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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第2章 第二弾アップデート――[スキル]実装――
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好敵手

 ――七月八日。

 七夕イベントが終わった翌日、町には幾分か落ち着きを取り戻した。

 イベントが終わればそそくさと次の町に移ったり、この町を拠点にするプレイヤーもいる。

 後者である陸斗たちは今日も三人で町に繰り出している。


 季節は夏に差し掛かり、三人の服装も少しばかり変わっている。

 陸斗は、薄手の黒Tシャツにこれまた紺の長ズボンという初期とほとんど変わらない服装だ。ただ通気性は良く、夏でも涼しいと感じる。

 柚希は、白色のブラウスにそれに合わせたミニスカートで着飾っている。

 美姫は、これまた大胆にノースリーブタイプの水色のワンピースを着ている。


 当初陸斗はそんなスカートで動けるのか、と異議を唱えたが、アイテム説明に「どんなに激しい動きをしようとも下着が見えることはありません」と書いてあったので柚希たちと口論になることはなかった。

 その下に小さく「自らスカートをめくる分にはその限りではありません」という文言があったようだが、気にしないで置くことにした。


「えーっと、ここらへんだったっけ?」


「え? あ、そうだな」


 突然美姫から尋ねられ、陸斗は慌てて応答した。


「どうかしたの、陸斗?」


 その不自然さを察したのか前を歩く柚希が陸斗に小首を傾げて言う。


「いや、何でもない」


 そう、と特に気にするでもなく前を向いた。

 今日の陸斗たちの活動は新しいシステム[スキル]を獲得しに行くことだ。

 [スキル]を得るのは陸斗。


「そう言えば、陸斗が習得する[スキル]ってどんなのだっけ?」


「俺が習得するのは[白兵戦術]だよ。いわゆる格闘系スキルだ」


「なんでそんなもんにしたのよ? 私たちには銃があるじゃない。それに銃が相手だったら近距離戦にはならないと思うけどなぁ」


 陸斗たちは道の角を曲がり、ちょっとした路地に入り込んだ。


「まあ、理由は色々あるけど、決定的なのはこの前の戦闘の時のことかな」


「この前のっていうと……オンリークエストの時になるかな?」


「そうね、あれ以来やってるのは『狩り』ばっかだもんね」


 約一ヶ月前、初めてのオンリークエストでグランドシリーズの一体と戦闘を繰り広げた。

 狭い空間で三人で挑んだこともあり、すぐに弾の底をついた。その時はある程度の準備をしていたお陰で予備の銃で応戦することが出来た。

 しかしもうあのような事はないだろう。

 友人であるノブのパーティから借りた銃はあの戦いで非常に心強いアイテムとなっていた。

 だが一般的に考えて他人に自分の武器を託すというのはかなり危険な行為であり、おいそれと貸し借りできるものではない。

 一歩間違えればそのまま武器がない状態でこの世界に身を置かねばならなくなる。

 それはあまりに無謀な挑戦である。


「銃が使えない状態の時、それでも戦えるように備えておきたいんだ」


 陸斗の決意は二人に届いただろうか。

 しばらく待っていると、柚希が口を開いた。


「まあ、それなら[スキル]枠の五分の一使ってもいいんじゃないかな。どうしようもない理由だったら平手打ちしてやろうと思ったのに」


 セリフの後半を何故か柚希は残念そうに呟いた。


「今の状態での格闘じゃダメなの?」


 美姫の質問に陸斗は経験則を用いながら説明をする。


「前にモンスター相手に試したんだが、どうやらこの世界での格闘はダメージ計算に入らないらしいんだ。だから、[スキル]としての格闘ならダメージに入るはずだ。一応、戦闘ジャンルに入ってるわけだし」


「ふーん、そんなもんなんだ。でも、近接攻撃となると、これまでより危険が増えるんじゃない?」


 美姫の言う通り、これまでの銃による攻防は遠距離からだったため、周りが良く見えていたし、対応も幾つか準備が出来た。

 近接戦闘になるということは常に最善の選択肢を選び続けなければすぐに殺られるポジションである。


「そこんところは、二人を頼りにしてるよ!」


 グッと親指を突き立て、渾身の笑顔を向ける。

 二人はお互い見合わせ、その後お互い同時に嘆息を吐いた。


「……最初から頼る気満々じゃない」


「でも、りっくんらしいっちゃらしいかな」


 呆れた、と瞳で訴える柚希と仕方がないなあ、と哀れみのような視線を向ける美姫。

 二人の対応に何となく不満を覚える陸斗だが、あまり気にしないことにした。

 目的地までの道のりを突き進み、最後の角を曲がる。


「ここか」


 そして目の前には何の変哲もない家が見えた。狭い路地に並ぶ家並みの中の一軒。普通ならばここで足を止めたりしない場所だ。

 陸斗が家のドアを開けようとした時――


「――あっ」

「――ッ!」


 ドアノブに陸斗ともう一人の手が触れ合い、サッと手を引いた。柚希と美姫は陸斗の後ろにいるから同時にドアノブに触れるということはありえない。

 陸斗はその触れた手からその人物を見た。

 程よい肉付きの腕から這い上がり、大きく露出された肩口が見える。

 そしてそのまま視線を下降すると、服の上からもはっきりと分かるほどの大きな胸が現れる。

 黒のタンクトップに身を包むが、へそ周りまで丈が届いていない。

 下はダブダブのズボンで服装からして女性には見えない。しかしその双丘ははっきりと女性だと主張していた。


 その女性は青みがかった前髪から覗く黒い瞳が陸斗を一瞥すると、ドアノブに再度手を掛ける。


「ガキは、さっさと帰りな」


 女性から発せられた声は冷たく、突き放すような声音だった。

 しかし陸斗はむしろ喰ってかかるように同じくドアノブに手を掛ける。


「何の真似だ」


「ふっ、ばあさんこそ家帰って茶でも啜ってた方がいいんじゃねぇのか」


 彼女はどう見ても二十代の範囲内で「ばあさん」の言葉とは縁のない見た目だ。

 それでもばあさん呼ばわりするのは陸斗のささやかな抵抗によるものだ。

 触れ合った手。今度はどちらも引かず、ドアノブを握りあっている。

 女性の方はこれじゃらちがあかない、と思い陸斗のことは意に介せずドアノブを捻り、ドアを開けた。


 中は質素な造りの家具が並び、生活上必要最低限のものしか置かれていなかった。

 そして、一人用の椅子に腰掛ける白髪の老人が部屋の中心にいた。


「あの人がスキルクエストの人か」


 二人が部屋に入ると、後から三人入ってきた。柚希と美姫とこの女性と行動を共にしているのであろう少年だ。


「貴方が[白兵戦術]が教えて下さる御方なのですね」


 最初に話し掛けたのは女性だった。

 出遅れたと思った陸斗も老人に話し掛ける。


「俺に[白兵戦術]を教えて下さい」


 NPCに話し掛ければそれからクエストを受注できる。なので今は二人ともクエストの受注の交渉をしているのだ。

 一度に二人から話し掛けられた老人は、細められた目を少し開き、ゆっくりと口を開いた。


「儂は弟子は取らんぞ! だが、それでも教えて欲しいというのなら儂の願いを叶えて見せろ!」


 どうやらツンデレ老人だったらしい。

 だがこれで話が進む。

 陸斗と女性のログウォッチにクエストタブが開かれる。


【スキル専用クエスト:白兵戦術師匠からのお使い

 依頼者:白兵戦術師匠のスラウ

 内容:<シラム茶葉>の入手

 報酬:500ウェル・ファイティンググローブ

 備考:期限は7日以内

 受諾or拒否】


 一通り目を通し、受諾した二人はそれぞれ自分のパーティメンバーに振り返った。

 まさか同じ行動をすると思わなかった二人は一瞬睨み合う。


「柚希、美姫、しばらく別行動をお願いしたい。期間はこのスキルクエストが終わるまででいいんだ。……絶対アイツより先に習得してやる……!」


 逢って間もない相手に敵愾心を燃やしながら陸斗は二人に頼んだ。


「そうね。私たちがいても足引っ張るだけだろうし。陸斗がメッセージくれるまで私たちはこの町で待機しとくわね」


「アタシもそれでいいよ。その代わりしっかりとスキル習得して来なさいよ!」


「おう、任せとけ!」


 一方、女性の方は。


啓太けいた、少しの間この町にいておくれ」


「分かりましたけど……大丈夫なんですか?」


 啓太と呼ばれる少年が女性に心配そうな視線を送る。


「ん? 何がだ?」


霧香きりかさんのご飯とかですよ。あと、どうせ[スキル]習得に何日か掛かるでしょう。その時、霧香さんは寝床どうするんですか? ちゃんと朝一人で起きれますか? ちゃんと寝癖髪も直せますか? あとそれと……」


 これ以上続けば相手より格上という威厳が保てなくなってしまう、と悟った霧香は無理矢理中断させることにした。


「あー分かった分かったから! 大丈夫だ……たぶん。啓太が心配するようなことはない……たぶん」


「まあ、霧香さんがそういうのであれば僕はここで霧香さんが帰ってくるのをお待ちします。頑張ってくださいね」


「私を誰だと思ってるんだ?」


「命の恩人ですっ!」


 啓太の無垢な笑顔に霧香は押されたかのように少し仰け反った。


「ったく調子狂うな……」


 頭をポリポリと掻きながら話の落ちどころを探した。


「んじゃ、行ってくる」


「はい! 行ってらっしゃい!」


 最後まで心を乱されてばっかりだった霧香は一つ深呼吸をして、陸斗たちに視線送った。

 合図したわけでもなく、どちらからともなく陸斗と霧香はドアに向かって走り出し、そのまま外まで走り去ってしまった。

 残されたのは柚希、美姫、啓太のみだった。

 命の恩人である霧香を見送った啓太は一息つくとこれからどうしようか、と考えながら家を出ようとした時。


「ねえ、そこのきみ。良かったら私たちと一緒に行動しない?」


 ドアの前まで来た啓太に柚希は声を掛けた。


「え? 僕ですか?」


 それ以外に誰もいないのは分かっているが、信じられないという感じで聞き返した。


「うん、君。確か……」


 話し掛けておいて相手の名前が分からないことに気づいた柚希は言葉を詰まらせた。

 その失態に美姫も嘆息をつかざるを得ない。


「あ、ぼ、僕は啓太と申します。猿口さるぐち啓太けいた


「私は、霜月柚希。柚希でいいわ」


「アタシは弥生美姫。こう見えても二十三歳だよっ」


「え!? そ、そうなんですか!?」


 失礼と知りながらも驚いてしまった啓太はすぐに口を押さえた。

 久しぶりの反応で満足そうに頷く美姫。


「えっと、啓太君。パーティメンバーが帰ってくるまで私たちと一緒に行動しない?どうせ、あの人たちが帰ってくるのって数日後くらいになりそうだし、それまで暇つぶしというか……」


 自分でもどう誘えばいいのか分からなくなった柚希は美姫に助けを求めるように視線を送る。

 美姫は嘆息混じりで啓太の方を向く。


「つまり柚希は、貴方に一目惚れしたので一緒に行動して下さいって言ってんの男としてそれに応えて――」


「え!?」


「違ーーう!! 誰がそんな事言ったのよ!!」


「じゃあ、誰に一目惚れしたのよ?」


「そ、それは……ってこれも違うよね!? ――こほん、啓太君しばらくの間私たちと一緒に行動しない?」


 なんだかんだあったが、結局はストレートに――最初と同じように――訊くことにした。


「あはは! あの、えっとすみません、笑ってしまって。はい! ご一緒させて下さい!」


 これまた啓太は無意識なのか無垢な笑顔を向けてくる。一瞬クラっと怯んだ二人は、先程の女性の気持ちが少しばかり分かったような気がした。

 ――この子、本当に無意識でやってるの?

 柚希と美姫の間でそのような疑問が浮かんだが、口には出さなかった。



しばらく季節外れな話が続きますのでご了承ください。

次話より陸斗サイドと柚季サイドという分け方で交互に更新していきます。


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