スキル専用クエスト:レストランの雑用~柚季side~
己のパーティーリーダーと別れた柚季、美姫、啓太は別れた翌日にカフェで優雅にティータイムを過ごしていた。
露天商通りを抜けて、少し広い道に出る。ここはそれほど人は多くなく、静寂を求めれば自然とここへ辿り着く。
「ねぇ、これからどうするの?」
手に持つ紅茶を一口飲んだ柚季がそう問いかける。
それに応えようとして、柚季の対面に座る美姫は、ティーカップを音を立てないようにソーサーに置く。
「アタシたちも何かスキルを身に付けようかしら」
美姫はログウォッチでアップデート報告メールから適当なスキルを吟味しだす。
それが少し時間掛かりそうと判断した柚季は、右手に座る啓太に話を振った。
「啓太君はもう何かスキルを身に付けてるの?」
啓太は少し戸惑いながら、小さく呟くように言った。
「あ、えと……[料理人]スキルを、一つだけ……」
あまりに弱々しい口調だったため、途中聞き取れなかったが、重要な部分は聞き取れた。
「へぇ! そんなスキルもあるんだ? で、それってどういうのなの?」
啓太の言う[料理人]スキルに少し興味が湧いた柚季は、若干前のめりになって問う。
「あ、あの、それは……」
「ゆっきー、ちょっとがっつき過ぎよー。啓ちゃんも困ってるじゃない」
探しものは見つかったのか、美姫はログウォッチから顔を上げて、柚季を諭すように言った。
「啓ちゃん……」
「ご、ごめんね。あんまり追い詰めるようなのは嫌だよね。あはは」
「追い詰める、って。アンタそれ自覚しながらやってんの……?」
ジトっとした目で柚季を睨みつける美姫。
それを取り繕うように柚季は乾いた笑みを浮かべる。
「あの、[料理人]スキルというのは、フィールド上のアイテムやモンスターの部位アイテムを使って、自分で料理するスキルで、二つのクエストで習得できます……」
肩を竦め、小動物のような震えた声音で[料理人]スキルを説明する啓太。
ふむふむと頷く柚季をチラリと見て、美姫はニヤリと笑みを浮かべた。
「ゆっきーやってみればいいんじゃない?」
「え? 私?」
突然話の矛先が自分に向いたのに驚く柚季。
柚季には、ここで何故自分なのか分からず、小首を傾げた。
「そう。これっていわゆる、『気になる男の子の胃袋を掴め』ってやつじゃん? ゆっきーにピッタリ!」
「な、な、気になる男の子なんていないよ!!」
柚季は顔を真っ赤にして美姫に反対する。
耳まで真っ赤に染めた柚季の顔を見た美姫はますます興が乗ったというように『煽り』を続けた。
「あっれー? そうだっけ? 例えば、うちのパ……」
「――ダ、ダメェ!! それ以上言っちゃダメッ!!」
「ふぐむぐうんが」
慌てて美姫の口を抑える柚季。危ないところで防げたと深くため息をつく。
ほとんど空気となっていた啓太は、ただこの二人のやり取りを傍観しながら、ぼんやりと相方の霧香はどうしているんだろう、と思いを馳せていたのだった。
□ ■ □
様々な話し合いの末、柚季と美姫が一緒に[料理人]のスキルクエストを受ける事に収まった。
三人は、啓太がスキルを習得したというレストランへと向かった。
「へぇ、こんな大きなレストランでクエストを受けるのか」
豪奢な建物に目を奪われた柚季と美姫は、そのレストランの大きさに目を丸くして驚いた。
およそ三階建ての建物は、身分の差を見せつけるかの如く、洒落た雰囲気を醸し出し、入ろうとするが足が動かなかった。
「あまり緊張しなくても、いいですよ。中は普通の客も、いますから……」
啓太は率先してレストランの扉を開けた。そして固まったままの二人を中へ入るよう促す。
恐る恐る中へと入る。
すると、視界には煌びやかな光景が飛び込む――かと思いきや。
「うおおい! 酒はまだかぁ!!」
「こっち料理来てないよー!」
「はーい! 少々お待ちをー!」
カチンカチン、とグラスの乾杯音や怒声、暴言が飛び交う光景がそこにはあった。まるで酒場のような感じだ。
「えっと……。私たち間違えてないよね? あの、豪華なレストランの中に入ったんだよね?」
「そのはずだけど。こりゃあ荒れてるねー」
「柚季さん、美姫さん、こっちです」
柚季と美姫がイメージとの差異に呆けていると、先に行った啓太が二人を手招きする。
向かったのはカウンターや席ではなく、厨房だった。
そこには、中央に大きなテーブルが置かれ、それを境に左右で二人の料理人が忙しなく動いている。
一人五つのフライパンを使い、それぞれ高く火を上げている。中華料理などで見かける、強火の時の火柱と似たような感じだ。
「啓太君、本当にここ入っていいの?」
「あ、はい。大丈夫です。クエストの依頼者はあの料理人たちになので」
そう言って啓太は二人のうちの片方の料理人を指した。
「あっちが最初にクエストを受ける方です」
「うーん、なんだが話し掛けづらい雰囲気よねぇ」
美姫は苦笑を零し、その料理人を見た。
ちょうど料理の仕上がりだったようで、フライパンを持ち、勢いよく振り上げる。
「上がりだ!」
すると、フライパンで炒められていた料理が宙を舞い、このままじゃ料理がダメになってしまうと懸念した時。
「ほいさ!」
もう一人の料理人が威勢のいい掛け声とともに三つの皿をテーブルに滑らせた。
そしてちょうど皿がテーブルの端に止まると、これまたジャストタイミングで料理が皿に自然に盛り付けられる。
「どんなアクロバティック料理なのよ……」
美姫の呆れたような声に料理人は反応する事もなく、次の材料をフライパンに放り込み始める。
先程のやり取りに二人は、一度も視線を交わさなかった。全て相手の掛け声のみで動き、即座に次の料理に移る。
「おい! 料理出来たぞ! 持っていけ!」
「はいニャ!」
その声に駆けつけてきたのは猫耳ヘッドを着けた可愛らしいウエイトレスだった。
三皿を器用に腕の上に乗せたりして、全ての料理を持って行った。慎重に、でも素早く持ち運ぶその姿はまさにプロだった。
「あの、そろそろクエストを受けに行ったほうが……」
おずおずと立ち尽くしたままの柚季と美姫に啓太が促す。
「そ、そうね。でも、今話し掛けてもいいのかしら?」
「それは、大丈夫です。あの人たちは、話し掛けられてもちゃんと仕事しますので」
「そうなんだ、器用なんだね」
料理中に喋るのはどうなのだ、と思ったが、ゲームなんだから唾とか出ないんだよね、と自己完結する。柚季は、先程啓太が教えてくれた最初にクエストを受ける方の料理人に話し掛けた。
「あ、あの」
「……」
無言。料理人は黙々と料理を続けている。
「あの! すみません!」
「なんだ、聞こえてるよ」
声を大にしてみると、料理人は手を止めずに柚季の存在を認知した。
「私に料理スキルを教えてください」
「見てわからねえのか! 今忙しいんだよ!」
フライパンから火柱が上る。
これは断られたということだろうか。どうすべきか分からず、柚季は啓太に視線を送る。
すると啓太は両拳をグッと握り締め、頑張れとでも言いたげなポーズをとる。
「もっと押せってこと……?」
返事は帰って来ず、柚季はもう一度頼むことを決意した。
すると、料理人の目の前で燃える火柱がユラユラと揺らめき、熱気がこちらまで来る。
思わず目を細めた。
(これが、料理人の本気なのかな……)
ふとそんな事を思ってしまう。普段料理をしない柚季は、この厨房に入ってから不思議な高揚感があった。
見たこともない調理器具、名前の知らない材料。見るものほとんどが柚季の好奇心を煽ってくるのだ。
だがそれは、全てこの料理人たちがこの厨房で戦う武器に等しい。そう考えると、安易に興味本位で料理人たちの邪魔をしてはいけない。料理人の本気に自分の本気をぶつけるんだ。
グッと握り拳を作り、一つ深呼吸。
「私に料理を教えてください!! 決して邪魔はいたしません! なので、私を雇ってください」
深く頭を下げる柚季。
料理人の手は止まらない。五つのフライパンを交互に動かし、その時一品が完成した。
「……言っとくが、最初は雑用だぞ」
料理人はぽつりと呟いた。
そして柚季のログウォッチがブルルっと震えた。
【スキル専用クエスト:レストランの雑用
依頼者:料理人ハスヤ
内容:一日(六時間以上)レストランのウエイトレスで働く。皿を一枚も割らなければクリア
報酬:一〇〇〇ウェル・ウエイトドレス
備考:ウエイトドレスは支給されます
受諾or拒否】
それは柚季にとって初めてのスキルクエストだった。だが、それよりも、自分の誠意が料理人ハスヤに届いたのが嬉しかった。
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
料理人はまた元の仕事に戻る。
当然柚季は受諾し、クエストを承った。
すると、手元に白と黒のコントラストで彩られた、先程のウエイトレスが着ていた服が現れた。ちゃんと猫耳ヘッドも付いている。
「詳しい仕事は、ホールのネコミから聞いてくれ」
「分かりました!」
柚季はウエイトレスドレスを大切そうに抱えて、美姫たちの許へ戻る。
啓太はパチパチと拍手をして出迎えてくれた。
「おめでとうございます、柚季さん! 僕も最初、クエストを受けるだけでかなり時間掛かったんですけど、柚季さんはこんなにあっさり、スゴイです!」
啓太が心から称賛しているのはその声音と調子で分かった。いつの間にか啓太に弱々しい口調が無くなっていたのも、それだけ自分たちとの距離が縮まったからなんだろうと思う。
「んじゃ、次はアタシの番かな~」
美姫は気合いを入れる様子で、伸びをしたり準備をしてから向かった。
結果、美姫は柚季と同様の手は使わず、美姫らしくお色気で料理人を落としてクエストを受諾してきたのだった。
次回の柚季sideでは二人の猫耳ウエイトレスが登場します!




