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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第2章 第二弾アップデート――[スキル]実装――
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スキル専用クエスト:白兵戦術師匠からのお使い~陸斗side~

しばらく更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 己のパーティメンバーと別れた陸斗と霧香は、森林エリアの道を走っていた。

 陸斗と霧香の距離は十メートルほど開いている。走るスピードがプレイヤーごとに変わらない『マジック・オブ・バレット』のシステム上では普通ありえないことだが、彼女は角の曲がり方や要所ごとに最短距離を選択することで陸斗との距離を開けていったのだ。


「何かの訓練でもしてたのかよ……!」


 小さく悪態を零すが、森の中を吹く風に紛れて彼女には届かない。

 そして陸斗は疑問に思う。

 先程から先行する彼女の後を追う形になっているが、彼女が道に迷った素振りを見ていない。全て逡巡する間もなくカーブを曲がったり、最短距離を選んでいる。


「何かの[スキル]でも身につけてるのか?」


 まだ知らぬ[スキル]の恩恵に疑問を馳せながら、そのまま陸斗は彼女を追いかけた。



□ ■ □



 ほぼ無尽蔵に走り続けること数時間。

 心的ストレス以外では息切れさえしないこの世界では走ることに苦痛はない。

 もう何十キロと走ってきたと思うが、未だに<シラム茶葉>どころかアイテムさえ見ていない。

 辺りはもう日が落ちかけていてこれ以上の探索は無理だろうと思った時、前方を走っていた霧香が足を止めた。


「今日の探索はここで終了する。まだ探したいのなら一人で行くがいい」


 霧香が足を止めたのとほぼ同時に陸斗も足を止めた。


「俺もそう思ってたところだ。……今日はここで野宿するしかないな」


 二人の意見は一致し、今日はここで野宿することが決定した。


 辺りがすっかり暗くなった頃。

 霧香が焚き火を出し、アイテムポーチから缶詰食糧を取り出す。

 陸斗も食事にしようと、アイテムポーチに手を伸ばす。


「やっべ、食糧買い足すの忘れてた……」


 クエストが夜まで掛かると想定していなかった陸斗は、アイテムポーチに食糧を補充しておくのを忘れていた。

 夜食は抜くかと、決めかけていた時。足元にコロコロと丸い缶詰が転がってきた。

 それは焚き火を挟んで反対側に座る霧香からの物だった。

 陸斗はそれを手に取り、不思議そうに霧香を見つめる。


「食べたくないなら食べなくてもいい。それは明日、回収するから」


 霧香は缶詰を開けながらそう言った。

 背に腹は変えられないと、陸斗は霧香が転がした缶詰を開ける。中身は煮魚だった。ご丁寧に缶詰の底にプラスチックフォークも付いている。

 味はそこそこ良かった。


 食事が終わると、あとは寝るだけだ。

 陸斗は近くの木の幹に背を預け、就寝しようとした時。

 足元に藍色の物体が転がってきた。

 それは小さく纏められた寝袋だ。これまた陸斗は不思議そうにその寝袋をこちらにやった人物を見つめる。


「いらないならそこに置いておけ。それも明日、回収する」


 霧香は木をよじ登り、器用に枝の上で就寝の体勢をとる。


(もしかしてこれはあの人のなのか……?)


 陸斗は丸められた寝袋を広げながらそんなことを思う。中はふかふかとした素材で、少し寒い夜でも十分に快適に寝ることができそうだ。


「……ありがとう」


 先程から食事に寝袋といろいろやってもらいながら、何もお礼を言っていないことに気づいた陸斗は、素直に感謝を述べた。


「……ふん」


 それが彼女なりの感謝の受け方なのだろうと、勝手に解釈して陸斗は寝袋の中で眠りについた。



□ ■ □



 朝は木漏れ日の明かりで目を覚ました。

 モゾモゾと寝袋から這い出てログウォッチで時間を確認する。


「……七時半か……」


 早過ぎず遅過ぎない、なんとも微妙な時間に起きてしまった。

 陸斗は寝袋を綺麗に丸め、元の様に直す。

 そして陸斗はその寝袋の持ち主を目をやった。

 霧香は、片足を宙に放り出し、体勢的にいつ落ちてもおかしくない状態だった。

 それを告げようと声を出しかけた瞬間。

 霧香の身体がグラっと揺れ――、


「――危ない!」


 霧香の身体が木の枝から落ち始める。

 陸斗は手に持っていた寝袋を投げ捨て、落ちてくる彼女の救助に駆け出す。

 間に合わないと思った陸斗は、思いっきり飛び、滑り込んだ。


 結果、彼女は地面に落ちず、陸斗が地面に滑り込んだだけに終わった。

 霧香は、自分が落ちる直前に目を覚まし、落下にも冷静に対処することで、すんでのところで枝に掴まり、落下せずに済んだのだ。


「……ふう、危ないねぇ」


 まるで日常のことのように霧香はこなす。

 片手で掴んでいた枝を放し、地面に舞い降りる。

 

「ぐえっ」


 足元から声がして霧香は見下ろす。

 すると、ちょうど男の背の上に乗っていることに気付く。声もその男からのものだった。

 

「なにやってるんだい、アンタ。そういう趣味でもあるのかい?」


「んなわけねぇだろ。アンタが木の枝から落ちそうだったから、助けようと思っただけだよ」


「そうかい。そりゃあ残念だったね。私はこれくらいの高さなら自分で降りれるから大丈夫だよ」


「わかったから、早くどいてくれ。そろそろ」


「何かに目覚めそうだって?」


「違えっての! アンタのつま先がさっきから地味に背中に刺さってるんだよ!!」


 やれやれ、とため息を吐きながら、霧香は陸斗の背から足を退けた。

 ようやく立ち上がった陸斗は土埃を払い落とし、背中を擦りながら霧香を睨み付ける。


「よーし、今日も探索がんばるかー」


 準備体操をする霧香は明後日の方向を見てそう言った。


「ま、いいけどさ。……昨日から思ってたんだけど」


「なんだ?」


 ここでようやく霧香は陸斗の方を見た。


「アンタは<シラム茶葉>の場所を知っているのか? 昨日はかなり自信満々で走ってたようだが」


「いいや。私は知らんぞ」


「は?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった陸斗。

 それをまた不思議そうに霧香は見る。


「私はまだこの辺りの地域は知らないから、昨日は、まあ……勘だな」


 キリッと鋭い瞳を陸斗に向けるが、陸斗はジトッとした視線を返した。


「どういった根拠でその勘を信じてるんだ、アンタは」


「そりゃあ、元傭兵の勘ってやつさ」


「傭兵?」


 瞬間、霧香はしまった、と顔を引き攣った。

 陸斗は訝し気な表情を浮かべ、その言葉の真意を問うた。


「あんまり聞いちゃいけない事かもしれないけど、敢えて訊く。――リアルでアンタは何をしてたんだ」


 ゲームの世界で現実リアルのことを訊くのはご法度だ。だがそれでも訊いておきたかった。


「まあ、言ってもいいか。歩きながら話そう。……私はね、リアルでは傭兵をやってたんだ」


 やはりその「傭兵」だったのかと、陸斗は改めて目を見開いた。


「傭兵でも、ゲームやるんだな」


 ふと脳裏に浮かんだどうでもいい質問が口から飛び出た。別に傭兵がゲームしてようが軍人がゲームしてようが陸斗にはほとんど関係のないことだ。


「いや、傭兵はもう辞めてる」


「辞めてる?」


「ああ。今は結婚して小学生に上がりたての子供がいる」


「傭兵から主婦になったのか……」


 陸斗の中で傭兵と主婦が結びつかなかったが、表面上は分かったように振る舞う。


「ふっ。仕事中に同僚との間で子供ができてね、そのまま傭兵職を卒業して家庭に入ったってわけ。旦那も一緒に辞めてサラリーマンとして働いてるよ」


 何やら大きな人生の転換を目の当たりにしたように、陸斗はしばらく頭の中の整理が追いつかなかった。



「ゲームは、子供が小学生に上がって空いた時間にやってた程度で、ほとんど初心者なもんさ」


「まさか、このゲームを選んだのも……」


「意識はしてなかったんだけどね……。もしかしたら心のどこかで傭兵に未練があったのかもしれない」


「傭兵に未練、ね……」


 陸斗は具体的に傭兵がどのような仕事か知らない。そのため、その仕事にどのようなやりがいがあるのかも知らないし、彼女の傭兵としての実力も分からない。


「じゃあ、その傭兵の時の経験で今までのゲームを生き残ってきたのか?」


 霧香はやや苦笑を浮かべる。


「まあ、現実とは勝手が違うから最初は苦戦したがな」


 そういう霧香の表情にはもう初心者らしい抵抗感は感じられなかっ。


(これが、傭兵の実力みたいなやつか……)


 そうこうしているうちに陸斗たちは、川の流れる崖の上まで来ていた。

 ずっと話に夢中だったため、どの方角を歩いてきたかほとんど覚えていなかった。


「俺たちどうやって来たんだ……?」


「大丈夫だ。こういう時のために傭兵としての勘が使えるのさ」


 そう言うと、慎重に崖の上を歩き始める。

 陸斗は安全だと分かった霧香の跡をなぞるようにしてついて行く。


 下を見れば緩やかな川の流れが水音を立てている様子がある。しかし水深は推測できないほど底が暗かった。

 思わず落ちた時の事を考えるとゴクリと喉が鳴った。


「下は見ない方がいいよ。大抵の死に急ぐ奴は、自分の死をイメージするものさ」


 ついさっき自分の死のイメージをしてしまった陸斗は、冷や汗が噴き出した。


「それは、もうちょっと早めに言って欲しかった、かな……」


 なんとかしてイメージを払おうと頭を振った。

 そして頭を振っている最中、崖の中腹辺りにあるものを見つけた。


「あれって……」


 陸斗が言い終わる前に霧香が口を挟む。


「あれが、<シラム茶葉>だ」


 岩肌に群生する深緑色の茶葉。しかしそこはほぼ垂直の崖の中腹にある。


「あれをどう採るつもりなんだ?」


「ふっ。準備は出来てるさ」


 余裕の表情で、霧香はポーチの中から長めのロープを取り出した。


「そのポーチなんでも入ってますね。異次元ポケットかなんかですか」


「ははっ。でも、質量を無視したポーチという点ではそれは正しいのかもしれないね」


 無邪気な笑みを浮かべながらも、手際良くロープの端を近くの木に固く結びつける。

 ある程度強度を確認した後、霧香は茶葉までの高度を確かめる。


「キミ、ロープを持っててくれないか。私の合図で上げてくれればいい」


「え、俺が?」


「そうだ。そしたらお前の分の茶葉も採ってきてやる」


 ここで陸斗が断れば、霧香は茶葉採取に多少なりとも困難な状況になる。しかし、その後陸斗は茶葉を取りに行く手段は今のところ持ち合わせていない。

 それならば霧香が自分の分の茶葉を採ってきてもらった方が効率がいい。無茶して自分が危険な目に遭う必要はないのだ。


「分かりました。合図を待てばいいんですね」


「ご協力感謝」


 霧香は自分の腰にロープのもう端を結び、しっかりと固定させる。崖のギリギリまで立つと、一つ深呼吸。

 自分の腰から近いロープを緩く握り、地面を蹴った。

 スルスルと霧香の身体は、崖を降下していく。慣れた手つきで、ロープの長さを調節しながら、目的の茶葉まで降りていく。それはまるで自衛隊の救助訓練でも見ているように素早い対応だった。


 霧香の身体が茶葉の場所まで着くと、ロープをしっかりと固定し、これ以上降下しないように片手でロープを強く握った。

 そしてもう片方の手で<シラム茶葉>を採取する。

 ある程度の茶葉を採ると、霧香は崖の上を見上げた。


「上げてくれ!」


 そう言われて初めて陸斗は行動に移った。

 木の方から崖の下に繋がるロープを手に取り、思いっきり引っ張る。

 さすがに人一人持ち上げるのにはかなりの力が必要となった。両足を踏ん張り、体重を後ろに傾けながら霧香を引き上げる。

 すると崖下から霧香の声が掛かる。


「あ、おい! すぐにそこから離れろ!」


「え?」


 陸斗が理解するより早く、突然の浮遊感が身体を支配した。足に力が入らず、ただ空を蹴るだけだ。

 自分が今どんな状態なのか、状況把握ができなかった。


「ロープに掴まれ!!」


 その声にただ従うように両手に力を込めた。

 すると、手首を重心に陸斗の身体が反転した。逆さの状態から正面に。


「うおっ!」


 手首が予想外の向きに曲げられたことにより、ロープを握る力が緩んだ。


「んのバカがっ!」


 このままでは川に落下してしまうと悟った霧香は、ロープを強く握り、岩肌を強く蹴った。

 霧香の身体は宙を舞い、ワイヤーアクションのような手さばきで、茶葉の群生する一帯を跨いだ。

 ドサッと草木に陸斗の身体が落下した。

 霧香はロープの方向を変えることで、陸斗がこの茶葉に落ちてくるように誘導したのだ。

 茶葉が人一人乗せることができるかが心配だったが、どうやらその点はクリアできたようだ。


「……お、俺、どうなって……」


 まだ自分に降り注いだ不幸に理解が追いつかない陸斗は、目を白黒とさせていた。


「まったく……。お前は足元を崩して崖から落ちたんだよ」


「え、落ちた……?」


 陸斗は視線を上に向ける。

 そこには一部地面が欠けた所が見えた。

 自分はあそこから落ちたのだと理解する。

 そして同時に今自分の身体が茶葉によって支えられていて、少しでも無茶な動きをすれば真っ逆さまに落ちることも理解した。


「はぁ……結局は自力で登るのか」


 霧香はとても残念そうにため息をつく。

 その様子に陸斗はいたたまれない気持ちになった。


「……すまん」


「まあいい。少し待ってな。上から引き上げてやる」


「ありがとう」


 陸斗がそう言うと、先に霧香が崖を登り始めた。

 それはやろうと思えばいつだって出来るんだという様にも見えて、自分は要らなかったのでは、と思ってしまう。


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