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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(9)

 紫の液体の塊――毒液の砲弾が飛んできたかと思うと、目の前が一瞬眩い光に包まれた。

 思はず二人(美姫と柚季)は腕で瞼を庇うように目を瞑った。


「な、何なの!?」


「これって……」


 徐々に閃光の余韻が消え始め、目を開けても痛くない程に色が戻って来た。もう何度も経験した現象に柚季はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 すると、視界には自分たちを庇うように立っている陸斗が映った。腕を真っ直ぐ正面に向けているのは、先程の毒液の塊を陸斗の《権破アカウントブレイク》で相殺したからだろう。

 ピタリと攻撃が止んだのを怪訝そうに見つめる柚季はふと察した。


「もしかして、今の光で混乱してる?」


「ああ、たぶんそうだろうな。最初は光に寄り付く性質かと思ったが、どうもそんな感じじゃないらしい」


 注意深く観察する陸斗は、巨大蜘蛛の次の動きを予測した。

 ――また毒液を吐くのか。

 ――突進をして来るのか。

 ――それとも、新しい攻撃パターンか。

 数俊した後、陸斗は二人に言葉を発した。


「壁際に散開!!」


 一拍遅れて柚季と美姫は左右の壁に向かって走った。陸斗は咄嗟に柚季と同じ方の壁に駆け寄る。


『ギィィィィィィ!!』


 巨大蜘蛛の咆哮が轟き、僅かに洞窟が揺れる。

 陸斗たちは壁に掴まり転倒は避けた。

 揺れが治まると、巨大蜘蛛の脚が少し開かれ、関節部を曲げた。その直後、目の前を猛スピードで走り抜ける巨大蜘蛛を視界に捉えた。


「なんだよ、あのスピード……」


 今までと比べ物にならないくらいの速さで陸斗たちの前を抜けると、巨大蜘蛛は暗闇に向かって突進し続けた。


「あの巨体であのスピード……ぶつかったらHPなんて軽く吹っ飛ぶな」


「そんな客観的な感想はいいから、対策を練ってよ!」


 隣の柚季から指摘されて陸斗は思考を巡らせる。


「対策って言ってもな……。あんなスピードを止めるには、落とし穴でも作らないと無理じゃないか?」


「じゃあ止める手段は無いって言うの?」


 言われて何かないか、と陸斗は周囲に目を走らせた。

 そしてあるものに気づく。


「――――ッ!」


 次にぱっと閃いた作戦に陸斗は肩を落とした。がっかりと言うより呆れる方が強い感じだ。

 内心気づかなきゃよかった、と思った。

 ふぅ、と息を吐いて柚季に向かう。


「柚季。これから言う案はあんまり良くないものと思って聞いてくれ」


「何よもったいぶって。早く言いなさいよ」


 柚季に急かされるが、陸斗は早口にならないように『あまり良くない案』を伝える。


「まずは天井のあの岩を見てくれ。あそこだけヒビが入ってるだろ」


 言われて柚季は視線を上に向けた。すると、暗くてよく見えないがヒビがあるのは確認できた。それもまだ新しいヒビだ。


「あれは多分<火炎玉>の熱で岩が膨張して、洞窟内を吹き抜けるこの冷たい風がもたらした結果だ」


 理屈は理解できた柚季はこれがどんな案に繋がるのか大体は想像することができた。


「……もしかして、陸斗。岩盤崩落をするつもり!?」


「ご名答。さすが柚季だな」

 

 柚季の答えに陸斗は満足そうに頷く。それに対して柚季は、血の気が引く勢いでその後の事を思考した。

 おそらく岩盤崩落をすることで巨大蜘蛛の足を止めるというのが陸斗の作戦だろう。それは実際に有効な手段だ。

 しかし、その岩盤崩落は一体どこまで影響するのだろうか。

 ヒビ自体は新しいものだが、その内側は分からない。

 岩盤崩落とは大きな岩石を主体として岩盤の塊が崩落する現象のことだ。

 それはこの洞窟ごと崩落する可能性もあるのだ。


「だから、これは最悪の案だ。できれば、最後の最終のギリギリまで使いたくない」


「じ、じゃあどうするのよ?」


 岩盤崩落まで使う気がないということを聞いて柚季はそっと安堵するが――、


「正面突破だ。真正面から立ち向かってケリをつける」


 吐きかけた息を再度吸い込む羽目になる。

 柚季は身体も思考も完全に停止した。


「な、な、な、何言ってるのよぉ!?」


 どうにか紡ぎ出せた言葉は何度もつまずきながら放たれた。


「柚季言っただろ、信じるって」


「そ、それはそうだけど! ……もっとちゃんとした作戦で行きなさいよ!」


「だから、作戦は真正面から突っ込むんだって」


 陸斗は宥めるように告げるが、それは反対に柚季を怒らせる原因となってしまった。


「何が、だからよ!! 全然説得になってないわよ!!」


「ん〜、あんまり言葉で伝えづらいだよな」


「ちゃんと説明してくれないと私、認めないから――」


「ちょっと〜二人とも。そろそろイチャつくのはそのくらいにしてさ。もうすぐ帰ってくるよ、グラタラ」


 柚季の怒声を遮ったのは反対側の壁にいる美姫からだった。


「イ、イチャつく!?」


「そうだな。言い争いはこれくらいにして。まずはグラタラを倒すか」


 狼狽する柚季をよそに陸斗は右手の拳銃を構えた。


「んじゃ、帰ってきたら作戦がどんなのか説明するよ」


 陸斗は壁際から離れて洞窟の通路の中央に立つ。


「終わった後じゃ意味ないでしょ――!」



□ ■ □



 ドドド、と陸斗の脚に微かな揺れが伝わる。

 その振動を感じ取ると、陸斗は短距離走のスタンディングスタートの姿勢に構える。――クラウチングスタートにしなかったのは身体を支える腕が一本無いからだ。


「来たか」


 陸斗は前方の暗闇から六つの紅い単眼が見えると、心の中でカウントダウンを始めた。


(三……二……一……)


『ギィィィィィィィィィ!!!』


「――ゼロッ!!」


 巨大蜘蛛の咆哮と陸斗のカウントダウンは同時。

 右足で地面を思いっきり蹴り、ダッシュした。

 距離は四十メートルもない。

 巨大蜘蛛は変わらず先程の速度で陸斗に迫ってくる。

 ダッシュしてから五歩目。

 陸斗は再度右足で力強く地面を蹴り、慣性をそのまま生かしながらスライディング体勢へと移行した。

 巨大蜘蛛の僅かな隙間に入り込んだ陸斗は右腕を伸ばす。


「――くッ!」


 巨大蜘蛛の腹部が陸斗の額を掠めるが、引き金を三度引いた。

 一瞬の内に閃く三度のマズルフラッシュ。

 さながら剣戟を交わした侍の如く、双方は交錯した。

 しかし、陸斗はこれで終わるつもりはなかった。


「――まだだァ!」


 スライディング体勢を足を返して前傾姿勢に変えると、前方でスピードを落としながら停止し始めていた巨大蜘蛛を見やる。

 HPバーの減少は一割未満。

 それだけを確認し、陸斗は三度みたび地を蹴り、巨大蜘蛛に向かって駆け出す。

 クイックターンが困難な巨躯の蜘蛛はまだ停止した状態だ。

 そのスキを逃さない陸斗は壁伝いに巨大蜘蛛の背に乗っかった。


「……やっぱり、ここも弱点か」


 そんな小さな呟きを零し、右手の拳銃を巨大蜘蛛の頭胸部と腹部の甲殻の隙間に拳銃をねじ込む。ガチン! と金属が擦れるような音が響くが、間髪入れず全弾射撃を巨大蜘蛛の甲殻の隙間にお見舞する。


『ギィィィィィィィィィィィ!!』


 これまでにないほどの奇声を上げながら阿鼻叫喚をきわめていた。

 その上で、陸斗は使い切ったマガジンを交換しようとベルトの間のマガジンに手を伸ばした時――。


「うわっ!?」


 突然足元がぐらつき、何かに掴まろうとしたが、マガジンを取ろうとしている右腕は後ろ手になり間に合わない。

 ――このままじゃ、グラタラを倒せない……!

 巨大蜘蛛は前四本の脚を持ち上げ、上体を天井に近づけた。

 陸斗は完全に身体を宙に投げられ、不思議な浮遊感を漂っていた。

 遠ざかる巨大蜘蛛の背中を眺めながら思う。

 ――もう、無理だ……。

 ――コイツ、強すぎだろ……。

 ――ハッ、残り二割か。

 ――あと少しだったんだけどな……。


「陸斗ぉぉぉぉぉ!!」


 目を閉じて落下を待つ陸斗の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。

 それは強くも優しい声音だった。

 それに気づいた直後、地面に落ちると思われた陸斗の背中は一人の少女によって受け止めた。と言ってもその後、少女は蹈鞴を踏み、支え切れず尻餅をついてしまう。陸斗もそのまま落ちるが、落下ダメージはかなり軽減されたのでHPの減少は少なかった。


「美姫!?」


「えへへ、りっくんおかえり〜」


 意外な人物が意外な行動をとったので陸斗はしばらく目を見開いた状態となった。

 しかし、すぐに陸斗の視線は巨大蜘蛛の方を向けさせられることになる。

 ボン! という破砕音が響き、洞窟内に火柱が巻き起こる。


『ギィィィィィィィィィィィィィィ!!』


 その火柱の中から聞こえる断末魔ははっきりと巨大蜘蛛のものだと分かる。

 三十秒後、火柱は役目を終えたように風に流されるように消えていった。

 巨大蜘蛛はあの立ち上がった状態のまま固まり、一拍して巨大蜘蛛の身体の各所が青い光の粒子に包まれる。

 待ちに待った光景に思わず笑みが零れる。


 次の瞬間、巨大蜘蛛の身体は青い光の粒子となって爆散した。


 洞窟内に飛び散る光粒は周囲を明るく照らした。

 その幻想的な光景に目を奪われていると、その光粒の中から一人やって来た。


「陸斗ー!!」


「おう、柚――ぐはっ」


 感動の再会かと思われたが、待っていたのはグーパンチだった。


「痛ぇ! 何すんだよ。一応俺瀕死状態なんだからな!」


「何するは私の台詞よ! なんであんな無茶なことしたの!?」


 柚季は殴った右手を左手で包み、痛みに堪えていた。殴った方だって痛いのだ。手が。心が。

 そういうところを察した陸斗は素直に頭を下げた。


「すまん」


 一言。それだけで柚季は十分だった。


「よかった、陸斗が無事で……」


 安心しきった柚季は膝から崩れ落ちるようにへたり込んだ。

 全てが終わった。約三時間にわたるグランドシリーズとの激闘が今、幕を閉じたのだ。

 あとは村に帰るだけ……

 ――ポロ、ポロ……


「ん? 今なんか落ちたような……」


 そう思い陸斗は視線を上へ向ける。

 見慣れない黒い亀裂が陸斗の視線の先に広がっていた。

 それから予想される結末が陸斗の脳裏を過ぎった。

 

「危ない!!」


 陸斗の言葉とほぼ同時に亀裂が広がり天井の岩が崩れ落ちてくる――。

 落下してくる岩石に陸斗の右腕が閃く。

 直後、閃光が視界を埋め尽くす。

 何が起こったのかすぐに理解できない二人は閃光が放たれた天井を見やる。


「え……穴?」


 見上げた先には闇に覆い尽くされた穴がぽっかりと口を開けていた。


「みんな、早くここから出よう。たぶん岩盤崩落が起きてる」


「それって、私のせい……」


 あからさまに落ち込む柚季に陸斗は首を横に振った。


「そんなことない。柚季のおかげでグラタラを倒せたんだ。岩盤崩落は誰のせいでもないよ」


 柚季は目じりに浮かんだ涙を拭い、顔を上げた。


「そろそろ退散した方がいいんじゃない」


 天井を眺めながら美姫が冷静に告げる。

 崩れた後の岩盤からまた新しい亀裂が走り、洞窟全体に広がろうとしていた。


「急いで逃げるぞぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 陸斗は拳銃を手放し、へたり込んだままの柚季の腕をとり、走り出した。美姫は自分で起き上がり、陸斗の後ろを走る。

 ゴゴゴゴ! と洞窟全体が揺れ、今にも崩れそうな箇所がいくつもある。

 洞窟を出るには数分かかる。出るまでにどこか崩れ落ちる可能性が高い。

 念には念を、と一人で走れるようになった柚季から手を放し、密かに《開弾オープンバレット》を唱える。

 右手に収まる拳銃の感覚を確かめながら、出口へ駆け出す。



 出口直前。

 

「そんな……。ここまで来て……」


 柚季が絶望を帯びた声を漏らし、目の前の光景を見つめる。

 目の前は絶賛岩盤崩落により閉じられた出口がある。通路は一本道の為、道を間違えたというわけではない。

 

「ねぇ、ちょっと、後ろ……」


 震えた声で美姫が後ろからやってくる新たな災害に目を向ける。

 この場合どちらを優先するかは明白だ。

 陸斗は右腕をまっすぐ前方に向ける。


「陸斗、何するつもり?」


「《権破アカウントブレイク》でこの岩を消す」


「待って、陸斗は今日はもう三回撃ったでしょ。もうゼロじゃない」


「柚季、今何時だ?」


 唐突に質問を投げかけられ、柚季は不思議そうな顔をしながら左腕のログウォッチに目を向ける。


「えっと……午後十二時十分だよ?」


「なら大丈夫だ」


「えっ……」


 確信を含んだ声音で告げる陸斗を訝しげな視線を向ける柚季。

 

「ねぇ! 早くしないとアタシたちこのまま潰されるんですけど!?」


 危機感を感じ始めた美姫が陸斗を催促する。

 陸斗はまっすぐ前方の岩石に目を向ける。そして無言で引き金を引いた。

 迸る青白い閃光が岩石に着弾し、一層強い光が視界を覆う。

 聴覚で後ろから岩盤崩落が続いているのが分かる。


「みんなそのまま外に飛び込むんだ!」


 視界はまだ閃光の余韻で明瞭ではない。しかしこのまま視界の回復を待っていれば確実に岩盤崩落に巻き込まれる。

 岩石が綺麗に消えていることを祈りながら無我夢中に三人は走った。

 すると、閃光とはまた別の光に包まれる。

 粉塵と同時に押し出された三人は、それぞれ草原エリアに散った。

 暖かな陽光が三人の帰還を祝福ように頭上で照り輝いていた。

クエスト完了!!

長い間お付き合いありがとうございました!

こんなこと言ってますけど作品の完結じゃありませんからね!

では、今後の予定を。

次回で一章本編が完結です。

その次に番外編を一話挟んで一章全体が完結です。

なんとかこれを一月中に終わらせたいと考えています。

これからも「アカウントブレイク」をよろしくお願いします。

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