オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(7)
オンリークエストシリーズもついにpart7まで来ました。
更新が遅い上に長々と書いてしまい申し訳ありません。
もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。
「アカウントブレイク」を今年もよろしくお願いします。
では、どうぞ!
黒槍の如き一撃を喰らった陸斗に気づいたのは、柚季が振り返った直後だった。
「――陸斗、大丈夫!?」
攻撃の衝撃によって崩れかけた体勢をなんとか両足で踏ん張り堪えた。
陸斗の左腕を見ると、肩口から先が跡形もなく消し飛んでいた。
これほどのダメージを見たことがない柚季はサッと陸斗のHPバーに目を向ける。
「残り三割……」
あのたった一撃で七割ものダメージを受けることに柚季は恐怖に駆られた。
この『マジック・オブ・バレット』というゲームは、【レベル】というステータス上昇システムはなく、ほぼ完全なスキル制だ。
防具などの装備品を整えない限り、ほぼ全プレイヤーが一律のステータスを持っている。
それはつまり、あの巨大蜘蛛の一撃を喰らえば、ここにいるプレイヤーが七割のダメージを受けるということだ。
途端、柚季は膝が震え、足が竦み上がった
「……げ、ろ……」
「え?」
隣から微かに掠れた声が掛かる。しかしそれがしっかりと柚季には伝わらず、柚季が、もう一度問い掛けようとした時――。
「ゆっきー! 走って!! 一旦退却よ! りっくんの回復を優先して!!」
背後から美姫の声が響き、先程陸斗が発しようとしていた言葉に気づく、――「逃げろ」と。
「美姫ちゃん、また会おう! 今度はみんなで倒そう!!」
ここで何かを言い返そうものなら、あっという間にパーティが壊滅するという予測は出来るので、余計な言い争いは避けた。
美姫だってここで無駄死にはしないだろう。
そう信じ、柚季は肩に回した陸斗の右腕に一層力を入れる。
「ちょっと大変だろうけど……陸斗、速く歩くよ!」
柚季は小さく呟き、歩くスピードを上げた。
奥歯を噛み締めながら、陸斗も二人三脚の要領で柚季の歩調に合わせようとする。
しかしこんなスピードでは巨大蜘蛛から追いつかれるのも時間の問題だ。
再度、巨大蜘蛛の黒脚が振り上げられる。
直後、背後から三回の発砲音。
『ギィィィィィィィィィィ』
高く振り上げられた黒脚が垂直に地面に突き刺さる。
「美姫ちゃん!?」
足を止め、柚季は首だけを振り返らせた。
「止まんないで!! 早く逃げて!!」
巨大蜘蛛の巨躯のせいで美姫の姿は見えないが、とりあえず安全地帯にいるようだ。
美姫の叱責を受けて、改めて柚季は逃げ出した。
柚季は気づいていなかったが、遠ざかる敵を陸斗は恐怖とは違う感情が宿った瞳で見据えていた。
□ ■ □
美姫が柚季と共に陸斗の所に駆けつけなかったのには理由があった。
この世界を、単なるFPSと考えてはいけない、単なるRPGと考えてはいけない。
それはこれまでの戦闘でも経験したことだ。いくらFPSのように銃で戦うと言っても、相手はRPGのようなモンスターだ。
ならば、多観点から次の行動を推測すべきだ。
だから美姫は考えた。これまでの二年にも満たないゲーム歴の知識を総動員して。
RPGなどのこういったボス級モンスターはある一定のダメージを与えると、行動パターンが変化すると聞いたことがある。
もし、それが今回の出来事に当てはめるのなら、ちょうどHPバーが一本消えたところで行動パターンが変わる可能性は高い。
だから美姫は陸斗のところには行かず、じっとグランドタランチュラを観察していた。
すると、巨大蜘蛛は仰向けの姿勢から即座に起き上がり、前脚を槍の如く構えた。
美姫は咄嗟に背を向けていた二人に叫んだが、それとほぼ同時に巨大蜘蛛の脚が陸斗の左腕を穿ったのだ。
――このままでは、パーティが壊滅するか陸斗が死んでしまう……!
そこで、美姫は一旦退却を提案した。
柚季は物分りがよく、退却を即決し、陸斗を連れて逃げた。
そして、残った美姫がすべき事は、この巨大蜘蛛から柚季たちが逃げる為の時間稼ぎだ。
先程、大ダメージを与えた陸斗にはかなりのヘイトが溜まっているはずだ。その陸斗が逃げたとなれば、巨大蜘蛛もそれを追いかけるのは明白だ。
だから美姫にはそのヘイトを上書きする必要がある。
(でも、アタシにできるの……?)
連射攻撃で稼いだヘイトに単発で撃つ銃が敵うのだろうか、という懸念もあるが、迷っていられない。
そうこうしているうちに、巨大蜘蛛が次の攻撃モーションに入っていた。
美姫は一旦思考を切り、準備していた拳銃を取り出す。照準は先程陸斗が見つけた弱点――腹部だ。
美姫は全神経をこの射撃に注いだ。
そして、三度引き金が引かれる。
見事三発とも命中した巨大蜘蛛は攻撃モーションがキャンセルされ、高く振り上げられた脚が地面に突き刺さる。
無事二人の退却時間を稼ぐことはできた。
しかし――。
「やっば。この先考えてなかったわ……」
まあ、今までだって先のことなんて考えたことは無かったから今更というものだ。
そこで今考えられる行動は二つある。
一つ、懸命に戦い、相手のHPを出来うる限り削り、果てに死す。
二つ、このまま回れ右をしてさっきの休憩場所までダッシュする。
「当然だけど、一はありえないよね。死んじゃったら柚季に怒られるもん。でも、二も確実に生きて還れる保証はない。どうしたもんかね……」
まさか二つともダメになるなんて考えてなかった。
顔は引きつっているが、笑顔を作ってみる。おそらくこれを絶体絶命のピンチに立たされた人間の『苦笑』と言うのだろう。
「って、そんなことしてる場合じゃなぁぁぁぁい!!!」
兎にも角にもまずは逃げるのみ!
先のことなんて考えてたらここで死んでしまうのは確実だ。
しかしまだヘイトの上書きが終わっていない。
このままだとグラタラは陸斗たちを追いかけに行くだろう。そうなってしまえば陸斗たちが安心して回復に務めることができなくなってしまう。
美姫はポーチに手を突っ込み、手に触れたゴロゴロとした塊を鷲掴みし、取り出す。
「これでも――」
美姫の手にあるのは大量の<火炎玉>だ。陸斗は言っていた、硬い甲殻のグラタラには<火炎玉>の炎は効かない、と。
しかし、弱点の甲殻が薄い部分を狙えば多少はダメージになるだろう。
「――喰らえぇぇぇ!!」
足元に<火炎玉>を落とさないよう慎重に、それでも強く願いを込めて、巨大蜘蛛の真下辺りに投げ込んだ。
刹那、最初の雑魚処理の時よりも大きな業火が巨大蜘蛛を包んだ。
『ギィィィィィィィィィィ!!!』
業火の中から巨大蜘蛛の断末魔が聞こえたが、美姫は振り返りあの小部屋を目指してダッシュした。
最後に目の端で確認したが、巨大蜘蛛のHPが三割ほど減り、さっきの射撃のダメージも含めて残り六割ほどある。
(こんだけやったらヘイト上書き出来たわよね……?)
ありったけの願いは巨大蜘蛛に届いていた。
業火の中から巨大蜘蛛が漆黒の前脚を突き出す。赤く熱せられた黒脚は熔炉の中から取り出したばかりの鋳鉄のようだ。
業火から抜け出した巨大蜘蛛は進路方向を逆に変え、美姫の逃げた方向を怒りと憎しみを宿した真紅の単眼で見つめる。単眼には闇の中でも美姫の姿がよく見えていた。
人間よりも大きな歩幅で巨大蜘蛛は美姫に接近を始めた。
□ ■ □
退避を余儀なくされた陸斗たちは、通路の脇に出来ている窪みに身を潜めた。
小さな窪みのため、二人は寄り添う形で休憩している。
ちょうど陸斗が緑色の液体――体力ポーションを一息に呷った時だった。
「ねぇ、腕、大丈夫……?」
随分と萎縮した様子で訊ねているのは、この傷が自分の失態によるものだと意識しているからかもしれない。
空になった瓶を足元に置いた陸斗は、柚季に顔を向け、柚季の問いに笑顔を作って答える。
「大丈夫さ。むしろ、ダメージを受ける場所が減って有利になったと思ってるよ!どうせ、左腕があったところで戦闘には使い物にならないからな」
元気そうに答えた陸斗は、半ば空元気に近いものだった。
失われた左腕は体力ポーションで回復しても復活する事はなく、ただ惨たらしい傷口だけが残っている。
しかしそれでも、柚季に心配を掛けないよう、陸斗は笑顔を取り繕いながら話を進める。
「休憩は十五分くらいだな。そしたら弾も回復してるだろう。今度こそアイツを倒そう」
膝を抱えて蹲る柚季が数俊躊躇い、口を開いた。
「……もう、やめよう。帰ろうよ。美姫ちゃんにもなんとかしてこっちまで戻って来てからさ。……元から私たちには無理だったんだよ……。こんな大きなクエストにたった三人だなんて……」
いつにも増して柚季は弱気な発言だ。
確かに弱点となる腹部にダメージを与え、HPゲージを一本吹き飛ばすことができた。
しかしその直後、左腕を失う大きな損害を受けることになってしまった。
ほんの一瞬見えた希望より現在の絶望の方が勝っているのだろう。
だから柚季の言うことは『普通』の反応なのだ。誰しもが同じ状況ならば同じことを言うだろう。
しかし、陸斗は――。
「柚季、頼みがある。美姫にDMを飛ばしてくれないか」
「えっ……?」
掠れた声で聞き返す柚季に覇気は感じられない。
対象的に陸斗は、瞳に闘士を宿らせ、柚季に再度頼む。
「今度は俺一人で戦うよ。美姫には拳銃のマガジンを俺に貸してくれるように送ってくれ。次はもうミスなんてしない……!」
決意を込めて陸斗は柚季に懇願する。
左腕と共にログウォッチも失った陸斗は、仲間との遠距離コミュニケーションは柚季に頼むしかなかった。
「そんなの危ないよ!! あんな攻撃を受けてまだ戦うっていうの!? いい加減にして!!」
今までの覇気のない柚季から一変して、語気を強めて言った。
「柚季……」
「私はイヤなの!! 陸斗が死ぬなんてイヤなの!! 美姫ちゃんだって死んで欲しくないの!! ……別にいいじゃん、クエストの一つや二つクリア出来なくたって……。死んじゃったら全部終わっちゃうんだよ!?」
早口でそこまでまくし立てると、柚季は肩で息をするようになっていた。
今までこんなに感情的に発言することはなかった柚季を、陸斗は表情が驚愕の色に染まっている。
「陸斗は命を粗末にし過ぎだよ……。初めてノブさんと出会った時だって、路上でスナイパーに襲われた時だって……。自分の命をもっと大事にして!!」
ずっと胸の裡に秘めていたことを吐き出したかのように柚季は涙声でまくし立てた。
知らなかった。柚季がそんなことを思っていたなんて。
自分に自殺願望なんてものはないが、確かに思い返せば、危険なことばかりをやっていた気がする。
初の対人戦闘でも恐怖がなかったと言わないが、なんとなくやれる、と思ったのだ。
今までの苦境も「俺ならできる」と心のどこかで理由のない確信のようなものがあった。
おそらくそれを柚季に告げることはない。
帰って不安にさせてしまうかもしれないからだ。
だから、陸斗は優しい声音でこう言った。
「――もう一度、俺を信じてくれ」
「……怖くないの?」
柚季は目尻に溜まった滴を拭い、陸斗に問うた。
「怖いさ。でも、……絶対に負けないから」
再度決意を込めた瞳で訴え掛けると、柚季はコクリと頷いた。
「……わかった。信じるわ。……だから、勝ってね」
「おう!」




