クエストを終えて……
陸斗たちが村に着いたのは日も落ち、広場には人がほとんどいない時間だった。
普通に歩けばこれほど時間はかからない。
これには陸斗なりの理由がある。一つは、この右腕の痛々しい姿をほかのプレイヤーに見せないためだ。こんな姿を見れば誰もが不安を抱えることになる。
――というのが、柚季と美姫に話した内容だ。
実際のところ、これを見た人から恐れるような目で見られるのが怖いというのが本音だ。
身体の欠損を見れば多くの人が障がい者と後ろ指を指すと思われる。それが怖いから人があまりいない時間を選んで帰ってきたのだ。
「まず、どうする?」
「そうだな。村長の家に行ってクエストの報酬を貰いに行くか」
「……大丈夫なの?」
柚季が心配そうな目で陸斗に問うた。
その目は陸斗の本心を見抜いているようだった。
「ああ。大丈夫だ」
NPCなら差別はしないだろう、おそらく。
僅かな不安を抱えながら陸斗たちは村長邸への足を向けた。
□ ■ □
「村長さーん、いますかー?」
一度ノックをして返事を待たずドアを開けた陸斗は家の中を見渡した。
相変わらず、簡素な物ばかりが置いてある空間が視界に入る。
すると、部屋の奥から白髪の老人がやって来た。
「何用ですかな。このような夜遅くに」
村長――ハリンジは就寝していた時間だったのか目を擦りながら訪問者に問う。
「村長さん。クエスト完了して来ましたよ」
クエストを承諾したのは柚季だ。だからこの場合は柚季が報告する必要があった。
「おお! 柚季殿、洞窟の魔物を倒されたのですか!?」
ハリンジは顔いっぱいに驚愕の色を染めて柚季に歩み寄る。
現実であれば即お縄を頂戴しそうなシチュエーションだが、ゲームの世界のNPCであればそんな心配はないだろうと陸斗と美姫は何も言わず見守っていた。
「は、はい。なので、その報酬をもらいに来たのですが……」
柚季は村長の勢いに押し負け、少し引き気味に構えた。
「そうでしたな! では、早速報酬をお持ちいたしましょう」
老人にも関わらず、かつ先ほどまで就寝していた人とは思えないほど機敏に行動し始めた村長。
まだ準備をしていなかったからなのか、ハリンジは忙しなく家の中動き回っている。
陸斗たちはそれを呆然と眺めて報酬を待った。
「ん~、どうしたの、おじいちゃん」
「おじいちゃん、こんな夜遅くにどうしたの」
最初村長が出てきた部屋から現れたのは二人の子供だった。ミールとクロアだ。
二人とも村長の実の孫で、二つ目のクエストである『ミール・クロアのお願い』の依頼者だ。
村長と同じく就寝していたであろう二人は寝間着と思われる格好で瞼を擦りながら出てきた。
ハリンジが忙しなく動く物音で二人は起きたのだろう。
原因は自分たちにあると考えた柚季は、ミールとクロアに近づく。
「ごめんね、起こしちゃって。私たちは村長さんにクエストの報酬を受け取りに来たの」
とりあえず事情の説明をした柚季は二人の頭を撫でてあげた。
満足そうに笑顔を浮かべる二人を見て柚季も気分が良かった。
「ミール、クロア起きておったのか」
今気づいたのか村長は作業の手を止めて二人の孫の許に歩み寄った。
ハリンジは片手を柚季たちに向けて誇らしげにミールとクロアに話す。
「実はな、この者たちが洞窟の魔物を倒してくださったのじゃ! これで食料や薬がやってくるぞ!」
話を聞いた二人の子供は目を輝かせて柚季に詰め寄る。
「おねぇさん本当に洞窟の魔物を倒したの!?」
「すごいです! これで食べ物が来るんですね!」
すごい勢いで賛辞を述べる二人に柚季はたじろいだ。
両手を前に出して落ち着くようにジェスチャーを出すと二人は詰め寄るのをやめてキラキラとした眼差しを向けるのにとどまった。
「ええ。洞窟の魔物は私たちが倒したから商人さんもじき来るようになるわ」
静かに見守っていた陸斗だったが、その言葉に偽りがあると感じて柚季の肩を掴んだ。
「柚季、洞窟は……」
陸斗の言いたいことが分かったのか柚季は一瞬息を詰まらせた。
一度佇まいを直すと、柚季は村長に向き直り直角に腰を折った。
それに倣い、陸斗と美姫が後ろでお辞儀をする。
「村長さん、ごめんなさい! 洞窟は、岩盤崩落で、出口が塞がってしまい……」
柚季はすごく申し訳なさそうに事実を告げ、頭を上げられずにいた。
そしてその事実を受け、村長は神妙な顔をして三人の顔を順番に見回した。
「はて?それはどの洞窟の出口なのでしょう?」
どの、と訊かれ、出入口が複数あるのかと考えたが、陸斗たちが知っているのは一つしかないのでそれを伝えた。
「確か、出入口の近くに草原エリアあって、大きな岩がありました」
今ではその岩も無いのだが、と内心別方向で謝罪を込める陸斗。
村長は、柚季の言葉を聞いて、若干安堵の表情を浮かべた。
「そちらの出入口であれば問題ないです。そちらは『東の洞窟』と呼ばれていて、商人が通るのは『西の洞窟』ですから、問題はありません」
そのことを聞いて三人はホッとため息をつく。
「良かったです。ですが、いずれは『東の洞窟』の修復をした方がいいですよね……」
「そうですな。いつまでもそのままというわけにはいきませんし……」
村長は考える仕草をとる。
そこに陸斗が手を挙げて提案した。
「あの、もし迷惑とかじゃなければ、俺たちが洞窟を修復しますよ。原因は俺たちにあるわけですし」
陸斗の言葉にその場の全員が凍りついたように固まった。
すると、袖をクイッと引かれて陸斗は後ろを振り向いた。
「ねぇ、そんなこと言って大丈夫なわけ? 『俺たち』ってアタシたち三人のことよね?」
ボリュームを落とした声で尋ねたのは美姫だ。言外に無理なことを言うな、と告げているのだろう。
その答えを同じくらいのボリュームで返す。
「大丈夫だ。一日三発の《権破》で少しずつ岩を削っていくつもりだから。別に俺一人でもできるから美姫たちは来なくてもいいんだぞ?」
美姫は口をポカーンと開けて陸斗を見つめる。それを理解と受け取り、陸斗は再び村長と目を合わせる。
「村長さん。今回に関しては報酬を要求しませんので、俺たちに任せてくれませんか」
村長は再び考える仕草をとった。
そして数秒して、村長は顔を上げて言った。
「本当に良いのですか? 我らのためにそこまでしてくださるとは……」
「洞窟の岩盤崩落は俺たちが引き起こしたことですし、その責任はちゃんととりたいので」
それが陸斗なりのケジメだった。いくらゲームだからといって無闇に破壊することは許せなかったのだ。
「では、陸斗殿に洞窟はお任せします」
「ありがとうございます」
陸斗が礼をすると、村長はところで、と切り出した。
「その左腕はクエストで?」
その瞬間、三人の心の蔵がひんやりと冷えた感触がした。
陸斗はゆっくりと顔を上げて、村長と向き合う。
「……はい」
質問に対して少し遅れて回答した陸斗は顔を俯けた。
顔を上げていたら恐れるような目を向けているであろう子供たちが視界に入りそうだったからである。
「あ、あの! 村長さん、陸斗の腕は治るんですか!?」
それはさながら医者に重病が治るのか、と訊くような迫力だった。
それに対して村長は簡単な答えを返した。
「大丈夫です。『世界の修復力』を以てすれば明日には治るでしょう。今日は良いベッドでたくさん寝ることをお勧めします」
「世界の、修復力?」
聞き慣れない言葉に三人は首を傾げた。
「『世界の修復力』とは、その日の減少を翌日に持ち越さない世界の意思なのです。状態異常などの持続的なものには効果がありませんが、一度減少が停止した陸斗殿の傷ならばこの恩恵で明日には腕が復活しているでしょう」
村長が一通り説明を終えると、陸斗の目から涙が溢れてきた。
「……良かった」
それは何が良かったのか。腕が元通りになること、差別を受けなくなること、二人の意味のない責任を消し去ることが出来ること。
それは誰にも分からない。陸斗自身でさえ。
「今日はもう帰ってお休みなされ。陸斗殿の傷もある事ですし」
「はい。ありがとうございました」
そう言って美姫、陸斗が村長邸を後にする。
その際、陸斗が顔を上げた時、子供たちの顔が視界に入ったが、
「おにぃさんお休みなさーい」
元気に手を振って見送ってくれたのを見て。
(一番人を差別してたのは――俺じゃねぇか)
NPCの見せる笑顔は所詮プログラム通りの仕草でしかない。それくらいのことは分かっている。
でも、それがコンピュータだとは思えないほど自然で、人の温もりを感じれそうな笑みだったのだ。
「お休み」
陸斗は小さく笑みを零して村長邸を後にした。
クエストの報酬を受け取った柚季も陸斗に続いて村長邸を後にした。
その後、誰にも気づかれずに宿屋まで戻り、いつもの【二〇五】号室で早めに就寝した。
ベッドは美姫に譲って貰い、陸斗が『世界の修復力』の恩恵を受けれるようにしてくれた。
美姫は柚季がこの前ソファで寝たから次は自分の番ということで柚季をベッドに入れた。
陸斗はベッドに入った瞬間泥のように寝たので、その夜に『間違い』なんてことはなかった。
□ ■ □
――翌日。
「ん~~!よく寝たぁ!」
ベッドから起き上がった陸斗は、両手を天井に向けて大きく伸びをした。
そして、当たり前のように行っていたことに今更になって気づいた。
「あ……左腕治ってる……! よっしゃぁぁぁ治ったぞぉぉぉ!!」
歓喜のあまり叫んだ陸斗の声で二人はふてぶてしく起き始めた。
ちなみに時刻は午前七時を少し回っている。起こされてもまだ寝ている方が悪い。
「なによ、朝っぱらから……」
硬いソファでの就寝だった美姫には悪いが、陸斗のこの喜びは止められなかった。
「腕が治ったんだよ!いやっほぉぉぉぉ!!」
朝からハイテンションな陸斗をヤレヤレといった感じに見つめる美姫。
「あ、ホントだ。陸斗の腕が治ってる」
まだ眠たそうな柚季は布団にくるまったまま起き上がった。
寝相が悪いことで評判の柚季はいつものようにその寝相の悪さで陸斗から布団の三分の二を奪い取って寝ていた。どおりで寒かったわけだ。
「腕だけじゃなく、ログウォッチも直ってるのね」
補足として付け加えられたことに陸斗は遅れて気づいた。
「あ、ホントだ。……でも、メールやフレンドは空欄になってる」
ログウォッチの確認をしたところ、全て初期化された状態で直っていた。
「てことは、またフレンド登録しなきゃね。……えいっ!」
不意をつかれた陸斗は突然の美姫の行動についていけなかった。
美姫は右腕――正確には右手首のログウォッチ――を突き出して陸斗のログウォッチと接触していた。
ログウォッチの画面には【弥生美姫がフレンド登録されました】という表示が出ていた。
「イエイ! 一番のり〜!」
美姫は柚季に向かってピースをして何か勝ち誇ったような目をしている。
呆気にとられた柚季はムスッとした表情で左グーパンチを陸斗の右こめかみを掠めるようにして放った。
「――ッ!」
唐突に放たれた拳に陸斗は反応できなかった。利き腕ではない方なのに、凄まじい速度のパンチに陸斗は見開いた。
柚季は無言のまま左拳を放った状態になっている。何かしらを察しろと言わんばかりに。
「な、なんでござ、いましょう?」
「ん!」
「ん?」
「んっ!!」
なんだか不毛な争いの予感がしたので美姫に視線で助けを求めた。
「ホントに鈍感ね。誘ってんのよ」
ここで何を、と問い返せばまた不毛な争いに発展しかねないのでここから先は自分で考えることにした。
「あっ!」
数秒かけて気づいた事に陸斗は即座に答えを示した。
カチンという金属音。
ログウォッチの画面に【霜月柚季がフレンド登録されました】と表示される。
「もうっ! 気づくの遅い!」
ムスッとした表情からプクーとした表情に変わった(?)柚季は最後には満足そうに左腕を引っ込めた。
そうして忙しい朝が終わり、陸斗たちはもう一つの約束を果たすために噴水広場に向かった。
「よう! 陸斗!」
そう呼びかけるのは関西系のイントネーションの男だった。
「ノブ!帰りましたよ!」
「うおぉぉぉぉぉ!!! 陸斗ぉぉぉぉぉぉ!!! よう帰ってきたのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
久しぶりの友人から受けたのは熱い抱擁だった。
その場に遥も賢二も居たが、一歩後ろから傍観している。
そしてこちら側の柚季と美姫はドン引きという感じだ。正確には美姫は笑いながら見ている。
こうして周囲の仲間たちから作られたのは男同士が抱き合う構図が完成したわけだ。しかし抱き合うというのは少し語弊がある。陸斗は一方的に抱擁されていると弁解しておこう。
「ノブ、ちゃんと、約束を果たしに来ましたから。そろそろ……」
あまりこの絵はよろしくないと直感的に察した陸斗は早速話題に入った。
「そ、そうやな。それが目的で集まったんやもんな」
何故かノブは演技とは思えない涙を流しながら陸斗の身体から離れた。
「では、これをお返しします」
陸斗は予め柚季と美姫から預かっていたリングをノブに手渡す。
「うむ。しかと受け取った。ご苦労様や」
「それと、報酬金額の三割も払います」
「ん〜、やっぱり本気やったんか……」
「そこはちゃんとケジメをつけるべきです」
陸斗は報酬を渡すためにノブを一旦パーティに誘った。その時ノブは元のパーティを離れ、陸斗たちのパーティの一員となる。
パーティ内では金銭のやり取りがプレイヤー同士でできるようになっている。なので報酬を貰った柚季がノブに報酬金額の三割をノブに支払う。
送金の確認を行ったノブは陸斗のパーティから脱退し、元のパーティへと戻っていった。
「これで、契約は全部完遂したんかな」
「そうですね。あ、ノブたちにもう一つお願いがあります」
「ん? なんや?」
「もう一度フレンド登録してくれませんか」
「え、どうしたの陸斗君。私たちって確か一度フレンド登録したはずだよね?」
事情を知らない遥は訝しげな視線を陸斗に向ける。
「実は、クエストの途中で事故がありまして。ログウォッチが初期化されたんです」
「へ〜、どんな事があったのかは聞いてもいいんですか?」
少し興味を引いたのか賢二も会話に参加してきた。
「あまり、聞いて気持ちのいい話じゃないんですが。まあいいでしょう。俺、クエストで一回左腕が無くなったんです」
「……あ、あの、すみません」
罪悪感だけが残った賢二は顔を俯かせて謝った。
「あ、いえ、いいんですよ。これも一つの情報として流していただいたらいいので」
「それは構わんがその左腕は大丈夫だったんか。今は普通に見えるけどな」
「これも一つの情報なんですが、その日受けた傷というのは睡眠によって『世界の修復力』というので回復するみたいです」
「なんや便利な機能もあるんやな」
感心半分で頷くノブに陸斗は神妙な顔つきで続きを言った。
「今回失ったのは左腕だったんですが、一緒にログウォッチも消えました。そして今日回復したら、ログウォッチの初期化もされていました。俺はあまり交友関係が広くなかったのですぐに元通りになりますけど」
「んじゃ、それも加えて知り合いにリークしとくわ」
ノブは左腕を差し出す。今度こそはその意味を理解した陸斗はすぐにログウォッチをぶつけた。
「これで、三番のりかの」
「そうですね」
その後、遥と賢二ともフレンド登録をしてノブたちと別れた。ノブたちはこれからクエストだそうだ。
陸斗たちもこれから洞窟の修復に向かわなければならない。
こうして陸斗たちの怒涛の十日間が幕を下ろした。
これで第一章の本編が終了です。
次話は陸斗たちから離れてあのキャラの番外編を書きます。
一章の感想やアドバイスなどお願いします。
番外編は一月中に投稿する予定です。よろしくお願いします。




