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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第0章プロローグ
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ショッピングモール(1)

 ――五月二十四日。


 時刻はログウォッチに午前三時五十七分と示されていた。

 陸斗の目はパッチリと見開かれている。今起きたのではなく、ベッドに入ってから今までずっと目が覚めていた。

 一度は眠ろうとしたが、やはりダメだった。

 何故なら、隣の人が原因である。柚季は最初のころはこちらに背を向けていたが、寝相を変えてこちらを向く形となった。そして縮まった距離を陸斗は開けようとするが、柚季は予想以上に寝相が悪かった。

 距離を取ろうとすると、柚季の腕が陸斗の腕を絡めるように抱くのだ。それに伴い、女の子の感触を右腕に感じていた。時偶ときたまに聞こえる寝言から息が耳に掛かる。

 陸斗は理性を保持する為に一睡もすることなく、天井を見たまま夜を過ごしてしまった。


(寝相悪過ぎるだろ……!)


 顔を右に向けば柚季の寝顔があり、それがまた理性を刈り取ろうする。艶やかな唇から吐かれる息が首筋を撫でる。

 早く起こしてこの状況をなんとかしてもらおうと肩を揺すろうとするが、柚季は微動打にせず寝言を呟く。


「……お父さん……お母さん……」


 柚季の目尻からキラリと輝く雫が一滴つうと頬を下る。夢の中では家族の事を思い出しているのだろうか。

 それを聞くと陸斗にはもう肩を揺すろうとする気力をなくしていた。同時に遅すぎる睡魔がやって来る。

 陸斗は安らかに瞼を閉じた。



 寝起きはそれはそれは壮絶なものだった。

 先に起きたのは柚季だ。まだ眠気が漂っていた最初は今の状況が分からなかった。

 自分の腕が陸斗の腕を抱くように絡めていることに気付いたのは起きて三秒後のことだ。

 眠気は一気に吹き飛び、早急に事態の理解に取り組んだ。

 自分の寝相が悪いことは自覚していたつもりだ。家族からも寝相が悪いと散々言われてきた。


(でも、でもでも、これって……)


 思考が一気に加速し、時間が止まったかのような感覚に襲われる。

 いくら自分の寝相が悪いからといって見ず知らずの会ったばかり、その上殺すターゲットだった人の腕を組んで寝るとは思えない。だが現実にそうなっている。

 とりあえず腕を離そうと自分の腕を引いていく。衣が擦れ合う音が耳に響く。


(これで起きたりしないわよね)


 柚季の心配は目の前のことに集中していることに起因する。あまりに集中し過ぎて周りの音が柚季の耳に入ってなかった。

 外から聞こえるはずの鳥の鳴き声も柚季の耳には届かない。

 やっと二の腕までが離れた時に、陸斗の肩がピクリと動いた。

 それに同調したかのように柚季も肩がビクッと震える。

 まさか起きたか、と思ったが、陸斗は相変わらず音を立てない寝息を立てていた。

 一安心したところで柚季は再度腕を引き始める。慎重に腕を引きながら周りを確認し始める。昨日は暗くて分からなかったが、今はほんのりと明るくなって視界が広がっている。

 陸斗の奥にあるのは敷布団で、その奥にまたベッドがあるようだ。おそらく陸斗は自分の事を心配して近くで寝てくれたんだな、と思うと少し嬉しかったりした。


(でも、一緒のベッドじゃなくてもよかったんじゃ)


 隣には敷布団があるわけだからそっちで寝ればいいのに、と聞こえない範囲で呟いた。

 などと考えているうちに手首まで抜けていた。手首を一気に引き抜くと、陸斗の腕が支えを失って軽く落ちた。


「やっと抜けた」


 その衝撃と柚季の声で陸斗は目を覚ました。ふらりと起き上がった身体はまだ睡魔から脱出していないようだった。

 虚ろな瞳を柚季に向けたかと思うとすぐに自分の右腕に視線が泳いでいった。

 そして手を開いて閉じてを繰り返す。何かの感触を思い出すかのように。


「って何思い出してるの!!」


 柚季は陸斗を掛けてあった毛布ごと足蹴りしてベッドから突き落とした。

 まさか抱きついていたのを知っていたのか、と考えると心臓がドキドキと早鐘を打つ。

 気の所為か顔までも熱く感じる。



 突き落とされた陸斗は。

 柚季に蹴られて頭から落ちた。この衝撃は目を覚ますには十分過ぎるほどに強かった。


「いてて……」


 床にぶつけた後頭部を摩りながら起き上がる。上半身だけ起こすとベッドの上で怒りをあらわにしている柚季の姿があった。


(一体、何があったんだ?)


 周りを見渡す。

 昨日の夜と違い、朝の光で明るい。

 周りには他の家具や寝具。ベッドの隣には敷布団があった。


「こんな所に敷布団があったのか」


 これぞ灯台下暗しだな、と達観したように呟いた。

 尚も柚季の形相は変わらない。別に敵襲があった訳でもなさそうだ。陸斗には頭上に疑問符を浮かべるだけだった。


「……着替えたい」


 突然柚季が呟いた。


「どうぞ」


 そんなことを聞かれてもダメです、とは陸斗には答えれなかった。

 よく考えれば、陸斗と柚季の服装が制服だったのだ。

 陸斗の制服は、白のカッターシャツの上にブレザーを着用し、首元には学年の証である青のネクタイがしっかりと結ばれていた。

 柚季も似たような物で、ブレザーの上に紺のカーディガンを着用し、同じように女子は首元に赤いリボンを付けている。そしてチェック柄のミニスカートを履いている。

 この格好は意外と人目につきやすいと今更ながら陸斗は気づいた。


「下の階に衣服ショップがあるからそこに行きましょ」


 提案したのは柚季だった。これもまた気の所為か柚季は喜々として衣服ショップに行きたいと話し出す。

 陸斗はその意見に異を唱える理由もなく素直に頷いた。

 立ち上がり、落ちた布団を綺麗に戻して柚季と共に下の階へと歩き出す。



 ショッピングモール三階。

 この階も上と変わらず照明はなく、外からの光だけで明るかった。そこらへんがゲーム補正らしく思えた。

 四階から一階までは中央が吹き抜けになって、ぐるりと一周全てが店で埋まっている。おそらく下の階も同じ構造になっているだろう。

 階段を下りてしばらく歩くと、突然柚季が足を止めた。


「ここにする」


 そう言って止まった店は、ショーケースにマネキンが二体置いてあり、最先端ファッションように着こなしている所だった。店の名前は文字が欠けたり抜けていたりして読めない。

 今まで歩いてきた中でも女性服の店はあった。それでもこの店に決めたのは何か理由があったのか。それを推測できるほど陸斗に乙女心とファッションショップに敏感ではなかった。

 幸いなことに隣の店には男性服が置いてある店だった。


「俺は隣の店で服選ぶから。十分後に集合な」


「短っ!?」


 手に持つハンガーを落としそうになりながら柚季が驚きの表情を見せた。


「それは短すぎるよ。一時間後にしよっ」


「わかったわかった」


 短い間だったが、柚季には逆らってはならないように思えた陸斗は、否定せずにスタスタと店に入っていった。


(選ぶのに五分で、着替えるのに二分と考えれば十分あれば余裕だろ)


 もちろんそんなことを口には出せなかった。

 否定した時のことを考えると朝のベッドから蹴り落とされたことが脳裏に浮かぶ。地味に鳥肌が立った。



 一時間経過。

 陸斗は柚季の入って店の前にあるベンチに腰掛けて待っていた。

 ちなみに陸斗が選んだ服は黒いTシャツに黒いズボン。ズボンはよく伸びる素材で出来ているようで、膝を曲げても軽く走っても着苦しい事はなかった。陸斗が全身黒いのはハイド率を上げるため……というのは後付けで単にセンスがなかっただけである。陸斗はオシャレより機能重視派であった。

 服装に関する料金はこのゲームでの支払い方法が分からず、店員がいなかったこともあり、そのまま抜けてきた。少しの罪悪感を背負って。


 一時間十五分経過。

 コーディネートが終わった柚季が店から出てきた。

 白のTシャツに水色のミニスカートで登場した柚季は、どう? と尋ねた。

 答えは一つ。


「可愛いんだけど、それはちょっと……」


 陸斗は口ごもってしまう。

 普通にリアルで会うには可愛いと思った。だが、この死に直結するゲームにおいてはもう少し考えて欲しかった。

 陸斗の後付けで入ったハイド率も大事だということに気を遣って欲しかった。

 柚季は自分の服装を見回し、何がいけないのか考えていた。


「もうちょっと地味なやつにしてこいよ。あと動きやすい格好で」


 それだけ言うと柚季はしょんぼりとした様子で店の中に入っていった。

 彼女なりに自信のあった服装だったのだろう。それを否定する陸斗にもかなりの覚悟があったのも確かである。

 またしても罪悪感に駆られた陸斗がベンチに座っていると、すぐに柚季が帰ってきた。


「これで、いい?」


 今度は紺のTシャツと迷彩柄のズボンでやって来た。色合いは地味だがきちんと着こなすようにしているところが女子らしいと思った。


「うん。似合ってると思うよ」


「可愛いとは言わないんだ」


 拗ねるような口ぶりで柚季が呟く。

 実際に可愛さを完全無視した服装であるため、安易に可愛いと言うのは違うという陸斗の配慮なのだったが、柚季には伝わっていないようだ。


「ま、まあ柚季は素が可愛いから何着ても似合うと思うよ」


「それって何着ても変わらないってことだよね」


「うっ……」


 詰んでしまった。女の子を褒めるのがこんなに難しいのか、と改めて理解した陸斗だった。



誤字・脱字があれば言ってください。

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