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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(6)

 声に導かれて洞窟の闇を五十メートルほど突き進んだ先に、二つに分かれた道の前に二つのシルエットが視認できた。


(柚季と美姫か……)


 すぐにその二つのシルエットの正体を悟った陸斗は、徐々に速度を落としながら二人の許に辿り着く。

 この闇の中でも目を凝らせば人の影くらいは視認できる。しかし表情までの細かいところまでは分からないので少々近づく必要がある。


「陸斗も追いついたわね。じゃあ、まずは避難場所に行きましょ。いつ奴らが来るか分からないからね」


「そうね。避難場所はもうアタシの《査弾サーチ・バレット》で調べてあるから、案内するよ」


「ああ、頼む」


 そう言って美姫は二つに分かれた道の右に歩き出した。

 柚季と陸斗も離されないよう、美姫に追随していく。

 陸斗の秘策は、<火炎玉>による雑魚処理、ノブたちから借りたリングによる戦力増強、最後に全弾射撃の後退避するヒットアンドアウェイ作戦。これらが陸斗の考えうる最善の作戦だ。

 フィールドがもっと広い場所であれば、多数のパーティを募ってこのクエストに挑んでいたのかもしれないが、この洞窟では逆に多数のパーティだと満足に立ち回ることはできなかっただろう。

 幅五メートル、高さ七メートルのこの洞窟では、三人が限界だ。その為、ノブの協力も断り、リングの貸与のみ要求することになった。

 一メートル先に美姫を走らせ、そんなことを考えていた陸斗は、ふと視線を横に向けた。


「ごめんな。俺の作戦で二人に負担かけて……」


 突然投げ掛けられた言葉に柚季は一瞬驚いたように、えっ、と声を出した。


「……別にいいわよ。この作戦って、陸斗が勝てると思って立てた作戦なんでしょ? じゃあ、私たちはそれを信じるしかないじゃない」


 柚季は恥ずかしかったのか、そっぽを向きそう言い放った。


「……ありがとな」


 背筋がムズ痒い感じがするが、ぱっと思い浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 フン、と鼻を鳴らした柚季も同じ気持ちなのか、妙に身体を捩らせていた。


「ここよ。この中ならあの巨大蜘蛛も入ってこられないから」


 走り続けていた美姫の足が止まり、壁際の低い所を指差して言った。

 確かにそこはどこかに通じていそうな小さな穴があった。しかしその穴は小さく、陸斗の腰の位置までもない。

 美姫は小さく腰を屈めてスルスルと穴の中に入っていった。


「小さい身体って便利だな……」


「ロリコン」


「違う!!」


 何気なく呟いた陸斗のセリフに柚季がいつものように被せてくる。

 即座に否定したが、今思えばそう取られても仕方ないと後悔もした。


「先行くか?」


「……ヘンタイ」


「ぐっ……」


 レディーファーストのつもりで言ったのだが、どうやら逆だったらしい。何を言っても悪い方向に受け取られてしまうので、これからは不要なことは言うまいと固く心に誓った。


「早くー! こっち来ないとグラタラ来ちゃうよー!」


 穴の奥から美姫の声が聞こえ、「じゃあ、俺が先に行くよ」「当然じゃない」とやり取りを交わし、陸斗が穴を通り始める。

 美姫のように中腰では通れないので、四つん這いで穴を通る。


(確かにこの体勢で俺が後ろってのはマズイな……)


 遅れて気づいたことに陸斗は自分の不甲斐なさを実感し少し落ち込む。

 後ろから衣擦れの音が聞こえ、柚季がついてきていることに気づいた。途中で止まらないよう、少し早めに手足を動かす。

 穴の先は仄かな明かりが満ちていた。どのような経緯で作られたのか分からないが、小部屋のようにしっかりとした空間が広がっている。

 謎の明かりに目を奪われながら陸斗は立ち上がる。すると、穴から這い出てきた柚季も目を見開いて空間を見渡す。


「なんで、ここは明るいのかしら……」


 改めて周囲を見渡すが、光源と言えるようなものはない。敢えて言うなら壁自体が明るいような気もする。


「ここならグラタラも入ってこないし、安全よね。たとえ小型がやって来るとしても侵入できるのはさっきの穴だけだし、それさえ注意すれば、休憩所として成り立つわ」


 周囲の壁を見渡すが、確かにあの小型蜘蛛が入ってくることが出来る隙間や穴は見当たらない。先程陸斗たちが通った穴以外。


「ていうか、さっきから言ってる『グラタラ』って『グランドタランチュラ』のことか?」


「そうだよ? だってグランドなんたら〜って長いじゃん。じゃあ略して『グラタラ』って言った方が短いし、会話の時も楽でしょ?」


「その単語だけ聞くとグラタンみたいね」


「グラタンか……食べたいな」


 そう思うと途端に食欲が刺激される。

 先程までの緊張が解けたからなのか、腹の虫が鳴る。


「食べ物関係は何も持ってきてなかったからね」


「もうすぐお昼だっけ?」


 美姫がそう問い、ログウォッチの時刻を見る。

 午前十時四十三分。

 この洞窟に入ってから実に四十分以上いることになる。


「お昼にはまだちょっと早い時間ね」


「しばらくはここで休憩をとるか。弾の回復も必要だしな」


 そう言って穴の反対側の壁に寄り添って座る三人。

 美姫はポーチから<火炎玉>を三個取り出し掌の上で転がしている。小型のタランチュラが穴から侵入してきた時に撃退するためだ。


「そういえばさ。洞窟内であんな派手に炎を使ったのに全然息苦しくないね」


 ふと、今になって気になったことを問う美姫。

 それは、「ゲームだから」と言ってしまえば終わってしまう話だが、それでは面白くない。回復の待ち時間もそれなりにあるため、ここは敢えて乗る。


「……この洞窟の壁がそういう仕組みなのかもな」


「仕組みって?」


 興味を持ったのか、柚季も耳を傾けた。


「見てみろよ、この壁」


 陸斗は背にしている壁を指差す。


「普通の壁っぽいけど……」


「よく見てみろって。壁に小さな穴があるだろ?」


 柚季と美姫は壁に目を凝らして陸斗の言う穴を見つける。


「あっ! ホントだ。小っさな穴がいっぱい」


「でも、これがなんで二酸化炭素と関わってるの? こんなほぼ密閉空間で二酸化炭素が充満すれば私たちだって酸欠で動けなくなるし……最悪死ぬわよ?」


「う〜ん、もしかして柚季ってインテリ系……? そんな細かく説明するつもりはなかったんだけど……」


「――――ッ!?」


 意外な一面を見られた柚季は、耳まで真っ赤に染まった。


「まあ、細かな化学は置いておくとして。この壁の穴が換気の役割をしてると思うんだ」


「このデコボコが外に通じてるってこと?」


 美姫は穴を手で擦りながら、片目で穴の奥を覗き込んでいる。


「たぶん、外に通じてるってことはないだろ。おそらく、壁の内部で二酸化炭素を他の物質に換える成分を含んだ物質があるんだと思う」


「へぇ〜。じゃあ、この明かりがその二酸化炭素を換えた結果かもしれなってこと?」


「光合成みたいな仕組みなのね……」


 そろそろ二人が真剣になり始めた頃になったので、『遊び』を終わらせる。


「――――っていう、今俺が考えた妄想設定な」


「へ?」「え?」


 二人が同時に鳩が豆鉄砲を食らったように呆けた表情になる。陸斗は、この表情を見るためにさっきの妄想をさも本当のように話したんだな、と少し自分を褒めてやりたいと思った。


「いい暇つぶしにはなっただろ?時間的にも丁度いいし」


 陸斗は左手首のログウォッチに目を見やる。

 時刻は、午前十一時八分、と表示されていた。

 拳銃の弾の回復も終わり、陸斗のアサルトライフルが少し回復した程度の時間が経っている。


「じゃあ、壁内部に潜む、地球温暖化を全て解決する超テクノロジー物質の話は嘘だったの……?」


 いつそんな壮大な話してたんだよ、と内心でツッコミ。

 意外にもこの子が一番妄想が激しいのかもしれない。


「ってことは宇宙から飛来した隕石に含まれる未知の物質っていう説もなくなるわね……」


 柚季に続いて美姫も自分の妄想を暴露する。

 もう本当にこの二人大丈夫!? と喉元までこみ上げて、なんとか自制心で飲み下す。

 それが自分にもブーメランになっているのは敢えて無視していることだ。



 緊張感のない休憩の後、美姫の《査弾サーチ・バレット》で周囲に敵がいないことを確認し、小部屋から出た。

 そしてグランドタランチュラがいる方向に歩を進める。


「ねぇ、何か作戦とかないの?このままじゃまたすぐに退避しなきゃだよ?」


 陸斗の少し前を歩く美姫が肩越しに問いかける。


「うーん。弱点が見つかればなんとかなるかもだけど……」


「<火炎玉>でボーンとやることはできないの?」


 隣を歩く柚季の提案に陸斗は首を横に振った。


「たぶんそれは無理だ。あの堅い甲殻が火を通すとは思えない」


「なら弱点なんて……」


 柚季が不安な表情を浮かべる。陸斗もその考えに至ったが、さっきの戦闘でも気づいたように、銃弾さえも通さない堅い甲殻に<火炎玉>レベルのアイテムだとただ消費するだけに終わってしまう。


「俺、気になってたことがあるんだ……」


 脳裏には戦闘から離脱する直前に覚えた違和感のシーンを思い浮かべる。


「あの巨大蜘蛛って……一度も動いてないよな……?」


 言われてハッとする柚季。


「確かに……ずっと天井に張り付いてアイツからの攻撃はなかったわね」


「なんで、動かないの……?」


 陸斗は瞬時に思考を巡らせ、巨大蜘蛛の不動の理由を考え抜く。

 そして閃いた思考は。


「動かない、じゃなくて、動けない……とか」


「動けない?」


 言葉の意味を解しようと反復させる美姫。

 その言葉に陸斗は頷きを返す。


「ああ。巨大蜘蛛って、この世界ではとても長い間身を潜めてたモンスターなんだよ。それに巨大蜘蛛はずっとこの洞窟で生きていたわけだ」


「う〜ん。さっぱり話が見えないんだけど……」


 陸斗の話す内容の意図が分からず、柚季は思わず眉間にシワを寄せる。


「つまり、あの蜘蛛は動けば不都合なことが起きるんだ。さっきも言ったけど、この洞窟の壁には小さな穴が無数にある。それを利用すればきっと弱点を見つけられるはずなんだ」


 上手く要領を得ない美姫は首を傾ける。

 柚季はそのフォローに入るように幾分か噛み砕いた説明を挟む。


「グラタラには地上にいては不都合なことがあるのよ。だから、長い間天井に張り付いてそのリスクを減らしていた。しかし、この穴だらけの壁を移動するにはボロ過ぎた。だから、私たちの襲撃に一歩も動かず、タランチュラの援護に任せていた……ってことでいいかな?」


「オッケー。だいたいそれが俺の言いたいことだな」


「じゃあ、グラタラの足元を崩せば、地上に落ちてくるから、弱点が見つかるかもしれないってこと?」


 美姫はさっきより納得したような表情に変わり、陸斗の伝えたい作戦を推測した。


「二人にはそのグラタラの足元を崩して欲しい。地上に落ちてきたところを俺のアサルトライフルで撃つ、ってのが俺の作戦。いいかな?」


 二人は、聞くまでもないでしょ、と言いたげな視線を向けてくる。

 陸斗はそれに頷き、戦闘の準備をする。

 ――《開弾オープンバレット

 両手に馴染むように握りこまれるアサルトライフル。

 それを持って再び戦場へ赴く。



 戦場に辿り着いた時、巨大蜘蛛は予想通り天井に張り付いて、こちらに気づいていない。

 周囲にはタランチュラもいない。

 これほどの好条件はないだろう。


「撃てぇ!!」


 静かな洞窟に陸斗の声が響く。

 それを合図に、柚季と美姫は拳銃を構え、駆け出す。

 二人は左右に分かれるように走った。

 今回は美姫にも戦闘に参戦してもらうことにした。タランチュラの襲撃も心配だが、ここは短期決戦に持ち込むべきだ。

 そうして、最初のマズルフラッシュが焚かれた。

 幾度も明滅する発火炎が洞窟を照らす。

 陸斗はただじっと機会を待っていた――巨大蜘蛛が落ちる瞬間を。


「落ちる!!」


 その時、誰が叫んだのか分からなかった。

 合図と共に地を蹴った陸斗は、とにかく弱点があることを信じ、駆ける。

 パラパラと岩の欠片や埃が舞い落ちる。

 直後、天井の岩盤が音を立てて崩れ落ち始めた。

 先程の銃撃により、岩盤がグランドタランチュラの重量に耐えられないほどに脆くなったのだ。

 足場を崩された巨大蜘蛛は、そのまま重力に逆らうことなく地面に落ちる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 叫び声と共に陸斗は跳躍した。ただし、巨大蜘蛛にではなく、壁に向かって。

 普通に跳躍してもその高さは高が知れている。だから、もっと高く!

 微妙な岩の突出部を足場に、再度跳躍。

 ――次は巨大蜘蛛の上空に。



 ドォォォン! と轟音が響く。巨大蜘蛛の落下による影響は、柚季と美姫の足に直立できないほどの揺れを与えた。

 なんとか転倒を堪えた柚季が見たのは、陸斗が巨大蜘蛛の上空を跳んでいる時だった。

 

「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 気づいた時には既に叫んでいた。一秒がとても長く引き伸ばされたような錯覚に陥る。

 ――陸斗がアサルトライフルを下に向ける。

 ――トリガーに指が掛かる。

 ――引き金を引き絞り、銃口から金属弾が連発される。

 


 陸斗自身は柚季が叫んだことに気付いていない。ただひたすらにトリガーから指を離さないよう、全神経をアサルトライフルとグランドタランチュラに注ぐ。

 仰向けの巨大蜘蛛に赤い着弾痕が残る。

 

『ギィィィィィィィィィィィ!!』


 戦闘開始時に聞いた叫びとは明らかに違う感情が込められている。

 グランドタランチュラの横に伸びているHPバーが急激な速度で減少している。しばらくした後、HPバーの最初の一本が消滅した。

 ――ここが、巨大蜘蛛の弱点か……!

 そう考えた直後、背中に激しい衝撃を受けた。


「かっ……!」


 肺の中の空気が吐き出され、激しく咳込む。

 

「陸斗! 大丈夫!?」


 地面に身体を打ち付けた陸斗に柚季が駆け寄る。ゆっくりと身体を起こし、その場から立ち去ろうと陸斗の肩を担いで動き出す。


「なんで受け身を取らなかったの!?」


「はは……忘れてた」


「もう……!}


 どうしたことかまだ美姫がこちらにやって来ていない。

 心配になり後ろを振り返ると――


「りっくん危ない!!避けて!!」


 次の瞬間、陸斗の左腕が吹き飛んだ。

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