スキル専用クエスト:白兵戦術師匠からのお使い第2弾(1)~陸斗side~
<シラム茶葉>を採って、町に戻る帰り道。
今度は競走や張り合いはなく、一緒に帰路を辿っていた。
それは両者が敵ではないと認識したからだ。
歩幅が違うせいか、霧香が前に出て陸斗が後ろを歩く形になっている。しかしこの状況は無意識によるものなので、二人とも気にせず歩いてる。
念の為にと、少し多めに採った<シラム茶葉>は、腰にぶら下げているポーチに収めている。
陸斗はハンセル村での経験から、拾えるアイテムはなるべく多く拾うという習慣が出来てしまった。余ったアイテムは自分らで使うなり、売却するなりと、ほとんど損はない。
ふと陸斗は、前方を歩く霧香に目をやった。
黒のタンクトップで肩から腕全体は何も覆われていない、その格好は女性としてどうなのか、と思ってしまう。
いくら暑い季節になったからと言って、身体の起伏がしっかりとした女性が、タンクトップで出歩くというのは陸斗のイメージに合わない。
「なあ、気になってたんだが、なんでアンタはタンクトップだけで過ごしてるんだ?」
思わず聞いてしまったことに陸斗は、後悔した。女性にこの手の話題はダメだったのでは、と思ったが口から出てしまったものは仕方がない。
「なんだ、女性らしくないってことか?」
「うっ……」
図星だった。まるで心を読んだかのように、霧香はフッと鼻で笑った。
「私はね、小さい時からあまり女の子らしいことをしてなかったんだ」
「どんな幼少期を過ごしてたんだ?」
陸斗は話を聞きやすいよう、少し歩くスピードを上げて、霧香と並列した。
「私の家族はね、男三人と女一人の兄妹だったのさ。兄貴たちは活発な性格でね、小さい時からいつも遊んでもらったもんだよ」
霧香はどこか遠い目をして空を見上げた。
それは過去の追想に浸っているのか、陸斗も同じく空を見上げた。
「同世代の女の子の友達なんて一人もいなくて、ずっと男の子たちと遊んでたよ。……でも、それは小さい時までしか許されない」
霧香は途端に声をトーンを落とし、哀しそうな雰囲気が漂い始めた。
「中学、高校では異性としての感覚が芽生え始める頃だ。それでこれまでのような行動をしてたらどう思う?」
「男子とは仲良くなれるんじゃないか?」
リアルでは、高校で仲良かった女子なんていなかったため、陸斗はそれはそれで羨ましいと思った。
だが反対に霧香は、辛そうな表情を見せた。
「……女子は女子、そんなグループができ始めるのは見たことがあるか? それぞれが決まった役割を演じることが女子社会で生き抜く術なのさ」
「……」
かつて陸斗が遭っていたいじめ。それは教室全体で起きていたと言える。カーストの高い者は低い者を貶め、低い者は逆らうことさえ許されない、そんな空気。
生徒を始め、教師までもが止めることのできないいじめのスパイラルは、誰かがうける役割なのだ。しかしそんな理不尽は、早々に慣れてしまっていた。これが自分に与えられたポジションなのだと、諦めていた。
「私は中学に上がってすぐに女子社会からハブられた。いろんな所で陰口を聞いたよ。たぶん聞こえるように言ってたんだと思うけど」
典型的ないじめだ。陸斗自身、陰口はなかったが、嫌味はたっぷりと聞かされていた。
霧香と同じく思うところがあったのか、陸斗は霧香に見えないところで拳を握り締めた。
「中学はなんとか耐えられたけど、高校からは辛かったなぁ……。トイレで水掛けられたり、教科書捨てられたり、バッグを破かれたり……」
陸斗も高校になってから過激ないじめになったのを覚えている。
聞くだけで、自分の体験談を話されているみたいで胸が苦しくなった。
「だから、私は強くなる決意をした」
途端、霧香の口調が変わった。
そこに陸斗は、自分と霧香の差を感じてしまった。
「精神的にだけでなく、肉体的にも強くなろう、そう決めて、こういう職業を選んだ」
これが陸斗と霧香の差。霧香はいじめに抗うことを諦めず、強くなることを選んだ。諦めることを選んだ陸斗と違って。
「それで、傭兵の職業に就いたのか?」
「ええ。だから今の私があるの」
自信に満ちた、誇りのこもった声。
そこに陸斗は憧れを感じた。自分とは違ういじめの道を歩んだ、この女性を心から尊敬し、憧憬した。
「アンタのこと、尊敬するよ」
ぽつりと呟いたその言葉に偽りはない。
「フッ。――着いたぞ」
いつの間にか、二人は町の入口に着いていた。どうやら時間も忘れて話し込んでいたようだ。
「よし、じゃあここからは競走だな」
「え!?」
突然、霧香が町の入口に立ち、競走を宣言した。それに対して陸斗は素っ頓狂な声を出してしまった。
今までの親しげな会話は何だったのか、そう毒づきそうになったが、それを阻むように霧香が言葉を挟む。
「これまでは、休憩時間だ。私たちはどちらかが先に[白兵戦術]スキルを習得するか争う運命なのさ」
有限のスキルは先に習得したもの勝ちだ。それなら同じスキルを求める者は必然的に争うことになるのだ。それは自分たちも例外ではない。
「そうだったな。んじゃ、家まで競争するか!」
二人は、両手を地に着け、クラウチングスタートの準備をする。
「よーい」
「ドン!」
同時に地を蹴り、二人は町中を駆け出した。
□ ■ □
「私の勝ちぃ!」
「くっそぉ、負けたぁ」
スラウの家の扉を開いたのは僅差で霧香が勝った。
今回も霧香は、カーブを最短距離で曲がり、差がついたのだ。
「んじゃ、勝者として先にクエスト進めさせてもらうよ」
「わーったよ」
こんな敗者は悪くない、と柄にもなくそう思ってしまった。それほど清々しい思いの敗北だった。
「スラウさん、<シラム茶葉>を持ってきましたよ」
霧香は、部屋の中央で背もたれのない椅子に座っている老人に話しかけた。
「ごほっごほっ。ああ、すまん。茶葉を持ってきてくれたのか、ありがとう」
そう言ってスラウは、霧香から<シラム茶葉>を受け取ると、部屋の端にある台座に歩いて行った。
台座にはティーポットが置いてあり、スラウはそれに茶葉を放り込み、お湯を注いだ。
三十秒ほど蒸らし、コップに注ぐと、それを一気に呷った。
苦虫を潰したような表情を浮かべるところを見ると、あの茶葉は相当苦いものだったのだろう。
「……ふぅ。ありがとな。じゃあ次のお使いじゃ」
そう言ったのとほぼ同時に霧香のログウォッチが震えだした。
【スキル専用クエスト:白兵戦術師匠からのお使い第2弾
依頼者:白兵戦術師匠のスラウ
内容:<煙香草>の入手
報酬:600ウェル・仮免許
備考:期限は5日以内
受諾or拒否】
霧香は前クエストの報酬であるファイティンググローブをポーチに収め、クエストの受諾を行った。
そして陸斗も同じ手順でクエストを受諾し、またしても競争が始まろうとしていた。
「さあて、次はどっちなんだろうな」
「また、勘とかはよしてくれよ?」
陸斗の発言に霧香は少しムッとした表情を作る。
「なんだ、私の勘は信用できないとでもいうのか!?」
「勘は等しく信用ならねーよ。アンタのせいで昨日は野宿することになんたんだろうが」
「うっ、それを言われると痛いな」
取り繕うような苦笑を浮かべる霧香。
そして陸斗はふと、思いついたように口にした。
「そういえば、お連れさんに連絡はしなくてもいいのか?」
「あいつへの連絡はスキル習得時の吉報と決めてるんだよ」
「そうか、まあ、ここにいないってことは、柚季と美姫が連れて行ったんだろうから心配はいらないと思うけど」
「それなら世話になるな。感謝する」
軽くフレンドリーに礼を述べると、陸斗も同じテンションで手をひらひらと振った。
「礼なら柚季たちに言ってくれ。俺は何もしてないよ」
「そうだな、お前は何もしてないもんな」
「おい、その言い方だと俺がただサボってるようにしか聞こえないんだが」
「ははっ。そう気にするな」
霧香は笑いながらスラウの家を出ようとしていた。
それに陸斗も追随する。
「…………」
ちょうど、陸斗が扉を出る時、ふと背後を振り向いた。
「ごほっごほっ」
スラウが勢いよく咳込む姿を見て、陸斗は多少の気がかりを抱きながら扉をそっと閉じた。
ただいま、陸斗sideと柚季sideを交互に投稿してますが、
もし読みずらいという方がいましたら、感想やメッセージでご連絡ください。




