのはこのゲームの開発部なんだろうけど。
陸斗はふとそんな事を考えながら、これからの手順を決めていく。
「まず、この煙をどうにかしないと、と思うんだが。何かあるか?」
「うーむ、私のアイテムに扇風機なんぞないからな。この煙をどうにかすることはできん」
「そっか。俺もこの煙をどうにかする手段はないんだがな……」
陸斗の持つ《独弾》――《権破》は、実体にこそ効果はあるものの、煙のような細かい粒子で構成されているものには全く効果がないのだ。
そして、この煙が空気よりも重いせいか、木よりも高く上がらない。
そのため、足元も満足に見渡せず、<煙香草>を探すなんて無理な話だ。
(せめて視界さえ、良くなれば……)
まだ<煙香草>の具体的な形も分からないが、何かアイテムらしい形はしているだろう、という希望的観測を抱く。
何か手掛かりがないか、と陸斗が歩き出すと、足元からパキッと音がした。何かが折れたような音だ。
それが何なのか、腰を下ろそうとした時、霧香が声を上げた。
「おい、何か来るぞ!」
下げかけた腰を臨戦態勢に立て直し、辺りに注意を向ける。
一瞬の静寂。
そこにノイズが入り出す。
足音などは無い。何かが細かく動く音――羽音だ。
「これ、羽音か?」
霧香も同じ結論に至り、陸斗も頷く。
「そうみたいだな」
陸斗にはこの羽音に聞き覚えがあるようで、静かに耳を澄ませた。
(音の数は、一つ、二つ……一体どんだけいるんだよ!?)
羽音が重なり合って正確な数が分からない。
「最低でも、五体はいるな」
「数が分かるのか?」
羽音はただでさえ判別のつきにくい音で、それから数まで出そうとするならそれは並の聴力ではない。
「だいたいはね。でも、こうも視界が悪いと、何処から来るかわかったもんじゃないよ」
二人は合図もせず、自然と相手と背中を合わせた。突発的な行動だが、信頼における人物でなければ己の背中を任せることはできない。
知らないうちに二人は、表に出さないが、それなりに相手のことを認めている証拠でもある。
「今は停戦協定結ばないとな」
「ああ、ここは協力していかないと無理そうだ」
薄い笑みを浮かべると、陸斗は「《開弾》」と唱える。続いて霧香も同じように唱える。
二人の右手のリングから光が放たれ、それはみるみる手に収まるような形に集約する。
陸斗が持つのは拳銃。そして霧香が持つのも拳銃だ。
二人のもつ拳銃の性能はほぼ変わらない、初期装備の銃である。
二人の銃が顕現し終わる頃には、周囲が羽音で埋め尽くされていた。
「どうやら、囲まれたらしいな」
「だが、全て撃ち落とす――ッ!」
最初に動いたのは霧香だった。
煙の中の正体の見えない敵に向かって銃口を向ける。
そして躊躇いもなく引き金を引くと、マズルフラッシュを焚きながら一発の銃弾が吐き出された。
撃ち出された銃弾は、煙を裂き――敵に命中した。それは命中したのであろう敵の悲鳴から確認できた。
それに続けて陸斗も射撃体勢に入る。
二人の撃ち出す銃弾が煙の中に幾筋もの直線を描く。
視界の悪い中、信じられるのは自分の聴覚と勘だけだ。
「――ッ!」
陸斗の太ももに鋭い痛みが走った。鋭い針で突かれた様な痛みだ。
一瞬のことで陸斗は何が起こったのか理解できずにいた。
「大丈夫か!?」
背後から霧香の声が掛かる。
「くっ……大丈夫だ!」
正直なところ突かれた左太ももが焼けるように痛い。だが、今はそんなことに構ってるよ余裕なんてない。早くこの状況から切り抜けなければこちらの弾数が尽きる。
「だが、どうしてこうも続々と増えるのかねぇ」
「おそらくこの煙のせいだろ。この煙から発せられる匂いに吊られて寄ってきやがる」
「早いとこ、勝負付けないとこっちが蜂の巣にされちまうよ」
その言葉を聞いて陸斗は一瞬身体が凍り付いたように動かなかった。
「蜂……そうか!」
「どうした!? 何か策があるのか?」
「いや、相手の正体がわかった。――モスビーだ」
「それがどうした? この圧倒的ピンチに正体だけわかっても何も浮かばないぞ」
陸斗はこのピンチを逆にチャンスに変える算段を考え出した。
「まあ、黙って聞きな。俺が今からこいつらの注意を引き付けるから、その間にこれを着けてて」
そう言って陸斗はポーチからある物を取り出し、それを後ろ手で霧香に渡した。
「なにこれ? ってか、何をする気だい?」
「まあ、一応それを着けることをお勧めするよ。着けなかったら酷いことになるのは確かだから」
「随分と物騒なものじゃないか」
こうしている間にも敵モスビーは二人に攻撃をしてくる。それを残り少ない弾数で応戦しながら、後の説明を続ける。
「三つ数えるまでにそれを装着して、後ろを向いてるんだ。その後のことはまた言うから、いつでも動けるようにしてて」
「詳しいことまでは言わないんだな」
どこか自嘲的な笑みを浮かべて霧香は陸斗に言った。
「ごめん。これ以上は言えないんだ」
「まあいいさ。――本当にこの状況から脱出できるんだろうね?」
「そこは安心してくれ。アンタが遅れなければちゃんと逃げ切れるさ」
「私を誰だと思ってるんだい」
二人は鼻で笑い合い、再び真剣な面差しに変わる。そして陸斗は小声で「《権破》」と唱えて、《通弾》と交換まで終わらせる。
「さあ――行くよ! 三……二……」
陸斗が数え終わる前に、周囲を囲むモスビーの群れが襲い掛かってきた。時間的な猶予が無い、と判断した陸斗は、すぐに作戦へ移行することにした。
「――ゼロッ!」
「おい、一はどこ行った!?」
そんな霧香の抗議は聞き流し、陸斗は前方に銃口を向けた。
そして視界の悪い煙の中に二発の青白い光を撃ち込む。
《権破》は対象が近ければ、多少の軌道修正がされる効果が付いている。
その効果で一つの光の弾丸が右に逸れた。それを一瞬確認すると、陸斗は振り返り、来たる時に備えてポーチから先ほど霧香に渡した物と同じ物を取り出し、装着する。
次の瞬間、瞼の裏まで焼くような閃光がここら一帯を埋め尽くした。
「なんなんだ、これは!?」
「そんなことはどうでもいい!! 急いで地面の草をむしり取れ!!」
陸斗と霧香は黒いレンズ――<遮光グラス>を通して見える明瞭な地面から無作為に草をむしり取り、その場からダッシュした。それに続くように霧香も煙の中からの脱出を試みる。
□ ■ □
二人は無事、町まで戻ることができた。
最初に行くところは、わざわざ言わなくても同じところだった。
目の前のドアを開けると、やはり、あのお爺さんがいる。
今回の立ち位置は、壁際の棚の側だ。そこで湯呑みを傾けて、苦い顔をしている。
少しして、スラウが陸斗たちに気付くと、手に持っていた写真立てを伏せて置いた。
「ああ、来てくれたのか……ゴホッゴホッ。すまない、最近体調が悪くてね。<煙香草>は持って来てくれたのかね?」
どこか無理をしているようにも見える、スラウの口調に陸斗たちは少しばかり懸念を持ったが、順調に話を進めることにした。
「はい、持ってきましたよ」
そう言って陸斗から順に<煙香草>を手渡す。
スラウは悲しそうな瞳をその<煙香草>に向けて、次に陸斗たちを見る。
その瞳には強い光を感じる意思がこもっていた。
「これが――最後の依頼じゃ」




