ショッピングモール(2)ゲームの勝ち方
全身が黒系統の服に身を包まれた二人は、ショッピングモール三階を歩いていた。
ある程度の暗さの中では二人の姿は認識しにくいほどに黒かった。
「やっぱりこれ、地味過ぎない?」
服の裾を引っ張って周りの暗さと服の黒さを見比べるのは柚季だ。
陸斗から見ればただのシルエットにしか見えないが服を伸ばしたりしているのはわかった。
「仕方ないだろ。これも生きるためと思って我慢してくれ」
半ば吐き捨てるように放たれた言葉は柚季を納得させるに至ったようで、大人しく服装を正した。
ショッピングモール三階に二人の足音だけが響く。
ゲームに閉じ込められて二日目だが、陸斗は驚くほどに冷静だった。まだ二人ともゼロポイントであるが陸斗は焦る様子を少しも出さない。
ポイントを集める為にはプレイヤーキルしなければならないことを考えると、早々に相手を見つければならないだろう。
全てのプレイヤーが殺し合うことになれば残りプレイヤーは減っていくのだ。一二〇ポイント獲得するのに一二〇人のプレイヤーを殺さなければならない。残存プレイヤーは日に日に減っていき見つけるのも困難になるだろう。
(いったい、陸斗は何を考えているの)
ログウォッチには現在進行形で死者を記録していく。
一日だけでおよそ二千人の死者を記録していた。
それでも誰かがクリア達成したログを見ていない。もしかしたら一二〇ポイント集めても脱出できずに一生このままなのではないか。
「大丈夫。脱出できるよ」
まるで柚季の心の内を読んだような声。歩調を変えずに柚季を宥めるように陸斗が告げた。
「でも、私達まだゼロポイントなのよ! こんなことじゃいつまで経っても脱出なんて出来ないわ!」
陸斗を弾糾するように柚季が詰め寄る。
だが、陸斗はそんなことを気にもとめず柔和な笑みで返した。
「すぐってわけじゃないけど、確実に脱出できる方法はある、と思う」
陸斗の歯切れの悪い発言に柚季は眉を八の字に顰めた。
「それってつまり、プレイヤーキルの事でしょ?」
知ってるわよ、という顔で陸斗に答えた。
だが、陸斗は首を横に振った。
「脱出方法はそれだけじゃない。まだ正確にわかったわけじゃないけど、プレイヤーキルせずに出る方法があるはずなんだ」
そう言って陸斗はログウォッチのメール欄を開く。そこには一通だけメールが残っていた。
それは柚季にも届いたこのゲームの始まりのメールだ。
その運営からのメールを開くと目的の文章までスクロールしていく。
「ほら、ここ読んで」
陸斗が文章の一部を指さす。
「【ポイントはプレイヤーキル等で稼ぐ事ができます】ってとこ?」
「そう。ポイントはプレイヤーキル"等"で稼げるんだ。だから別にプレイヤーキルなんてしなくてもいいだよ。ポイントは他の方法で集めることが可能になっているんだ」
「…………」
柚季は少しの時間の間、呆けた様子で固まっていた。まるで鳩が豆鉄砲を食らったように。
やがて柚季の脳内で整理が終わり、ハッとなって顔を上げる。
「そ、それってどうやるの!?」
柚季が食いかかるように陸斗に詰め寄る。
「ま、まだわからないよ。ただ……俺達は誰も殺さずにこのゲームから脱出するんだ」
陸斗の決意を口にする。
柚季もそれに同意を示すように頷く。
新たな決意を胸に深呼吸をする。
「キル以外の方法を探すために、まずはショッピングモールを出よう」
陸斗と柚季はショッピングモールの三階から二階に下る階段を二人で下りた。
二階にはおもちゃ屋や子供用品の店並みを連ねる。
そして二階に響く五人の足音。
陸斗と柚季の二人を除いて三人の足音がショッピングモール二階に響く。
「待って」
陸斗の短い命令が柚季をピタリと止めた。
「どうしたの?」
声を潜めた柚季の声が陸斗に伝わる。
「足音が……三人か」
「あっちが一人多いってこと?」
「もしかしたらチームワークもいいかもな」
苦笑混じりに陸斗が陰から顔を出す。
向こうもこちらの存在に気づいたのか足音が止まった。
「こっちなんて出来立てホヤホヤの即席パーティなんだ。それも相手は俺達を殺す気で来るだろうな。……はあ、悩んでも仕方ないか――《開弾》」
陸斗の右手のリングが光を放ち、右手に収まるように銃を象った。
「私達はどうするの? 誰も殺さずにこのゲームを終わらせるんでしょ? ――《開弾》」
柚季も同じように唱え、右手に銃を顕現させた。
「ああ。俺達は相手を誰も殺さない。だから相手を無力化にするんだ。主にこの場から逃げることを考えろ」
「わかった。でもどうやったら相手を無力化にできるの?」
そして、陸斗は少し考え込む仕草をとる。
「足とか気絶とかさせたらいいんじゃないかな。ま、誰も傷つけたくなかったら俺の後ろからついて来てくれ」
陸斗の提案に柚季は首をぶんぶんと横に振った。
「いや! 私だって戦う。陸斗ばかりに頼ってられないもの!」
そう言って右手の銃をぎゅっと力強く握り締めた。
「わかった。でも無理はしないでくれ」
柚季がコクリと頷く。
その頷くを見ると陸斗は陰から飛び出した。
陸斗が飛び出すのと同時に飛び出した相手と視線が交錯した。相手も銃を右手に持ち、既に臨戦態勢に入っている。
「――ッ!!」
陸斗の踏み込みに床の埃が舞った。
相手は待ち構えの姿勢で銃を向ける。
外周をぐるりと回るように陸斗は走り抜ける。相手も陸斗を照準に収め、射撃の時を待つ。
最初の銃撃は陸斗の牽制の射撃から始まった。照準はブレブレだが大まかの位置は合っていて、相手の足元を射ていた。
「ッ!? 走りながら撃つのかよ!」
暗がりでよく見えないが相手の苦悶の表情を浮かべているのがわかった。
そしてこの銃撃を合図に柚季も陰から飛び出した。遠目に見える相手に照準を合わせ引き金を引こうとした瞬間――。
「キャッ!!」
向こうからの射撃が柚季の足を掠めた。現実に近い痛みが全身を駆け抜けた。射撃は陸斗の相手の後ろから撃たれた。
痛みに耐えかねへたり込む柚季。
「柚季!」
柚季の悲鳴を聞いた陸斗は肉薄しかけた距離を一旦引き、柚季の元に駆け寄ろうとした。
相手が銃を構えたのを視界の端に捉え、また一発銃弾を相手の足元に撃ち抜く。それが相手の足を貫通させた。
「うああああっ!!」
銃弾が貫通した足を抑え相手が転げまわる。
仲間の叫びを聞き、後ろの陰から二つの影が近寄る。そしてこの場はどちらも一旦引く形となった。決着がつくのは次最初に動いた方だ。
最初に動き出し、どちらかのヘッドショットを決めれば勝ちだ。だが、それは相手の方が有利な条件である。こちらの狙いは敵の無力化で、相手は陸斗と柚季を殺す気で来る。
今の状態でも構わないのだが、階下に続く階段は敵チームの背後に設置されている。どちらにせよ敵チームを通り抜けなければならない。
こうなれば自分を囮に柚季を階下に行かせる手段も考慮することになるだろう。
隣の柚季は幾分か痛みが和らいだのか息が整ってきていた。
「なあ」
囮作戦について柚季に話そうとした時、左腕が音ともに震えた。
これは運営からのメールの合図だ。
左腕のログウォッチには運営メールの赤い文字が浮かんでいた。
【抽選エントリーの受付について】
最近、更新が遅くなってますがもっと早く投稿できるようにがんばります。