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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(4)

 午前十時、洞窟前。

 現在、陸斗たちは二時間かけてクエストの洞窟前まで来ている。目の前には円形の闇が広がる洞窟が待ち構えている。


「この先が、クエストの洞窟なのか」


 ポツリと呟く陸斗。洞窟は前クエストの時の森の大岩からさほど遠くない。

 タランチュラが生息していたのも頷ける。


「美姫、周辺を調べてくれ」


「はいよー」


 陸斗の指示で美姫は自分の所有している《独弾ユニークバレット》を呼び起こす。


「《査弾サーチ・バレット》」


 エメラルドグリーンの光が美姫の指に嵌められているリングから輝き出す。

 周囲にエメラルドグリーンの光を撒き散らしたのはほんの一瞬のことだった。その後、光が収縮し、視界がクリアになった時には、美姫の手に拳銃が握られていた。

 その拳銃の銃口を地面に向ける。本来《査弾サーチ・バレット》は地上に撃ち込み、その後のエコーロケーションにより周囲の状況を本人が直接感じるものである。

 目を瞑り、大きく深呼吸をする美姫。

 元より照準などは関係ない《査弾サーチ・バレット》に緊張は起きないはずだ。しかしどう見ても緊張を解きほぐす行いにしか見えない美姫の行動に陸斗は疑問符を浮かべることはなかった。

 そこにはこのクエストに対する覚悟が感じられたからだ。

 だから、陸斗と柚季は何も言わず、美姫のタイミングを待つことにした。

 その後、美姫は三度の深呼吸をしてからトリガーに指を伸ばした。

 そして静かに引かれる引き金。辺りに響く銃声。

 陸斗にはそれがこのクエストの本当の始まりの合図に思えた。

 やがて美姫の口からエコーロケーションの報告が述べられる。


「今アタシたちが立っている草原エリアにはモンスターの反応はないわ。でも……」


 そこで美姫は一度言葉を切った。

 余程のことなのだろう、と思い陸斗は固唾を飲み込み、美姫の言葉に耳を傾ける。


「この先の洞窟にはウジャウジャとモンスターがいるわ。でも壁の隙間や岩陰に隠れてるだけでアタシたちにはまだ気づいていないみたい」


「そうか。やはりここからタランチュラは出現してたんだな」


「もしかしたら、タランチュラだけじゃないかもよ」


 断言するような口調で口にする陸斗に、一層不安を駆り立てるような口調で重ねる柚季。

 二人ともこの中のことを何も知らないため、仮説ばかりが出来上がる。


「ここにいても仕方がない。進もう」


 仮説の連鎖を止めたのは陸斗だった。

 そして、陸斗の右足が洞窟内に一歩踏み込む。


「寒っ」


 洞窟内は先程の草原エリアと比べ、格段に気温が下がった空間へと変わった。


「ほんとね。でも、何の状態異常もないみたいだから、我慢すれば何もないわね」


「これを我慢するのは……早く出たいかも」


「だったら最速でクエストをクリアすればいいんじゃないか」


 やや挑発的に投げかけられた台詞に柚季はぷくりと頬を膨らませた。


「陸斗のイジワル……」


 眉をひそめ、上目遣いで陸斗を睨む。

 それに思わず、可愛い、と思ってしまった陸斗は逆に頬を紅潮させていた。

 それがバレないようにサッと前を振り向いたが、美姫がニヤニヤとしていたのを気づいてしまったので陸斗の失敗だ。




 洞窟内を歩き始めて、数分が経った。


「美姫、もう一度調べてくれ」


「あいよー」


 何度も美姫に調べさせるのは、朝酒場で言っていたため、美姫も不思議がらずに行動に移していた。

 再度、エメラルドグリーンの光が周囲に撒き散らされる。しかし今度は光度が増したように見えた。

 それはこの洞窟内の暗さが起因するのかもしれない。

 この洞窟は奥に行けば行くほど、周囲の明かりは小さくなり、最終的には自分の足元までしか視界が行き渡らなくなる。

 その為、エメラルドグリーンの光はとても新鮮に映った。


「まだ、ここにも小さなタランチュラが……ひっ!」


 報告をしていた美姫の声が突然悲鳴によって遮られた。


「どうしたんだ、美姫」


 悲鳴と共に尻餅をついた美姫に陸斗と柚季が駆け寄る。


「何が見えたの、美姫ちゃん」


 美姫は震える左手で正面の闇を指さす。陸斗と柚季は揃ってその指さす方向を見やった。

 しかし陸斗たちには何も見えず、再度美姫の方を向いた。


「一体何が見えたんだ!?」


 息を乱していた美姫は大きく深呼吸して胸の鼓動を落ち着かせる。


「グランド……グランドタランチュラが、いる。この先に」


「――ッ!!」


 陸斗は素早く《通弾ノーマルバレット》を唱え、右手に拳銃を握りしめ、正面に照準を向ける。

 緊張の糸を張り巡らせていたが、一向に姿は見えない。


「まだ、大丈夫よ。ここから五十メートル以上先だから」


「《査弾サーチ・バレット》で見えたのか?」


「うん。全体は見えなかったけど、あの大きさはグランドタランチュラだと、思う」


 グランドタランチュラの恐怖を肌で感じ取った美姫は中々立ち上がれず、陸斗の肩を掴んで無理矢理起き上がった。


「ここからは警戒しておいた方がいいのかもね」


「ああ、みんな銃の準備はしておいてくれ」


 まだ銃を取り出していなかった柚季が《通弾ノーマルバレット》を唱え、拳銃を顕現させる。

 そして美姫も自力で立てるようになり、陸斗たちは進み出した。




 そして一分とかからないうちに陸斗たちは怪しく光る六つの紅い単眼を見つけてしまった。

 その単眼が陸斗たちを捉えているかはわからない。

 ただ、身が竦み上がるほどの威圧感を周囲に放つのはグランドシリーズしかいないと、直感が三人の脳を過った。

 幸い、他のタランチュラも陸斗たちに襲いかかる気配はない。準備をする時間はあるということだ。

 然りとて、アイテムの準備は出来ているし、拳銃もみんな所持している。特に物理的な準備は必要ない。

 要は心の準備だ。これから戦う為の心の準備。生き残る為の心の準備。そして、絶対に勝つという覚悟を心に刻む準備。


「みんな、準備はいいか?」


 陸斗は再度、問い掛ける。

 右手に収まっている拳銃を握り直し、感触を確かめる。


「ええ。いいわよ」


 柚季が透き通る声音で応える。

 じっと、先に待ち構えている巨大蜘蛛から目を逸らさないように睨みつけている。


「……ふぅ。大丈夫」


 深呼吸で洞窟内の冷気を吸い込み、思考をスッキリさせ、今感じている恐怖を退けた。

 いつもの軽い口調と打って変わり、真剣な声音で美姫が応える。


「よし、行こう。巨大蜘蛛退治に!」


 陸斗の声が洞窟内に反響し、それがグランドタランチュラに対しての宣戦布告のように叫んだ。




□ ■ □



 巨大蜘蛛の八本の脚は洞窟の天井に突き刺さる形で固定されている。巨大になって分かるが、脚先は鉤爪できっちりと洞窟の岩に突き刺さっている。

 よって、蜘蛛の上背は現在下を向いている。

 何故、そのような格好をしているかは、この場にいる誰も知ることは出来ない。

 巨大蜘蛛は紅い六つ単眼はいつか洞窟に入ってくるであろう侵入者に向けられている。

 長く、長く、長く……。



 グランドシリーズはウイルスに関係なく、元からこの世界に存在していた。

 しかし人目には決して触れず、静かに棲息していたため、その存在を確かめる術はない。

 数百年前の文献からは今で言う『グランドシリーズ』のことを『神怪』と呼び、崇め奉っていた、と記されている。

 そして、『神怪』の姿形は様々で、樹木型やら蜘蛛型やら蛇型だと地域により異なっている。

 その数は現在確認されているだけで八種類いると言われている。

 地域によっては神怪を『土地神』として祭事を行っていた所もあった。

 しかし、数百年経った今、突如発生したウイルスの原因は神怪の仕業ではないか、という声も上がるほど、今の神怪の信仰は落ちている。

 ウイルスに感染していない者――プレイヤーはウイルスの根絶とその神怪グランドシリーズ突然変異体モンスターの討伐がこの世界での役目となる。

 ――『マジック・オブ・バレット』のゲーム概要とグランドシリーズの伝説より。

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