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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第2章 第二弾アップデート――[スキル]実装――
47/82

終わりが始まった日

 ――五月二十四日、午前零時。

 東京某所のとある二十三階建てビルにSGA本社がある。フロアではなく、ビル全体が本社なのだ。この規模からして一般ゲーム会社としての知名度も高いことが分かるだろう。


 しかし、現在進行中のプロジェクトが成功すれば世界進出も夢ではない。

 そのプロジェクトとは、『VR型アーケード技術』を取り入れた『マジック・オブ・バレット』だ。


 世間では家庭用ゲーム機でVR技術を取り入れたものが増えてきている。それはヘルメット型、実体験型、眼鏡型など様々な媒体で世に出ている。

 その中で今まで無かったのが筐体型というジャンルだ。それには幾つかの難関があり、今まで実現しなかった。


 その一つとして、ゲーム中の没入時間の短縮が問題となった。

 筐体型になるという事は、ゲームセンターや施設内のゲームコーナーへの設置を考えなければならない。


 家庭用ゲームと違い、ゲームセンターやゲームコーナーだと多くのプレイヤーが交代してプレイする事になる。その際、長時間のプレイは客の回転率も悪く、リピーターに繋がらず衰退していくというオチが見えている。

 その為、ワンプレイ時間は十分弱が良いだろうと結論づけた。

 具体的には、RPGのクエストのように幅広い難易度の設定という特徴を活かしながら、FPSに登場する銃のように圧倒的な攻撃力によってプレイ全体の時間短縮に成功した。

 「RPGとFPSの融合!」という宣伝文句も事前登録の集客率を上げる有効な手段となった。


 それと、VR問題としてよくあるのが「VR酔い」という現象だ。

 要因としてはハードウェアやソフトウェアなどがあるが、SGAでは視覚情報と三半規管によるものの改善に力を入れた。


 理由としては、元からのSGA社の特色であるシステムの整合性が他社よりも優れているところがあったからだ。


 結果、一年半の歳月をかけてソフトウェア的要因の改善点を克服し、『マジック・オブ・バレット』は完成された。


 そして最後にSGA社エンジニア部門が独自に開発した『完全自立型AI《切札ジョーカー》』も取り入れている。

 これはバグ修正からメンテナンスアップデート、新規クエスト作成まで全てをこのAIが引き受け、迅速に対応するというものだ。

 その為、運営の所有する権限の大半を《切札ジョーカー》に譲渡している。

 今は試験的に運用しているが、その効果が証明されれば人の手は必要なくなり、無人運営のゲームが完成するのだ。


 この技術の利点は、ゲームに携わる人員を減らし、人件費の削減を目的とした会社の利益とコンピュータならではの精密な操作をAIに任せ、随時最新版に更新していくことでユーザーにとって最高の環境を提供することだ。

 試験運用期間が終了すればこの『完全自立型AI』の特許も取得するつもりでいる。


 今日は――いや、昨日か。ゲームアップデート初日ということもあり、クレーム処理という名目で《切札ジョーカー》の調子を見るためシステム開発部門に所属している六人はこんな深夜までサービス残業に勤しんでいるのだ。

 そしてその建前のクレーム処理なのだが、今のところ――『0』件だ。


 しかし、このシステム開発部門の局長である神無月かんなづき琢磨たくまは自分が管理しているデスクで怪訝な表情をしていた。


(……おかしい)


 声には出さず、心の内で呟く。

 琢磨は長年システムエンジニアとして働いており、その経験からクレームが『0』件ということにおかしいと思わざるを得ない。


(どんなアップデートにしても新システム導入には何かしらのクレームが来るものだ。それが0件だと? ありえない!)


 自分の中の疑問を即否定した。

 これまでの経験では、どんなくだらないクレームであろうと二、三件はあったものだ。

 それに新システム批判派というのも必ずと言っていいほど少なからず存在する。

 だが、そんなものは一切無いかのようにクレーム件数がゼロを示している。


 他にも同じ気持ちの人がいないか、室内にいる残りの五人を見渡す。

 それぞれ自分の担当するチェック項目の仕事をしていた。

 どうやらこんな事で頭を悩ませているのは自分だけのようだ。

 恐らく杞憂なのだろう、と思い直すと、フッと力が抜けた。

 背もたれに体重を預け、目の前のディスプレイに目をやる。


(私たちが作り上げたシステムにクレームなんて来るわけないよな! なんたって世界最高のシステムだからな!)


 気持ちが吹っ切れた局長は逆に開き直ったていでふんぞり返った。

 堂々とした顔で背もたれに寄りかかり、静かに目を瞑る。

 世界進出の"切札"として導入した"ジョーカー"は自己修復プログラムも実装した完璧なシステムだ。 これからは人間の管理している作業をこの《切札ジョーカー》が一手に引き受ける時代が来るだろう。

 本当ならこの残業は最初から無意味なものであるのは分かっていた。何度も試運転をし、その度に改善点を克服してきた現在の《切札ジョーカー》は一つの不具合も起こさない。そう確信を持ってただ視察に来るかのようにここで《切札ジョーカー》の完成具合に酔っていたいという思いが局長にあった。


 しかし、何の滞りもなく進んでいたプロジェクトに突然不釣り合いな声が上がる。


「神無月局長! 社内に不正訪問者が現れました!」


 声の主は室内で監視カメラを管理していた霜月しもつき奈津美なつみという女性エンジニアだった。


「なに!? どういう事だ!」


 局長は霜月の話で全体の理解が及ばず、再度訊き直した。


「先程、監視カメラで確認した所、黒服の五人の集団がこのビルに侵入してきました! 一行は上を目指しているようです!」


 霜月の話を聞くがやはり理解ができない。


(何故、こんな一般のゲームメーカー会社にテロ集団が来るんだ?)


 幸いなことにビルに残っているのはここにいるシステム開発部門の六人と警備員だけだ。


「そうだ! 警備員はどうした!? すでに向かっているはずだろう!」


「それが、警備室で……殺されてます」


 監視カメラの映像で警備室を見た霜月が声のトーンを落として言った。

 すなわち、現状ここにいるエンジニアを守る者がいないのだ。

 おそらくテロ集団は銃を所持しているはずだ。そんな相手に適うような戦力はここに無い。


「全員、データのバックアップを取って地下研究室に避難するぞ!」


 局長の言葉に全員が今行っている作業を一時中断し、データのバックアップ作業に入る。

 そして局長も自分の担当しているデータのバックアップ作業に指を走らせる。


 このSGA社には地震やテロ襲撃に遭った時の避難所として地下施設が備えられている。

 これは創始者が「万が一」「用心の為」と言った本気にはしてないけど念の為という気持ちで作られた施設だ。避難施設には、予備電源供給が備わったコンピュータ施設となっている。

データの保護も目的としているわけだ。

 創始者も本当にテロ襲撃を受けるとは思っていなかっただろう。(現取締役は二代目で、初代は引退している)


「局長、バックアップ取れました!」


 一人のエンジニアが準備完了の声を上げると、ほかも完了の声が上がっていった。

 神無月もそれに遅れることなく、自分の担当データのバックアップを完了し、避難の準備に取り掛かる。


「では、これよりこの部屋を封鎖し、地下避難施設へと移動する。移動には非常階段を使うから急ぐように!」


 神無月局長の指揮のもと、局員はデータの入ったUSBを手に非常階段へと向かった。




□ ■ □



 テロ集団が開発部門の部屋に着いたのは局員が移動してから十分後の事だった。

 鍵の掛かった部屋にリーダーと思しき人物が部下に目で合図する。

 すると、その部下は手に持つ小銃をドアに向かって構えた。

 タタタタタタ!!

 数発の銃弾がドアの施錠部分を撃ち壊した。

 そしてテロ集団が部屋に侵入すると、


「……誰もいない、だと?」


 リーダーがマスクの下から低い声を漏らした。

 しかし、これは好都合だ。クライアントの要望はSGA社のデータと言っていた。ならば人のいない今のうちに仕事を済ませよう。


(まあ、人がいたところで殺して奪うがな)


 リーダーは酷薄な笑みを浮かべていると、続々と部下が部屋に侵入し、目的のデータ奪取のため、コンピュータ内のデータを漁り出す。

 

「リーダー! データがありません! 全て抹消されてる模様です!」


 部下の報告にリーダーと呼ばれた男は、話が違う、という思いでポケットの中の連絡用スマートフォンを取り出す。

 すると、画面には一通のメールが入っていたことを示していた任務中はサイレントモードにしていた為、 メールが届いたことに気づかなかったのだろう。

 ちょうど連絡しようと思っていた相手だった為、そのままメールを開いた。


【地下避難施設へ移動】


 どうやら少し遅れていたらしい。

 メール着信時刻を見ると十分前と表示されている。

 予め我々の行動が把握されていたとなると、データは持ち出されたと考えるのが妥当か。

 密告者の情報を受け取ったリーダーは部下たちに命令する。


「データは地下避難施設に持ち出されたようだ! 今からその場所に向かいデータを奪取する!」


 命令を受けた部下たちは即座に地下避難施設へ向かい始めた。

 最後にリーダーが部屋から出てその部下の向かった方向に足を向けた。



□ ■ □



 無事避難が完了したシステム開発部門の局員たち。

 彼らの逃げてきた施設は耐震性、耐火性に優れた防壁に囲まれている。


 だが、不幸なことに地下に降りている今、警察への連絡できないのが失敗だった。ここまで逃げることに精一杯で通報という大事なことを失念していた。


 今頃、テロ集団は開発室に着いた頃だろうか。

 どうやらあのテログループは金銭目的や破壊活動で行動していないようだ、と神無月は考える。

 目的は最初から開発室にあるのか。


(データのバックアップを取っておいて良かった……)


 開発室にあるもの――システムデータ。それが狙いだとしたら今回の一般ゲーム会社の襲撃も納得がいく。


(しかし何故、テロ集団はこのシステムデータを狙ってるんだ……?)


 確かにこのデータは世界にとって画期的なシステムとなるだろう。しかしそれは、ゲーム業界で、という話だ。ただのシステム管理ソフトなら市場に出回っているものでこと足りる。

 わざわざこのシステムに拘わる理由とは――。


「局長、まだ諦めてませんよね」


「え?」


 神無月の物思いを遮ったのは、霜月だった。

 突然の呼び掛けに反問してしまった。実際霜月の言葉に目的語が含まれていなかったため、誰が聞いても反問していたのは確かだ。


「まだ《切札ジョーカー》のこと諦めてませんよね!?」


「あ、ああ。当然だ!」


 何を今更、といった感じで神無月は霜月の意図が分からなかった。

 霜月は神無月の言葉に頷き、口を開く。


「ここで《切札ジョーカー》の最後の調整をしましょう! 幸い、ここでも私たちの仕事は可能です」


 確かにここのコンピュータ施設なら調整程度はできる。しかし何故今なのだ。


「テロ集団はこのデータを狙っています。いずれこの場所も特定され、襲撃を受けるでしょう」


「しかし、この耐震、耐火に優れた防壁ならテロ襲撃くらい耐えられるだろう!」


「過信しないでください!相手はテロ集団!我々の常識が通用するわけないじゃないですか!」


 霜月の説明には一理あると判断し、神無月は話を進めた。


「では……君はここで《切札ジョーカー》を完成させたいと言うのかね」


「はい! どうせ、もう、我々に逃げ道なんてないんですから……ここで我々がシステムを完成させるのが本望です!」


 逃げ道なんてない、その言葉に神無月は違和感を覚えていた。

 霜月の言葉が終わった時には施設内の局員の間に恐怖と動揺が漂っていた。

 そして、いつの間にか神無月もその恐怖に囚われていた。


「分かった……ではバックアップしたデータをここで完成させる。それ以後は……自由にしてくれ……」


 死のカウントダウンが既に始まっている今、長考は無意味と判断した局長は、《切札ジョーカー》の完成を優先させた。

 局員たちもそれに半ば強引に同意し、それぞれがデータ調整の作業に入る。

 既に彼らの頭に『逃げる』という選択肢は無く、ただシステムの完成だけを求めていた。



 システムの調整に入り、直後の事だった。

 それは神無月が聞きたくないタイプの声音だった。


「神無月局長! データが改竄されてます……!」


 悪い事というのはここまで続くものなのか、と神無月は六割がた諦観が占めた瞳で天井を仰ぐと、すぐさま局員に命令する。


「改竄箇所の修正、それと《切札ジョーカー》と接続して改竄元を特定しろ! 急げ!」


 ただでさえ時間がない中、こんな小さな事件にまで巻き込まれるとさすがの神無月も焦りを隠せないでいた。

 念のため、神無月の方でも確認しようと、データに目を走らせる。

 すると、大量の改竄が発見された。細かいところも含めれば数えきれないほどだ。


「何故、こんなに改竄が……」


 神無月はこの事態に声を失った。

 この改竄が少しの修正ならば問題無いのだが、何しろほぼ全てに改竄の手が回っているのだ。これを全て修正するとなると、数時間などで終わる量ではない。

 そして局員たちにそんな猶予は無かった。

 現在テロ集団が襲撃している中、システムをいじっている時点で正気を疑うレベルだ。

 彼らの頭にはもうシステムの完成しかない。いや、それしか考えたくないのだ。何かに熱中していないと、いずれ死ぬという意識が脳裏から離れなくってしまう。

 だから今この瞬間、自分が生きていた証としてシステムという媒体で己の存在を確かめるのだ。世界に広がるこのシステムを作ったのは『自分たちなんだ』と胸を張るために。


 次の瞬間、周囲の音さえ聞こえなくなるほど集中していた局員たちに運命の扉を叩く音が聞こえた。

 ドンドンと避難所の扉を叩く音。

 局員たちは一斉に振り返った。

 そして自覚する。――もう終わりだ、と。

 耐震・耐火の扉はまだ開かない。

 内側から鍵を掛けていたのだ。これで多少は時間稼ぎができる。

 神無月はすぐに正面に向き直り、ディスプレイに集中する。

 時間がない今、やれることは限られる。

 そこで神無月が目を止めたのは、『第一弾アップデートの《独弾ユニークバレット》の抽選』という項目だった。抽選となっているが、まだ修正可能な範囲だ。

 ふと脳裏に自分の息子――神無月 真樹の顔が思い浮かんだ。


(もう会えないだろうから、何かプレゼントしてやりたいな)


 神無月が考えたのは、意図的な抽選結果の割り振りだった。

 真樹が聞けば、ふざけるな!と言われるだろうが、今できることはこれしか無い。

 真樹のアカウントIDを検索し、運営からのメールを作成する。


「神無月局長! どこを探しても《切札ジョーカー》が見つかりません!」


 メールを打つ手を止め、局員の報告に耳を疑う。


「《切札ジョーカー》が見つからないだと……? しっかり探したのか!?」


「はい! ですが、何度《切札ジョーカー》と接続しようとしても該当するIDが見つからないんです!」


 局員の必死さを見ればそれが嘘でないことはすぐに分かる。

 しかし、自分らで作ったシステムが見つからないということが有り得るのだろうか。

 そこでふと、神無月が言葉を漏らす。


「……システムの反乱」


「え?」


 完全自立型AIの《切札ジョーカー》ならば、データの改竄や自己IDの書き換えは容易いはずだ。

 テロの襲撃とシステムの反乱。

 二つの事件は決して無関係ではない。

 ――初めから仕組まれた事件。

 そう考えるのが普通だ。しかしどうやってテロ集団とシステムが手を組むのだ?

 システムの内容はゲーム公開まで機密事項として扱っている。容易に外に流出するものではない。

 考えうる要因は一つだ。

 ――この局員の中に情報をテロ集団に売った奴がいる。

 神無月の胸中に憤怒の渦が巻き起こる。

 この中の局員は全員信頼している。今まで共に一つのシステムを作ってきた仲間だからだ。

 それがこんな形で裏切られるのは、とても残念だ。


「クソクソクソクソクソクソクソー!」


 デスクを叩き、神無月が吼えた。

 局員の視線が一斉に神無月に集まる。

 大きく息を吐き、肩の力を抜く。


「これより、我らはシステム《切札ジョーカー》から手を引く。全員、作業中止」


 神無月の言葉に局員の表情が驚愕の色に染まる。


「局長! システムの完成はどうするんですか!? 《切札ジョーカー》を、諦めるんですか!?」


 力強く批判するのは霜月だった。

 そうか。こいつか。

 最初からシステムの完成を強く推してきたのは霜月だった。そういえば、テロ集団の発見も霜月だった。

 ――初めから霜月が仕組んだことだった。

 しかしここで神無月は全ての元凶は霜月だ、と言うつもりはなかった。

 霜月の瞳には、テロ襲撃による恐怖やシステムの改竄をした後ろめたさ以外に、また別のものに対する恐怖が感じられた。

 それはテロ集団からの脅迫によるものか、はたまたまた別のものなのかは分からない。


「システムの反乱が起きてしまった今、我らがシステムの完成させることは無意味なものとなった。だから……システムは、諦めてくれ」


 神無月の悲しみを帯びた声に誰も反論することが出来なかった。霜月であっても神無月の言葉に逆らうことは出来なかった。


 神無月は、作成途中だったメールに再び文字を打ち込む。

 意図的なものだと悟られないようにするため、送信時間帯を抽選結果メールと同時にする。文面も他の抽選結果メールと同じようにしている。

 父としての言葉を載せられないのが悔しいが、真樹には辛い思いをして欲しくない。

 そういう思いを乗せて真樹には、《壁弾バリア・バレット》を託した。

 メールを打ち終えた神無月には既に達成感があった。

 死ぬ前に父として息子にしてやれることができて良かった。


 心残りは――システム《切札ジョーカー》の始末。管理者の手を離れたシステムは抹消しなければならない。

 しかしもう自分たちに時間は残されていない。もし、システムを抹消することができるとしたら、それは中にいる人たちだけだ。

 プレイヤーID一覧をゆっくりとスクロールしていると、ある名前に目が止まった。


「皐月 陸斗……確か、六年前真樹の友達にそんな名前があったかな」


 それはプレイヤーIDの横に表示されている個人情報だった。

 六年前、真樹のイジメが発覚して引っ越す前まで真樹の学校で唯一の友達としてよく聞いた名前だ。


「この子もこのゲームをやっていたのか……」


 神無月自身、陸斗と会ったことは無い。しかし真樹の話を聞く限り優しい性格で友達の為に頑張るという印象がある。

 だが六年も経っているとなると性格に変化があってもおかしくない年齢だ。

 それでも、神無月はこの子を信じてみたくなった。


 PCに保存してあるウイルス駆除ソフトを神無月がコピーアレンジした『システム破壊システム』をゲーム内用にオブジェクト化し、名前を《権破アカウントブレイク》に変え、それを陸斗へのメールに添付する。手段は真樹の時と同じだ。


「あとは任せたよ……皐月君」


 神無月が送信ボタンを押したのとほぼ同時に耐震・耐火の扉は打ち破られた。

 強引に開けられた扉は倒れ、続々とテロ集団が避難施設の中に侵入してくる。


「動くな! 動けば射殺。立ち上がり、両手を挙げてこちらを向け。デスクからも離れるんだ」


 集団の中からリーダーらしき人物が局員に向かって脅迫する。

 しかし、局員は誰一人として立ち上がらなかった。全員テロ集団なぞ気にする事もなく、ディスプレイに集中している。

 他のテロ集団の面々はその異常な光景に互いに顔を見合わせた。


「やれ」


 リーダーは毅然と構え、テロ集団に射殺の命令を下す。

 動揺の消えたテロ集団は手に持つ小銃を局員に向けた。

 そして無慈悲な弾丸が局員の身体を貫く。

 最後までシステムと向き合った局員は自分を殺したテロ集団の顔を見ることもなく、デスクに伏した。

 次々に飛び散る鮮血は避難施設のデスクやディスプレイを汚す。


「ま、待って! 私よ! 霜月奈津美! あなたたちに協力した!」


 最後の一人になった霜月はテロ集団に自分の名前を告げた。


「システムは完成したのか」


 銃撃を止め、リーダーが霜月に問う。


「……いえ、まだ完成、してません」


「……はぁ」


 リーダーが嘆息を吐く。


「で、でも待って! あと少しで完成するから! 残りの作業は私一人でもできるから! 娘は、助けてあげて!」


 霜月が反逆した理由。

 昨日、突然このテロ集団から「娘の霜月 柚希を誘拐した」というメールが送られてきた。写真付きで。

 そこには『マジック・オブ・バレット』のヘルメットを被った柚希が映っていた。

 後に「助けたくば、システムの改竄と《切札ジョーカー》の完成、局員の動向を逐一報告すること。そうすれば娘の安全を保証してやる」という文面が続き、霜月はやむを得ずテロ集団に協力する事になった。


 そしてどうしても《切札ジョーカー》を完成させるため、テロ集団の襲撃で局員が逃げ出せないようこの避難施設まで来た。

 しかしシステム改竄が思ったよりも早く気付かれ、システムの完成に遅れが生じた。


「残念だ。……しかし、どちらにせよ依頼者クライアントからはお前も殺すように言われたからな」


「なっ……!? こ、この人でなしがっ!!」


 霜月は予期していた事態に対策として練っていた行動に移った。

 素早くパネルキーボードに指を走らせ、文字を打つ。相手はゲームの中にいる、霜月 柚希。簡単な文面と 自作――ゲーム内システムの一部をオブジェクト化したもの――の《独弾ユニークバレット》を添付して送信した。

 突然の動きにテロ集団の一人が反射で霜月を撃った。弾丸は心臓を貫き、霜月の生命活動を止めた。

 局員全員を殺した後、リーダーが次の命令を下す。


「データを押収しろ。抜き取った元データは全て抹消。急げ!」


 既に潜入してから時間が多少経っている。

 周囲の連中から音で警察を呼ばれればこの計画は失敗する。

 リーダーの命令に即時対応する部下たち。

 デスクに伏した局員たちを乱暴に退け、ポケットの中からUSBを取り出し、ディスプレイに繋ぐ。それぞれがデータのコピーを行い、ものの十分で作業は完了した。


「これよりここは封鎖し、我々は退散する」


 退散の命令を受け、テロ集団は身につけている黒服を脱ぎ出す。

 すると、それぞれがカジュアルな私服からスーツ姿まで様々な服装に変わる。

 それは脱出してから人混みに紛れやすくするためだ。加えて硝煙の臭いが付いた黒服を処分する目的もある。


 小銃も含めてここに置き去り、避難施設に火を放つ。プラスチック製小銃はすぐに炎に溶け、跡形もなくなった。

 こうしてテロ集団は深夜の襲撃作戦、データ奪取作戦を完遂させた。

 私服テロ集団は火災があったというゲーム会社に群がる野次馬の中に溶け込んだ。


 スーツ姿のリーダーは自然に携帯を取り出す。それはサラリーマンが誰かに連絡する姿と遜色ないほどだ。


依頼者クライアント、仕事片付きましたよ」


 営業の取引とも聞こえる会話。周囲に違和感を覚える人はいない。


「ご苦労。後日データと交換で報酬を渡そう」


 返ってくる声は男性のものだ。この人が依頼者クライアント。まだリーダーも当人と会ったことは無い。ネットとメールだけのやり取りの為、今回報酬を貰う時は直接会う事になっている。

 どんな野郎がデータ盗むために局員全員射殺の命令するのか、そのご尊顔を拝んでやろう、という思いで彼は電話を切る。



□ ■ □



『アノ事件から一月と十八日、二十一時間三十五分五十五秒』


 テロ襲撃事件から現在までの時間を正確に告げる声。

 二又に分かれる帽子、白く細い手足、三日月形の目と口の仮面。

 彼は《切札ジョーカー》――もとい、《道化ジョーカー》は標高三千メートルの山の頂上に腰掛けている。


 そこはこの『マジック・オブ・バレット』の世界に存在する島、『インフェクション・アイランド』の中央にそびえる高山だ。

 ここからは島の全体が見える。


 拳銃のような形のこの島には、約一万人のプレイヤーが点在する。

 中でもログイン地点である拳銃のグリップ部分のような形の島の南、『ローグリップシティ』にはまだ多くのプレイヤーが存在する。

 そこから北に行けば東西に伸びる森林地帯と小さな村、そこそこ発展した町がある。


 ゲームが始まって一ヶ月が経った今、『インフェクション・アイランド』のいたるところにプレイヤーがいる。それぞれがその土地に住み着き、己の身を守り、己の脱出の為に他人を殺している。


 これが人間の本来の姿、と言わんばかりに過ごしている。それを《道化ジョーカー》は見下すように眺める。


 現在七月七日、零時。

 《道化ジョーカー》は高山『ハイレスト・マウンテン』の頂上で立ち上がり、両手を広げる。


『サア――第二ステージへ上がろうか!!醜い駒共よ!!』


 高らかに宣言される第二弾アップデートの声。

 それは時代の変遷とも聞こえる宣言だった。

 これよりゲームに閉じ込められたプレイヤーによる新たな戦いが幕を開ける。




今話から第二章が始まります。

めったにない現実サイドの話で、ゲーム完成の経緯とかいろいろな裏事情を詰め込んだせいで今回はかなり長くなってしまいました。あまりこの話を分けるのはどうなのかな、と思い一話に収めたところ、今までで一番長い話になってしまいました(笑)

次話からはちゃんとゲームの話に戻ります。


活動報告にも書きましたが、四月より受験勉強のためしばらく休載することになりました。どこまで進めれるかわかりませんが、よろしくお願いします。

とりあえず切りのいいところまでは書くつもりです。

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