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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(8)

 巨大蜘蛛から間一髪で小部屋に逃れた美姫に一件のDMダイレクトメッセージが届いた。


「柚季から?」


 何だろう、と小首を傾げながらそのメッセージを開く。


「『次の戦闘時に拳銃のマガジンを陸斗に渡して』って、何で陸斗が送らないの?」


 ふと思い浮かんだ疑問はすぐに自分がいかに無神経なことを言ったのか理解した。


「そうだった……アタシのせいでりっくんは腕を……」


 途端、胸に押し寄せてくる後悔と罪悪感が美姫を包んだ。

 ――もっと早く自分が危険を知らせれば――

 ――もっと早く自分が攻撃をキャンセルさせていれば――

 今となってはどうすることも出来ないことを何度も繰り返し、後悔しては立ち直る。

 後悔は次失敗しないために。俯く暇があるなら成功へのピースを集めろ。それが美姫の人生観だ。


「だーーーー!! もう考えても分かんないよ!! 今度こそ絶対に失敗しないんだから!!」


 ひとしきり叫ぶと美姫は後ろに倒れ込んだ。大の字で寝そべると、ひんやりとした冷たい岩の感触が身を包む。

 美姫はミニスカートのため、陸斗の前でこんな事は出来ない。もしそんな事をすれば、柚季にこっぴどく叱られるのは目に見えているからだ。


「……久しぶりだな」


 誰もいない空間で独り呟く。

 以前は独りでいることは慣れっ子だと思って気にも留めなかった。しかし今ではうるさいほどの静寂の中で孤独感だけが残る。

 それは三人でいた時が充実していたことを示す。

 美姫は膝を抱えて、小さくなる。


「早く会いたいな……」



□ ■ □



 十五分後。陸斗たちは窪みから身を乗り出し、周囲に敵がいないことを確認してから洞窟の通路に出た。


「タランチュラはいないな」


 陸斗は右手に持つ拳銃にセーフティをかけて装備している。

 そして、ズボンとベルトの間には二つのマガジンが差してある。このマガジンは二つとも柚季から借りたものだ。陸斗の二つ目のマガジンはマシンガンに挿したままになっている。

 陸斗が独りで戦うと宣言したため、柚季は少し不機嫌そうになっているが、何も声を掛けてあげることはしなかった。

 これは完全なままで、自己中な自分が招いた結果だからだ。


「美姫ちゃんは私たちが休んでた小部屋で休憩してるって。私たちもそっちに行く?」


 何処かで踏ん切りがついたのか柚季の声音は優しいものとなっていた。

 陸斗は密かにホッとしてから、柚季の問いに頷いた。


「ああ。今グラタラが何処にいるか分からないからまずは美姫と合流しよう」


 出来れば美姫と会う前に巨大蜘蛛とは遭遇したくないものだ。

 行動指針が決まったところで陸斗と柚季は歩き出した。



 しばらく歩くと、見覚えのある分かれ道に着く。


「確か、右の方だったよな」


「うん。右側の壁の何処かに穴があったはずよ」


 陸斗は右側の壁に注目しながら進む。


「この辺りにあったと思うんだけどな……」


 記憶にまだ新しいはずの穴の位置を思い描きながら拳銃をズボンとベルトの間に差し込み、壁に手をやってみると。

 ドン、と前身が何かにぶつかった。

 思わぬ衝撃に蹈鞴たたらを踏み、ぶつかった正体を探る。


「こんな所に壁なんてあったか……?」


 色は闇のせいでよく分からないが、おそらく黒だ。形は円形に近く、棒のような気がする。

 そして触るとザラザラとした異質な感触が手に伝わる。

 この感触は何か、と記憶を探っていると。

 その黒い棒のような何かは動き始めた。


「まさか……」


 陸斗の脳裏には最悪の予想が浮かんでしまった。

 一歩、後ずさる。

 陸斗のぶつかった棒のような何かは左の方に流れ、違う黒い棒が右から流れてきて迫ってくる。

 柚季も同じような恐怖で数歩下がる。


「これってもしかして……」


 柚季の脳裏にも最悪の予想が浮かんだ。いや、浮かばざるを得なかった。

 ここでこんな恐怖を味わうのは一つしかない。


「ああ。こりゃあ――」


 少し高い位置に紅い光が出現した。

 それはこの洞窟の主が持つ紅玉のような単眼だ。


「――グランドタランチュラだ!」


 二人は一斉に巨大蜘蛛から距離をとる。

 陸斗はサッと拳銃を抜き放つと、周囲の状況を整理した。


「両側には壁があり、通路は細く、後方にしか移動はできない」


 ここでの戦闘は不可能と判断する。


「陸斗、まずは分かれ道の所まで戻るべきよ!ここじゃ満足に動けない!」


「俺もそう思ってたところだ!」


 そういうと、柚季は後方に走り出し、陸斗は突進した。


「陸斗!?」


 思いがけない陸斗の行動に柚季は声を上げた。


「たぶん美姫がこいつのヘイトを貯めたんだ。だから美姫の逃げた先のこの道にグラタラがいる。俺がヘイト値を上書きしないとこいつは俺たちについて来ない」


 陸斗が巨大蜘蛛の目の前に着いた途端、巨大蜘蛛の黒脚が陸斗に向けて振り下ろされた。

 一度足を止めた陸斗はその攻撃を待った。

 案の定、巨大蜘蛛の黒脚は陸斗の左側を穿った。しかし、そこは陸斗の『元』左腕があった所。巨大蜘蛛の黒脚は陸斗にダメージを与えることは無かった。


「テメーが俺の左腕を奪ったんだよ!! その分のツケは払ってもらうぞ!!」


 大きく出された黒脚の下には人が一人入れるほどの隙間が出来ていた。

 陸斗はもう一度、脚に力を込め、巨大蜘蛛に突進した。

 そして身を屈めたまま巨大蜘蛛の腹部の下に滑り込むと、銃口を腹部に向ける。

 次の瞬間、陸斗は排薬が追いつかないような速さで引き金を引いた。

 何度も明滅するマズルフラッシュ。

 そうして全弾を使い切ると、陸斗は急いでその場を離れた。

 マガジンリリースボタンを押し、マガジンを落とす。一個目のマガジンが光の粒子となって消えると、すぐに次のマガジンの挿入に取り掛かる。

 スライド部分を口で挟み、空いた右手でベルトに挟んである二個目のマガジンを取り出す。それを空のマガジンスペースに押し込む。

 装填を終えた拳銃を右手で持ち替える。


「やっぱ、片腕無いと不便なことあるな」


 柚季には聞こえないよう呟くが、陸斗は別に柚季を責めたいわけではない。この傷は自分が受身を取って体勢を立て直していれば回避できたことだ。

 だから柚季も美姫も責任を感じる必要は無いのだ。それを証明するためにもこのクエストを成功させなければならない。


「ここなら大丈夫じゃない?」


 柚季が指すこの場所は大きな通路で、前後に移動するのは容易い構造になっている。

 ここで巨大蜘蛛を待つ。

 あれだけのダメージを与えたのだから確実にヘイト値は上書きされているはずだ。


 ――ドスドスドスドス。


 微かな振動と音が二人に伝わる。


「来るぞ」


 次の瞬間、闇の中から紅い単眼に怒りを孕んだ巨大蜘蛛が現れた。

 その怒りの矛先は陸斗に向けられている。

 巨大蜘蛛に視線をフォーカスすると、横にHPバーが表示された。


「残り三割弱ってところか」


 つまりさっきの銃撃は三割あるかないかということになる。単純計算でマガジン一つで二割強はあるということだ。

 しかし残りのマガジンだけでは巨大蜘蛛を仕留めることはできない。


「とりあえずは二本目のHPバーを吹っ飛ばすことだ!」


 思考を打ち切り、陸斗は戦闘に専念することにした。

 真正面から巨大蜘蛛と戦っても勝率はゼロだ。そして陸斗には弱点を狙うほか攻撃はない。

 左腕がないからダメージを受けないとは口からの出まかせで大嘘だ。気休めにもなりやしない。

 それでも今ある条件で最善を尽くすしかないのだ。

 

「行くぞ!! デカグモ!!」


 吼えるのと同時に地を蹴った。正面ではなく左の壁に向かって。

 前の戦闘で一定の速度があれば数歩だけ壁を歩くことができるのを知った。

 巨躯を誇るグランドタランチュラの弱点に「回転力の悪さ」がある。前後の移動はそれなりに速いが、突然の回転には不向きのようだ。

 だから陸斗は速度を活かした戦法を執ることにした。

 

「――――ッ!」


 巨大蜘蛛の攻撃を躱しながら、壁伝いに背後に回る。

 ノーガードの背後には大きな隙が生まれていた。

 巨大蜘蛛も回転のタイミングを逃がし、防御ができない。

 陸斗はその隙を逃がさず薄い甲殻の腹部に銃口を向ける。

 そして先ほどと同様に高速連射で巨大蜘蛛を攻める。

 あっという間に弾がなくなったマガジンを捨て、次のマガジンを挿入する。

 巨大蜘蛛のHPは残りわずか。

 このマガジンを使い切ればゼロにすることができる。

 次弾の準備をしていると――


「りっくん避けて!!!」


 突然掛けられた声に振り返るよりも早く、後方に大きく跳躍した。

 直後、目の前を黒い一閃が過ぎ去った。

 着地した後、陸斗は前方を振り仰いだ。

 すると、直前まで陸斗がいた所を巨大蜘蛛の黒脚が突き刺さっていた。

 

「あっぶねぇ……。美姫、ありがとな」


 陸斗は声を掛けた主――美姫に危機を脱したお礼を言う。

 

「いいわよ。はい、これマガジン」


「ああ。ありがとう」


 一旦、拳銃を口で挟み、美姫から拳銃マガジンを二つ受け取る。

 それをズボンとベルトの間に差し込み、拳銃を右手に持ち替える。

 

「ごめんね、すぐにマガジン渡せなくて。穴の前にグラタラの脚があって出られなかったの」

 

 美姫は申し訳なさそうに謝罪をする。しかし陸斗は首を横に振った。


「大丈夫だ、ちゃんと間に合ってる。俺たちも穴の近くまで行ってたからそんなことだろうと思ってたよ。……んじゃ、ここは俺に任せて、美姫も隙を見て柚季のところに向かってくれ」


「イヤよ」


「は!? 何言ってんだよ、美姫! 銃も無いのにここにいても危険だろ!!」


 内心ではその銃が無い状況にしてしまったのを反省している。だからこそ、非戦闘員の二人を安全な所に避難させるのだ。

 しかしそれでも美姫は引き下がらない。


「銃が無くたってアタシは戦えるの!! 今からそれ証明するから!!」


 そう言って美姫はポーチに手を突っ込む。ガサゴソと何かを取り出す。


「りっくんはマガジンあといくつ持ってるの?」


 言われて陸斗は拳銃を持った右手でベルトに挟んであるマガジンを確認する。


「さっき美姫から渡されたのを含めて……三つだ」


 美姫は掌の上でいくつかの玉を転がしながら、そう、と応える。


「なら、それは三本目のためにとっときなさい」


「え?」


 陸斗は美姫が今からやろうとしていることがよく分からなかった。

 ただ、美姫は確信をもって陸斗は手を出すな、と言っているのが伝わった。


「それじゃ、一発行きますか――ッ!」


 野球のピッチャーさながらのフォームで右手を振りかぶる。

 そして美姫の手から放たれたのは五つの玉――<火炎玉>だ。

 宙を舞っていた<火炎玉>は巨大蜘蛛に直撃はせず、周囲に落下する。

 直後、巨大蜘蛛を包むように業火が巻き起こる。

 近くにいたせいか、熱気が頬の肌をチリッと灼いた。

 咄嗟に腕で顔を庇うが、巨大蜘蛛のHPバーからは目を離さなかった。

 残り少ない緑色のバーがじりじりと減っていく。

 そして――二本目のHPバーが消失した。


「よし! 残り一本だ!!」


 HPバーが消失した瞬間、巨大蜘蛛が四本の脚を上げて身体を反らせた。

 

「今がチャンスだ! 美姫行こう!」


 陸斗はベルトに拳銃を差し込み、美姫の腕をとる。


「あっ……うん!」


 突然腕を握られて一瞬戸惑いを見せたが、美姫はすぐにいつもの表情に戻った。

 陸斗たちは火の手が届いていない壁際を駆けて柚季と合流した。


「美姫ちゃん!! よかった無事で~」


「く、苦しい、ゆっきー」

 

 それほど長くない別れにも拘らず、柚季は久しぶりの再会でもしたように美姫に抱きついた。

 よほど嬉しかったのか、美姫が柚季の腕をタップして降参の合図を出すほど、強く抱きしめている。

 陸斗にこの事態を止めてやろうという気概はない。仲が良いことは良いことだ。

 

「そろそろ来るぞ。攻撃パターンが変わる」


 が、感動の再会タイムは巨大蜘蛛の着地により、終了を告げる。

 未だ燃え上がっている業火の中で、巨大蜘蛛は吼えた。


『ギィィィィィィィィ!!』


 巨大蜘蛛の咆哮は周囲の業火を霧散させた。

 そして身体を回転させて陸斗たちの方を向く。

 紅玉の如き単眼は一層怪しく輝き、その下には蜘蛛にそぐわないギザギザの歯が姿を現していた。

 おそらくそれが口と思われるところから何か、液体のようなものが滴り落ちていた。

 もしかして、と陸斗の脳裏に次巨大蜘蛛がするであろう攻撃の予想が立てられた。

 しかしそれはこの距離では回避できない。陸斗は咄嗟に今挿入されているマガジンを取り出す。


 ――次の瞬間、巨大蜘蛛の口から紫色の液体の塊が発射され、陸斗たちに襲い掛かった。


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